【HGPI政策コラム】(No.32)-プラネタリーヘルス政策チームより-第4回:日本の中央省庁におけるプラネタリーヘルスに関連した取り組み
<POINTS>
- 日本政府は「2050年カーボンニュートラル」を宣言し、2030年度に2013年度比で46%の温室効果ガス削減を目標としている
- 環境省による「気候変動影響評価」のうち、特に健康分野では「暑熱」「感染症」への対策の重要性が示されている
- 環境省を始めとする各省庁が気候変動対策についての施策を公表する中、厚生労働省は熱中症対策に重点を置いており、緩和策や適応策を含む地球規模での健康影響についての施策は今後の取り組みが期待される
はじめに
気候変動について「気候危機」という意識のもとで世界のパラダイムが大きく変化しています。日本医療政策機構(HGPI: Health and Global Policy Institute)は、地球と人間の健康を持続可能なものとするため、マルチステークホルダーで協働し、日本全体が取り組むべきアジェンダを明らかにし、理解を深め、国内外に発信するとともに次のステップのきっかけを作ることを目指しています。第4回目となる本コラムでは、日本政府および中央省庁の取り組みについて紹介します。
まず初めに、政府による国際社会との間で日本政府が行った取り組みは以下のようになっています。
政府の取組み
気候変動対策に関する法整備・地球温暖化対策推進本部の設置
1997年12月に第3回気候変動枠組条約締約国会議(COP3)で採択された京都議定書を実施するという目的の下、政府は閣議決定により内閣に地球温暖化対策推進本部を設置しました。[1] 1998年には、地球温暖化対策の推進に関する法律(通称:地球温暖化対策推進法)が成立し、2005年2月京都議定書の発効に伴い、地球温暖化対策推進法の改正法が施行され、地球温暖化対策推進本部は法律に基づく本部として改めて内閣に設置されました。[2]
そして、2018年には気候変動適応法が成立しました。長く日本においては、緩和策の推進について地球温暖化対策推進法に基づき検討されてきましたが、この法案の成立により、「適応」と「緩和」の両輪で気候変動対策を推進する体制が構築されました。[3]
G8北海道洞爺湖サミットにおけるも野心的な目標設定
2008年、現在のG7サミット参加国(仏、米、英、独、日、伊、加と欧州連合(EU)の首脳)にロシアを加えた首脳が参加する主要国首脳会議(G8)が、北海道洞爺湖にて開催されました。この会合では各首脳が「G8は、2050年までに世界全体の(温室効果ガス)排出量の少なくとも50%削減を達成する目標を、気候変動枠組条約(UNFCCC: United Nations Framework Convention on Climate Change)のすべての締約国と共有し、採択することを求めること」という長期目標に合意しました。[4] このサミットは、2050年までに世界全体の排出量を半減するという野心的な長期目標に先進各国が合意したという点で、日本が低炭素社会を実現する方向に動き出したと評価されました。
本サミット後、2010年に改訂された「エネルギー基本計画」では、原子力及び再生可能エネルギー由来電源の比率を2020年までに50%以上、2030年までに約70%へ引き上げる数値目標が掲げられました。しかし2011年の東日本大震災後に原発推進の政策は白紙撤回となり、日本の環境政策は方向転換を迫られることになりました。
2050年カーボンニュートラル宣言と2030年度46%削減目標の設定
2020年10月に、日本は「2050年カーボンニュートラル」[5] を宣言しました。この目標は、2021年5月に改正された地球温暖化対策推進法において明確に位置付けられました。
さらに2021年4月に米国主催の気候サミットにおいて、2050年カーボンニュートラルの実現に向けて日本の温室効果ガス削減目標が引き上げられました。[6] 2030年度の削減目標について、従来の26%削減目標から1.7倍に引き上げられ、2013年度比で46%削減、さらに50%の高みに向けて挑戦するという新たな目標が表明されました。この目標は2050年のカーボンニュートラルを実現するために欠かせない野心的な目標だと支持される一方、実現可能性が非常に低いとの指摘もあり、賛否両論の意見が交わされています。
この宣言の背景には、2019年の第26回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP26)において、2050年までのカーボンニュートラルが必要だと合意されたことがあります。[7] 2015年の第21回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定では「+2℃より十分に低く」するために、「21世紀後半に温室効果ガスの実質ゼロ(排出量と吸収量を同量にする)」との目標が合意されました。しかし、COP26では、世界の二酸化炭素排出量を「2030年に2010年比で45%削減」「2050年頃までに実質ゼロ」にする必要があるという、さらに明確化された目標が合意されました。2019年12月までに世界123カ国・1地域が2050年カーボンニュートラルに賛同したとされています。日本の目標設定には国際社会からの働きかけがあったとの声もあり、気候変動対策は国内だけの問題ではなく、国外からの意見も取り入れることが避けられないという事実が伺えます。
