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【HGPI政策コラム】(No.48)-患者当事者支援プロジェクトより-第77回世界保健総会における社会参加に関する決議

【HGPI政策コラム】(No.48)-患者当事者支援プロジェクトより-第77回世界保健総会における社会参加に関する決議

<POINTS>

  • 2024年5月に開催された第77回世界保健総会(WHA: World Health Assembly)で、社会参加(social participation)に関する決議が採択された。同決議では、WHO加盟国に対し、社会参加を実践する行政機関や市民社会の能力強化等が盛り込まれた。
  • 世界保健機関(WHO: World Health Organization)は、社会参加を「政策サイクル全体、そしてシステムのあらゆるレベルで、健康に影響を与える意思決定過程に、人々、地域コミュニティ、そして市民社会を包括的に参加させ、エンパワーすること」と定義している。
  • 社会参加は、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC: universal health coverage)の達成や、プライマリ・ヘルス・ケア(PHC: primary health care)の強化のために重要である。


はじめに

今年2024年5月に開催された第77回世界保健総会(WHA: World Health Assembly)で、決議WHA77.2「社会参加に関する決議(Social participation for universal health coverage, health and well-being)」が採択されました。世界保健機関(WHO: World Health Organization)は、社会参加(social participation)を「政策サイクル全体、そしてシステムのあらゆるレベルで、健康に影響を与える意思決定過程に、人々、地域コミュニティ、そして市民社会を包括的に参加させ、エンパワー*すること」と定義しています。 本決議によって、医療政策の形成過程で、「社会参加」が今後ますます重要になると考えられます。そこで、本コラムでは、今回の決議に至るまでの背景や、決議の具体的な内容について紹介いたします。

*エンパワー(empower)とは、「人々が自分の人生形成に関連する要因や意思決定に影響を及ぼすことを可能にするプロセス」を指す言葉とされています。

社会参加に関連するこれまでの議論の背景

今回の決議は、先例する国際的な取り組みに呼応して採択されたものです。古くは、1978年のアルマ・アタ宣言まで遡ります。アルマ・アタ宣言は健康を基本的人権として謳ったことで有名ですが、同時に「保健医療の立案と実施に参加することがすべての人の権利、そして義務である」(第4条)と政策形成過程における社会参加も基本的人権の一つとして位置付けていました。

その後も社会参加の重要性に関する取りまとめは継続的になされており、例えば、2011年のリオ政治宣言(Rio Political Declaration on Social Determinants of Health)では、健康の社会的決定要因に影響を与える意思決定プロセスについて、コミュニティや当事者参画の推進が表明されました。 また、2015年に発表された持続可能な開発目標(SDGs: Sustainable Development Goals)でも、目標16ターゲット7に「あらゆるレベルでの対応的、包括的、参加型および代表的な意思決定」が掲げられています。 さらに、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC: universal health coverage)の達成に向けた国際的な取組みの中でも、社会参加が加速度的に推進されています。2018年のアスタナ宣言では、UHCの達成に向けたプライマリ・ヘルス・ケア(PHC: primary health care)システムの強化が議論されると共に、PHCの強化に不可欠な視点としてコミュニティのエンパワーメントや政策形成への参加の必要性が言及されています。

社会参加の必要性が、UHCの達成やPHCの強化の文脈でも議論されるなかで、2023年5月の第76回WHA開催時には、複数の加盟国が2024年のWHAで社会参加の制度化に関する決議を追求する意向を発表し、 社会参加の制度化に向けた行動指標がまとめられました。 さらに、2023年9月には、UHCに関する国連ハイレベル会合が開催され、UHCとSDGsの達成に向けた加速化の必要性が再確認されるなかでも社会参加の必要性が明言されました。政治宣言には、「地域コミュニティ、医療従事者、ボランティア、民間団体などの関係者をUHCの設計、実施、評価の過程に参加させ、公共の健康ニーズにより良く応える政策、プログラム、計画を作成し、医療システムへの信頼を育むこと」と社会参加が言及されています。 UHCの達成に向けた社会参加を推進する機運も高まり、複数のWHO加盟国の提案を受けて、今回2024年の第77回WHAで社会参加に関する決議が承認されるに至りました。

第77回世界保健総会での決議内容

今回の決議では、(1)WHO加盟国に対し、各国の状況や文脈、優先順位を考慮しながら、適切な形で、保健関連の決定への定期的かつ意義のある社会参加を、制度全体で実施、強化、維持すること(2)WHO事務局長に対し、WHO加盟国での実践を支援するために必要な取り組みを促進することが、それぞれ要請、要求されました。

(1)加盟国に対する要請

  1. 意義ある社会参加の設計と実践に向けて、公共部門の能力を強化すること
  2. 社会的に脆弱な状況にある全ての人々の声を促進することに特に焦点を当て、公平で多様かつ包括的な参加を可能にすること
  3.  一連の政策循環全体を通じて、あらゆる制度の全ての段階で一貫して、社会参加が健康に関わる意思決定に影響を与えるよう努力すること
  4. 公共政策と法律を基盤とする幅広いメカニズムを活用しながら、定期的で透明性の高い社会参加を実践し、それを維持すること
  5. 効果的な社会参加を支援するために、適切かつ持続可能な形で公共部門の資源を分配すること
  6. 多様性に富み、公平で透明性が高くかつ包括的な社会参加を実現するために、市民社会の能力強化を促進すること
  7. 社会参加の実践を促進していくために、関連する研究を支援し、モニタリングと評価まで含めてプロジェクト及びプログラムを試行的に実施すること

