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【メディア掲載】『「健康な気候のための処方」が教えてくれる-気候危機に対するこれまでの保健医療のとりくみ-』(『民医連医療』2023年3月号掲載、2023年2月24日)

【メディア掲載】『「健康な気候のための処方」が教えてくれる-気候危機に対するこれまでの保健医療のとりくみ-』(『民医連医療』2023年3月号掲載、2023年2月24日)

日本医療政策機構 プラネタリーヘルス政策チームが、『「健康な気候のための処方」が教えてくれる-気候危機に対するこれまでの保健医療のとりくみ-』と題した論考を民医連医療2023年3月号に寄稿いたしました。

本稿では、プラネタリーヘルス政策チームも賛同した「健康な気候のための処方」について、その概要や作成に至るまでの経緯、作成された際と同時期に動き始めた新たな取り組み、そして近年の「気候変動と健康」に関する国際的な動きについてとりまとめました。

 

「健康な気候のための処方」 が教えてくれる
気候危機に対するこれまでの保健医療のとりくみ

 

日本医療政策機構プラネタリーヘルス政策チーム
シニアマネージャー 菅原 丈二
インターン ケイヒル・エリ

はじめに

人類がこれまで地球に与えたさまざまな影響が、私たちの生活だけでなく健康に大きな影響を与え始めている。一方、私たちは気候変動や大気汚染など地球規模の問題にとりくむことは重要だと考える反面、地球規模の問題と個人の生活との関連については、直感的に理解する機会は少ないのではないか。世界保健機関(WHO:World Health Organization)が2014年に発行したレポート「気候変動が2030年代および2050年代に特定死因に及ぼす影響の定量的リスク評価(Quantitative risk assessment of the effects of climate change on selected causes of death, 2030s and 2050s)」では、有効な緩和策を取らなかった場合のシナリオでは、2030~50年には年間約25万人の超過死亡が発生すると推定されている [0]

また、地球規模の変化によるさまざまな健康被害が、すでに国内外で多数報告されている。例えば、22年6月にパキスタンで発生した記録的な洪水は国土の3分の1を、同年の夏にヨーロッパ各国を襲った熱波など社会活動や日常生活だけでなく健康へも大きな影響を及ぼしたと言われている。そして、気候変動と健康に関する影響をとりまとめている英国の医学誌ランセットによる22年10月に公表された「ランセット・カウントダウン(Lancet Countdown)」では、気候変動が世界中の人々の健康に深刻な影響を与えており、世界が化石燃料に依存し続けることで、食糧難、感染症、熱中症などのリスクが高まることが報告されている [1]

このように、地球システムの変化による健康への影響を実感する事例が増えるなか、各国で地球と人類の関係を持続可能にするためのとりくみが始まっている。G7やG20の議題においても、ワンヘルス・アプローチ(One Health Approach)や気候、環境、生物多様性などの地球の自然システムに対する人間の干渉が、人間の健康や地球上のすべての生命に与える影響を分析し、対処することをめざしたプラネタリーヘルス(Planetary Health)というとりくみも広がっている。

04年に設立された非営利、独立、超党派の医療政策シンクタンクである特定非営利活動法人日本医療政策機構(HGPI:Health and Global Policy Institute)においても、それぞれの事象が点として存在している本領域について、市民主体の、学際的な医療政策を実現すべく、幅広いステークホルダーを結集し、点をつなぐための議論を行っている。本稿では、プラネタリーヘルスの議論における「気候変動と健康」および「健康な気候のための処方(Healthy Climate Prescription)」に焦点を当て、近年の国際的な動きについて概要をまとめる。

1. 「健康な気候のための処方」とは

21年に、「WHO気候変動と健康のアクションに関する市民社会ワーキンググループ(WHO Civil Society Working Group to Advance Action on Climate Change and Health)」と「グローバル・クライメイト・ヘルス・アライアンス(GCHA:Global Climate and Health Alliance)」のメンバーが中心となり、英国のグラスゴーで開催された国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)に向けて、「健康な気候のための処方」は作成された [2]。この「健康な気候のための処方」では、気候危機は我々人類が直面している唯一最大の健康上の脅威であり、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な感染拡大(パンデミック)よりもはるかに壊滅的で永続的なリスクをもたらす可能性がある気候危機について、医療専門家および医療従事者は声をあげる倫理的義務があると述べている [3]。そして、その認識のもとで、政府に対し、市民・未来の世代を気候変動から保護することにより、政府の責任を果たすことを強く求めている [3]

