【HGPI政策コラム】(No.51)-プラネタリーヘルスプロジェクトより-「第11回:日本の製薬業界におけるカーボンニュートラルの実現に向けた取組み」
<POINTS>
- 2015年に採択されたパリ協定以降、日本を含めた世界各国では「2050年カーボンニュートラル」に向け大胆な取組みが行われている
- その潮流の中で、世界中のビジネスや金融市場は気候変動への対応とそれに合わせたビジネスモデルや戦略の変革を求められている
- 製薬業界では、日本製薬団体連合会を代表とし、各企業におけるカーボンニュートラルの達成に向けた目標設定と取組みが行われている
はじめに
2015年に開催された第21回 国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定を契機に、世界の120以上の国と地域が「2050年カーボンニュートラル」という目標を掲げ、大胆な取組みを行っています。その潮流の中で、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD: Task Force on Climate-related Financial Disclosures)の設置をはじめ、世界中のビジネスや金融市場は大きく変容を遂げようとしています。企業における気候変動への対応は、「企業の社会的責任(CSR: Corporate Social Responsibility)」によるものから企業が投資や融資を受けるにあたって重要な情報となり、事業活動をおこなう上での“リスク”あるいは“チャンス”と変化してきています。
日本も例外ではなく、2020年10月、政府は2050年までに温室効果ガス(GHG: Greenhouse Gas)の排出を全体としてゼロにする、カーボンニュートラルを目指すことを宣言しました。その後「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」(経済産業省)が策定され、取組みを後押しするための規制改革や金融制度を設置するなど、企業はこれまでのビジネスモデルや戦略の変革を求められています。
特に、気候変動が人間の健康に直接的・間接的に悪影響を与える中で、健康を保持・増進させる機能を持つヘルスケアセクターにおいては、その役割および義務として、企業の取組み全体の脱炭素化・環境負荷への配慮が重要です。
今回のコラムでは、ヘルスケアシステムの中でも約50%のGHG排出量を占める製品とサプライチェーンに焦点を当て、日本の製薬業界におけるカーボンニュートラルの取組みについて、好事例も含めてご紹介します。
日本の製薬業界のカーボンニュートラル実現への取組み
15団体319企業を傘下におき、医薬品工業の健全なる発達を目的とした業界団体の連合会である日本製薬団体連合会(日薬連)では、環境委員会を設置し、加盟団体と共に製薬産業界全体の環境対策のため情報共有および方針の検討を行っています。同委員会は取組みの一つとして、カーボンニュートラル行動計画ワーキンググループを設置しています。このワーキンググループでは日本経済団体連合会(経団連)が策定する「低炭素社会実行計画」に2010年より参画し、カーボンニュートラルを達成するための目標設定と取組みを行っています。
2050年カーボンニュートラルに向けた医薬品業界のビジョン(基本方針等)
将来像・目指す姿 |
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2050年までの温室効果ガスの排出量を全体としてゼロとする |
1. 国内の事業活動における2030年の目標等 |
目標・行動計画 |
2013年度を基準に、2030年度のCO2排出量を46%削減する |
対象とする事業領域 |
工場、研究所、オフィス、営業車両から排出されるエネルギー起源のCO2 |
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取組み方針 |
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2. 主体間連携の強化 |
概要・削減貢献量 |
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3. 国際貢献の推進 |
概要・削減貢献量 |
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4. 2050年カーボンニュートラルに向けた革新的技術の開発 |
概要・削減貢献量 |
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※引用:日本経済団体連合会, 経団連カーボンニュートラル行動計画2023年度フォローアップ結果 個別業種編. 2024. https://www.keidanren.or.jp/policy/2023/072_kobetsu13.pdf. (参照日2024年10月16日).
