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【HGPI政策コラム】(No.52)-メンタルヘルスプロジェクトより-「精神医療における患者・市民参画(PPI)と個別化精神医療アプローチ」

【HGPI政策コラム】(No.52)-メンタルヘルスプロジェクトより-「精神医療における患者・市民参画(PPI)と個別化精神医療アプローチ」

<POINTS>

  • 医療研究開発におけるPPI(PPI: Patient and Public Involvement)とは、患者が自身に関わる研究に対して積極的に参加し、関与し、協力することをいい、患者は研究の被験者ではなくパートナーとして参画することが求められている
  • 精神医学の分野では、個々の患者にとって最適な治療を提供するために、個別化アプローチ・精密医療アプローチが求められている
  • 日本でPPIを推進していくためには、精神疾患に対するスティグマの解消、PPIの定義や成功基準の明確化、PPIの評価ツールの確立が求められている


医療研究開発における患者・市民参画(PPI)とは

医療研究開発における患者・市民参画(PPI: Patient and Public Involvement)とは、患者が自身に関わる研究に対して積極的に参加し、関与し、協力することを指します。PPIでは、患者が単なる被験者としてではなく、研究のパートナーとして関わることが求められます。研究者が、患者の貢献が研究の進展に欠かせないものであると理解することで、患者は参加する研究において発言権を持つことが可能となります。PPIの目的は、患者が参加する研究においてリーダーとなることを促すことにあり、それは単なる参加型のものから共同リーダーシップに至るまで幅広く含まれていますが、共同リーダーシップについてはほとんど達成されていないのが現状です。

PPIは科学や臨床研究を進展させ、健康のアウトカムを向上させることから、研究の質や意義を高めるためには必要な要素です。PPIはまた、患者との長期的なパートナーシップを築くために重要であり、研究を進展させるためには、すべての関係者が完全に関与する活発な対話が不可欠です。PPIは研究を意義深く効果的なものにする一方で、そのためには単に短期的な取組みではなく、長期的な投資と貢献が必要となります。PPIは患者が自身に関わる研究について発言権を持ち、意思決定することができるようになるという点で、医療研究において極めて重要です。例えば、患者は自身のケアや治療、フォローアップに関する決定に関わることができます。また、患者や市民を研究に関与させることで、患者の選択肢やケアの質、共同意思決定の方法が改善され、それにより、研究パートナーシップやサービス提供、患者のアウトカムに寄与します。「私たちのことを私たち抜きで決めないで(Nothing about us without us)」という格言があるとおり、患者のための解決策を生み出し、患者の介入を目的とした医療研究は、患者の意見なしに行うべきではありません。患者が医療研究に積極的に参画しなければ、患者のための研究として意味をなさないのです。

個別化医療(Precision Medicine)とPPI

精神医学の分野では、個別化医療あるいは精密医療アプローチが必要とされており、研究におけるPPIの実践は個別化医療の発展において重要です。個別化医療アプローチとは、患者自身とその患者の疾患の状況について診断前に様々な視点(行動、生活歴、疾患の種類、重症度)から考慮し、普遍的な患者としてではなく、個々の患者に最も効果的な治療法を決定する介入方法です。精密医療アプローチとは、測定ができ定量化が可能である、個々の患者に特有なバイオマーカーを診断や治療に役立てる介入方法であり、メジャーメント・ベイスド・ケア(MBC: Measurement-Based Care)とも呼ばれます。精密医療アプローチは、患者の生物学的データ(例:遺伝情報)を収集し、精神疾患を引き起こすとされる生物と社会環境との相互作用に関して深く理解しようとするものです。個別化アプローチと精密医療アプローチを推進させていくためには、患者が単なる参加者ではなく、研究のパートナーとして積極的に関与する必要があります。

精神疾患の特徴的な側面として、疾患の原因が視認でき、理解することのできる生物学的または神経学的疾患とは異なり、ほとんどの精神疾患は原因解明されておらず、不明なままであることです。したがって、精神疾患を理解し、精神疾患領域の研究を進展させるためには、疾患をもつ患者の実体験が重要であり、研究課題における中心メンバーとして置く必要があります。精神医学の分野ではこれまで、ある診断を受けた個人の症状に非常に類似している(あるいはほぼ同一である)という特徴から診断をくだす、疾病及び関連保健問題の国際統計分類(ICD: International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems)や精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)といった現象学的分類によるアプローチが主流でした。このアプローチは患者間の個人差や生活様式、環境要因の影響を顧みないため、普遍的な患者像を作り出し、全ての患者を普遍的な患者として扱うことになります。例えば、うつ病と診断された患者であれば、その原因を十分に考慮せずに抗うつ薬で治療することになります。診断においてうつ病の原因は患者ごとに異なる場合がありますが、このアプローチは患者ごとの違いを考慮しないため、個別性といった点で限界があります。さらに、うつ病の原因によっては、抗うつ薬が最適な治療法とは限らない場合があり、患者によって治療への反応も異なることは留意する必要があります。これらのことから、精神医学において、個別化医療アプローチや精密医療アプローチが必要とされているのです。

