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【調査報告】AMR Policy Update #4:がん医療と感染症(前編)

【調査報告】AMR Policy Update #4:がん医療と感染症(前編)

<POINTS>

  • がん医療の進歩とともに、感染症対策の重要性も増している。免疫力が低下したがん患者では、感染症にかかりやすくなることに加え、通常は重症化しにくい感染症でも重い経過をたどることがある。
  • 発熱性好中球減少症(FN: Febrile Neutropenia)では、迅速な広域抗菌薬投与が国際的な標準治療となっている。一方で、薬剤耐性(AMR)の進行により、薬剤耐性菌の多い国や地域ではFNの際に複数の広域抗菌薬を用いないと効果が得られにくくなっている可能性が指摘されている。
  • 耐性菌の拡大は、がん治療そのものの質と安全性を揺るがし得る。抗菌薬が効きにくくなると、感染症の合併に伴う治療の延期や中断が必要になるなど、本来受けることができるはずのがん治療に影響が生じるリスクがある。

がんの治療は近年、大きな進歩を遂げています。抗がん剤治療や放射線治療、そして近年では免疫チェックポイント阻害剤など、新たな治療法ががん患者の生存率を飛躍的に高めています。しかし、その一方で「感染症」というもう一つの大きな挑戦が、がん治療の現場では常に並走しています。そこで、今回は(1)がん患者にどのような感染症が起こるのか、とりわけ、(2)なぜ発熱性好中球減少症で抗菌薬が必要とされるのか、(3)薬剤耐性(AMR: Antimicrobial Resistance)の進行によって抗菌薬の効果がどのように低下してきているのか、(4)耐性菌が増えるとがん治療自体にどのような影響が出るのか、の4点について順を追って解説します。

がん医療の進歩と感染症

がんと感染症が密接に関連している理由は、がん患者は抗がん剤などの治療によって免疫力が低下し、健康な人よりも感染症にかかりやすくなるためです。また、通常であれば重症化しにくい感染症でも、がん患者では重い経過をたどる場合があります。

そのなかでも、発熱性好中球減少症(FN: Febrile Neutropenia)は抗菌薬の役割が大きい合併症といえます。FNとは、抗がん剤治療などの影響で、免疫を担う白血球の一種である好中球が一時的に大幅に減少した際に、何らかの原因で発熱した状態のことをいいます。好中球が減少すると、体内に侵入した細菌やウイルスから自らを守る能力が著しく低下し、通常では感染症を起こさない常在菌やウイルスによる感染症(日和見感染症)にかかりやすくなるほか、感染症の重症化リスクも高まりますも高まります1。 このように、感染症はFNの主要な発熱原因となります。

FNの発症頻度はがんの種類や治療内容によって異なります。例えば、乳がんや肺がんなどの固形がんの患者では10%弱が2 3、対して血液がんでは、特に急性白血病の患者では90%近くがFNを経験するといわれています4 5。一部の感染症は悪化のスピードが非常に早く、多くの細菌に効果を有する広域抗菌薬を速やかに開始することが国内外のガイドラインで推奨されています6

がん治療における抗菌薬のジレンマ

しかし近年、FNに対する抗菌薬の効果が弱くなってきているのではないかと指摘されています。かつては、がん患者に抗菌薬を予防的に投与することで感染症による死亡者数を大幅に減らすことができると期待されていました。実際に、1973年から2010年までの研究を統合した解析によると、抗菌薬の予防投与によりがん患者の死亡リスクを34%減少させることができたと報告されています7 8。ところが、2006年から2014年の研究では、抗菌薬の投与による感染症合併頻度は減少させるものの、死亡リスクの低減効果までは期待できなくなっていることが示唆されています9。これは、耐性菌の出現により重篤な感染症の予防が難しくなっていることを示唆しています。また、スペインなど耐性菌の多い国や地域では従来FNの際に推奨されてきた抗菌薬では十分な効果が得られなくなってきていることを示唆する報告もあります10。これは医療現場にとっても社会にとっても憂慮すべき傾向といえます。

 

【参考文献】

  1. Bodey, G. P., Buckley, M., Sathe, Y. S., & Freireich, E. J. (1966). Quantitative relationships between circulating leukocytes and infection in patients with acute leukemia. Annals of Internal Medicine, 64(2), 328–340. https://doi.org/10.7326/0003-4819-64-2-328
  2. Culakova, E., Thota, R., Poniewierski, M. S., et al. (2014). Patterns of chemotherapy-associated toxicity and supportive care in US oncology practice: A nationwide prospective cohort study. Cancer Medicine, 3(2), 434–444. https://doi.org/10.1002/cam4.200
  3. Rajme-López, S., Tello-Mercado, J., Ortiz-Brizuela, E., et al. (2024). Clinical and microbiological characteristics of febrile neutropenia during induction chemotherapy in adults with acute leukemia. Cancer Reports (Hoboken), 7(8), e2129. https://doi.org/10.1002/cnr2.2129
  4. Flowers, C. R., Seidenfeld, J., Bow, E. J., et al. (2013). Antimicrobial prophylaxis and outpatient management of fever and neutropenia in adults treated for malignancy: American Society of Clinical Oncology clinical practice guideline. Journal of Clinical Oncology, 31(6), 794–810. https://doi.org/10.1200/JCO.2012.45.8661
  5. Hansen, B. A., Wendelbo, Ø., & Bruserud, Ø. (2019). Febrile neutropenia in acute leukemia: Epidemiology, etiology, pathophysiology and treatment. Mediterranean journal of hematology and infectious diseases, 12(1), e2020009. https://doi.org/10.4084/MJHID.2020.009
  6. 臨床腫瘍学会. (2023). 『発熱性好中球減少症(FN)診療ガイドライン(改訂第3版)』.日本臨床腫瘍学会.
  7. Gafter-Gvili, A., Fraser, A., Paul, M., et al. (2012). Antibiotic prophylaxis for bacterial infections in afebrile neutropenic patients following chemotherapy. The Cochrane database of systematic reviews, 1(1), CD004386. https://doi.org/10.1002/14651858.CD004386.pub3
  8. 沖中敬二. (2020). 抗がん剤治療患者における感染症対策について. 『日本化学療法学会雑誌』, 68(1), 132–142. https://www.chemotherapy.or.jp/journal/jjc/06801/068010132.pdf
  9. Mikulska, M., Averbuch, D., Tissot, F., et al. (2018). Fluoroquinolone prophylaxis in haematological cancer patients with neutropenia: ECIL critical appraisal of previous guidelines. The Journal of infection, 76(1), 20–37. https://doi.org/10.1016/j.jinf.2017.10.009
  10. Chumbita, M., Puerta-Alcalde, P., Gudiol, C., et al. (2022). Impact of Empirical Antibiotic Regimens on Mortality in Neutropenic Patients with Bloodstream Infection Presenting with Septic Shock. Antimicrobial agents and chemotherapy, 66(2), e0174421. https://doi.org/10.1128/AAC.01744-21

 

【謝辞】

冲中 敬二(国立がん研究センター東病院 感染症科/国立がん研究センター中央病院 造血幹細胞移植科(併任))
本レポートを作成するにあたり、多くのご助言とご指摘をいただきました。感謝申し上げます。

 

【執筆者のご紹介】

若田部 健太(日本医療政策機構 インターン)
塚本 正太郎(日本医療政策機構 シニアアソシエイト)
ゲール(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
河野 (日本医療政策機構 マネージャー)

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