【HGPI政策コラム】(No.50)―認知症プロジェクトより―「基本計画と『新しい認知症観』」
<POINTS>
- 2024年12月3日(火)に閣議決定された認知症施策推進基本計画は、2029年度までの、おおむね5年間を計画期間としている。
- 「新しい認知症観」を中心に、認知症基本法で掲げられた12の基本的施策をより具体化して表記しているほか、プロセス指標、アウトプット指標、アウトカム指標の3軸から成る重点目標も4つ掲げられた。
- 今後は、都道府県・市町村が計画を策定することが見込まれているが(努力義務)、その前段として条例の策定を推奨したい。
認知症施策推進基本計画のポイント
2024年12月3日(火)、認知症施策推進基本計画(以下、基本計画)が閣議決定され、第1期の計画がスタートされました。計画期間は2029年度までの、おおむね5年間となります。これは2024年1月1日に施行された「共生社会の実現を推進するための認知症基本法(以下、基本法)」の第十一条に基づく計画です。
基本計画では、基本法でも掲げられた基本的施策(国民の理解、バリアフリー、社会参加、保健医療・福祉、研究など12項目)について具体的な施策が盛り込まれました。そして、第1期の計画期間中に達成すべき重点目標として、①「新しい認知症観」の理解、②認知症の人の意思の尊重、③認知症の人・家族等の地域での安心な暮らし、④新たな知見や技術の活用が掲げられています。
これまでとの大きな変化として、その目標設定を単にアウトプットの数値目標として掲げるのではなく、プロセス指標、アウトプット指標、アウトカム指標が個別に設けられ、それぞれの施策・事業がどのようなプロセスを踏まえて実施され、その結果として社会にどのような影響をもたらすことを目指すのかが示されました。例えば、重点目標1「国民一人一人が『新しい認知症観』を理解していること」におけるアウトカム指標では「国民における『新しい認知症観』の理解とそれに基づく振る舞いの状況」とあり、数値的な管理は極めて難しいものの、政策の実施によって到達すべき姿としては必要な記述であると認識しています。
今後の論点としては、政策評価にあると考えられます。個別の施策・事業の効果をどのように測定するのか。この評価の在り方についても、一元的な数値管理ではなく、当事者のナラティブも重視した多面的な評価がなされることを期待したいと思います。また評価の在り方についても、認知症施策推進関係者会議を中心に、当事者参画の場で行われることが望ましいでしょう。
「研究への認知症の人と家族等の参画」の推進へ
重点目標4では「国民が認知症に関する新たな知見や技術を活用できること」とされており、その各指標では「(国が支援・実施する)研究に対して認知症の人と家族等の意見を反映させること」が掲げられています(プロセス指標:意見を反映させている研究計画の数、アウトプット指標:意見を反映させている研究事業の数、アウトカム指標には当該表記なし)。
これはいわゆる「患者・市民の研究への参画(PPI: Patient and Public Involvement)」に関連する考え方であり、日本医療政策機構においても、基本法の検討過程でも政策提言を行ったほか(「認知症の本人・家族の参画を支える認知症基本法へ」)、2023年4月には認知症領域におけるイノベーション創出のために市民社会が主体となった連携プラットフォームを構築すべきとした政策提言「認知症の本人・家族と共に推進する研究開発体制の構築に向けて~共生社会と研究開発の両輪駆動を目指して~」を策定し、発信を続けてきたテーマであります。
日本では、医学的な研究を研究者と当事者が共に進めていくという考え方はまだまだなじみが薄い分野であるといえます。一方で、イングランド、スコットランド、カナダ、オーストラリアなどではこうした取り組みが進んでおり、諸外国の取組から学びながら、日本に最適な進め方を開発していくことが期待されます。この点は、今後日本医療政策機構としても注力するテーマです。
「新しい認知症観」の『新しさ』とは
さて、今回の基本計画における、メインテーマは「新しい認知症観」です。前述の重点目標でもその定着を掲げているほか、基本計画の前文でも手厚く記述がなされています。改めてその考え方を引用すれば、
