【開催報告】第141回HGPIセミナー「韓国の肥満症政策の現状と展望―政策推進における当事者の声―」(2026年3月3日)
今回のHGPIセミナーでは、韓国の家庭医かつ肥満症の当事者として国内外における政策アドボカシーに取り組む、ヘルシー・トゥギャザー・ソーシャル・コーポレーティブ代表のキム ユヒュン氏をお招きし、 韓国における肥満症の疫学的動向と政策の変遷、肥満症をめぐるスティグマの問題、そして医師と当事者という二つの立場における実体験(Lived Experience)が政策立案に果たす役割についてご講演いただきました。キム氏は韓国肥満学会(KSSO: Korean Society for the Study of Obesity)理事でもあり、2018年から続く自助グループの活動を経て2022年にヘルシー・トゥギャザー・ソーシャル・コーポレーティブを設立しました。
<POINTS>
- 韓国における肥満の有病割合は38.4%に達し、とりわけ20〜30代の高度肥満症(BMI≥35)は2012年から2021年の間に約3倍にまで拡大しており、若年層の肥満症を個人の問題ではなく社会的課題として捉え、対処する必要性が高まっている。
- 減量後の体重の再増加は、満腹感を持続させ食欲を抑えるホルモンであるGLP-1低下による結果であり、個人の意志や生活習慣に起因した問題ではない。こうした生理学的メカニズムに対して、薬物療法は食への強迫観念(food noise)を低減することで生活習慣改善が継続可能になる。
- 肥満症患者・当事者に対するスティグマは受診を遅らせるなど悪影響を招き、とりわけ医療者によるスティグマは診療の質の低下につながる。
- 肥満の予防と肥満症の治療を明確に分離する二本立てのアプローチへの転換が急務である。同時に、当事者の実体験を政策立案・学術研究・専門職教育のプロセスに組み込むことが、持続可能な肥満症対策の鍵となる。
韓国の医療制度はフリーアクセス制を採用しているが、かかりつけ医制度がないため、肥満症などの慢性疾患管理の継続性が課題となっている
韓国は1989年にユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC: Universal Health Coverage)を達成し、2000年7月より地域・職場別の保険組合を国民健康保険公団(NHIS: National Health Insurance Service)に一元化した。また、医療の質の評価と診療報酬の評価についてはNHISと同時に設立された健康保険審査評価院(HIRA: Health Insurance Review & Assessment Service)が担い、政策立案及び医療資源全体の統括は保健福祉省(Ministry of Health and Welfare)担うという三者の役割分担がなされている。この制度のもとでは、医療扶助制度(Medical Aid Program)の対象となる低所得者層を除き、すべての市民がNHISへの加入が義務付けられている。受診に際してはかかりつけ医制度は採用されておらず、一次・二次医療機関は自由に選択できる。一方、三次医療機関(大学病院等)への受診には一次・二次医療機関からの紹介状が必要となる。
この体制は、急性期疾患への対応が強化された反面、かかりつけ医機能の弱さから肥満症や糖尿病のような継続的な管理を要する慢性疾患においては、フォローアップ体制の分断につながるという構造的な課題を生んでいる。
韓国の肥満の有病割合は若年層を中心に急増しており、特に高度肥満症の拡大は社会全体で対処すべき課題である
肥満症の実態に関するデータは、2年に1度実施される一般健康診断の結果に基づいて作成されている。さらに、韓国疾病管理庁(KDCA: Korea Disease Control and Prevention Agency)が毎年実施する「国家健康栄養調査(KNHANES: Korea National Health and Nutrition Examination Survey)」は、全国192地域から1歳以上の約1万名を対象に、生活習慣の聞き取りや健康診断データの収集、栄養摂取状況、社会経済状況等を網羅した縦断データを収集している。韓国肥満学会はこれらをもとに毎年肥満ファクトシートをインフォグラフィック形式で公表し、エビデンスに基づく政策立案を支える体制を整備している。
韓国肥満学会が2025年に公表した最新の肥満ファクトシートによれば、2023年時点での肥満(BMI≥25)の有病割合は全体で38.4%に達しており、男性は49.8%と半数に迫る一方、女性は27.5%で推移している。過去10年間(2014〜2023年)の推移をみると、男性の肥満有病割合は38.8%から49.8%へ急増しているのに対し、女性は23.7%から27.5%へと比較的緩やかな増加にとどまっている。しかし、肥満の重症度別の内訳をみると、2度肥満(BMI 30〜34.9)および3度肥満(BMI≥35)は男女ともに増加傾向にあり、特に3度肥満は全体で0.38%(2012年)から1.09%(2021年)へと約3倍に増加している。男性では0.35%から1.21%(約3.5倍)、女性では0.42%から0.97%(約2.3倍)という増加を示している。この傾向は20〜30代の若年層で特に顕著であり、同年代における3度肥満の有病率が2012年から2021年の間に男女ともに約3倍に増加している。20〜30代の高度肥満症は総死亡・がん死亡・心血管死亡リスクを顕著に増加させるとともに、2型糖尿病・高血圧・脂質異常症の有病割合および医療費を急増させることがデータとして明確に示されている。若年層の高度肥満は個人の意志や生活習慣といった個人の問題に帰着させず、社会全体が対処すべき構造的課題である。
