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【開催報告】第112回HGPIセミナー「痛み診療の最前線―集学的な痛み診療体制の構築に向けて―」(2023年2月8日)

【開催報告】第112回HGPIセミナー「痛み診療の最前線―集学的な痛み診療体制の構築に向けて―」(2023年2月8日)

第112回HGPIセミナーでは、難治性疼痛患者支援協会ぐっどばいペイン代表理事の若園和朗氏と、福島県立医科大学教授の矢吹省司氏をお招きし、慢性の痛みの治療おける最新のエビデンスや、集学的な診療体制の構築に向けた国内外での取り組み、日本の診療体制の課題等についてお話しいただきました。

<講演のポイント>

  • 2020年に国際疼痛学会が改定した最新の痛みの定義では、痛みは心理社会的な要因の影響を受けるものであり、実際の組織損傷を伴わないことがあることが示された
  • 痛みに対する診療は、従来の生物医学モデルでは限界があり、生物社会心理モデルに基づく多職種による集学的な治療が求められる
  • 諸外国や国内において、集学的な治療を行う「(集学的)痛みセンター」の設置が進んでいるが、国内においては、診療報酬上の評価がなされない等の課題があり、集学的治療の持続的な提供や拡充が課題となっている
  • 集学的な治療等の痛みに対する多様な治療に関する国内でのエビデンスが不足しており、これらの効果に関する研究を推進していく必要がある
  • 慢性の痛みは、職種や疾患・診療科横断的な課題であり、広く関係者との議論を通した、「慢性の痛み対策基本法」を制定し、複雑な慢性の痛み対策の後ろ盾となる法制度化が必要である

 

■新しい痛みの定義と、痛みに対する生物心理社会モデルの実践に向けた国際的な動向

通常考える痛みは、組織の損傷が起こった際に発生し、より大きな損傷を回避するための警告信号の役割を持っている。したがって医療者は、痛みを抱える患者を診察する際、組織の病変を見つけ、組織に対する治療を施してきた。しかし、組織の損傷が治っているが痛みが残存することも多く、そのような痛みは「慢性の痛み」として扱われ、治療が困難なことで知られている。こうした慢性の痛みには、心理的要因や社会的要因(学校や職場といった環境的要因等)が関連しており、その治療には、従来の生物医学モデルではなく、生物社会心理モデルに基づいた対応が必要である。

国際的にも、国際疼痛学会(IASP: International Association for the Study of Pain)が2020年に痛みの定義を改定し、組織損傷を伴わない痛みが存在することや痛みには情動的な側面があることを示すとともに、痛みは、生物心理社会的なさまざまな要因の影響をさまざまな程度で受けることが強調された。また、こうした痛みに関する研究の発展を受け、世界保健機構(WHO: World Health organization)は新しい国際疾病分類第11版(ICD-11: International Statistical Classification of Diseases 11th Revision)において、これまで症状として扱われていた慢性の痛みを独立した疾患として分類した。

■慢性の痛み診療に関する最新のエビデンス

慢性の痛みには、薬物療法からインターベンショナル治療、非薬物療法までさまざまな治療に関するエビデンスが報告されている。「慢性疼痛診療システムの均てん化と痛みセンター診療データベースの活用による医療向上を目指す研究」研究班が2021年に取りまとめた慢性疼痛診療ガイドラインでは、主に6つの治療に分類し、それぞれ以下のように推奨している。

  • 薬物療法:推奨度2
    非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs: Non-Steroidal Anti-InflamatoryDrugs)は慢性腰痛と変形性膝関節症に対して有効であるが、その効果は小さいため推奨度2と位置づけられている。また、使い続けると腎障害等の副反応が問題となる可能性があり、注意が必要である。
  • トリガーポイント注射:推奨度2
    トリガーポイント注射は、圧痛部位に局所麻酔を注射する治療であり、その有効性が報告されており、推奨度2とされている。一方で侵襲性もあり、漫然と行われるべき治療ではない。
  • リハビリテーション・運動療法:推奨度1
    運動療法による疼痛の緩和は、運動誘発性疼痛抑制と呼ばれ、副反応なく痛みの緩和効果が報告されているため、推奨度1とされる。その機序について研究が進んでおり、運動によってカンナビノイドが脳内に生成され、疼痛抑制に作用する機序や、筋肉から生成されるマイオカインによる機序が提唱されている。一方で、運動療法だけでは、生活の質(QOL: Quality of Life)の改善は限定的である。
  • 心理療法・認知行動療法:推奨度2
    痛みに対する認知行動療法の有効性が多面的に認められている。一方で、日本での提供体制の整備が遅れている。国内のエビデンスが不足している状況だが、治療にあたり、痛みの緩和や痛みの原因ばかりを追求するのではなく、痛みがあっても生活できるという思考を養うという視点が重要である。すなわち、「破局的思考」と呼ばれるネガティブな思考による痛みの増幅や慢性化の回避に向けた支援が必要である。
  • 統合治療:推奨度2
    慢性の痛みに対して鍼灸治療は有用であると報告され、推奨度2とされている。治療法を選択する際は効果、コストを踏まえた上で患者の価値観を優先することが望まれる。
  • 集学的治療:推奨度2(腰痛に対しては推奨度1)
    多職種の介入によって、さまざまな治療を組み合わせた治療であり、治療法がないと診療された難治性の痛みに対しても治療効果が得られている。福島県立医科大学では、20年以上前から集学的治療を提供するリエゾンアプローチを行っており、臨床心理士、精神科医、薬剤師、看護師、理学療法士、ソーシャルワーカーなどが協働して治療を行なっている。他の病院では治療法がないといわれた患者が来院し、その約半数で痛みの改善が認められている。

