【開催報告】第140回HGPIセミナー「COPDの疾病負担軽減を目指した早期発見の重要性:臨床現場と政策をつなぐ呼吸器医療の展望」(2026年1月27日)
今回のHGPIセミナーでは、奈良県立医科大学呼吸器内科学講座 教授の室繁郎氏をお迎えし、慢性閉塞性肺疾患(COPD: Chronic Obstructive Pulmonary Disease)をテーマにご講演いただきました。COPDの疾病負担に関する知見と、早期発見を阻む障壁、そして2032年に向けた実装可能な早期発見モデルと地域連携のあり方についてお話しいただきました。
<POINTS>
- COPDは喫煙や大気汚染により発症・進行する有病率の高い疾患であり、フレイルや心血管疾患リスクの上昇とも関連するなど、肺への負担のみならず重大な社会的・医学的負担をもたらす疾患である。
- 肺には機能的な余裕があり、呼吸が乱れないよう無意識に疲れない行動をとるため、COPDの症状は自覚しづらく、早期発見を妨げる大きな要因となっている。そのため、診断時にはすでにフレイルが進行している場合が多い。
- 日本呼吸器学会の「木洩れ陽2032」プロジェクトでは、スクリーニング質問票(COPD-PS)の活用や既存CT画像を活用した解析、ならびに多領域連携による潜在患者の同定など、2032年までのCOPDによる死亡率減少に向けた現実的な早期発見戦略を推進している。
- 日本におけるCOPD対策を全国的に推進するためには、健康診断項目の見直しや多職種連携モデルへの財政的支援を含む政策的基盤の強化が不可欠である。さらに、呼吸器疾患が循環器疾患や代謝性疾患と並ぶ主要な政策課題として位置づけられることを期待する。
健康日本21(第三次)とCOPDを取り巻く現状
1978年に当時の厚生省が開始した「国民健康づくり運動」は、高齢化や疾患構造の変化に合わせて変遷を遂げてきた。COPDが主要な呼吸器疾患として初めて位置付けられたのは、2013年の第二次計画であった。一方、当時はCOPDに対する市民の認知度が極めて低く、まずは認知度の向上が活動の主眼に置かれていた。
2024年度に始動した「健康日本21(第三次)」では、目標が大幅に強化され、COPDによる死亡率の低下が掲げられた。この背景には、過去10年間で多数の治療薬や治療法が開発され、臨床的なエビデンスが蓄積されたことにより、適切な介入によって重症化や死亡を予防できる疾患という社会的共通認識が醸成されたことにある。「健康日本21(第三次)」での改訂は、COPD対策が個人の健康課題から、社会全体で取り組むべき主要な健康課題へと位置づけが変化したことを示している。
COPDの特性と社会的負担
COPDは主に長期の喫煙や大気汚染物質への曝露を原因とし、肺胞破壊(肺気腫)および気道炎症を特徴とする疾患であり、往々にして進行性である。日本におけるCOPDの大規模な疫学調査(NICE study)によると、40歳以上の有病率は8.6%であり、70代では24.4%にまで至る。また、喫煙歴のある人では約15~16%がCOPDを発症するとされており、患者数は多い。さらに、喫煙者のうちCOPDを発症した人は、動脈硬化や心不全のリスクがCOPDでない喫煙者に比べて有意に高いことも知られており、COPDを発症している人は、喫煙による健康被害を受けやすい(喫煙感受性が高い)と言える。このように、COPDは単に肺の疾患に留まらず身体様々な健康被害と関連しあっていることから、社会的・医療的負担は大きい。
COPDの早期発見が困難である背景には、まず肺が高い機能的余力を持つことがあげられる。また、人間は苦しさを感じる前に、歩行時間を減らすなど無意識のうちに身体活動や生活様式を調整し、不快な症状を回避しようとする。この行動により単なる「加齢」や「運動不足」が原因であるという誤解を生み、肺の余力も相まって、症状の自覚を遅らせている。こうして、発見時にはすでにフレイルが進行していることもまれではない、という負の連鎖を招いている。一方で、早期診断と適切な介入が行われれば、禁煙支援、身体活動の促進、栄養改善支援といった生活習慣への介入を通じて予後の改善が期待できる。