韓国政府は肥満症を疾患と認定し、肥満症対策として手術・薬物療法を含む包括的な治療への転換を進めている
2018年7月に複数の省庁が合同で策定・公表した「国家肥満管理総合対策」は韓国の肥満症政策の転換点といえる。これは韓国政府が初めて肥満症を「疾患」として公式に認定した文書であり、食事と運動によってエネルギーバランスを改善するという従来の単一的なアプローチから、予防と治療という二本立てのアプローチへの転換を示している。具体的には、減量・代謝改善手術への保険適用(2019年1月より)や、地域保健センターへの肥満症専門職の設置義務化、学校外サービスにおける健康増進プログラムの整備、過食を助長する食品広告の規制、栄養表示の義務化拡大などが盛り込まれた。
減量・代謝改善手術については、BMI≥35の患者、またはBMI 30〜35で2型糖尿病・高血圧・睡眠時無呼吸等の肥満関連の合併症を有する患者、およびBMI 27.5〜30で2型糖尿病を合併する患者が保険適用の対象とされ、患者の自己負担割合は20%と設定されている。
減量・代謝改善手術は単なる胃容量の縮小だけでなく、腸管ホルモンを介した代謝改善効果(インスリン感受性の向上等)を有し、体重変化だけではない医学的意義を有することが科学的に示されている。一方、外科的治療とは対象的にGLP-1受容体作動薬をはじめとした薬物療法は現在も保険適応外であり、全額自己負担である。薬物療法はその有効性および安全性が確立されているにもかかわらず、治療へのアクセスが保証されていない。こうした状況に対して、与野党双方から肥満症の予防・治療を対象とした独立した法律の制定に向けた動きが2024年から2025年にかけて相次いでおり、肥満症対策を個人の責任ではなく国家的な課題としてとらえ直すという政策的機運が高まっている。薬物療法を含む肥満症治療への保険適用の実現は、肥満症が疾患であり「治療」が必要であるということを社会的に明示する象徴的な意義を持つため、この政策的な動向は重要である。
国家肥満管理総合対策の影響で、地域保健センターで実施されている肥満管理プログラムにも変化がみられている。2022年版のガイドラインでは、肥満症管理は食事と運動によりエネルギーバランスを改善することと単純に定義されていたが、2025年版では一般市民を対象とした予防と、治療を必要とする患者を対象とした治療が明確に区分され、BMI≥35または合併症を有する患者に対しては薬物療法の推奨が明示された。これは、行政においても肥満症が慢性疾患として捉え直されつつあるということを示しているといえる。
肥満症は遺伝・環境に規定される慢性の再発性疾患であり、体重の再増加は意志や努力の欠如ではなく症状として捉えることが重要である
身体には遺伝的・環境的要因によって定まる基準値が存在し、体重がその値を下回るとGLP-1の低下をはじめとした生体反応により、食欲亢進・基礎代謝の低下といった生理学的応答を引き起こして体重を元の水準へ回帰させようとする。このメカニズムから、体重の再増加は意志力の欠如ではなく、慢性疾患の再発であるということがわかる。
自身の場合、基準値は約100kgであり、1日2,000kcalの食事管理と有酸素・筋力トレーニングの組み合わせによって2012年2月から同年9月の7ヶ月間で33.1kgの減量を達成した。減量過程で生活スポーツ指導士とNSCA(National Strength and Conditioning Association)認定パーソナルトレーナーの資格を取得し、10km走や高層ビル階段レースにも参加するまでの体力を獲得した。しかし2017年には再び100kgに戻ってしまった。その後も運動を継続しながらも体重は基準値である100kg台へと引き戻されていってしまった。しかし現在はGLP-1受容体作動薬と運動の併用によって管理を続けることができている。食への強迫観念(food noise)が薬で低減されると、いつも生活習慣改善をはじめた最初の日である、という感覚で取り組むことができると感じている。高血圧の患者に降圧薬なしで食事管理だけを求めないように、肥満症においても薬物療法は生活習慣改善を支える道具であって、食事や運動の代替ではないということを強調したい。
肥満症に対するスティグマは患者の受診回避、医師の消極的な治療姿勢の双方を招くため、スティグマ化されたコミュニケーションの改善が必要である
韓国、そして日本を含む東アジア全般の社会・医療文化には羞恥と叱責が減量の動機付けになるという誤った考えに基づき、ショック療法的なアプローチが有効であるという認識が根強く存在する。しかしこのアプローチは生物学的にも逆効果であることが明らかになっている。体型への偏見と不当な扱いに長期間さらされた患者は、ストレス反応の持続により血中コルチゾールが上昇し、内臓脂肪の蓄積が促進されるという悪循環が生じる。さらに、内在化された羞恥心は、医療機関への受診回避や運動意欲の低下、過食行動という形で肥満症関連の合併症と死亡リスクを高めることも明らかになっている。
