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【HGPI政策コラム】(No.65)―認知症プロジェクトよりー「認知症の本人や家族等と共に創る認知症研究の未来vol.3:認知症の医学的研究におけるPPIの段階論とその評価に関する試論・提言」

【HGPI政策コラム】(No.65)―認知症プロジェクトよりー「認知症の本人や家族等と共に創る認知症研究の未来vol.3:認知症の医学的研究におけるPPIの段階論とその評価に関する試論・提言」

<POINTS>

  • 「完全な参画」を理想とするPPIの考え方は、認知症の疾患特性や本人・家族等の負担をふまえると現実的ではなく、柔軟な参画の形を考慮する必要がある。
  • 国外の先行事例ではPPIの形骸化が課題とされており、日本でも「参画の完全性」にとらわれず、多様で段階的な参画のあり方の検討が求められる。
  • 認知症の本人と家族等が研究に関わるうえで最適なPPIのあり方を模索する必要があり、そのためには各研究プロセスにおける参画レベルや形態を整理し、その内容を適切に評価する方法の開発が期待される。


前回の認知症プロジェクトによる本シリーズのコラムでは、スウェーデンの患者・市民参画(PPI: Patient and Public Involvement)におけるパーソン・センタード・ケア・アプローチ(PCCアプローチ)について紹介しました。PCCアプローチについて、「患者」というラベルの背後にある「本人」に価値を置き、本人の尊厳と幸福を重視した人道的な医療アプローチであり、日本の認知症研究におけるPPIを持続的なものにするために重要な視点として言及しました。詳細は、本コラム末尾の関連記事よりご覧ください。

本稿では、日本医療政策機構(HGPI)にて、認知症研究におけるPPIについて検討を進める中で整理した多層的な参画のあり方について試論を述べます。

PPIの評価をめぐる課題

PPIとは、例えば日本医療研究開発機構(AMED)では、「患者等にとってより役立つ研究成果を創出することを目的に、医学研究や臨床試験プロセスにおいて、研究者が患者・市民の知見を取り入れる取り組み」と定義されています。その認識や定義は国によって異なる部分があるものの、共通して「研究の最初から最後まで患者や市民が参画すること」(以下、「完全な参画」)が理想形とされています。

一方で、この理想がどれほど現実的であるのか、少し考えてみたいと思います。まずは、認知症の本人が研究に参画する場合です。もし「研究の最初から最後のプロセスまで参画しなければ、PPIではない」とすると、それは果たして現実的なPPIと言えるのか、という疑問が浮かびます。認知症の原因となる疾患は様々ですが、進行する性質を持つアルツハイマー病のようなものがあることや、認知症の症状には物事を考える機能に障害が起こりうることをふまえると、「完全な参画」の実現を目指すことが、果たして我々が目指す、認知症研究への意味のある参画のあり方といえるのでしょうか。そしてこれは、認知症の人の家族等が参画するケースも同じです。認知症の本人のサポートや介護をしながら社会参画として研究へ関わることを望んだ場合、家族等が参画活動に使える時間は極めて限られます。介護を終えた経験者としての立場であっても、仮に高齢であれば、長時間・長期間を要することは心身の負担にもなりえます。このように、参画する側の負担や制約を考慮せず「完全な参画」を求めようとすることは、研究者側にとって実施上の大きな負担となるだけでなく、先述したような障壁により、本来は参画を望んでいる誰かを結果的に排除してしまう恐れもあります。

2024年12月3日に閣議決定された第一次認知症施策推進基本計画では、重点目標4「国民が認知症に関する新たな知見や技術を活用できる」の評価指標として、次の評価指標が設定されています。

  • プロセス指標「国が支援・実施する、認知症の人と家族等の意見を反映させている認知症に関する研究事業に係る計画の数」
  • アウトプット指標「国が支援・実施する、認知症の人と家族等の意見を反映させている認知症に関する研究事業の数」
  • アウトカム指標「国が支援・実施する、認知症に関する研究事業の成果が社会実装化されている数」

では、こうした現実的な課題がある中で、認知症研究におけるPPIは、どのように実施されていれば、「この認知症研究ではPPIが行われた」ということができるのでしょうか。仮に現在のPPIについての一般的な考え方をふまえれば、「意見を反映させている」と判断するためには、研究プロセスの最初から最後まで関わることが求められます。一方で、それでは参画できる認知症の本人と家族等は極めて限定的になる恐れがあります。

現実的かつ、柔軟な評価指標のために

これまで当機構が実施した、PPIを先進的に推進している諸外国への調査を通じて浮かび上がっている課題の1つに、「参画の形骸化をいかに防ぐか」という点があります。特に、「完全な参画」の実施を全ての研究者に求めること、またはそれらを義務化することは形骸化を助長する恐れがあるとされています。日本において認知症研究へのPPIの普及を図るにあたっては、「参画の完全性」のみにとらわれることなく、より柔軟で多様な参画の形を適切に評価する仕組みを構築することが必要ではないでしょうか。

