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【HGPI政策コラム】(No.31)-プラネタリーヘルス政策チームより-ヘルスケア業界におけるプラネタリーヘルスに関する取り組み-第3回-

【HGPI政策コラム】(No.31)-プラネタリーヘルス政策チームより-ヘルスケア業界におけるプラネタリーヘルスに関する取り組み-第3回-

<POINTS>

  • 日本国内の温室効果ガスの4.6%がヘルスケア業界によると報告されており、国外のヘルスケア業界でも同程度の温室効果ガスの割合が報告がされている
  • 国外ではヘルスケア業界の600以上の組織が地球環境と人間の健康を守るための活動に賛同しており、具体的な取り組み事例も示されている
  • 国内でも数年前から病院の省エネ対策など環境問題への取り組みが奨励されているが、助成制度や事例紹介を求める意見も強く、今後のさらなる具体策の提案・実行が期待される


はじめに

日本医療政策機構(HGPI)では、脱炭素化という世界の大きな潮流において注目されつつあるプラネタリーヘルスの領域で新たな取り組みを開始しました。地球と人間の健康を持続可能とするため、マルチステークホルダーと協働し日本全体が取り組むべきアジェンダを明らかにし、理解を深め、国内外に発信するとともに次のステップのきっかけを作ることを目指します。シリーズ第3回目となる本コラムでは、国内外のヘルスケア業界におけるプラネタリーヘルスに関する取り組みをご紹介します。

私事ですが、先日横浜で開催された第13回日本プライマリ・ケア連合学会に参加してきました。驚いたのは、プログラムの中で気候変動という単語を含む企画が二つも準備されていた事です。一つはグローバルヘルスの最新トピックに関するシンポジウムで、気候変動と健康に関して研究されている医師からの講義でした。本コラムの第2回でも取り上げた、グローバルヘルスの文脈で今プラネタリーヘルスが注目されている理由などのお話を聞きました。もう一つはあるテーマについて関心を持つメンバーが集い、意見・情報交換もしくは課題・目標抽出などを行うセッションで、気候変動に対してプライマリ・ケアの現場で働く医療従事者として、取り組むべきことについて少人数のグループ内で意見交換をするというものでした。私が参加したグループでは「感染症を診療する際、膨大な防護服を廃棄することにいつも心を痛める」とグループ一同が頷く悩みから、「生ごみ廃棄のために地域のコンポストを利用し始めた」という明日から真似できそうなアイディア、さらに「カーボンフットプリントを実際に減らしている企業の商品を診療所で優先的に購入すると良いかも」などの近い将来を見据えた意見も出ていました。医療従事者の中でも気候変動への関心が高まっていることが分かり、自分にも出来るスモールステップを考えるきっかけとなりました。


ヘルスケア業界による環境負荷

地球環境への影響を考えるとき、最近では温室効果ガス排出量やカーボンフットプリントなどを耳にする人も多いのではないでしょうか。プラネタリーヘルスの観点では、人為的な要因による地球規模の変化の推進力は気候変動だけではなく、生物多様性の減少、世界規模の汚染、土地利用の変化など様々です。*1 しかしここでは、ヘルスケア業界による負荷を知るために、主に気候変動に関連がある温室効果ガス(GHG: Greenhouse Gas)や商品やサービスの原材料調達から廃棄・リサイクルに至るまでのライフサイクルの各過程で排出された「温室効果ガス」を追跡し、得られた全体の量をCO2に換算して表示するカーボンフットプリント(CFP: Carbon Footprint of Products)等の指標を確認してみましょう。

経済産業省が国連気候変動枠組条約(UNFCCC: United Nations Framework Convention on Climate Change)に基づき集計している日本の温室効果ガスおよびその生成前の前駆物質等(窒素酸化物(NOx)、一酸化炭素(CO)、非メタン揮発性有機化合物(NMVOC)、硫黄酸化物(SOx))の排出・吸収に関する目録(インベントリ)である温室効果ガスインベントリ*2 から試算した報告書*3 によると、2019年度の日本のエネルギー起源CO2排出量(電気・熱配分後排出量)は、「産業部門(38%)」「運輸部門(20%)」に続く「業務その他部門(19%)」となっています。また、その中で、「卸売業・小売業(21%)」、「宿泊業・飲食サービス業(13%)」についで3番目が11%の「医療・福祉業」となっています。また、2015年の日本のヘルスケア業界によるCFPを調べた論文*4 では、国内のGHGのうち4.6%がヘルスケア業界によると報告されています。他国における、国内全体に占めるヘルスケア業界のGHGの割合は、米国で8.0% (2007)、英国で5.0% (2016)、カナダで5.0% (2018)、オーストラリアで7.2% (2018)と報告されています。*4 日本のヘルスケア業界におけるCFP内訳としては入院・外来・調剤などの医療サービスが全体の約2分の3を占めており、次に介護サービス、施設や機械・備品などの固定資産が続きます。外来より入院の方がCFPが多く 、処方されたまま使われない医薬品によるGHGが市販薬によるGHGよりも高いなど、今後の対策への示唆に富んだ議論がなされています。


