【開催報告】第115回HGPIセミナー「秋田県における健康寿命日本一を目指した地域住民とともに歩む研究」(2023年3月9日)
今回のHGPIセミナーでは秋田県の秋田大学高齢者医療先端研究センターにおける、行政や職能団体や企業と連携しながら、地域住民を巻き込んだまちづくりへのお取組みについてご紹介いただきました。
<講演のポイント>
- 2019年に設置された秋田大学高齢者医療先端研究センターでは、高齢化社会に対する学際的研究と高齢者医療の先端的研究を通じて、地域医療の向上と長寿・健康教育研究の発展に寄与することを目指している
- 健康長寿を目指すには、個々人の健康状態の改善も重要であるが、同時に安全な環境で暮らせる「まちづくり」が重要である
- 研究者の研究活動には住民の参加が不可欠であり、参加した住民にとっても自身の健康増進に役に立つ仕組みを作ることで、持続可能かつより良い研究が実現できる
老年学への関心と秋田大学の取り組み
大学卒業後、東大病院の老年科で20年以上勤務し、さらにはアメリカへ留学し、老年学(ジェロントロジー)を学んだ。人は年を取っていくと、認知症をはじめ様々な病気が出てくる。こうした状況に対しては医学的な面が強調されやすいが、老年学は自身が専門とする老年医学以外にも幅広い学問と関係する。老年社会学、基礎老化学、あるいは法学や経済学、理学、工学、薬学、最近注目を集めているファイナンシャルジェロントロジーなど、非常に学際的かつ、高齢者の生活を包括するような考え方である。
高齢化率日本一(38.8% 2022年7月時点)である秋田県では、高齢者医療体制の充実を図ることや、認知症や地域社会学の知見を踏まえた高齢化社会についての学際的研究と高齢者医療の先端的研究を推進し,地域医療の向上と長寿・健康教育研究の発展に寄与することを目的として、2019年より秋田大学高齢者医療先端研究センターが設置された。県行政、県医師会、大学が三位一体となって、地域医療や少子高齢化社会が抱える様々な課題の解決を目指している。
健康で長生きするためには「まちづくり」が重要
老年学の考え方を踏まえて、いかに健康で長生きするかを考えたときに、医学的に病気の発症を防ぐ・治すということももちろん重要であるが、それ以上に、安全な環境を作っていくこと、つまりまちづくりを通じて、人々の健康を支えるということが重要であると考えている。こうした考え方は、国際社会でも共有されるようになってきている(アクティブエイジング、エイジフレンドリーシティ、ヘルシーエイジング)。また、2020年12月14日には国連が2021年から2030年までの10年間を Decade of Healthy Ageing(健康長寿のための10年間)と位置付けるなど、国際的な連携も進んでいる。
秋田市も「エイジフレンドリーシティ(AFC)」の取り組みを積極的に進めており、2011年からWHOエイジフレンドリーシティグローバルネットワークに参加している。行政が主導しながら、市内の様々な企業とのパートナーシップやリビングラボなどの取り組みをしながら、「高齢者に優しいまち」を目指している。
その中で、秋田大学高齢者医療先端研究センターでは、年をとっても住み慣れた街で自分らしい生活を続ける「Aging in place」の考え方の下、健康と社会参加と安全の機会を最適化すべく研究を重ねている。当センターでは、7カ国の国際共同研究としてイギリスのマンチェスター大学が中心となりながら日本は秋田、カナダはケベック、ベルギーはブリュッセル、ノルウェーはオスロ、スペインはビルバオ、チェコはブルノといった都市と連携を進めている。特にこの数年は、COVID19の影響もあり、高齢者の孤立といった観点からもエイジングが注目を集めている。ここでは、「equity」「democracy」「diversity」という3つの柱を立てて、各国の対策の比較を進めている。
「まちづくり」と「健康長寿」の一体的な取り組み
秋田のような地域では、高齢者の生活にとって最重要課題は「運転」である。公共交通機関がない地域が多く、自動車の運転ができないと生活に支障をきたす。病院への通院や日常の買い物など、一気に不便が生じてしまう。近年は高齢者の免許返納に関する議論も多く、秋田県の高齢者は非常に関心を持っている。そこで、「運転寿命の延伸」という切り口で、従来の健康寿命や認知症予防といった取り組みに関心を持ちづらい男性にフォーカスしている。こうした取り組みを「道の駅」で開催し、参加者には座学や運動、実際の運転講習など様々なプログラムに取り組んでもらっている。ここでは最新技術の体験や、認知機能検査、安全運転の講習など、多くの企業に協力してもらいプログラム構築を行っている。今後はこうしたプログラムが、認知機能や情報処理能力などにどのような影響をもたらしているか、科学的な検証を進めていきたい。
