【HGPI政策コラム】(No.49)-メンタルヘルスプロジェクトより-「日本のメンタルヘルス政策の変遷と今後の政策トピック」(中~長期入院を取り巻く課題と今後の政策トピック~)
<POINTS>
- 地域での相談や外来でのメンタルヘルスケアの需要は高まっている。また、入院患者数は減少傾向にあるものの、入院医療提供体制は人員配置や人権擁護などをはじめ、課題は多い。
- 2024年には、精神保健福祉法等の改正が施行された。市区町村レベルでの相談支援体制や、退院促進に向けた「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム(にも包括)」の構築をはじめとする入院医療から地域生活への切れ目のない医療福祉の提供体制のブラッシュアップが期待される。
- 今後、メンタルヘルス領域において期待されるイノベーションの一例として、医療DXの推進や個別化精神医療(Precision Psychiatry)が挙げられる。
はじめに
さて、3部構成で連載中のメンタルヘルス政策についてのコラムですが、今回は「長期入院を取り巻く課題と今後の政策トピック」に焦点を絞り、現状の課題を多角的に分析しながら、最新の政策トピックを網羅してお届けします。日本医療政策機構はこれまで、患者・当事者の視点や声に寄り添い、マルチステークホルダーと連携して患者・当事者の生活の質(QOL: Quality Of Life)を向上させることを目標に、政策提言やアドボカシー活動に尽力してきました。しかしながら、メンタルヘルス領域では疾患特性上、社会におけるスティグマが強く残るなどいまだ大きな改善に至っていません。メンタルヘルス政策のイノベーションを促進していくためには、まずは精神疾患に対する国民の理解が求められます。本稿では、日本のメンタルヘルスに関する医療・福祉サービス提供の現状、また2024年の精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の施行も踏まえ、今後の動向について整理していきたいと思います。
外来診療の件数の推移
現在、日本における精神疾患の総患者は、2020(令和2)年時点で614.8万人、外来患者数586.1万人(2023年厚生労働省「厚生労働白書」)となっています。外来患者数は総患者数の95.3%を占め、年々増加しており、今後もメンタルヘルスに対する外来ケアの需要は高まることが予測されています。
任意入院、医療保護入院、措置入院の件数の推移
また、精神病床の入院患者数は約26万人であり、このうち約13万人が任意入院、約13万人が医療保護入院、約1,500人が措置入院(2021年10月1日現在)という状況です。「医療保護入院届出数」は181,787件と、前年度に比べ3,358件(1.8%)減少していますが、いまだ数が多いことに変わりはありません。日本に特徴的なのは医療保護入院など非同意入院の件数が任意入院(同意入院)とほぼ変わらないという点です。
1年以上の長期入院患者は約16万人(入院患者全体の約3分の2)(2023年度精神保健福祉資料)であり、そのうち毎年約5万人が退院しているものの、新たに毎年約3.5万人の入院患者が1年以上の長期入院に移行しています。新規入院者のうち約9割は1年未満で退院している一方で、入院期間が1年以上の患者は、退院率が約2.5割と大幅に低下するため、早期からの退院促進のための支援が大変重要になります。
後藤基行の精神病床入院の3類型
精神科医療に関する研究の一つとして、後藤基行が整理した精神病床入院体系における3類型があげられます。後藤は、精神病床入院を、措置入院を含む公費の「社会防衛型」、私費・社会保険で入院する「治療型」、救貧・公的扶助といった公費入院で生活保障的な「社会福祉型」という3つに区分化しています。この3類型の間では、入院患者の社会的属性、入院期間、入院実態等の差異が存在していると示唆しています。前回のコラムでご紹介をした戦後における歴史的な精神疾患患者の入院制度の変遷が大きく影響しておりますが、障害者権利条約に基づく国連の総括所見(勧告)などを踏まえ、当事者支援の形を再考する必要性を改めて感じます。2022年の法改正(2024年施行)もこの勧告を踏まえ、改正が行われましたが継続的な議論が必要です。
2022年の障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律等の一部を改正する法律
(特に医療保護入院に関する審査会の実施状況と課題)