国外におけるヘルスケア業界での取り組み

上記のようにヘルスケア業界は他の業界と比較しても地球環境への負荷が決して低いわけではなく、軽減するために取り組む必要があります。ここで、国外におけるヘルスケア業界の取り組みを見てみましょう。


様々な医療従事者団体の個別の動き

世界には様々な保健医療従事者による職能団体があり、すでに多くの団体が地球環境の変化による健康への影響について言及しています。例えば、世界医師会(WMA: World Medical Association)は2020年「未来世代が健康的な環境で生きる権利を守るための決議(”WMA Resolution on Protecting the Future Generation’s Right to Live in a Healthy Environment”)」*5 を発表し、医学部のカリキュラムを更新して気候変動について深く理解し将来世代の権利と健康を守る解決策を提供できる専門家を育成できるよう必修項目を追加すること等を推奨しています。また、国際看護協会(ICN: International Council of Nurses)は、2018年に「看護師、気候変動と健康(“Nurses, Climate Change and Health”)」*6 という所信声明を発表しています。この声明の中では、看護師は自然環境を維持し地球を破壊的変化から保護する責任を持つことや、個々の看護師が政府やコミュニティに対して果たす役割が述べられています。

本コラムの第2回でも紹介したように、世界保健機関(WHO: World Health Organization)が第26回気候変動枠組条約締結国会議(COP26)に向けて公表した公開書簡「健康な気候のための処方(Healthy Climate Prescription)」*7 には、世界で保健医療に従事している労働者の3分の2以上を代表する団体等が署名をしています。 署名リストには600以上の組織の名前が連なり、日本からは日本作業療法士協会が参加しています。具体的な取り組みに関しては組織ごとに状況は様々ですが、世界中でこれだけ多くの組織が気候変動に関心を持っているという事実から、やはり人間の健康への地球環境への影響と対策はヘルスケア業界でも非常に関心の高い課題であることが分かります。

組織的な取り組みとしては、例えばヨーロッパで最も規模の大きい保健労働者団体である英国の国営医療サービス(NHS: National Health Service)は、「環境にやさしいNHS(Greener NHS)」*8 というプログラムを作成し、地球環境と人間の健康を守るための様々な取り組みをまとめています。麻酔科医が温室効果ガス排出の主な原因となっている有害な麻酔ガスの使用をやめるために同僚と協力した例*9 や、訪問診療に使う電気自動車や電動自転車を整備して燃料の使用・排出を削減した例*10 などが個別の例として紹介されています。その他にもいくつかの事例が動画と共に掲載されているので、自施設での最初の一手を考えている方にとっては有益な情報源となりそうです。


日本国内におけるヘルスケア業界での取り組み

では、日本でのヘルスケア業界におけるプラネタリーヘルスに関する取り組みにはどのようなものがあるでしょうか。近年の気候変動対策を中心に、各組織の取り組み・報告を確認します。


日本医師会による長年の取り組み

日本医師会は、2009年4月に「環境に関する日本医師会宣言*11 を公表しています。その中では、(1)環境に配慮した医療活動の推進、(2)環境保健教育の推進、(3)国民に向けた環境保健の啓発と、身近な環境保健活動への積極的な取り組み、そして(4)安心して暮らせる安全で豊かな環境づくりに向けた、政府等に対する働きかけ、の4つを中心に取り組んでいく事が示されています。