図1「すでに気候変動によって引き起こされている健康被害の一例」

  • 大気汚染、その中でも特に気候変動を引き起こしている化石燃料の燃焼による大気汚染は、毎年700万人以上の早死を引き起こしており、毎分13人が亡くなっている。森林火災、廃棄物の焼却、および有害な農業慣行も、空気と肺を汚染している
  • 天候と気候の変化は、食物、飲料水、および生物を媒介した病気・疾患の増加を引き起こしている
  • 頻繁に発生している熱波、暴風雨、洪水などの異常気象は、数千人の命を奪い、毎年数百万人の生活を破壊し、医療施設にも影響が及んでいる。2021年だけでも、中国、インド、パキスタン、ベトナム、カナダ、ドイツ、ベルギー、その他多くの国で、気候変動に関連した大きな健康災害が発生した
  • 食糧システムは異常気象の影響を受け、食糧不安、飢餓、栄養失調などの悪化を引き起こしている
  • 海面上昇によって、人々の健康に不可欠な家屋や生計が破壊されている
  • 気候変動の影響は人々の精神的健康にも深刻な影響を与え、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、不安障害を引き起こし、既存の健康状態を悪化させている

図2「各国政府に対する呼びかけ」

  • 化石燃料を段階的に削減と迅速かつ公正な移行
  • 国家気候公約、気候政策、気候ガバナンスに「健康」を組み入れる
  • 気候変動に強い低炭素で持続可能な医療システムへの投資と構築
  • 高所得国は、中低所得国に対し、気候の緩和、適応、強靭性(レジリエンス)を支援するための財政支援を実施

 

なお、「健康な気候のための処方」は、賛同する個人や団体に対して署名を求めており、22年12月時点で4600万人の医療従事者を代表する600を超える市民団体と、102カ国の3400人を超える個人が署名している [3]

「健康な気候のための処方」を作成する上で中心となった団体の一つであるWHO気候変動と健康のアクションに関する市民社会ワーキンググループは17年11月に、WHO事務局長の要請により設立された [4]。ワーキンググループには、WHOの代表だけでなく、医療制度改革、研究、ピアエデュケーション、アドボカシー、緊急対応、政策分析などを通じて気候変動に取り組んでいる世界中のNGOから成っている。もうひとつの団体であるGCHAは、気候変動に対処し、公衆衛生を保護・促進するために、11年に南アフリカ共和国のダーバンで開催されたCOP17の際に結成され、世界各地の保健・開発関連団体によって構成され、気候変動に対する緩和と適応を通じて健康格差を縮小し、保健医療部門が模範となるよう支援し、そして適切な気候変動緩和政策がもたらす潜在的な健康上の利益に対する認識を高めることにとりくんでいる [5]。22年には、GCHA、「社会的責任を果たすための医師団(Physicians for Social Responsibility)」、そしてヘルスケア・ウィザウト・ハーム(HCWH:Health Care Without Harm)を中心に医療専門家の視点から化石燃料不拡散条約を求める書簡を作成している [6]

2. 取りまとめられた背景

21年のCOP26は今までの国連気候変動枠組条約締約国会議の中で保健医療分野が最も注目された会議であった [7]。「健康な気候のための処方」がCOP26で提出されたほかにもWHO主催で初めて行われたヘルスパビリオン、WHOがCOP26に向けて発表した調査結果、医療保健分野で働く専門家や従事者によって開催されたサイドイベント、また英国政府が後述するCOP26の議長国として各国に対して気候変動と健康に対するコミットメントを求めた「COP26ヘルスプログラム(COP26Health Programme)」が提示されるなど、健康を観点に入れた活動が行われた [8]

COP26はコロナ禍により一年延期で開催されたこともあり、パンデミックを通し、既存のヘルスシステム上の脆弱性や不平等さなどにスポットライトが当てられ [9,10]、これから増加することが予想される感染症や、地球規模での環境問題に起因する健康への被害に対応できるか注目されるようになった。また、「健康な気候のための処方」のようにWHOやGCHAなどのヘルスコミュニティからの動きと、議長国である英国政府からの後押しもあった。

英国政府はCOP26の議長国としても活動したが、COP26の少し前から自国でヘルス分野でのとりくみを行っていた。20年10月、英国の国民保健サービス(NHS:National Health Service)は世界で初めてカーボンネットゼロを達成することを目標に立てた医療保険制度となった [11]。また、COP26において、ヘルスコミュニティは気候変動へのとりくみの上で人間の健康を最前線に位置づけ、国連気候変動枠組条約(UNFCCC:United Nations Framework Convention on Climate Change)の交渉において初めて、COP26の議長である英国政府、WHO、「HCWH」、UNFCC気候変動行動チャンピオンが中心となり、COP26ヘルスプログラムが推進された。このとりくみでは、気候変動に対して強靭性(レジリエンス)を有し、低炭素で持続可能なヘルスシステムを促進しており、22年12月現在、合計62カ国が保健大臣レベルで二つのコミットメントのうち一つもしくは両方のコミットメントを表明している [12]