 

■諸外国における痛みの診療体制の好事例

痛みに対するエビデンスに基づく診療の提供には、多職種が連携した診療体制の必要性が広く理解され、「痛みセンター」の設置が各国で進んでいる。2013年時点で、すでに欧米先進諸国の多くで、多専門職種が連係し治療を行う「集学的痛みセンター」が整備されており、その数は多くの国で増え続けている。東アジアにおいても、例えば中国では、一定規模以上の病院に対し、多職種が集学的な治療を提供する「疼痛科」の設置が義務付けられている。

就労支援と連携した先進的な事例として、ワシントンのリハビリテーション病院では、労務災害に伴う慢性疼痛患者の職場復帰を目指すリハビリテーションを提供している。内科医、理学療法士、作業療法士、臨床心理士が連携して、4週間にわたる運動療法や作業療法を組み合わせた治療を提供しており、1年間の職場復帰率が75.8%という非常に高い有効性が確認されている。

■痛みの概念に関する大規模な啓発キャンペーンによって、慢性疼痛による労災件数や医療費が抑制された事例

国民への情報発信という点でも、国外の先進的な取り組みが報告されている。オーストラリアでは腰痛患者を減らすための大規模なメディアキャンペーンとして、有名人や専門家が、腰痛に関する最新のエビデンスに基づいた情報をわかりやすく発信し、腰痛があっても恐がり過ぎず体を動かすことの大切さを、大々的に啓発した。その結果、腰痛があっても活動的に生活する人が増え、慢性腰痛による労災申件数の15%減少、慢性腰痛による医療費の20%減少が報告されている。このように海外では、慢性の痛みに対する注目度が高く、治療体制の構築や国民への啓発活動を先進的に行っている事例がある。

■国内で適切な診療・支援を受けられない、いわゆる「痛み難民」の問題

慢性の痛みの患者数(痛みの程度が10段階のうち5以上の痛みで、三ヶ月以上続いているもの)は調査によると日本には22.5%で、全成人に換算すると2300万人存在すると推計されており、非常に多くの人が痛みに苦しんでいる。日本ではがんの場合、「がん対策基本法」が成立して以来、がんの患者に対しては、病気そのものの治療とは別に、痛みをコントロールすることの大切さが認識され、痛みに対して積極的な治療が行われるようになってきている。一方で、たとえ激しい痛みであったとしても、痛みに対する適切な治療が提供されないことも多くある。特に、原因がわかりにくく長引く痛みである線維筋痛症や複合性局所疼痛症候群(CRPS: Complex Regional Pain Syndrome)、脊髄損傷後の疼痛、重度の非特異性腰痛等の患者は、どこへ行っても適切に診てもらえない、言わば「痛み難民」となってしまうことが少なくない。したがって「痛み難民」の課題を解決するためには、特に、慢性の痛みは、全人的なものであること、その治療には複数の診療科の連携が必要であることが適切に理解される必要がある。

■国内における生物心理社会モデルに基づく医療提供体制構築の課題

慢性疼痛には、様々な因子が関わっており、多職種と医師が関わる集学的アプローチが必要である。日本においては、複数の診療科の連携体制が構築されていない背景の課題には、各診療科の縦割り、慢性疼痛に関する知識の不足、最新の知見に制度が追いついていないこと等が挙げられる。

