【HGPI政策コラム】(No.57)―認知症プロジェクトより―「当事者と共に創る認知症研究の未来vol.2:スウェーデンの事例から見る当事者参画とパーソン・センタード・ケア・アプローチ」

- 当事者は独自の視点、豊富な経験、知識や意見を持っているのにも関わらず、現在の医療システムにおいてはしばしば見過ごされており、その結果、医療や研究の効果は限定的なものとなっている
- パーソン・センタード・ケア(PCC: Person-Centered Care)とは、当事者の尊厳と幸福を重視した医療アプローチのことをいい、当事者の持つ視点、経験、ニーズを中心に据えるだけでなく、「当事者」という言葉の裏にいる「個人」にも焦点を当てるものである。
- このアプローチは、認知症ケアを効果的にし、また認知症研究において当事者のニーズに沿った解決策を提供するために必要である
- 認知症ケアと研究におけるPCCの確立は、「すべての当事者は一人の人間であり、病気の有無に拘らず尊重され、主体的に生きることを支えられるべき存在である」という理解から始まる
はじめに
前回の認知症プロジェクトによるコラムでは、2024年度に実施した、認知症研究における患者・市民参画(PPI: Patient and Public Involvement)についての国際事例の机上調査およびヒアリングの結果から、認知症研究で当事者参画を実現するための基盤づくりに重要なポイントを概説しました。詳細は、本コラム末尾の関連記事よりご覧ください。
本稿では、スウェーデンの事例に焦点を当て、スウェーデンにおける認知症ケアや、認知症研究への当事者参画というコンセプトに内在する、パーソン・センタード・ケア(PCC: Person-Centered Care)の概念について要点を整理します。まず医療におけるPCCの概念とその重要性についてご紹介した後に、PCCとPPIの関係性に焦点をあて、認知症研究へのPPIの効果を高めるにあたりPCCの重要性について言及します。さらに、スウェーデン・ヨーテボリ大学でのPCCの実践例(GPCC: Gothenburg’s Patient-Centered Care)の紹介や、日本の認知症ケアと研究におけるPCCの好事例について簡潔に論じます。最後に、日本の認知症ケア・研究分野において、PCCの考え方を活かしたPPIをどのように実現していくかについて、今後の課題と展望を示します。
パーソン・センタード・ケアの概要
今日の医学的アプローチは、多くの単一疾患の治療には効果を発揮している一方で、当事者ニーズの多様性と複雑さに対応する包括的なアプローチが十分に備わっていません。当事者は独自の視点や豊富な経験、知識、そして意見を持っていますが、現在の医療システムではしばしば見過ごされています。当事者の経験や自身のケアに対する本人の意見を無視することは、ケアの質と効果を制限することになります(Bombard et al, 2018)。したがって、現在の医療アプローチの有効性を向上させるためには、より個人に重きを置いたアプローチ(パーソン・センタード・アプローチ:以下、PCCアプローチ)が必要とされています。PCCは、当事者の視点・経験・ニーズをケアの中心に置くだけでなく、「当事者」というラベルの背後にいる一人ひとりの人間にも焦点を当てる、当事者の尊厳と幸福を重視した人道的な医療アプローチです(Rosengran et al, 2021)。PCCは、医療専門家が当事者の語りに耳を傾け、当事者の話をもとに治療計画を立てることで、医療専門家が「当事者」というラベルの背後にいる本人に価値を置くという、当事者と医療専門家間のパートナーシップに基づいています(Coulter et al., 2016)。当事者の語りに耳を傾けることによって、医療専門家は当事者のニーズ、能力、そして彼らの抱える問題を認識し、医療専門家が持っている知識や医療的知見と擦り合わせることで、それぞれの当事者個人に適した治療計画を立てることが可能になります。
画一的な治療法は個人差を考慮できていないという視点から必ずしも効果的でないため、現在の医療システムを前進させるためにPCCアプローチが重要です(Batalden et al., 2016)。さらに、PCCアプローチは当事者に、自身の健康に関わる意思決定において、発言権を持つように力を与えます。加えて、当事者の知識、経験、意見も尊重されます。これにより、PCCアプローチでは、当事者自身の健康状態を理由に軽視されたり医療専門家より劣っているとみなされたりするのではなく、むしろ当事者が医療専門家とのパートナーとして理解されています(Coulter et al., 2016)。