(2)事務局長への要求

  1. ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ、健康の安全保障、保健関連の持続可能な開発目標に向けた衡平な進展を加速する手段として、保健セクター内だけでなく、保健の衡平性と福利に影響を与える他のセクターや多国間組織においても、意義ある社会参加の定期的かつ持続的な実践を提唱すること
  2. 各国における実施状況のモニタリングと評価を含め、社会参加の強化と継続に向けた技術的ガイダンスと運用ツールを開発し、加盟国の要請に応じて研修と技術支援を提供すること
  3. 政策サイクルの様々な段階において、また制度の様々なレベルにおいて、様々なタイプのメカニズムを通して意味のある社会参加を実施する際の加盟国の経験を文書化し、公表し、広めること
  4. 加盟国の社会参加の経験の定期的な共有と交換を促進すること
  5. WHOの各部門及び3つの階層(世界、地域、国家)を横断した社会参加に関する技術支援を調和させること
  6. 2026年、2028年、2030年のWHAにおいて、本決議の実施状況を報告すること

WHOは2021年にUHCの達成に向けた社会参加に関するハンドブック「Voice, agency, empowerment – handbook on social participation for universal health coverage」を公表しており、 今回の決議を含め、意義ある参画の推進に向けた国際的な支援体制は整いつつあります。

日本への示唆

日本においては、がん対策基本法が定めるがん対策推進協議会への患者参画をはじめ、保健医療福祉に関する政策形成過程の多くで、患者や当事者(家族、遺族、その他の支援者等を含む)が参画する取り組みが進められています。また、国の行政機関が命令等を定める際に事前に広く一般から意見を募集することを定める行政手続法も整備されています。地方自治体では、市民参加・住民参加に関する条例の制定が進んでおり、広く社会参加を推進する法基盤が整備されています。

一方で、日本全国で、患者・当事者や、広く市民・住民が、効果的に政策形成過程に参画するためには更なる取り組みが求められます。例えば、参加を希望する患者・当事者・市民は、参画のニーズに比例して増えるわけではありません。実際に、地方自治体においては、会議体に参加する患者・当事者を公募しても、応募がない事例もみられています。また、会議に参加しても、議論についていけず発言できない事例もあります。これらに対して、行政機関側の工夫や、参加する患者・当事者等の能力開発等が求められます。

今回の決議では、WHO加盟国に、社会参加の推進に向けて、参加する市民社会側、行政機関側双方の能力の向上等が求められ、そのためのサポートをWHO事務局が提供することとされています。日本での社会参加推進のためにも、また国際社会でUHCを先導する日本が、UHCの達成においても重要な社会参加をけん引するためにも、日本全国の行政機関と市民社会が一丸となり、社会参加を推進することが期待されます。

 

【参考資料】

  1. World Health Organization. Social participation for universal health coverage, health and well-being. World Health Organization: Geneva. 2024. https://apps.who.int/gb/ebwha/pdf_files/EB154/B154_CONF10-en.pdf(2024年7月10日 閱覧)
  2. World Health Organization. Health Promotion. World Health Organization: Geneva.
    https://www.who.int/teams/health-promotion/enhanced-wellbeing/seventh-global-conference/community-empowerment(2024年7月10日閱覧)
  3. World Health Organization. WHO called to return to the Declaration of Alma-Ata. World Health Organization: Geneva.
    https://www.who.int/teams/social-determinants-of-health/declaration-of-alma-ata(2024年7月10日閱覧)
  4. World Health Organization. Rio Political Declaration on Social Determinants of Health. World Health Organization: Geneva. 2011.
    https://www.who.int/publications/m/item/rio-political-declaration-on-social-determinants-of-health(2024年7月10日閱覧)
  5. United Nations. Goal 16 Promote peaceful and inclusive societies for sustainable development, provide access to justice for all and build effective, accountable and inclusive institutions at all levels. United Nations. Department of Economic and Social Affairs Sustainable Development.
    https://sdgs.un.org/goals/goal16#overview(2024年7月10日閱覧)
  6. World Health Organization. Declaration of Astana. World Health Organization: Geneva. 2018.
    https://www.who.int/publications/i/item/WHO-HIS-SDS-2018.61(2024年7月10日閱覧)
  7. The Civil Society Engagement Mechanism for UHC2030 (CSEM). Social Participation. 2023.
    https://csemonline.net/social-participation/(2024年7月10日閱覧)
  8. World Health Organization. Social participation for universal health coverage: technical paper. World Health Organization.
    https://iris.who.int/handle/10665/375276(2024年 7月10日閱覧)
  9. World Health Organization. World leaders commit to redouble efforts towards universal health coverage by 2030. World Health Organization: New York, Geneva. 2023. https://www.who.int/news/item/21-09-2023-world-leaders-commit-to-redouble-efforts-towards-universal-health-coverage-by-2030(2024年7月10日閱覧)
  10. 77th World Health Organization. World Health Assembly A77/A/CONF./3 Agenda item 11.1. World Health Organization: Geneva. 2024. https://apps.who.int/gb/ebwha/pdf_files/WHA77/A77_ACONF3-en.pdf(2024年7月10日閲覧)
  11. World Health Organization. Voice, agency, empowerment – handbook on social participation for universal health coverage. World Health Organization: Geneva. 2021. https://www.who.int/publications/i/item/9789240027794(2024年7月10日閲覧)

 

【執筆者のご紹介】

磯田 水凜(日本医療政策機構 インターン)
河野 結(日本医療政策機構 マネージャー)
坂内 駿紘(日本医療政策機構 マネージャー)

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