【論点整理】社会課題としての肥満症対策~肥満症理解の推進と産官学民連携を通じた解決に向けて~(2025年8月21日)
※2025年8月21日付で公表した論点整理を更新し、概要版を公表しました。(2025年9月26日)
日本医療政策機構(HGPI)では2022年度より肥満症対策推進プロジェクトを始動し、肥満の予防、肥満症における多職種・専門医療機関との連携の重要性、患者・当事者視点に基づいた肥満症対策の推進の必要性などを提言してきました。
近年、日本では生活習慣の変化や都市化により肥満が増加し、2023年度の国民健康・栄養調査では、20歳以上の男性の31.3%、女性の19.4%が肥満の基準に該当すると言われています。肥満は心筋梗塞や糖尿病などのリスクを高めるため、対策が急務です。日本肥満学会は、健康障害を伴う肥満を「肥満症」と定義し、治療を要する疾患としています。しかし、肥満症は個人の問題と捉えられがちで、必要な支援体制の構築が遅れています。この課題には、個人の努力だけでなく、社会経済的な側面を含む包括的な支援が求められます。また、肥満症の疾患としての認知は進みつつありますが、国の政策として実現するには至っていません。
以上を踏まえ、当機構では日本の肥満および肥満症政策の現状を整理し、今後の方向性を示すことを目的として当事者、医療提供者、社会疫学や公衆衛生の専門家、政策立案者へヒアリング調査を実施しました。さらに肥満対策の歴史や関連政策の課題を分析し、予防から肥満症の医療体制構築までの具体的な論点をとりまとめました。
全体版からの主なポイントを以下記載します。
肥満症はなぜ社会課題なのか?
- 日本の肥満人口は増加傾向にあり、2023年度の国民健康・栄養調査では、20歳以上の肥満者(BMI≧25kg/m²)の割合は男性31.3%、女性19.4%である。
- 肥満症は「肥満に起因ないし関連する健康障害を合併するか、その合併が予測され、医学的に減量を必要とする疾患」(肥満症診療ガイドライン2022)と定義される。そのため、肥満症は単なる過体重ではなく、治療を要する疾患として位置づけられている。
- 肥満症は、糖尿病、高血圧、脂質異常症といった非感染性疾患(NCDs: Non Communicable Diseases)に加え、心筋梗塞、脳梗塞、肥満関連腎臓病、特定のがん、睡眠時無呼吸症候群、関節疾患など、様々な病気の原因となる。
- これらの疾患は、個人の健康だけでなく、医療費の増大、労働生産性の低下など、社会全体にも影響を及ぼす可能性がある。
社会に広がる肥満症への誤解と課題
- 肥満や肥満症に関する多面的な課題は、社会的に十分に理解されていない。いまだに「個人の生活習慣の問題」と捉えられがちで、遺伝的素因や社会経済的課題が背景にあることや「肥満症が専門的な医学的介入を要する疾患である」という認識が、当事者や市民、医療従事者にも十分に広がっていない。
- さらに、肥満症のある人は、身体的な困難だけでなく、社会的孤立、差別、偏見、スティグマといった心理社会的な困難にも直面する場合がある。しかし、肥満予防や肥満症治療に必要な支援体制の構築が十分ではないのが現状である。
- また、がん対策やCOVID-19対策のように独立した政策課題として位置づけられておらず、肥満症に特化した政策も日本にはほとんどない。
- 特に、社会経済的に困難を抱える人々は、必要な医療や支援へのアクセスが制限され、困難を訴える機会が得にくいという問題も指摘されている。肥満症のある人が抱えるこのような構造的な課題に対応するには、健康づくりにとどまらない、社会経済的なアプローチを含む包括的な支援体制が求められる。
肥満・肥満症政策を検討する際の主な課題と今後の方向性
- 国の統計・データ
課題:現在の国民健康・栄養調査では世代による参加率の偏りなどで正確な肥満・肥満症の実態把握が困難。肥満症の病名登録を行うことが一般的ではない、診断基準の扱いにくさ、データ上で健康障害の特定が困難。
方向性:国民健康・栄養調査は調査設計の見直し、信頼性を示す統計指標の明記が必要。肥満症の疾患データは電子カルテ連携データベースやレセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB: National Database of Health Insurance Claims and Specific Health Checkups of Japan)等多様なデータの活用と当事者視点での生活の質(QOL:Quality of Life)を含めた研究の推進が必要。
- 世代別
子ども
課題:子どもの肥満は貧困など社会的要因と関連あり。現行の申請主義の支援制度では制度が必要な家庭に届きにくく、学校と医療機関の連携に地域差がある可能性あり。
方向性:社会経済的支援と健康支援へアクセスしやすい制度設計の構築が必要。学校と医療機関の連携の在り方を検討。幼児・小児期からの食育による肥満対策の効果について、科学的な検証をさらに進める必要性あり。
労働世代
課題:企業の規模によって産業保健サービスに格差あり。メタボリックシンドロームと肥満症の認識と対応に乖離がある可能性。
方向性:産業保健サービスは世代別に適切な介入法の検討を。既存の健診制度を活用した肥満症対策の検討。科学的根拠のある保健事業の推進。
高齢者
課題:サルコペニア肥満※ は比較的新しい概念で取り組みが限定的。
方向性: エビデンス構築と高齢期に着目した社会実装の推進。
※サルコペニアとは加齢に伴って、骨格筋量が低下し、筋力や身体機能が低下した状態をいい、サルコペニア肥満とはサルコペニアに肥満が合併した病態
- 肥満症医療提供体制
課題:肥満症治療の選択肢について医療従事者・患者双方で認識が不足。医療従事者のスティグマによる診断・介入の遅れなどの可能性あり。肥満症治療へのアクセス、専門医療機関・多職種連携体制の不足などが課題。
方向性:医療従事者への啓発、スティグマ解消を。診療報酬の見直し、診療所と専門医療機関との役割分担、医療機関と自治体との連携による生活支援の強化などを通じて、全人的な医療提供体制の構築を。
- 美容痩身医療、自由診療
課題:痩身目的の肥満症治療薬の適応外使用は医薬品副作用被害救済制度の対象外であり、重篤な健康被害を受けた際に補償がない。誇大広告や誤解を招く情報によって肥満症へのスティグマを助長する可能性あり。
方向性:自由診療における医療広告の規制強化、補償外の健康被害に対する制度整備の検討が急務。
おわりに
日本の肥満症対策は科学的根拠の蓄積、患者・当事者の声の反映、分野横断的な議論が不足している。予防・教育、健康増進、保健事業、医療が一体となり、横断的な視点から肥満症政策を推進していくべきである。
詳細は末尾のPDFファイルをご覧ください。
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