【HGPI政策コラム】(No.64)―認知症プロジェクトよりー「修正可能なリスク因子に対処するエビデンスに基づく政策による認知症の有病率の抑制」
<POINTS>
- 対処可能なリスク要因を特定することは、認知症有病率の増加を抑える政策の鍵となり、リスク要因の理解が、効果的なリスク低減プログラムの実現につながる。
- リスク要因にさらされる期間が長いほど認知症の発症や有病率に大きく影響するため、リスク要因と仕組みを理解し、その期間を短縮することが重要である。
- 認知症を引き起こすリスク要因の影響を弱めるためには、個人やコミュニティのニーズにあった適切かつ関連性のある介入策を推進することが必要である。
- 認知症予防やリスクの低減には、長期的な曝露、発症前の長い潜在期間、多様性・公平性・包摂性への配慮、そして高所得国と中低所得国の格差といった課題が存在する。
- ライフコースアプローチ、公衆衛生的手法、そして適切な時期の診断を通じて、修正可能かつ予防可能なリスク要因に対処することに重点をおく、リアルワールドのエビデンスに基づく政策が求められている。
はじめに
ランセット委員会は、認知症予防・介入・ケアに関する最新レポート「ランセット委員会 2024年レポート:認知症予防、介入、ケア」を発表した。最新レポートは、2020年レポートの更新版である。(2020年のレポートに関しては「【HGPI政策コラム】(No.18)認知症政策チームより-認知症のリスク因子から考える、マルチステークホルダーかつグローバルで認知症課題に取り組む重要性」で紹介している)2024年のレポートでは、2020年以降の追加研究を評価するとともに、健康格差に対処する個人レベルおよび集団レベルでの認知症リスク低減への対応の必要性、新たな治療法の議論、ケアの進展といった注目すべき新テーマを強調している。その結果、最新レポートは、リスク低減の重要性に対する認識を高めるとともに、政策介入や個々に合わせたリスク低減プログラムが世界的に果たし得る影響を強調することが期待される。
研究手法
2020年のレポートと比較すると、2024年のレポートは、認知症に関する14の修正可能なリスク要因について、より包括的な分析に基づいている。これは、新たなリスク因子と、それらのリスク因子に関する相対リスク(RR)および有病率の世界的な推定値を用いて、従来の計算を更新したためである。さらに、抽出されたリスク要因についてはシステマティックレビューが用いられ、データ統合のために必要な場合には新たにメタ分析が実施された。認知症につながるリスク因子の有病率に対する人口寄与危険割合(PAF ※1)を算出するにあたり、2020年のレポートで既に提示されていた12のリスク要因(社会的孤立、大気汚染、うつ病、肥満、頭部損傷、運動不足、糖尿病、喫煙、高血圧、過度なアルコール摂取、教育歴の不足)に加え、未治療の視力低下、高LDLコレステロールの2つの新たなリスク要因が追加された。これらの14のリスク因子を評価するために、ノルウェーにおける縦断的研究・人口調査から45歳以上の参加者37,000名のデータが用いられた。
これらのリスク要因の特定は、認知症の有病率を抑制する政策において、きわめて重要であることに留意すべきである。効果的なリスク低減プログラムの実施には、これらのリスク要因の徹底的な理解が不可欠である。
認知症予防のリスク因子
認知症対策、介入、ケアが効果的であるためには、エビデンスに基づいた市民中心の政策が求められる。政策は人々の生活に影響を与え、医療政策は病気とともに生きている人の生活に影響を及ぼし、適切な診断、治療、予防の提供とアクセスにも影響を与える可能性がある。したがって、病気とともに生きている人たちの声は医療政策の立案に不可欠である。この点は2024年のランセット委員会のレポートでも強調されている。 最新のレポートは、2020年のレポートの更新版であるが、いくつかの新たな知見が含まれている。本レポートは、リスク要因へさらされる期間が長いほどより大きな影響を与え、認知症の発症率と有病率を増加させることを強調している。さらに、リスク要因の影響は個人によって異なり、社会的脆弱性を抱える人々により強い影響を及ぼす。また慎重な検討と分析の結果、高LDLコレステロールと未治療の視力低下という2つの新たなリスク要因が追加された。高コレステロールと低コレステロールは、いずれも認知症の修正可能なリスク因子である。最近の研究では、過剰な脳内コレステロールが脳卒中リスクの増加や脳内アミロイドβ・タウタンパク質の沈着と関連していることが明らかとなり、LDLコレステロールと認知症の関連性に関する潜在的なメカニズムを示唆している。さらに、未治療の視力低下と認知症の発症の関係は研究が続いている。しかし、この関連性の背景にあるメカニズムは、基礎疾患や網膜と脳の両方に共通する神経病理学的プロセスに関係している可能性がある。
また最新レポートでは、個人とコミュニティのニーズに合わせた適切で関連性の高い介入策の推進を強調している。認知症の診断、治療、予防に向けた革新的かつ適切な解決策を提供するには、多国間・学際的・多部門にわたるイニシアチブが求められる。新たな方向性として、危険因子を有する個人を早期に特定するための血液バイオマーカーを活用した精度の高い予防療法がある。また、健康的な生活習慣の定着を促進あるいは阻害する街の環境を考慮し、個別化された多領域にわたる生活習慣への介入と薬物治療を組み合わせた複合的なアプローチも重要である。