一方で、精神医学研究において、患者はその障害の特性や日常生活への悪影響により、研究のパートナーとしてではなく、研究参加者として見られる傾向にありますが、効果的な治療法や介入策を生み出し、研究が進展していくためには、患者の貢献度に目を向けるだけでなく、実体験を持つ人々の倫理的な部分の要求に関する参加型研究の質に注目し、その能力の発展と、研究以外の分野でも力を発揮していくことに焦点を当てることが重要です。また、彼らの関与は単なる手段ではなく、強力な倫理的および政治的な意味を持つものとして捉えられるべきです。

日本におけるPPIと国外に学ぶPPI

日本では、PPIの概念はまだ初期段階にあり、特に精神医学の分野ではさらに進展が必要とされています。他の医学分野、特に内科では、PPIの実践が確立しており、この分野の研究を大きく前進させています。精神医学分野におけるPPIの進展が遅れている主な要因は、精神疾患に対するスティグマに関連しており、患者は軽視され、研究に価値をもたらせない存在と見なされることがあります。また、PPIの定義や成功の基準というものが確立されていないこと、PPIを評価するための有効で信頼性のあるツールが不足していることも要因として挙げられます。

精神医学およびメンタルヘルス研究の分野でPPIを進展させるためには、他の医学分野や他国でのPPI実践の成功例から学ぶことが不可欠です。例えば、英国ではPPIが医療研究の基準となっており、PPIがない研究には資金を提供しないという姿勢をとっています。英国National Health Service(NHS)では、個別化医療や精密医療、地域密着型医療を進展させるためには、患者の声を研究の最前線に置く必要があり、PPIが研究の基準であると明言しています。カナダや米国も英国の方針に倣い、精神医学におけるPPIの導入を奨励しています。米国とカナダではPPIは標準的なものではありませんが、広く奨励されており、米国National Institute of Mental Health(NIMH)やカナダのCanadian Institutes for Health Research(CIHR)はPPIを研究計画に組み込んだプロジェクトに対して寛大に資金を提供しています。

今後、日本においては英国の先進事例から学ぶことで、医学分野のあらゆる種類の研究の中心にPPIを位置づける方法を検討することができます。日本では現在、入院治療から地域密着型ケアへの移行を進めていますが、患者を研究の中心に据えるという考え方は、この地域密着型ケアへの移行を促進することにもつながります。また、地域全体を生産的かつ適切な方法でケアしていくためには、そのニーズをよく理解する必要があり、地域のニーズを理解するためには、地域が研究に関与し、地域の声が尊重される必要があります。

政策とPPI

精神医学分野において、実体験を持つ人々が政策立案者と関わることも重要です。近年、政策形成過程におけるPPIの重要性が増しています。政策形成過程におけるPPIとは、患者や市民がパートナーとして政策決定プロセスに関わることを意味します。医療政策の立案において成功するための鍵は、政策立案者のPPIに対する高いコミットメントにあり、政策立案者は、患者の実体験や市民の意見を意思決定に取り入れる意欲を持たなければなりません。そうでなければ、PPIは単なる形式的なものにとどまってしまい、意思決定や政策に影響を与えることはありません。

しかし、政策立案者がメンタルヘルスや精神疾患に関する知識を持っていたとしても、それが時代遅れで正確な知識でない場合があり、結果的に患者のニーズに応えられない政策が策定されることがあります。そのため、実体験を持つ人がアドバイザリーボードに参加することは非常に有益であり、政策立案者が持っていた誤った視点を再評価するきっかけとなります。政策形成過程におけるPPIの成果に影響を与える要因としては、政治的環境(政治体制)、意思決定の文脈(対象となる課題)、PPIグループの属性(多様性や特徴)、およびPPI組織のコミットメントなどが挙げられます。これらの要因を慎重に考慮することが、政策形成過程におけるPPIの成功にとって不可欠です。

このように、政策立案者が精神疾患の実体験を持つ人々とパートナーとして関わることは不可欠です。精神疾患を持つ人々のための医療政策が策定され、これがその人々の生活に影響を与えるものである以上、政策立案者はまずそのグループと対話する必要があります。

まとめ

PPIはまだ発展途上の概念ではありますが、医療システムや研究のあり方に革新をもたらす可能性を秘めており注目に値します。精神医学の分野でPPIが発展していくためには、まず、患者が価値ある存在と見なされ、その個人的な経験が研究に欠かせないものであると認識されなければなりません。さらに、患者が、より広く研究に介入していけるための枠組みと方法の提示が必要であり、研究に介入するための主要な目標として、多様性と代表性、平等性、非差別、およびエンパワーメントに焦点を当てていくことが重要です。


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【執筆者のご紹介】

フェイバー・オミレケ(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
松本 こずえ(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
山下 織江(日本医療政策機構 アソシエイト)
鈴木 秀(日本医療政策機構 シニアアソシエイト)

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