【開催報告】第114回HGPIセミナー「社会経済的要因と女性の健康」(2023年3月6日)
今回のHGPIセミナーでは、慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室の飯田美穂氏をお招きし、当機構が実施した「社会経済的要因と女性の健康に関する調査」のご紹介を含めて、女性の健康・活躍の実現に向けて必要な対策等まで、包括的にお話しいただきました。
<POINTS>
- 性差に由来するあらゆる男女間での不公平・差別、および女性間での健康格差は、1994年時点からWHOにより指摘されているが、未だ解決されていない課題である
- 月経随伴症状や更年期症状により約3,628億円/年に及ぶ生産性損失が生じている
- 女性特有の健康課題の解決に向けて社会ができる取り組みとして、本人のヘルスリテラシーの向上、女性たちを取り巻く周囲の意識・理解の向上、女性特有の健康課題に対応した制度・環境整備が必要である
女性の健康に関する現状と課題
- 性差に由来するあらゆる男女間での不公平・差別、および女性間での健康格差は、1994年時点からWHOにより指摘されているが、未だ解決されていない課題である
1994年にWHOにより公表されたレポートにおいて、女性は生物学的、生理学的違いによって、あらゆる側面において分離される傾向にあり、その違いが不公平や差別に利用されることは不当であることが記述されている。また、女性の総合的な健康状態は向上している一方で、医療などのサービスを受け、健康リスクの少ない物理的・文化的環境から恩恵を受け、自己決定できる人と、そうでない人との健康格差が存在しており、これを考慮していくことが重要であることが示されている。
- 月経随伴症状や更年期症状により約3,628億円/年に及ぶ生産性損失が生じている
ライフスタイルの変化により、女性が一生涯に経験する月経回数が昔に比べ増加し、月経のある年代の女性が社会で活躍する機会も増えている。月経随伴症状や更年期症状により、日常生活や仕事の生産性に影響を感じている人は8割程度存在している。働く女性のうち約7.2%-9.4%が過去三か月の間に欠勤または遅刻・早退を経験しており、日本全体の働く女性に換算すると約3,628億円/年の生産性損失が生じている。
- 女性の健康に関する知識を得る機会は少ない
学校教育等で女性の健康に関する知識を得る機会がなかったと回答した女性は36.1%、男性は55.6%であり、教育機会が不足している。また、職場研修等で知識を得る機会に関しても、企業規模に関わらず1割程度であり、管理職ではやや知識を得る機会があるという回答が多いが、全体として十分でない。職場での研修機会の有無と女性の健康に理解がある職場かという回答に関連が見られた。
女性特有の健康課題の解決に向けて社会ができる取り組み
- 女性たちのヘルスリテラシーの向上/セクシュアル・リプロダクティブヘルス/ライツのさらなる推進
月経関連トラブルとそれに対処するための正しい知識の習得機会が不十分である。月経関連トラブルに関する本人の受療行動には親の認識が影響しており、親の認識が「月経痛は我慢するものだ」という認識であると、受診抑制をしたものの割合が多かった。学校教育や親世代への再学習の機会の提供などを通じて、ヘルスリテラシーを高めることが必要である。セクシュアル・リプロダクティブヘルス/ライツは、妊娠、出産に関する自己決定のサポートや安全な医療の提供のみならず、すべての人々の健康、家族の幸せに繋がる大きな概念である。すべての人々が性と生殖に関して自己決定でき、そのために必要な情報や手段を得ることができるよう、これを推進していく必要がある。
- 女性たちを取り巻く周囲の意識・理解の向上、全社的に取り組む職場風土づくり
良好なコミュニケーション、心理的安全性が高い職場は、女性の自己実現を促す。英国においては、女性の更年期症状に関する職場マネジメントのガイダンスが作成されており、周囲の意識・理解の向上を図り、共感・応援・助け合い・話し合いなど、特に日ごろからフランクに話す場を作ることが重要とされている。日本においても、職場のオープンな風土づくりに関する取り組み事例が複数報告されており、こうした取り組みを広げていくことが求められる。
- 女性特有の健康課題に対応した制度・環境整備