2020年以降、英国のNational Institute for Health Research(NIHR)をはじめとしたPPIの先進事例を持つ組織では、PPIE(Patient and Public Involvement and Engagement)というより包括的かつ発展的な概念が用いられるようになっています。先述の通りPPIとは、研究者が患者や市民と「ともに」、研究計画の立案、デザイン、実施など研究プロセス全体の意思決定に協働的に関与することを指します。一方PPIEは、研究に関する知識や成果を社会と共有し、双方向の対話を促す活動「エンゲージメント(Engagement)」が含まれます。PPIEは、「参画」と「エンゲージメント」の双方を統合し、研究を患者・市民と「ともに」進めつつ、そのプロセス全体で双方向的な対話や知識共有、またはパートナーシップ形成をより重視するアプローチを表します。近年の文献ではPPIEについて、「研究者と患者・市民が対等な立場で持続的に協働しその関係の中で相互に利益を生み出す、非階層的で包括的な研究サイクル全体へのアプローチ」と位置づけています[Lu et al., 2025]。つまり、患者・市民が研究の意思決定に関わることに留まらず、研究のあらゆる段階で、研究者と認知症の本人や家族等そして社会との双方向的な「つながり」を重視して価値を創造していく考え方であると捉えることができます。

では、こうした方向性に基づき、日本の認知症研究におけるPPIが実践されるためには、その実践がどのような形で定義づけられ、評価されることが必要なのでしょうか。それらを具体的に議論する一助とすべく、当機構では筆者を中心に、簡易的な研究プロセスに沿った参画のあり方を以下のように整理しました。

上記の図では、縦軸に参画レベル、横軸に研究プロセスを置き、各プロセスにおいて期待される参画内容を参画レベルごとに示しています。エンゲージメントとインボルブメントは理論的には明確に区別するべきとする立場がある一方で、明確な線引きよりも連続的な存在と理解する方が現実的であるという指摘もあります。本試論では、後者のグラデーション的な理解を支持し、参画のレベルをParticipation、Engagement/Low-Involvement、High-Involvementの三段階に分類しました。

上図に関連するものとして、日本認知症本人ワーキンググループが公表している、「認知症施策を本人参画でともに進めるための手引き」があります。ここでは、政策形成プロセスにおいて、本人参画がどの段階でどのように求められるかが示されています。認知症研究においても同様に、どの段階でどのような形の参画が求められるかを明示する必要があります。

上図はあくまで「試論」としての位置づけであるため、今後詳細な議論を重ねる必要があります。認知症の本人と家族等が研究に関わるうえで最適なPPIのあり方を模索する必要があり、そのためには各研究プロセスにおける参画レベルや形態を整理し、その内容を適切に評価する方法の開発が求められます。認知症本人にとって理想的な参画と家族等にとって理想的な参画も必ず異なります。あらゆる側面において、実態に即した段階的かつ発展的な評価ができることが望ましく、そのためには、「参画にはグラデーションがある」という前提に立つことが重要であると考えます。その一案として、今回示したように研究プロセスを横軸、PPIの度合いを縦軸とするマトリクス的な視点を取り入れることが有用です。

今後、国内外の実践事例や評価の枠組みを参照しながら、より日本の認知症研究の文脈に即した現実的かつ実効性のあるPPI推進の方策と評価方法について議論が深められていくことを期待します。そのために日本医療政策機構では、認知症の本人と家族等そして研究者を中心に関連するステークホルダーのハブとして、この議論を引き続き深めていきたいと考えています。

 

【参考文献】

  • 日本医療研究開発機構. “研究への患者・市民参画(PPI)基本的考え方”, 2025年4月, https://www.amed.go.jp/ppi/teiginado.html
  • Clare Wilkinson, Andy Gibson, Michele Biddle, Laura Hobbs, Public involvement and public engagement: An example of convergent evolution? Findings from a conceptual qualitative review of patient and public involvement, and public engagement, in health and scientific research, PEC Innovation, Volume 4, 2024, 100281, ISSN 2772-6282, https://doi.org/10.1016/j.pecinn.2024.100281
  • Gray R, Pipatpiboon N, Bressington D. How Can We Enhance Patient and Public Involvement and Engagement in Nursing Science? Nurs Rep. 2025 Mar 20;15(3):115. doi: 10.3390/nursrep15030115. PMID: 40137688; PMCID: PMC11944329.
  • Lu, W., Y. Li, C. Evans, et al. 2025. Evolution of Patient and Public Involvement and Engagement in Health-Related Research: A Concept Analysis. Journal of Advanced Nursing 1–13. https://doi.org/10.1111/jan.70140.

 

【執筆者のご紹介】

森口 奈菜(日本医療政策機構 アソシエイト)

 

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