若年性認知症について
秋田に来てから、若年性認知症の実態調査にも参画した。その結果、2020年には最新のデータとして、全国で約3.57万人の若年性認知症の人がいることを示すことができた。秋田県内の調査では、若年性認知症の人が354名という結果が出た。調査の過程では、若年性認知症の人やそのご家族から具体的な声を聴く機会にも恵まれた。若年性認知症の当事者会と言っても高齢者が多かったり、就労継続が難しく家計維持に苦労しているなど、若年性認知症ならではの課題も改めて確認することができた。こうした声を、制度改正に繋げていければ思っている。
高齢者の健康増進に寄与する認知症研究
高齢者が元気で長生きするためには、自身の健康の変化にいち早く気付けることが重要である。認知症であれば、認知機能の低下に早く気付くことが非常に重要である。こうした観点から、秋田県でも国立長寿医療研究センターが構築するオレンジレジストリに参加し、高齢者の様々なデータを継続的に取り、データベース化する取り組みを行っている。
こうした研究をする上では、いかに研究と住民活動を一体的にできるかに注力している。高齢者健診では、認知機能や精神面の評価は行われないため、研究ベースでの認知機能検査への関心は高い。例えば、麻雀しながら認知機能検査を行うなどといった工夫をしている。あわせて、その研究に参加した1人1人にその結果をお返しし、生活指導に役立てるということをしている。一言で「認知機能が落ちている」といっても、それぞれの背景となる環境や要因はここに異なっている。当然ではあるが、生活の場も家族構成も、それまでの生活歴も異なるため、そうしたことを理解している地域の保健師さんが、個々の家庭に入って生活指導、オーダーメイドのサポートをするようにしている。
年齢層としては75歳前後、男性よりも女性の方が参加者が多い傾向にある。研究に参加した結果、記憶力、注意力、実行力、処理能力といった観点の判定が出される。判定結果を見て、軽度認知障害(MCI)の可能性があるとわかると、ショックを受ける方もいる。そこで、研究から離脱して途切れてしまうのではなく、病院に行って正確な検査をすることや、その後サポート体制を紹介したりすることで、早期に発見できたことの意義を感じてもらえるようにしたいと思っている。
こうした研究を通じて、認知症のリスク因子として、うつ傾向、足の筋力低下やフレイル、多剤併用(ポリファーマシー)、そして閉じこもりがちな生活(ソーシャルフレイル)などが挙げられる。特に、このソーシャルフレイルをどう克服するかということには強い関心を持っている。秋田県は雪の多い地域であり、公共交通機関も少なく、家に閉じこもりがちになりやすい。デジタルテクノロジーを活用してコミュニケーションを創出することや、歩行などの日常の生活動作を計測してアラートを出すなど、外に出て活動できるような工夫をしていきたい。
他にも、住民活動の一環として運動するサークルを通じて研究に参加してもらったり、ミュージカルに参加してもらうことで認知機能やフレイルの改善を測定したり、といった取り組みも行っている。また地域住民が自主的にフレイルの勉強をして、データを取って他の地域住民に伝えるといった活動も始まっている。
これからの時代、大学も研究室で待っているのではなくて、地域に出かけて行って、住民との交流を通じて、健康になってもらえるような活動を共創していくことが重要と考えている。そしてその過程で得られるデータも、単に研究のためだけではなく、住民の健康増進に寄与するために役立てなくてはならない。こうした想いで、引き続き研究を続けていきたい。
【開催概要】
- 登壇者:大田 秀隆 氏(秋田大学高齢者医療先端研究センターセンター長・教授)
- 日時:2023年3月9日(木)18:30-20:00
- 形式:オンライン(Zoomウェビナー)
- 言語:日本語
- 参加費:無料
- 定員: 500名
■登壇者プロフィール:
大田 秀隆(秋田大学高齢者医療先端研究センターセンター長・教授)
熊本大学医学部卒。東京大学医学部附属病院、東京都老人医療センターで内科研修。東京大学大学院医学研究科加齢医学修了(医学博士)。アメリカハーバード大学MGH研究員、東京大学医学部附属病院老年病科・助教、特任講師をへて、2015年より日本医療研究開発機構(AMED)、厚生労働省老健局を経て2018年から現職。
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