月経関連トラブルを早期発見する仕組みづくり
職場での定期健康診断は、女性の健康を支援する上では、項目が不十分である。月経随伴症状に関する問診や鉄・フェリチンなど貧血に関する項目などの追加について検討する必要がある。また、ストレスチェック制度や産業医・看護職面談など、その他の産業保健活動の中でも女性の健康問題への取組を推進することが重要である。
月経関連トラブルを解決するための環境整備・経済的支援
代表的な月経関連トラブルである月経困難症・月経前症候群・更年期障害は、医学的に治療が可能である。低用量ピル(LEP: Low dose Estrogen Progestin)やホルモン補充療法(HRT: Hormone Replacement Therapy)は、各種症状の軽減のみならず、複数の健康リスクの低減という効果が証明されているが、日本国内においては活用が十分に進んでいない。
働く女性の健康問題への対応は、近年取り上げられるようになってきているが、課題は多い。産業医を中心とした職場でのサポートがあると良いが、労働安全衛生法が制定された当時には想定されていなかった健康課題で、現行の法令では女性の健康課題への対応について規定されていない。職場からの支援に対する満足度は必ずしも高くないが、月経等による不調に対するオンライン診療支援(提携先紹介・金銭的補助等)を導入した企業では、仕事のパフォーマンスが向上した事例がある。
「女性医学」を専門としたプライマリケア・かかりつけ産婦人科医の取組の推進
日本女性医学学会が認定する「女性ヘルスケア専門医」や日本女性財団のフェムシップドクターの取り組みなど「女性医学」を専門として、思春期から老年期までのすべてのライフステージをサポートする医師の認定制度がある。一般の産業医や産婦人科医の中には、Quality of Life(QOL)の維持・向上のための予防的観点からの知識が必ずしも十分ではない場合もある。女性が生涯を通じて健康で行きやすい社会を作るために、こうした取り組みが広がることが重要である。
- アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見・思い込み)をなくす必要がある
「女性活躍推進の制度や仕組みをいくら整備してもなかなか望む成果につながらないのは、アンコンシャス・バイアスへの対応が不足しているからだ」という意見がある。男女共同参画局が実施した調査では、男女ともに「女性は感情的になりやすい」という回答が約35%あったが、月経前症候群や更年期障害に起因する精神症状など、医学的に説明がつく病態である可能性が否定できない。こうした症状は医学的治療が可能であるが、「女性は感情的になりやすいもの」という思い込みによって、受診・受療に結びついていない。女性自身の思い込みや周囲の思い込み(アンコンシャス・バイアス)を取り除くことも、女性の健康増進と活躍を後押しし、ひいては、誰もが生きやすいインクルーシブな社会につながると考える。
【開催概要】
- 登壇者:飯田 美穂 氏(慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室 専任講師)
- 日時:2023年3月6日(月)19:00-20:30
- 形式:オンライン(Zoomウェビナー)
- 言語:日本語
- 参加費:無料
- 定員: 500名
■登壇者プロフィール:
飯田 美穂(慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室 専任講師)
慶應義塾大学医学部卒。亀田総合病院での初期臨床研修を経て、慶應義塾大学医学部産婦人科学教室に入局。大学病院や市中病院で産婦人科診療に従事する傍ら、同大学大学院医学研究科博士課程に進学し、公衆衛生の視点を学ぶ。現在は同大学医学部衛生学公衆衛生学教室専任講師として、産婦人科医と社会医学系医師の双方の視点から、女性の健康増進に資する疫学研究、学生教育、産婦人科診療、職場における女性の健康支援に取り組んでいる。産婦人科専門医、女性ヘルスケア専門医、社会医学系専門医・指導医、日本産業衛生学会就労女性健康研究会世話人など。
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