認知症になったら何もできなくなるのではなく、認知症になってからも、一人一人が個人としてできること・やりたいことがあり、住み慣れた地域で仲間等とつながりながら、希望をもって自分らしく暮らし続けることができるという考え方である。(基本計画、p6)
とされています。以下、これまでの政策言説を引用し、その「新しさ」とはどこにあるのかを簡単に考えてみたいと思います。
「今後の認知症施策の方向性について」(2012年)
※認知症施策推進5か年計画(オレンジプラン)のベースとなった報告書
このプロジェクトは、「認知症の人は、精神科病院や施設を利用せざるを得ない」という考え方を改め「認知症になっても本人の意思が尊重され、できる限り住み慣れた地域のよい環境で暮らし続けることができる社会」の実現を目指している。(p2-3より)
「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」(2015年)
…認知症の人の意思が尊重され、できる限り住み慣れた地域のよい環境で自分らしく暮らし続けることができる社会の実現を目指し…(p.8)
「認知症施策推進大綱」(2019年)
…生活上の困難が生じた場合でも、重症化を予防しつつ、周囲や地域の理解と協力の下、本人が希望を持って前を向き、力を活かしていくことで極力それを減らし、住み慣れた地域の中で尊厳が守られ、自分らしく暮らし続けることができる社会を目指す…(p.3「共生」についての解説文より)
並べてみると多少なりとも文言の変化はありますが、「本人の意思」「住み慣れた地域での生活の継続」といったニュアンスは2012年時点から継続されており、大きな変化はありません。しかし、これまでに見られなかった表現として「一人一人が個人として」という言葉が大きな意味を持っているように感じます。
このことは基本法の第一条でも規定された共生社会の定義「認知症の人を含めた国民一人一人がその個性と能力を十分に発揮し、相互に人格と個性を尊重しつつ支え合いながら共生する活力ある社会」と通ずるところがあります。「認知症の人」という集合体で捉えるのではなく、あくまで一人一人の個人であることを前提とする、そういった点に「新しさ」が垣間見えるように思います。
こうした変化の背景には、当然ながら認知症の本人を中心とした当事者からの発信があったことと思います。例えば、日本認知症本人ワーキンググループ(JDWG)が2023年2月に公表した提言「認知症共生社会を実現する基本法の立案を~ともによりよく生きる未来志向の基本法への期待と要望」では、「認知症は、非常に多くの病気がきっかけとなって、「生活上の困難が生じている状態」の総称であり、私たち認知症の本人は、百人百様の生活・人生を歩んでいます」としており、「個」を尊重することを訴えています。また認知症基本法の成立後、政府が開催した「認知症と向き合う『幸齢(こうれい)社会』実現会議」においても、度々「認知症観」の転換についての発言もなされており、今回の基本計画に至ったものと想像できます。
まとめ
さて、今回のコラムでは、この度閣議決定された認知症施策推進基本計画について、またそのメインメッセージである「新しい認知症観」について取り上げました。今後は、この基本計画に基づき認知症政策が展開されていきます。特に重要となるのが、この基本計画を基に策定される(努力義務)都道府県・市町村の認知症施策推進計画です。
日本医療政策機構では2021年に認知症条例比較研究会中間報告書・政策提言書「住民主体の認知症政策を実現する認知症条例へ向けて」を公表し、認知症条例の制定促進を目指してきました。そして間もなくこれらのアップデート版の調査報告書も公表する予定です。条例の制定によって、その時の首長や議会構成、部署の体制に左右されない「我が街の認知症政策」の方向性を定めることが期待できます。条例策定を通じて、「新しい認知症観」を踏まえた「我が街の認知症政策」を言語化してもらいたいと考えています。
【執筆者】
栗田 駿一郎(日本医療政策機構 シニアマネージャー)
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