活動報告 記事・講演・報道

【HGPI政策コラム】(No.56)―プラネタリーヘルスプロジェクトより―「第12回:気候行動を求める理由は健康にある—WHO特別報告書が示す『健康・ヘルス』からのアプローチ」

【HGPI政策コラム】(No.56)―プラネタリーヘルスプロジェクトより―「第12回:気候行動を求める理由は健康にある—WHO特別報告書が示す『健康・ヘルス』からのアプローチ」

<POINTS>

  • COP29開催直前にWHOが「COP29気候変動と健康に関する特別報告書」を公表し、気候変動対策の決定的な論拠が「健康」であることが強調された
  • 前回のCOP26特別報告書と比べ、COP29特別報告書では、気候変動がもたらす深刻な影響への認識がより強まり、対策の緊急性が訴えられている
  • COP29特別報告書は「人々」「場所」「地球」のカテゴリーごとに、緊急の対策を求める提言や科学的根拠となる資料が提示されている
  • COPでは、気候変動と健康に関する議論が広がりを見せており、ブラジル・ベレンで開催予定のCOP30でも継続して議論される見込みである


はじめに

2024年11月に国連気候変動枠組条約(UNFCCC: United Nations Framework Convention on Climate Change)第29回締約国会議(COP29)が開催されました。COP29開催直前の2024年11月7日に世界保健機関 (WHO: World Health Organization)よりCOP29気候変動と健康に関する特別報告書(COP29 Special Report on Climate Change and Health)「Health is the Argument for Climate Action(直訳:健康は気候変動対策の論拠である)」(以下、「COP29特別報告書」といいます。)が公表されました。

WHOによるCOP前の特別報告書はCOP26の前に公表された気候変動と健康に関する特別報告書「気候行動に向けた健康論(Climate change and health: the health argument for climate action)」(以下、「COP26特別報告書」といいます。)以来です。WHOは、COP29特別報告書に加え、技術ガイダンス「健康的な国が決定する貢献(Healthy Nationally Determined Contributions)」も公表し、気候変動と健康問題を切り離して取り組む従来の方法を改めるよう、世界の指導者に求めました。

WHOは、COP29特別報告書を100以上の団体および300人以上の専門家を含む世界のヘルスコミュニティとの協議の下に作成しました。日本医療政策機構プラネタリーヘルスプロジェクトも、この協議に参加し提案を行いました。

今回のプラネタリーヘルス政策コラムでは、COP29特別報告書の概要の紹介、COP26特別報告書からの進展、報告書の概要とCOPでの健康に関する議論について紹介します。

COP26からの緊急性の高まり

COP26特別報告書は、健康を中心とした10の提言を提示しており、健康的で持続可能な食料システムの促進、クリーンなエネルギーシステムの構築、気候リスクに対する健康の回復力の強化などが含まれました。

COP26特別報告書では、健康部門が気候変動の緩和・適応に関与し、気候政策による健康面でのコベネフィット(例:大気の浄化、アクティブな交通手段の促進)を重視していました。COP29特別報告書は、COP26特別報告書でも取り上げていた化石燃料の段階的廃止をさらに一歩進め、化石燃料依存の終結、すべての気候政策への健康の統合、地球環境に配慮した財政・ガバナンスシステムの構築を求めています。

また、保健医療システムの適応についても、COP26特別報告書では気候変動による健康リスクへの対応力を高めるため、レジリエントな保健医療システムの構築を推奨していましたが、COP29特別報告書では、単なる適応を超えて、「未来に備えた健康システム」の構築を訴えています。

COP29特別報告書の大きな特徴として、COP26特別報告書では限定的だった、メンタルヘルスを重要な課題として取り上げた点が挙げられます。具体的には、若年層の環境不安の増加や、気候変動による社会的混乱がメンタルヘルスに及ぼす影響を深掘りしています。

気候行動を求める理由は健康にある

COP29特別報告書は、気候行動における人々(People)、場所(Place)、地球(Planet)を横断する気候変動対策の決定的な論拠が「健康」であることを強調しています。

この報告書は7つの重要メッセージ(Key Messages)と、各メッセージにおいて緊急要請(Critical asks)で構成されており、それらに基づいて政府や政策立案者が、COPや国家戦略などにおいて、気候変動の解決策の中心に「健康」を据えて取り組むために、ガイダンスとエビデンスの統合を提供するものとしています。

この7つの重要メッセージは人々、場所、地球の各カテゴリーにおいて2つずつ、そして、中心として、「私たちの健康は交渉の対象ではない」というメッセージがあります。各重要メッセージには緊急の対策を求める提言、科学的根拠となる資料、行動を起こす上での障壁、行動を起こす上での情報や例などが提示されています。