認知症研究とPPIにおけるPCC
PCCは認知症研究における PPI の中心でなければなりません。当事者や市民を研究に参加・関与させ、また研究のパートナーとするにあたって、当事者の能力、資源、経験が認識、評価され、かつ当事者が自身の健康に関わる意思決定においてパートナーとして認識するPCCアプローチが必要です(Rosengran et al., 2021)。このアプローチでは、当事者と医療専門家が協力しながら、臨床的エビデンスと当事者の語る経験や情報を十分に理解した上での選好に基づき、一緒に適切な検査、治療、支援を選択します(Fridberg et al., 2022)。つまり、PPIの目的である「当事者と市民を研究におけるパートナーにすること」を実現するためのツールがPCCなのです。PCCは、当事者というラベルの裏にいる個人に焦点を当て、彼らの物語を最優先にケアを提供します。そしてこの物語こそが、PPIが効果を発揮し、医学研究の形骸化を防ぐために不可欠なものです(Rosengren et al., 2021)。PPIは、自身の健康に関わる研究において、当事者・市民が研究者と並んで共同リーダーになることを目的としています。そのためには、研究者が当事者という言葉の裏にいる個人、そして彼らの物語を理解することが必要で、その理解を深めるためにPCCアプローチが欠かせません。もちろんPCCアプローチ抜きでPPIを行うことは可能ですが、その場合、当事者が過小評価され、また治療を受け取る受動的な存在として認識されるため、PPIは形骸的なものとなってしまいます(Chenoweth et al., 2019)。
認知症研究において、PPIは持続可能で安定性及び柔軟性を持たなければなりません。そのようなPPIを実現するためには、単にPPIを研究に取り入れるのではなく、患者・市民と共に、PPIが医学研究の最良の方法として定着するように取り組むことが重要です(Chenoweth et al., 2019)。持続的で安定し、柔軟性のあるPPIの実践には、PCCアプローチを認知症ケア・研究におけるPPIに統合する必要があります(Rosengran et al., 2021)。この取組みによって当事者、研究者、医療専門家の関係が強化され、また共同意思決定、共有型パートナーシップ、そして共有型リーダーシップが促進されます(Chenoweth et al., 2019)。認知症研究や医学研究において、共有型パートナーシップと共有型リーダーシップが確立されることで、PCCアプローチを通じたPPIの概念が、政策から医療専門家によるケア提供に至るまでの、医療システムのあらゆるレベルに浸透していきます(Rosengran et al., 2021)。つまり、当事者の物語が医療、研究、政治の専門性と結びつき、医学研究や医療システムを再構築する原動力となるのです(Chenoweth et al., 2019)。
認知症ケアにおけるPCC
認知症研究と同様に、PCCアプローチは認知症ケアを効果的に行う上でも重要な役割を果たしています。しかし、認知症治療の標準的な医学的アプローチでは、疾病のみに焦点を当てているため当事者はただ病気としてしか見られず、病気になる以前の生活経験など人生の他の側面が無視され、「患者」という肩書きの背後にいる人間が軽視されているため、認知症ケアとして不十分です(Kitwood, 1997)。認知症ケアにおけるPCCアプローチの創始者であるキットウッドは、認知症ケアにおいて、神経学的障害にのみ焦点を当てるのではなく、当事者を取り巻く環境や「当事者」という立場の後ろに隠されている人間についても考慮し組み込む必要があると指摘しました(Kitwood, 1997)。さらに、現在のケアアプローチでは、しばしば当事者のニーズが見落とされ、その結果十分にニーズが満たされないことが少なくありません。これらの満たされないニーズは、当事者の症状を悪化させ、より重度の精神神経症状や行動・心理的症状(BPSD: Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)を引き起こす可能性があります(Kim et al., 2017)。