また、スティグマは医療者側にも浸透している。「肥満症患者はどうせ指導どおりにできない」「意志の問題」「相談に時間がかかる割に効果が上がらない」といった偏見が臨床現場に深く浸透しており、消極的な治療態度やコミュニケーション不足として立ち現れている。これは適切な治療手段もなく肥満症を治療せざるを得なかった環境から生まれた典型的な偏見である。薬物療法の保険適用が実現すれば、医師が取り組める治療の選択肢は広がり、こうした医療者側の偏見の解消にもつながると考えている。
肥満症当事者と医療者のコミュニケーションを改善する方法については様々な取り組みが存在する。例えば、カナダ発のガイドラインでは、体重や肥満について話す前に患者の許可を得ることが推奨されている。そのため、初回診察では体重・BMIではなく血圧・肝機能・血糖・脂質などの代謝指標を起点に会話を組み立て、2〜3回の受診で信頼関係を構築してから肥満治療の話題を導入することで、はじめて患者・当事者自信から語り始めるという経験もある。2024年の国際代謝肥満外科学会(ICOMES: International Congress on Obesity and Metabolic Surgery)では、理事として参加する韓国肥満学会との協働でメディア向け報道ガイドラインを策定し、メディアで肥満者が前向きに活動している様子を使っても、それが肥満を推奨したり体重増加を奨励するメッセージにはならないという立場を表明した。そうした報道は、むしろ患者の自己効力感を高め、治療へのアクセスを妨げる心理的障壁を下げると考えられる。
肥満症の当事者だからこそ見えた制度の矛盾を起点に、予防と治療の分離、患者・当事者参画、社会的認識の転換という三つの柱で政策変革を推進している
肥満症に関するアドボカシー活動に踏み出したきっかけは、資格を持つパーソナルトレーナーであり、マラソン完走経験もあった自身が、地域保健センターの標準的な肥満管理プログラムを修了できなかったという経験に根ざしている。「肥満症患者・当事者のためのプログラムを、肥満症患者・当事者が達成できない」という逆説的な事実が、予防と治療の分離という主張の原点である。
今後の優先課題は三つある。第一は予防と治療の二本立てシステムの制度化である。そのためには、一般市民向けの健康増進と肥満症患者向けの臨床的治療を明確に区別した政策的枠組みを確立することや、医療従事者への研修を継続すること、そして患者・当事者として政府の政策協議やメディアフォーラムに参加し、このアプローチの制度化を後押しすることが必要である。
第二に意義ある患者・当事者参画の拡大である。現在、韓国肥満学会との連携によりICOMES等の国際学術会議に患者主導セッションを導入し、患者の役割を、研究・教育の対象という存在から、能動的な担い手へ転換することを目指しており、こうした活動も患者当事者の声を届けるための活動の一つである。
三は肥満に関する用語の変更である。3月4日に設定された「비만예방의날(肥満予防の日)」を国際標準の世界肥満デー(World Obesity Day)に相当する「肥満の日」へと改めることで、肥満症を予防すべきという回避的な視点から認知し、支援と医療介入へという文化に変容することを促すための取り組みを行っている。
肥満症薬に対する保険適応に関する日本のアプローチは、韓国での薬物療法の保険適用にも関連する重要な取り組みであると認識している。韓国での法制化に向けた政策提言を続けるとともに、日本においても、近いうちに肥満症当事者によるアドボカシーが本格化すると期待している。そのとき、エビデンスと当事者の声をつなぐことのできる人物が現れることを心から願っている。
【開催概要】
- 登壇者:キム ユヒュン氏(ヘルシー・トゥギャザー・ソーシャル・コーポレーティブ(肥満症の当事者団体)代表/家庭医/韓国肥満学会理事)
- 日時:2026年3月3日(火) 17:00-18:15
- 形式:オンライン(Zoomウェビナー)
- 言語:日本語、英語(同時通訳あり)
- 参加費:無料
- 定員:500名
■登壇者プロフィール
キム ユヒュン(ヘルシー・トゥギャザー・ソーシャル・コーポレーティブ(肥満症の当事者団体)代表/家庭医/韓国肥満学会理事)
韓国における非営利の肥満症の当事者団体であるヘルシー・トゥギャザー・ソーシャル・コーポレーティブ創設者および代表として、肥満症に関するアドボカシー活動を行う患者リーダー。幼少期から肥満・肥満症とともに生きてきた経験を持ち、医学的専門知識と共感力に基づいて、肥満・肥満症とともに生きる人々の心身をサポートするという使命を追求している。オンライン・オフラインでのピアグループの組成や、教育コンテンツの制作、医療従事者向けに肥満症へのスティグマに対する気づきを啓発する専門的なトレーニングを提供している他、肥満症治療の改善を目指した政策提言活動にも取り組む。ソウル市のチャウム健診センターサムソン支店で家庭医としての診療を続けながら、すべての人が尊厳を持ち、支え合い、健やかに生きられる社会の実現を目指す。
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