また、コミットメントを行動に移すためCOP26ヘルスプログラムはWHOが事務局の「気候変動と健康に関する変革的行動のためのアライアンス(ATACH:Alliance for Transformative Action on Climate and Health)」を設立した。ATACHはWHOのイニシアチブとして設立し、意見や情報を共有し、技術的・政治的協力を強化し、国際的な優先課題となるように働きかけ、モニタリング、資金調達、知識の共有と技術支援などを参加している政府や組織に提供している [13]

3. この課題に医療関係者による賛同の状況とG7広島サミットに向けて

本稿では、「健康な気候のための処方」について、その概要や作成に至るまでの経緯、そして作成された際と同時期に動き始めた新たなとりくみについてとりまとめた。ブリティッシュ・メディカル・ジャーナルやランセットといった医学ジャーナルや、世界医師会(WMA:World Medical Association)、世界家庭医機構(World Organization of Family Doctors(WONCA))、国際看護師協会(ICN:International Council of Nurses)、そして国際薬剤師・薬学連合(FIP:International  Pharmaceutical Federation)といった職能団体、さらに国際医学生連盟(IFMSA:International Federation of Medical Students’ Associations)や世界獣医学生協会(IVSA:International Veterinary Students’ Association)といった次世代を担う学生団体などが「健康な気候のための処方」に賛同を表明している [3]
 日本政府は23年にドイツからG7のホスト国としての役割を引き継ぎ、5月19~21日にはG7広島サミットを開催し、4月15~16日にはG7札幌気候・エネルギー・環境大臣会合、そして5月13~14日にはG7長崎保健大臣会合を開催する [14]。また、22年9月20日の第77回国連総会の一般討論演説において岸田総理は、国連や多国間主義の理念実現のための安全保障や法の支配とともに「新たな時代における人間の安全保障の理念に基づく取組の推進」を表明しており、その中で、気候変動などの問題が相互に結びつき複雑化する世の中において、コロナ禍を踏まえた新たな時代のユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)達成へのリーダーシップをとることが述べられている [15]
 気候と健康といった課題が日本においても取り上げられ、現時点では「健康な気候のための処方」に対する日本からの賛同は限定的ではあるが、自然災害や気候変動による熱中症が身近な日本においても、保健医療にかかわるすべてのステークホルダーが問題意識を持ち、声を上げ、社会の変革を牽引していく存在になっていくことを期待している。

 

[1] 2022 Report – Lancet Countdown (2022, October),Lancet
[2] Healthy Climate Prescription – What’s next?(. 2022, April).Global Climate and Health Alliance YouTube Channel.
[3] Healthy Climate Prescription( . 2021). #Healthy Climate Prescription.
[4] Collaborating with civil society to Advance Action on Climate Change(. n.d.). World Health Organization.
[5] Our history. (n.d.) The Global Climate and Health Alliance.
[6] Health Professionals Call for a Fossil Fuel Treaty ? The Fossil Fuel Non-Proliferation Treaty Initiative
[7] Laybourn-Langton L, Smith R. COP26 and Health:Some Progress, but Too Slow and not Enough. (2022,January) Balkan Med J.
[8]What has COP26 achieved for health?. (2022,November). World Health Organization.
[9] Quintana, Amanda V, Rashmi Venkatraman,Samantha Brandon Coleman, Diogo Martins, and Susannah H Mayhew. COP26: An Opportunity to Shape Climate-Resilient Health Systems and Research. (2021,November). The Lancet Planetary Health.
[10] Call for papers related to public health, climate change, and ecological futures. (n.d.).? (open-ended).Canadian Journal of Public Health.
[11] Greener NHS( n.d.). NHS England.
[12] COP26 Health Programme. (n.d.). Alliance for Transformative Action on Climate and Health(ATACH),World Health Organization.
[13] Alliance for Transformative Action on Climate and Health (ATACH). (n.d.). Alliance for Transformative Action on Climate and Health (ATACH), World Health Organization.
[14][Official]G7 Hiroshima Summit 2023
[15] 第77回国連総会における岸田総理大臣一般討論演説外務省

 

民医連医療2023年3月号の詳細はこちらをご覧ください。

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