私たちの健康は交渉の対象ではない
化石燃料への依存を終わらせ、人を中心とした適応と強靭性を確保する

  • パリ協定の目標を加速させるため、各国の気候変動計画において健康を優先させる
  • 人間の健康と福祉を気候変動の成功の最重要指標とし、進歩を促進し、福祉を確保する
  • WHOとUNFCCCを通じて合意された気候変動と健康のアジェンダにコミットする
  • 政策立案者、民間部門、経済界のリーダーたちに、気候に関連する健康への影響が人口や市場に与える莫大なコストを理解させる
  • 国が決定する貢献(NDC: Nationally Determined Contribution)やロス&ダメージ(L&D: Loss and Damage)の枠組みを含む気候変動に関する公約において、気候変動による健康への影響とコストを考慮する

 

人々:気候危機の「生きた経験」は健康である—健康、福祉、公平性を気候変動対策の中心に据える

人間の発展を解放し、人々を気候変動対策の中心に据える
公平性、人権、公正な移行を優先し、すべての人が気候変動対策から利益を得られるようにする

  • 気候変動に配慮した教育、訓練、雇用、現在と将来の世代の健康、経済、安全保障を確保する気候戦略の育成などを通じて、人間の潜在能力を引き出すために、健康に焦点を当てた気候変動緩和、適応、L&Dを推進する
  • 公平性、正義、人権を気候変動対策の中核に据え、包摂的で、強靭で、健康を最重要指標とする公正な移行を実現する

将来に備えた医療システムを構築する
低炭素で気候変動に強い保健医療システムと、目的に適合し、十分に支援されたグローバルな保健医療人材に投資する

  • 低炭素で気候変動に強く、環境的に持続可能な保健医療システムに投資し、それを実現することで、健康を促進し、保健医療セクターが気候変動に与える影響を緩和し、気候変動やあらゆる健康上の課題から人々を守り、健康を促進する
  • 気候変動による健康への影響に効果的に対応するため、保健医療人材の育成、雇用、スキルアップに投資する。気候変動に直接対処する保健医療セクターの能力を構築する
  • 保健医療セクターにおける緩和、適応、強靭性を促進するために保健医療人材を動員し、同時に健康を決定する他のセクターにおける行動を指導・支援する

場所:健康のための環境保全がもたらす相乗効果を実現し、予防への投資が提供する重要な機会とコスト削減を活かす

気候変動と健康のコベネフィットを引き出す鍵は都市にある
クリーンエネルギー、ゼロ・エミッションの交通、インフラ設計、効果的な廃棄物管理、そして気候への備えを通じて、健康と気候の両方に貢献する成果を実現する

  • 健康決定要因への取り組み、クリーンエネルギーへの アクセスの確保、ゼロ・エミッション交通、アクティブな交通手段の促進、健康的で低炭素な食料システム、効果的な廃棄物管理により、気候緩和における予防、健康増進、福祉を優先する
  • 都市の気候政策と大気浄化政策において、健康と公平性を中心に据え、それらの健康上のコベネフィットを定期的にモニタリングし、評価する
  • 緑地の拡大、大気の質の改善、媒介感染症の防止、暑さの緩和と水管理の改善により、主要な 健康決定要因に適応プログラムを集中させる
  • 気候の影響から公衆衛生を守るため、住宅、交通、水、衛生システムなど、気候変動に強い都市インフラを構築する
  • 政府、民間セクター、科学界、住民のパートナーシップを活用し、意思決定や早期警報のためのデータシステムを改善しながら、技術革新、知識の共有、気候リスクへの備えを行う

自然と生物多様性は、私たちの健康と食糧システムの基盤である
自然システムの保護と回復は、健康的な生活、持続可能な食糧システム、そして生計のために不可欠である

  • 自然環境保全、持続可能な利用、回復を優先し、生態系と、水、食料、医療、気候調整などの不可欠なサービスを保護する生物多様性政策と自然を基盤とした解決策(NbS: Nature-based Solutions)を提唱する
  • ワンヘルスアプローチを適用し、人間、動物、生態系の健康の関連性に取り組み、感染症や薬剤耐性などの問題に取り組む
  • 医療従事者にNbSを処方してもらい、心身の健康増進を図る
  • 生物多様性の保全に先住民の知識とリーダーシップを取り入れ、対等なパートナーシップを確保し、先住民の権利を尊重する
  • 環境を保護し、生計を支え、過剰な農薬や抗生物質の使用のような有害な農法を削減する、持続可能で文化的に適切な、再生可能で多様な食料システムを促進する
  • 水生生態系を保護し、長期的な生存可能性を確保するために、持続可能な漁業管理を支援する

地球:人々と地球のために、財務およびガバナンスシステムを再構築する

金融システムと経済を変革する
搾取からウェルビーイングと循環型経済へと転換する

  • 化石燃料への補助金を廃止し、適正課税を導入することにより、化石燃料が効率的に価格決定されるよう財政政策を改革する
  • 気候変動と健康に関する行動から得られる経済的便益を、保健医療システムの強化や、再生可能で回復力のある持続可能なインフラ、エネルギー、食糧、その他のシステムへの移行に充てるために再利用する
  • 経済的リターンを生み出しながら、気候変動と健康への共益をもたらすエビデンスに基づく介入策に資金の流れをシフトさせることにより、健康に焦点を当てた気候変動への適応と緩和のための資金を大幅に増加させる
  • 成長中心の採掘型経済システムから、健康、回復力、持続可能性を優先する福祉と循環型経済へと移行する
  • 気候金融と損失・損害基金に関する新規合同数値目標(NCQG: New Collective Quantified Goal)の取り決めが、実質的で、公平に資金が提供され、健康の中心をなすものであることを確認する