この4つの取り組みについて詳しく見ていきます。(1)では病院・診療所等の省エネルギー(温室効果ガス削減)対策の推進や化学物質や感染性医療廃棄物の適正な扱いについて述べられており、その後の震災などを契機としたエネルギー事情の変化や新型コロナウイルス感染症(COVID-19: Coronavirus Disease 2019)流行による医療廃棄物の増加などによる影響を考慮することが今後期待されます。 また(2)では学校医・産業医への環境保健に関する情報提供の充実についても挙げられ、プラネタリーヘルスの観点で地球環境の変化に伴う健康への影響について、教育や職域の場での啓蒙を支援することが今後課題となるようです。(3)では環境問題による健康影響に関する啓発活動や生活習慣病予防対策の一環としてのライフスタイルの推進について記載されており、日本における環境変化による健康への影響について評価・分析・具体策に重点が置かれると予想されます。(4)では環境保全に関する国際的な取り組みの推進、また療養と温暖化対策の両立を支援する施策の実施について触れられ、国全体でのグローバル基準の政策の実施が期待されます。

また、2017年にインド医師会が主催した「大気汚染への取り組みに関する国際会議」においてこれまでの日本医師会の取り組みについて発表*12 されており、環境保健に関する教本の作成などが検討されています。日本医師会も加盟している世界医師会(WMA: World Medical Association)の会報では、2022年の世界保健デー(4月7日)のテーマ”Our Planet, Our Health”に関する各国の取り組みが報告*13 されており、今後日本からも世界に向けて具体的な行動が発信されることが待ち望まれます。


全日本病院協会による「病院の在り方に関する報告書」と各病院の取り組み

全日本病院協会(全日病)は、想定される2040年の世界をもとに、医療・介護・福祉の提供がどうあるべきかについての議論を「病院の在り方に関する報告書 (2021年版)*14 にて報告しています。環境問題の項目で地球温暖化の進行による健康への影響について取り上げられており、会員の病院へは「医療提供者として、省エネルギーの取り組み、化石燃料から再生エネルギーへの変換に取り組むべき」と求めています。また、環境問題へ実際に取り組んでいる病院の模範的な取り組みについても触れられています。例えば河北医療財団では、部署毎の担当者を中心としたごみの分別や排出量削減についての目標策定と評価の取り組みから、人の頻繁な出入りのないところでの人感センサーや省エネ電球の利用、パソコンの画面の輝度調整による省エネまで大小様々な取り組みを実施し、「環境 人づくり企業大賞2015」を受賞しています。*15 他にも廃棄物の減量や薬品・医療材料などの無駄の排除など、いくつかの先進的な対策が報告されており、これからの時代において組織による環境への対策が不可欠となっていくことが予想されます。


病院における地球温暖化対策推進協議会

日本医師会、日本病院会、全日本病院協会、日本医療法人協会、日本精神科病院協会、東京都医師会の6団体は「病院における地球温暖化対策推進協議会」を設置し、民間病院業界の低炭素社会実行計画の進捗状況をとりまとめて公表しています。2017年から最新の2021年版まで各年で民間病院でのエネルギー消費・CO2排出の実態が詳細に報告されていることが分かります。*16 中でも現場の意見を反映しているのが、各病院から省エネ活動や地球温暖化対策を推進するにあたって必要とされることに関する項目です。対策が必要な課題として、「対策へ投資するための補助金や低利融資等の創設・紹介」や「投資の費用対効果」の他、「診療報酬に省エネ面からの配慮」や「電力・ガス会社などの積極的な協力」などが上位に挙げられています。特に、コロナ禍などによる経営難で自前での省エネ対策が難しいために省エネへの助成制度を強化するよう求める意見は多く見られています。また中には、この分野に関する調査が経済産業省、環境省、厚生労働省から個別に行われており煩雑なため一元化できないか等、省庁横断的な対応を求める声も上げられていました。このような実態調査から、現場の自発的なボトムアップとしての取り組みと、行政による規制やインセンティブなどトップダウンの取り組みのバランスについては、今後も議論する必要があることが見えてきます。


医療従事者による気候変動への取り組み

最後に、医療・保健・福祉に従事する個人レベルでどのようにプラネタリーヘルスという大きな課題へ対峙すべきかについて考えてみましょう。まず、2020年3月に2人の医師と環境省職員が「気候変動に医師はどう立ち向かうべきか?」のテーマで行った座談会の報告が公開されています。*17 ここでは、様々な環境問題の中でも特に温暖化問題への対応として、「緩和(CO2を下げるための努力)」と「適応(既に生じている、あるいはこれから生じるだろう事象にどう対応すべきか)」の2つの視点について医療従事者が出来る行動について述べられています。