製薬業界における取組み事例
1. 国内の事業活動における2030年の目標等
各企業では、CO2排出量の推移と、目標達成の蓋然性や進捗率などを分析し報告しています。各企業におけるCO2排出削減の取組みの一つとして、オフィスや自社工場等における省エネルギー設備・基準の採用、再生可能エネルギー(再エネ)の導入、製品製造の効率化などにより、エネルギー起源のCO2削減および炭素効率化等に取り組んでいます。また一部では、直接的な排出削減以外の取組みとして、J-クレジット制度、非化石証書、グリーン電力証書といった環境価値証書の活用によるカーボンオフセットの取組みも進められています。例えば、J-クレジット制度は、省エネルギー設備の導入や再生可能エネルギーの利用によるCO2等の排出削減量や、適切な森林管理によるCO2等の吸収量を「クレジット」として国が認証する制度です。企業は、このクレジットを購入することで、自社では削減困難なGHG排出量を相殺することができます。更に、「環境に配慮した取組み」を行っていることを社会に明示することが可能です。
アストラゼネカ株式会社
2022年4月より滋賀県米原工場における太陽光発電設備の導入及び稼働を開始した。本工場における使用電力量の約20%を自家発電により供給し、エネルギー起源CO2排出量の低減に取り組んでいる。また、残り約80%に相当する電力を、固定価格買取制度(FIT: Feed-in Tariff)ではない再エネ電気を調達した、実質再生可能エネルギー電気の利用に切り替えたことで、年間約2,800tのCO2の削減を見込んでいる。J-クレジット制度を活用することで、日本における事業所の再生可能エネルギー100%を達成した。
富士製薬工業株式会社
2021年に製品生産効率の向上を目的として製剤棟を増設したことにより、約10%の炭素生産性の向上が見込まれる。2023年より再エネ電力の直接購入、J-クレジットの活用、または非化石証書の購入によるカーボンオフセットを検討中である。本申請では、J-クレジットの購入で10t-CO2の削減を予定している。これらにより、事業所単位の炭素生産性を10%向上させることを見込んでいる。
2. 主体間連携の強化
社会全体のGHG排出量を削減するためには、自らの事業における排出削減だけではなく、消費者、顧客企業、地域住民、政府・自治体、教育機関等の様々な主体と連携した排出削減の取組みが必要です。製薬業界では、低炭素製品の技術開発や共同配送等の効率的な医薬品輸送に努めることで、製品のライフサイクルを通じた社会全体のGHG排出削減に貢献しています。さらに、営業車両への低燃費車導入や都市部における公共交通機関の利用を促進することによって、自社のCO2排出削減にコミットするだけでなく、取組みやその他の教育等を通じて、社員の気候変動問題に関する意識や知識の向上にも取り組んでいます。
3. 国際貢献の推進
グローバル課題である気候変動に対処するためには、わが国の優れた技術や製品・サービス等の提供により、グローバルに広がるバリューチェーンを意識した排出削減に取組むことが必要です。武田薬品工業株式会社、第一三共株式会社、アステラス製薬株式会社など一部の製薬企業では、パリ協定が求める水準と整合し、パリ協定に整合的な削減目標を設定するイニシアティブである科学に基づく目標設定(SBT: Science Based Targets)を採用しています。国際基準であるSBTの認証により、企業は世界と一体になったGHG排出削減へのコミットメントが求められます。
4. 2050年カーボンニュートラルに向けた革新的技術の開発
各業界はCO2削減を加速させていくために、従来の取組みだけでなく、全く新たなイノベーションの創出にも着手しています。製薬業界においても、例えば、アメリカ化学会(ACS: American Chemical Society)によるACSグリーンケミストリー研究所(GCI: Green Chemistry Institute)は、2005年に製薬業界における環境と人体にやさしい化学を目指す「グリーンケミストリー」と「エンジニアリング」の統合を促進することを目的に、ACS GCI 製薬ラウンドテーブル(ACS GCI Pharmaceutical Roundtable)を結成しました。このラウンドテーブルには、アストラゼネカ、バイエル、イーライリリー、グラクソ・スミスクライン、メルク、ノバルティス、ファイザー、ノボノルディスクなどの企業が参加しており、廃棄物の少ない化学合成プロセスの設計や、安全性の高い化学物質の開発などに取り組んでいます。その他、製薬業界では、薬品の製造プロセスを従来のバッチ生産(個別生産)から連続生産(一つの製造プロセスで多種生産)に切り替えることで生産性を向上させることや長期徐放製剤の開発を進めていくことで人体への負担を軽減するだけでなく輸送・移動段階でのCO2削減にも貢献しています。
まとめ
以上、製薬業界におけるカーボンニュートラル実現への取組みについて事例を交えてお伝えしました。各企業の取組み内容や状況は、企業規模や業種によっても異なります。ビジネスや金融市場の変革が企業のカーボンニュートラル実現への取組み推進の鍵を握ることは間違いありませんが、特にヘルスケアセクターにおいては、保健医療システムの一員であるという自覚と責任感こそ、その役割や義務を果たしていくためには欠かせません。より多くの企業がその自覚と責任感をもって精力的な取組みを展開していくことを期待します。
【参考文献】
1. 経済産業省. 2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略. https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/ggs/index.html. (閲覧日2024年10月15日)
2. 経済産業省. 企業の環境活動を金融を通じてうながす新たな取組み「TCFD」とは?. https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/tcfd.html. (閲覧日2024年10月15日)
3. 日本経済団体連合会, 2030年に向けた経団連低炭素社会実行計画(フェーズⅡ), https://www.keidanren.or.jp/policy/2015/031.html. (閲覧日2024年10月15日)
4. 日本経済団体連合会, 経団連カーボンニュートラル行動計画2023年度フォローアップ結果 個別業種編. 2024. https://www.keidanren.or.jp/policy/2023/072_kobetsu13.pdf.(参照日2024年10月16日)
【執筆者のご紹介】
松本 こずえ(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
島袋 彰(日本医療政策機構 アドジャンクトフェロー)
ケイヒル・エリ(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
菅原 丈二(日本医療政策機構 副事務局長)
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