当事者の物語が最前線にあるPCCアプローチは、当事者の満たされないニーズを認識するのに役立ちます。このアプローチを活用し当事者の物語や経験に耳を傾けることで、医療専門家や研究者は当事者のニーズを特定することが可能になり、神経障害だけに基づいたものではない適切なケアを提供できるようになります(Manthrorpe et al., 2016)。 認知症の治療では、神経的障害以外の側面にも目を向けた非薬理学的介入が必要であり、当事者のライフコースを考慮するPCC介入は、認知症を持つ当事者のBPSDおよび神経精神症状の緩和に効果的であることが研究により示されています(Lee et al., 2016)。さらに、PCCアプローチは、当事者のウェルビーイングを優先することでケアに意味を与えます。当事者は自分が価値のある存在であり、自身の洞察や経験は医療専門家にとって価値があることを理解するようになるため、当事者・医療専門家・研究者間の関係の改善にも役立ちます。(Kirvalidze et al., 2024)。加えて、すべての当事者は一人ひとり異なる認知症経験を持つ唯一無二の個人であることから、PCCアプローチにより当事者の経験をさらに広範なライフコースの視点から文脈化することで、認知症経験とそれに伴うケアの個別化を促進します。
スウェーデン・ヨーテボリ大学でのPCCの実践
PCC実践の好事例として、スウェーデンのヨーテボリ大学パーソン・センタード・ケアセンター(GPCC: Gothenburg University Centre for Person-Centered Care)をご紹介します。GPCCの研究は、当事者の尊厳と幸福に重きを置くPCCの人道的なアプローチに根ざしています。GPCCでは、PCCアプローチを用いて医療専門家と当事者間のパートナーシップの発展・確立を目指しています。このパートナーシップは、医療専門家が当事者に自身の話を語るように促して積極的に当事者の物語に耳を傾けることで、その語りに基づいた最適なケア計画を立案します。そして、当事者の合意のもとでその計画を当事者にとって有用な方法で文書化することで、このパートナーシップを始動させます。このような当事者と医療専門家との継続的かつ双方向的な会話は、パートナーシップを確立する上で中心的な役割を果たしています。GPCCでは他にも、大学生(医学生)や当事者団体を対象とした、PCCを学ぶためのPCCアプローチの教材開発にも取り組んでいます。さらに、GPCCでは長年にわたり、PCCの学習、実践、評価をサポートするためのさまざまな実践ツールの開発と検証をおこなっています。
日本の認知症ケア・研究におけるPCC
認知症ケア及び認知症研究の両方におけるPCCアプローチの強みとスウェーデンでのPCC実践例を踏まえて、日本でのPCC実践の好事例はどのようになされるべきか検討をする必要があります。本稿で繰り返し言及してきたように、PPIを通じて認知症ケア・研究にPCCを統合するためには、まず研究者や医療者が、当事者は唯一無二の物語を持つひとりの人間であることを理解する必要があります。この物語は尊重され価値を認められるべきであり、当事者の視点、経験、知識、能力は医療専門家によって認識され評価されなければなりません。これが、認知症ケア・研究における、共創的パートナーシップを確立するための唯一の方法です。研究者や医療専門家が、知識と経験を持つ貴重な存在として当事者を認識できなければ、認知症ケアは不十分で、認知症研究は無価値で矛盾したものとなる可能性があります。研究者及び医療専門家が、「当事者」というラベルの背後にいる人間を認識し、価値を置き、意思決定や研究へと参画する力を与えることが、効果的なケアと解決策を生み出す研究の原動力となります。したがって、研究者や医療専門家はこの事実を理解することが肝要です。
まとめ
PCCは、「患者」というラベルの背後にある人間に価値を置く、当事者の尊厳と幸福を重視した人道的な医療アプローチです。このPCCアプローチの考え方は、認知症ケア・研究において欠かせないものであり、またPPIを永続的かつ持続可能で、強靭なものにするためにも不可欠です。医療専門家は「患者」の物語の価値と、その語りが研究やケアの提供にとってどれほどなくてはならないものかを認識し理解することが求められています。
【参考文献】
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【執筆者のご紹介】
Favour Omileke, MD, Ph.D.(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
仲里 尚子(日本医療政策機構 インターン)
森口 奈菜(日本医療政策機構 アソシエイト)
栗田 駿一郎(日本医療政策機構 シニアマネージャー)
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