まず「緩和」については、医師がリーダーシップをとって社会にインパクトを与えた禁煙活動を例に挙げると、医療従事者が一人一人の患者さんへもたらす影響は大きいと言えます。環境問題についても同じように、患者さんの背景にある環境問題(例えば糖尿病の背景に、モータリゼーションで車移動が増えることによる運動不足がある等)について医師から指摘する機会が増えれば、社会の変化につながるかもしれません。

次に「適応」については、今後平均気温が上昇すると起こるであろう「熱中症の増加」と「感染症の変化」が代表例として取り上げられています。例えばプライマリ・ケア医やかかりつけ医、そしてその他の医師が患者さんに「健康のために運動しましょう」と運動を推奨することはよくありますが、夏だけは熱中症対策のために「運動を控えてください」と伝える必要が増えてくるでしょう。また、気候変化により動物の生息域が変わることで動物の媒介する感染症が新たな地域で発生することや、洪水など災害の発生により考慮する感染症の種類が変わるなどの事態も想定され、今後は環境要因を踏まえた教育が求められそうです。

緩和と適応に対して医師に出来ることとしては、本座談会でも触れられている”Climate Change: What Can Doctors Do?*18 というリストもあり、ヘルスケアに関わる者として興味深い内容でした。関心のある方はご覧ください。


終わりに

本コラムでは、国内外のヘルスケア業界による環境への負荷を踏まえ、国内外の組織・個人レベルで既に実施されている取り組みや、今後期待する対策についてまとめました。これまでの環境対策は、「私たちの子孫のために地球を守る」など、雲をつかむような大義名分のために重要性が説かれており、個人が環境対策に尽力することの利益は自分の世代には還元されないと考える人も多かったのではないでしょうか。しかし、地球の環境変化による人間の健康への影響と真摯に向き合うことを提唱するこのプラネタリーヘルスの時代においては、改めて「未来世代を含めた私たち自身」のために、より私たちの生活に密接した課題として地球環境への取り組みを考える必要があります。

次回は、環境省・経済産業省・厚生労働省など省庁に関する取り組みを中心に、日本におけるプラネタリーヘルスに関する取り組みをご紹介します。

 

【参考資料】

*1. 長崎大学 監訳. プラネタリーヘルス: 私たちと地球の未来のために. (2022)丸善出版. p7 図1.4
*2. 温室効果ガスインベントリの概要, 温室効果ガス排出・吸収量等の算定と報告. 環境省.
*3. 温室効果ガス排出の現状等. 経済産業省.
*4. Nansai, K. et al. Carbon footprint of Japanese health care services from 2011 to 2015, Resources, Conservation and Recycling,Volume 152, 2020.
*5. WMA RESOLUTION ON PROTECTING THE FUTURE GENERATION’S RIGHT TO LIVE IN A HEALTHY ENVIRONMENT. 2020. World Medical Association
*6. Nurses, climate change, and health. 2018. International council of nurses.
*7. Healthy Climate Prescription.
*8. Greener NHS. NHS England.
*9. ‘Healthier Planet, Healthier People’ staff engagement campaign. NHS England.
*10. Green transport delivers life-saving drugs and improves patient experience. NHS England.
*11. 環境に関する日本医師会宣言. 日本医師会. 2009.
*12. 道永麻里. 大気汚染から国民の健康を守る日本医師会の取り組み. 2017
*13. WMA Members Share Perspectives related to World Health Day 2022 (“Our Planet, Our Health”). World Medical Journal. 2022. pp37-40
*14. 病院のあり方委員会 編. 2021年版 病院のあり方に関する報告書. 全日本病院協会. 2021.
*15. 河北医療財団、大企業の部で環境大臣賞受賞、全員参加型・啓蒙活動を評価. 医療産業情報.
*16. 病院における低炭素社会実行計画フォローアップ実態調査報告書. 日本医師会.
*17. 徳田安春, 平島修, 長谷川敬洋. 座談会 沸騰する地球–気候変動に医師はどう立ち向かうべきか? 医学書院. medicina 57巻8号 (2020)
*18. Thomas Micklewright. Climate Change: What Can Doctors Do? EMJ. 2017;2[1]:12-14.

 

【執筆者のご紹介】

  • 本多 さやか(日本医療政策機構 インターン)
  • 鈴木 秀(日本医療政策機構 アソシエイト)
  • 菅原 丈二(日本医療政策機構 シニアマネージャー)

HGPI 政策コラム(No.30)-認知症政策チームより->

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