精神病棟での虐待行為等がメディアで取り上げられ社会的関心も高まる昨今、措置入院や医療保護入院の見直し、入院患者の処遇改善、精神科病院の情報公開などの検討項目を鑑み、2024年に「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律等の一部を改正する法律」が施行されました。この際、まとめ法案として、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(精神保健福祉法)」も同時に改正されています。主な改正点として、医療保護入院の入院期間に最長6か月の上限が設けられたことや、虐待の届け出・通報義務が設置されたことなど患者の権利擁護の充実、連携強化が図られています。権利擁護については、これまでも「精神医療審査会」がその役割を期待されていましたが、実際には各都道府県並びに政令指定都市が運営する審査会の業務内容や運営方法、合議体や委員数に自治体間で格差がみられることが指摘されています。日本精神保健福祉士協会は、「精神医療審査会に携わる精神保健福祉士に対するグループインタビュー調査」を行うなど、保健福祉委員の役割の明確化・強化などについて取り組みが進められていますが、残された課題は多くあります。
退院促進に関する課題
入院期間、医療保護入院について言及してきましたが、ここでは退院促進の観点で現状を整理していきたいと思います。まず前提として精神病床の人員配置基準は、一般病床よりも低く設定されており、精神科救急病棟・急性期病棟においても、他科の医療体制に比べて著しく少ない状況です。
また、長期入院患者は減少傾向にありますが、65歳以上の長期入院患者は増加傾向です。国は、入院患者数の将来推計について、減少していくことを見込んでいますが、これは高齢化と人口減少を背景に、年間1万人超の長期入院患者が死亡退院をすることが長期入院患者減少の大きな要因となっていることが考えられます。長期入院に至る理由としては、治療に時間がかかるという理由に次いで、帰住先調整困難などの住宅や施設確保の問題が挙げられており、社会保障制度と住宅の兼ね合いの側面からも退院に向けたサポートが重要で、「寛解したから退院する」という一般に思い浮かべられる退院の構図が広く達成されるには長い年月を要することとになるでしょう。
2024年の診療報酬改定においては、精神科地域包括ケア病棟入院料や自宅等移行初期加算などが新設され、早期退院に向けた支援を充実させる方向性となっています。
地域移行・地域定着支援に関する実施状況と課題
(新たに追加された入院者訪問支援事業等の概要と実施状況)
退院後、地域でのサービスを受けるにあたっても課題は残されています。2022年から2024年の障害支援区分別の地域移行支援利用者の推移を見ていくと、現在、共同生活援助の事業所数は増加傾向であり、事業所の設置主体を見ると、特に営利法人が設置する事業所が増加しています。効率的な事業所運営が期待される一方で、障害福祉サービスの実績や経験が乏しい事業者の参入が多く見受けられ、障害特性や障害程度を踏まえた支援の質の確保が懸念されるという指摘もあります。また、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の改正に伴い、2024年4月から施行された入院者訪問支援事業では、市町村長による医療保護入院者を中心に、本人の希望に応じて訪問支援員を派遣することが事業化されました。地域とのつながりを維持する上で重要な取組であり、今後どのように運用されていくか、期待があると共に今後サービスが効果的に利用されるよう試行錯誤をしていくことが求められます。
「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム(にも包括)」
「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム(にも包括)」は、精神障害の有無や程度にかかわらず、誰もが安心して自分らしく暮らすことができるよう、医療、障害福祉・介護、住まい、社会参加(就労など)、地域の助け合い、普及啓発(教育など)が包括的に確保されたシステムのことであり、地域共生社会の実現に向かっていく上で欠かせないものです。市町村ごとの協議の場を通して、マルチステークホルダーの連携による支援体制の構築を必要とします。精神障害者への差別や偏見の解消は、にも包括を構築する上でも重要です。
国や自治体は、ピアサポーターなど当事者や家族の協議の場への参画を推進しており、市町村における患者・市民参画は、患者・市民主体の政策決定への第一歩ともいえるでしょう。しかしながら、参画をすることができる人材の育成や確保については、課題が大きく、どのように支援を行っていくかは検討が必要です。
今後注目すべき、法改正による市町村の果たす役割、相談支援体制、退院促進
法改正によりメンタルヘルス領域において市町村に期待される役割は大きくなっています。相談支援体制を構築していく上では、今後ピアサポーターの活用などを含めて議論をしていく必要があります。また、市町村と医療機関の連携体制が重要視されていく中で、相談員や支援員の確保と質の向上に向けた取組にもハイライトされるべきだと考えます。加えて、退院促進を行うためにはその受け皿となる地域生活のための社会基盤の創出が必要です。医療福祉連携や宅建協会との連携、ピアサポーターの活用など先進的な取り組みをしている自治体の取り組みを相互参照し、当事者らが安心して暮らせる環境が地域格差なく構築されることが望まれます。