木洩れ陽2032プロジェクトと早期発見モデル
日本呼吸器学会が主導するプロジェクト「Project for COPD MOrtality REduction BY 2032(COMORE-By2032: 日本呼吸器学会COPD死亡率減少プロジェクト・通称 木洩れ陽2032)」は、2032年までにCOPDによる死亡を減少されるための現実的なアプローチを提示している。未診断患者数の推計や政策への実装には、実臨床データの蓄積と活用が不可欠である。既存データの活用に加え、COPDの実態をより的確に把握するための継続的なデータ収集体制の構築が今後の重要課題である。
特に重視されているのは、現在COPDの診断に使われているスパイロメトリー検査を実施する前段階で、対象を適切に絞り込むことである。具体的な早期発見の手段として、5つの簡単な質問でリスク評価ができる質問票(COPD-PS)の活用や、肺がん検診で撮影されたCT画像を用いて早期肺気腫を評価する手法などが挙げられる。
さらに、木洩れ陽2032プロジェクトの鍵となるのは、呼吸器専門医にとどまらない多領域連携である。循環器の医師向けに開発した「COPDと心血管疾患における診療実践ガイド」では、心不全などの疾患を有する患者におけるCOPDの早期発見に向けたの連携体制が示されている。また、厚生労働省の科学研究費を活用し、自治体、薬剤師、医師会など多様な関係者と連携し、地域全体で潜在的なCOPD患者を把握する体制の構築が計画されている。
奈良県では、自治体によるたばこ対策が進めれており、ある地域の一般診療所からは大学病院を直接繋ぐCOPD診療ホットラインが整備された。今後も、薬剤師や医師会、保健所等も含む地域一体の取り組みが必要である。
今後の展望と政策への期待
COPDの早期発見・早期介入は、健康寿命の延伸と医療費の最適化の双方に資する。しかしながら、がんや循環器疾患と比較すると、呼吸器疾患に対する政策的支援や法的枠組みの整備は依然として十分とはいえない。
こうした臨床現場での取り組みを全国的な施策へと発展させるためには、多職種連携による早期発見・重症化予防モデルへの制度的・財政的支援が不可欠である。今後、日本におけるCOPD対策の政策基盤の強化を目指し、臨床現場と政策立案者との継続的な対話が望まれる。
【開催概要】
- 登壇者:
室 繁郎氏(奈良県立医科大学 呼吸器内科学講座 教授/奈良県立医科大学附属病院 副病院長(兼務)) - 日時:2026年1月27日(火) 18:00-19:15
- 形式:オンライン(Zoomウェビナー)
- 言語:日本語
- 参加費:無料
- 定員:500名
■登壇者プロフィール
室 繁郎(奈良県立医科大学呼吸器内科学講座教授)
1989年京都大学医学部卒業後、田附興風会北野病院勤務を経て、1998年京都大学大学院博士課程修了(医学博士)。マギル大学ミーキンス・クリスティー研究所研究員、京都大学講師・准教授を経て、2018年より現職。日本呼吸器学会常務理事・保険委員会委員長を務めるほか、同学会の「COPD診断と治療のためのガイドライン」第5~7版では責任編集委員・副委員長を歴任し、「喘息とCOPDのオーバーラップ診断と治療の手引き」第2版(2024年発行)では委員長。同学会のCOPD死亡率の低減を目指すプロジェクト「木洩れ陽2032」の活動にも積極的に関わっている。第42回ベルツ賞1等賞(2005年)、日本呼吸器学会熊谷賞(2014年)受賞。
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