ここからは、各省庁の気候変動と特に「健康」に関する取組を確認しましょう。
環境省
環境省は、国内の環境保全政策を推進すると共に、地球温暖化対策や気候変動の影響への適応についても様々な取り組みを行っています。ここでは、環境省の地球環境問題を扱う歴史を簡単に辿り、特に気候変動による健康への影響について取り上げられている「気候変動影響評価報告書」[8] に注目します。
日本の環境問題対策は、公害防止が原点となっています。1967年、大気汚染などの公害の拡大を背景に日本で初めて「公害対策基本法」が成立しました。そして1971年、公害問題に政府が対応する必要性の高まりを受け、環境省の前身である環境庁が発足します。その後、地球温暖化やオゾン層破壊などの地球環境問題への対応も行うこととなり、環境省の担う役割は近年ますます拡大しています。
気候変動影響評価報告書
図1: 気候変動により想定される影響の概略図(健康分野)、気候変動影響評価報告書 環境省 p217, 図3-7
2020年12月、環境省は、気候変動適応法に基づき気候変動影響の総合的な評価についての報告書「気候変動影響評価報告書」を発表しました。これは、2015年に続き2回目の気候変動影響評価であり、同法に基づくものとしては初めての、日本における気候変動の総合的な評価に関する報告書です。本報告書には、各分野における気候変動による影響が記載されています。健康分野における気候変動による影響は、29ページに渡り示されており、その概略は図1の通りです。気温上昇により死亡リスクが増加する暑熱(熱中症)や、蚊などの節足動物の分布変化により懸念される感染症の増加、大気汚染物質の生成促進による心血管疾患や呼吸疾患による死亡リスク増加、異常気象による自然災害からの被害などが取り上げられています。
気候変動適応計画
気候変動適応計画[9] のうち、健康分野の施策では主に「暑熱」と「感染症」が取り上げられています。暑熱への対策としては、気象情報及び暑さ指数(WBGT: Wet Bulb Globe Temperature)の提供や注意喚起、予防・対処法の普及啓発、さらに熱中症発生状況に係る情報提供が重要とされています。また蚊の生息域や個体群密度の変化による国内での感染連鎖の発生が危惧される感染症への対策としては、それらの感染症発生リスクと気温上昇の関連について科学的知見を集積することや、継続的な定点観測や発生動向の把握、さらに発生した幼虫・成虫駆除等を行うこと等が示されています。
経済産業省
経済産業省は、国内の経済および産業政策を推進する役割を担っています。地球環境を守る持続可能なエネルギーを安定的かつ効率的に供給する政策を実行する上でも重要な役割を持ちます。ここでは、各省庁と連携して策定された「カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」から、経済産業省の環境に関する取り組みを確認します。
2020年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略(2021年12月)
日本政府の2050年カーボンニュートラル宣言に伴い、経済産業省は関係省庁と連携し、2021年6月に「カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」[10] を策定しました。グリーン成長戦略では、産業政策・エネルギー政策の両面から成長が期待される14分野 を掲げています。それぞれの分野において、経済と環境の好循環を作っていく産業政策についての2050年までの実行計画やそれを実現するための工程表が策定されています。これらの計画を実現するための政策ツールとしては、2兆円の予算(グリーンイノベーション基金)、投資・事業再構築や研究開発に関する税制の整備、規制改革や標準化、国際連携、大学における取組推進、2025年大阪・関西万博の場の活用、若手世代によるワーキンググループなどを整備するとされています。今後、この計画がどのように実施され、どのような結果を出すのか、また重要分野の一つに「ヘルスケア産業」が含まれていくのかが日本のカーボンニュートラル実現への道を左右すると言えるでしょう。
厚生労働省
厚生労働省は、国民生活の保障・向上と経済の発展を目指すために、社会福祉、社会保障、公衆衛生の向上・増進と、働く環境の整備、職業の安定・人材の育成を総合的かつ一体的に推進する役割を担います。中央省庁の中では、最も直接的に人間の健康を取り扱う存在だと言えそうです。
厚生労働省は、地球環境問題と関連する気温上昇によってリスクが高まるとされている熱中症予防のための取り組みに力を入れており、市民向けに情報発信をしています。[11] また、2021年2月より「自然に健康になれる持続可能な食環境づくりの推進に向けた検討会」が開催されています。この検討会では、様々な視点から持続可能な食環境の実現についての議論がなされています。2019年にランセット誌は人間の健康と環境の持続可能性に最適な食事構成を推奨する「プラネタリー・ヘルス・ダイエット」[12] について報告しましたが、本検討会の議事でも、世界保健機関(WHO: World Health Organization)と国際食糧農業機関(FAO: Food and Agriculture Organization)が協働して策定した「持続可能で健康的な食事の実現に向けた指針(Sustainable healthy diets – Guiding principles)」より、「持続可能で健康的な食事の実現のためには、健康面だけではなく環境面も含めた対策が重要であること」という観点が引用されています。各府庁の中で最も健康対策を推進する立場にある厚生労働省が、今後どのような施策を推進するのかが注視されます。