多くの人々に奉仕する大胆なガバナンスでリードする
コミュニティを力強く支援し資源を提供する

  • 国連気候変動交渉の中心に健康を据える
  • 国家行動計画(NAPs: National Action Plans)、国が決定する貢献(NDCs: Nationally Determined Contributions)、長期的な温室効果ガスの低排出型の発展のための戦略(長期低排出発展戦略)を含め、セクター横断的なアプローチにより、健康が国際、国、地方レベルの気候変動プロセスと政策の中核をなすようにする
  • 気候脆弱性の根本原因に対処するため、Health in All Policiesアプローチ(保健医療政策を含めた全ての政策で健康への影響を体系的に考慮するアプローチ)を実施する
  • 衡平な参加を確保しつつ、気候変動の健康課題に関する国際的かつセクター横断的な協力を促進する。コミュニティ、特に先住民や最前線のコミュニティに権限を与え、気候変動と健康に関するイニシアティブを主導できるようにする
  • 気候変動対策が人々の健康を守り、促進するよう、セクターを超えた協力を強化する。気候変動による健康のモニタリング、評価、解決策を明らかにするため、学際的かつ交差的な研究への資金提供や焦点を増やす
  • 国の政策やCOPのような国際的な場での化石燃料産業との交流を制限する

このレポートが伝えたいこと

COPでは、英国で開催されたCOP26をきっかけに、健康に関するトピックが大きく取り上げられるようになり、その重要性が年々強調されてきています。しかし、気候変動に関する議論において、健康への影響に対する危機感は依然として十分ではなく、講じられている対策も限られているのが現状です。

COP29特別報告書は、こうした状況を踏まえ、健康を中心に据えた議論の重要性を訴えるものとなっています。健康を中心に据えることで、気候変動がもたらす深刻な影響への認識を高め、対策の緊急性を強調しています。

まとめ

COP29特別報告書はCOP29の直前に公表されましたが、会期中や会期後もCOP議長国が連携し、気候変動と健康に関するさまざまな動きがありました。

COP29で設けられた健康の日(Health Day: 2024年11月18日)では、英国、エジプト、アラブ首長国連邦、アゼルバイジャン、ブラジルが WHOと共同で主導する「バクーCOP議長国による気候変動と健康の連携強化イニシアティブ(Baku COP Presidencies Continuity Coalition for Climate and Health)」が設立されました。この連合は、COP議長国間の架け橋となり、世界的な気候変動と健康に関する取り組みを推進し、ブラジル・ベレンでのCOP30に向けた気候変動に関する議論において「健康」が中心であり続けることを確実なものにすることを目的としています。

2024年11月20日には、議長国アゼルバイジャンが主導し「レジリエントで健康な都市へのマルチセクター行動経路(MAP)に関するCOP29 宣言(COP29 Declaration on Multisectoral Actions Pathways to Resilient and Healthy Cities)」が発表され、日本もこのいわゆるMAP宣言に加わりました。MAP宣言は、都市における気候課題に対応するため、マルチセクター間での協力を強化することを目指しています。

また、2024年のワールド・ガバメント・サミットでは、COP28、COP29、COP30の議長国が初となる「COP議長国トロイカ(COP Presidencies Troika)」と「ミッション 1.5 へのロードマップ( Roadmap to Mission 1.5°C)」が設立され、 NDCの野心を高めるため、国際協力と環境整備を強化すると強調しました。

2025年2月、COP議長国トロイカは共同声明を発表し、COP28とCOP29での約束を守ることの重要性に言及し、COP30を「住みやすい地球を何世代にもわたって守る」努力における「重要な分岐点」と位置づけました。

このように、COP29では会期前・会期中、そして会期後において、気候変動対策を推し進めるにあたり「健康」が重要であることが強く訴えられてています。こうした動きをCOPの場から我が国へと展開するにあたり、COP29特別報告書は参考になる多くのポイントを提供しているといえます。

 

【参考文献】

  • World Health Organization. (2024). COP29 special report on climate change and health: Health is the argument for climate action. Geneva, Switzerland: World Health Organization.
  • World Health Organization. (2021). COP26 special report on climate change and health: The health argument for climate action. Geneva, Switzerland: World Health Organization.

 

【執筆者のご紹介】

ケイヒル エリ(日本医療政策機構 アソシエイト)
南谷 健太(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト/森・濱田松本法律事務所 シニアアソシエイト)
菅原 丈二(日本医療政策機構 副事務局長)

調査・提言ランキング

記事・講演・報道一覧に戻る
PageTop