今後のトピック〜これからのメンタルヘルス領域におけるイノベーション〜
メンタルヘルス領域においては、医療DXや個別化精神医療(Precision Psychiatry)に対する期待が高まっています。医療DXに関しては、医療に繋ぐことの難しい疾患領域だからこそ、インターネット環境を利用したサポート体制が効果的であるというメリットがあります。また、患者と医師、患者同士が積極的にコミュニケーションを取れる環境を目指し、より適切な処置を実現するために、デジタル化は有効活用されるべきイノベーションの1つです。さらには長期入院患者や家族、関係者らの心の負担を軽減するツールとして、今後活用される機会は大いに増えていくでしょう。
また、各個人の遺伝子、病状、背景に合わせた治療・支援を行う個別化精神医療(Precision Psychiatry)については、その実現に向けて国内外で研究が進められています。今後、日本国内において個別化精神医療を実現していくために、その研究や体制整備の在り方について議論が求められます。こうした研究を進めていく上では、本人・家族等の当事者との協働「患者・市民参画(PPI: Patient and Public Involvement)」を行うことが重要です。そこで、次のコラムでは、個別化精神医療(Precision Psychiatry)の推進と当事者参画に関する世界の研究や取組の状況についてご紹介していきたいと思います。
【参考文献】
1. 後藤基行(2019)『日本の精神科入院の歴史構造 社会防衛・治療・社会福祉』東京大学出版会
2. 厚生労働省. 長期入院精神障害者の地域以降に向けた具体的方策の今後の方向性. https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12201000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu-Kikakuka/0000051138.pdf (最終閲覧日:2024年10月10日)
3. 厚生労働省. 令和5年版 厚生労働白書(令和4年度厚生労働行政年次報告)―つながり・支え合いのある地域共生社会―. https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/22/dl/zentai.pdf (最終閲覧日:2024年10月10日)
4. 公益社団法人日本精神保健福祉士協会. 「精神医療審査会に関するアンケート調査」調査報告書. https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/000906067.pdf (最終閲覧日:2024年10月10日)
5. 厚生労働省. 自立生活援助、地域移行支援、地域定着支援、地域生活支援拠点等に係る報酬・基準についてー論点等―. https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001159438.pdf (最終閲覧日:2024年10月10日)
6. 日本医療政策機構(2024). 【調査報告】医療DXプロジェクト 当事者ヒアリング調査報告「医療のDX時代を迎え生きる当事者たち」. https://hgpi.org/research/dx-20240610.html
7. 厚生労働省. 精神医療保健福祉の現状. https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/000607971.pdf. (最終閲覧日:2024年10月10日)
8. 平田豊明. 精神医療審査会制度の現状と課題. https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12201000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu-Kikakuka/0000123315.pdf (最終閲覧日:2024年10月10日)
9. 国立精神・神経医療研究センター. 令和5年度6月30日調査の概要. https://www.ncnp.go.jp/nimh/seisaku/data/assets/excel/r5/r5_other_totalization_630.zip?v=2024032601. (最終閲覧日:2024年10月10日)
【執筆者】
長谷 明香里(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
フェイバー・オミレケ(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
西山 千聖(日本医療政策機構 インターン)
鈴木 秀(日本医療政策機構 シニアアソシエイト)
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