上記以外の厚生労働省による地球環境の取り組みは、「厚生労働省における環境配慮の方針」[13] の最新である2021年度版で確認することができました。これは、各府庁が毎年環境対策推進本部へ報告している、施策の進捗状況の自己点検結果です。厚生労働省の施策は「環境保全のための施策」「通常業務における環境配慮の取組」の2つに大きく分けられ、各取組における進捗が報告されています。例えば前者の一つには、生協・製薬・病院という3領域での温室効果ガス排出量の削減目標が示されています。また、ヘルスケア分野で近年話題となっている働き方改革についても、気候変動対策推進の一環として時間外労働の削減が掲げられています。他にも医薬品・医療機器製造販売業者等による環境配慮の取組の推進や、医療施設・保健衛生施設・社会福祉施設等における環境配慮の取組の推進などの進捗が報告されています。全体として評価は定量的というよりも定性的になされており、2050年カーボンニュートラルに向けた具体的な取り組みが今後期待されます。
その他の省庁
上記3省庁の他にも、各省庁が地球環境問題に関する施策や発信を行なっています。例えば、農林水産省は「地球温暖化影響調査レポート」[14]を公表し、農業生産現場における高温障害等の影響やその適応策について取りまとめています。また、産地自らが気候変動に対するリスクマネジメントや適応策を実行する際の指導の手引きとして、いくつかの作物に特化した「農業生産における気候変動適応ガイド」[15] を作成しています。また、外務省は気候変動問題を「気候変動外交」と位置付けて発信しています。[16] その他の省庁も、国内外で環境政策をめぐる情勢が刻々と変化する中、日本政府全体としての「地球温暖化対策計画」を中心に、取り組みを行なっています。
終わりに
本コラムでは、日本政府や各省庁における気候変動対策と人の健康への影響についての取組の一部を紹介しました。環境省を始めとする各省庁が気候変動対策についての施策を公表していますが、現段階では人への健康影響に関する評価や施策については限定的です。また、健康問題への対策を主に取り扱う厚生労働省は熱中症対策に重点を置いているものの、地球環境問題による人への健康影響についての施策は近年見受けられません。国内外でプラネタリーヘルスに関する産官学民の取り組みが活発になる今、日本の省庁からの今後の取り組みについての発信も期待されます。2050年カーボンニュートラル宣言をきっかけに気候変動による経済への影響について活発に意見が交わされる最中、気候変動による健康への影響についての議論の重要性についても声を上げていく必要がありそうです。
第5回目のコラムでは、日本の自治体における気候変動と人の健康影響に関する取り組みを紹介いたします。
【参考資料】
[1] これまでの経緯 (kantei.go.jp)
[2] 地球温暖化対策推進法の成立・改正の経緯 | 地球環境・国際環境協力 | 環境省 (env.go.jp)
[3] 気候変動への適応 | 地球環境・国際環境協力 | 環境省 (env.go.jp)
[4] G8 Hokkaido Toyako Summit Leaders Declaration (mofa.go.jp)
[5] Microsoft PowerPoint – 参考資料6_2050年カーボンニュートラルを巡る国内外の動きrev5 (env.go.jp)
[6] 日本の排出削減目標|外務省 (mofa.go.jp)
[7] COP26の結果概要について – トピックス – 脱炭素ポータル|環境省 (env.go.jp)
[8] 気候変動影響評価報告書 詳細 (env.go.jp)
[9] 01_気候変動適応計画 (env.go.jp)
[10] 2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略 (meti.go.jp)
[11] 熱中症予防のための情報・資料サイト | 厚生労働省 (mhlw.go.jp)
[12] EAT-Lancet_Commission_Summary_Report.pdf (eatforum.org)
[13] 【資料2】環境配慮の方針 (mhlw.go.jp)
[14] 令和3年地球温暖化影響調査レポート(maff.go.jp)
[15] 地球温暖化対策:農林水産省 (maff.go.jp)
[16] 気候変動|外務省 (mofa.go.jp)
【執筆者のご紹介】
- 本多 さやか(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
- ケイヒル エリ(日本医療政策機構 インターン)
- 鈴木 秀(日本医療政策機構 アソシエイト)
- 菅原 丈二(日本医療政策機構 シニアマネージャー)
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