さらに、最新のレポートでは、こうした新たなリスク要因に加え、生涯にわたってリスクにさらされること、診断確定までの長い前駆症状期間の影響、そして多様性・公平性・包摂性といった課題が、予防およびリスク低減における大きな障壁として強調されている。そして更なる課題として、高所得国と中低所得国との間に存在する格差が指摘される。 このような格差があるため、治療・予防・介入はそれぞれの状況に合わせて、個別最適化される必要がある。 さらに、報告されている研究と結果の大部分は高所得国におけるものであり、文化的・社会・政治的背景を十分に理解しないまま、高所得国の研究結果をそのまま中低所得国に当てはめることは適切とは言えない。したがって、中低所得国における文化的・社会政治的背景を理解し、その文脈に即した研究を推進することが、認知症研究分野において多様性、公平性、包摂性を促進する上で重要である。
※1:人口寄与危険割合(PAF: the population attributable fraction):
寄与危険とは、ある危険因子に曝露した場合に罹患リスクがどれだけ増えるかを示したもので、人口寄与危険割合は、危険因子に曝露した群の中で、真にその曝露が影響して罹患した人の割合を示している。つまり、その危険因子に曝露しなければ罹患しなかった割合と考えることができる。
図1:認知症予防の潜在的なメカニズムの概要

図1は、認知症における認知予備力の維持・強化および修正可能なリスク因子のリスク低減効果を促進する潜在的なメカニズムの概要を示す。
図2:認知症の潜在的に修正可能な危険因子に対する人口寄与危険割合

図2は、認知症の14の潜在的に修正可能なリスク要因のライフコースモデルを示している。
行動の呼びかけ
最新のレポートは、ライフコースに沿ったアプローチ、公衆衛生的アプローチ、そして適時の診断を通じて、修正可能かつ予防可能なリスク要因に重点を置くことである。また、人生の各段階で予防可能なリスク要因が存在することを強調し、ライフコース全体を通じた認知症予防とリスク低減を推奨している。例えば、教育歴の不足は人生の早い時期に、運動不足や過度の飲酒といった生活習慣のリスクは中年期に、社会的孤立や視力低下といった要因は高齢期に予防が可能である。
さらに、認知症予防における公衆衛生的アプローチの重要性も示されている。認知症は主要な公衆衛生上の課題であるにもかかわらず、その有病率を抑制するために公衆衛生の視点を適用することは比較的新しい手法である。リスクは本来、個人が修正できる要因として捉えられるが、公衆衛生的視点は、個人の健康に影響を及ぼす社会経済的背景やライフコースを通じて累積する健康格差を重視する。この視点は、健全な環境へのアクセスの不平等、劣悪な労働条件、教育機会の格差といったリスク要因の不均衡や健康格差の構造を理解する助けとなる。こうした要因の理解と、健康格差の影響を最も受けている人々の声を反映した実世界のデータを組み合わせることで、社会的条件を改革し、介入の対象者を最大化し、費用対効果と健康の公平性を高める政策形成を後押しすることができる。
さらに、認知症を適切に予防するためには、適時の診断が不可欠である。診断は治療、予防、予後を左右するため、認知症の早期かつ適切な診断を優先すべきである。その実現には、否認、スティグマ、知識不足、症状の認識欠如など診断を妨げる要因を克服する必要がある。そのためには、認知症とともに生きる人々の声と経験を中心に、多部門・多職種・多国間でのアプローチが求められる。
まとめ
結論として、世界における認知症の罹患者数は今後も増加し続ける。そのため、認知症の有病率の上昇に対処するためには、エビデンスに基づいた市民中心の政策を通じ、国際的および地域的な取り組みを推進・実施していくことが求められる。最新のレポートが強調しているのは、政策立案者、医療専門職、研究者、そして認知症とともに生きる当事者が重視すべき中心的課題として、修正可能なリスク要因の有病率を減らすための対策である。認知症を予防し、発症を遅らせるためには、政策立案者がリスク低減に必要な資源を優先的に配分し、さらに認知症の人々、その家族や介護者の症状や生活の質を改善するための介入を推進することが不可欠である。 予防への取り組みは、認知症とともに生きる人々から得られるリアルワールドのデータに基づき、人生の早い段階からリスク要因に取り組み、生涯を通じて継続されるべきである。日本の認知症基本法を踏まえ、HGPIは今後も公平性を中心に据えた統合的かつ実行可能な成果の実現を推進していく。これらの成果は、認知症リスク低減の取り組みにおいて個人の自律を尊重し、エビデンスに基づいた市民中心の政策を促進することにつながる。
【執筆者のご紹介】
オミレケ・フェイバー(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
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