多面的に有効性が認められている治療であっても、日本では痛みの治療に活用できる体制がなく、そのアクセスが乏しい治療がある。例えば、心理療法・認知行動療法は、人的資金の負担が多く、医療機関にとって、コストに見合った利益が見られないことが課題である。また、集学的治療の提供に向けた多職種連携が普及しないことにも同様の課題がある。

また、日本の集学的痛みセンターでは多職種連携による治療が行われているが、長時間にわたって多職種が治療に関わるのに見合った診療報酬がついておらず、治療の継続が困難である。慢性疼痛診療ガイドラインでは、運動療法や心理療法等を組み合わせた治療を推奨しているが、処方量等を含めた画一的なプログラムに関するエビデンスがない。したがって、多職種チームでの治療コストに見合った診療報酬点数の算定に向けて、日本においても集学的治療の効果を示す質の高い論文を出していくことが重要になる。

■日本における慢性の痛み対策の変遷と、「慢性の痛み対策基本法」制定の必要性

日本においても、慢性の痛み対策に関連する政策の推進がなされてきた。2010年の厚生労働省における慢性の痛みに関する検討会では、診療科の枠組みを超えた総合的かつ集学的な対応が求められることが示され、その後も研究事業が行われている。現在は厚生労働省による『慢性の痛み政策研究事業』の研究班では、集学的な痛みセンターの構築に取り組んでおり、多職種カンファレンスを通じて痛みの評価と治療方針の決定を行い、多職種で治療していく体制が整っている施設を「集学的痛みセンター」として承認している。2019年には23施設であったが現在は37施設まで増やすことができている。

その他に、「慢性の痛み対策議員連盟」の設置や、国際疼痛学会の日本開催に合わせた立法府への科学的知見の共有、超党派による「慢性の痛みに関する勉強会」の開催等が行われてきた。2016年6月に閣議決定された「一億総活躍プラン」や2017年、2018年の経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)において、慢性の痛み対策の推進が言及された。

痛みの医学・科学は近年目覚ましく発展を遂げている。こうした政策的な動きをより加速度的に推進し、科学の発展に合わせた診療体制の迅速な構築が必要である。慢性の痛み対策に関する多くの課題が、広く国民に共有・理解され、日本の医療制度の特徴を踏まえたより良い慢性痛診療システムが、一刻も早く確立されるべきである。そのためには、広く関係者での議論を通した「慢性の痛み対策基本法」の制定によって、法的な後押しが必要である。

 


【開催概要】

■登壇者(五十音順):
矢吹 省司(福島県立医科大学 保健科学部理学療法学科 学部長/寄付講座 疼痛医学講座 教授/医学部(臨床医学系)整形外科学講座 教授)
若園 和朗(難治性疼痛患者支援協会ぐっどばいペイン 代表理事)

■日時:2023年2月8日(水)18:30-20:00
■形式:オンライン(Zoomウェビナー)
■言語:日本語
■参加費:無料
■定員: 500名


■登壇者プロフィール:

矢吹 省司(福島県立医科大学 保健科学部理学療法学科 学部長/寄付講座 疼痛医学講座 教授/医学部(臨床医学系)整形外科学講座 教授)
福島県立医科大学医学部卒業後、同大学整形外科に入局。Sweden Gothenburg(ヨーテボリ)大学留学、福島県立喜多方病院整形外科医長、California大学San Diego校客員教授、福島県立医科大学医学部准教授/附属病院リハビリテーションセンター部長(2014年6月まで)等を経て、現在は、2011年より福島県立医科大学医学部整形外科教授、2015年より福島県立医科大学医学部疼痛医学講座教授(寄付講座)、2021年より福島県立医科大学保健科学部学部長を兼任。2022年「痛みセンターを中心とした慢性疼痛診療システムの均てん化と診療データベースの活用による医療向上を目指す研究」研究班班長。
多数の学会等の委員・役員を歴任。現在、日本疼痛学会理事、日本運動器疼痛学会理事長、日本リハビリテーション医学会東北地方会幹事等を兼任。

若園 和朗(難治性疼痛患者支援協会ぐっどばいペイン代表理事)
1981年より岐阜県公立小学校教職員。教職の傍ら2011年「全国脊髄損傷後疼痛患者の会」を立ち上げ代表を務める。2013年、慢性痛に対する医療改善に専念するため教職を早期退職し「難治性疼痛患者支援協会ぐっどばいペイン」代表理事。他に「日本麻協議会」代表として、2021年に行われた「大麻等の薬物対策のあり方検討会」に招かれ意見を述べるなど、日本の麻文化を守り薬物乱用を防ぐための働きかけにも取り組んでいる。

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