【HGPI政策コラム】(No.61)―プラネタリーヘルスプロジェクトより―「第15回:WHOの気候変動と健康危機への対応:気候変動と健康に関するグローバル行動計画」
- 世界保健機関(WHO: World Health Organization)は、気候危機が地球規模の健康危機を引き起こす深刻な問題であると認識している。これは公衆衛生に対する重大な脅威であり、不平等を悪化させていることから、現在の緩和策や適応策だけでは不十分だと考えられている
- 第77回世界保健総会(WHA77: 77th World Health Assembly)を受け、WHOは第78回世界保健総会(WHA78: 78th World Health Assembly)での審議に向けて、気候変動と健康に関するグローバル行動計画(GPoA: Global Plan of Action)の策定を開始した。この計画はWHA78の閉会時に正式に採択されたが、賛否が分かれた
- GPoAは、国レベルでの政策対応を含むリーダーシップの発揮や、エビデンスに基づく取り組みに重点を置いている。「すべての政策における健康(Health in All Policies)」、「ワンヘルス(One Health)」、「プラネタリーヘルス(Planetary Health)」などの概念を活用し、公平性や適応性、複数のセクターを巻き込んだパートナーシップの原則に基づいて進められている
- GPoAの成功には、加盟国やWHO事務局、関係者全体が、気候変動対策が世界中のコミュニティにおける集団的な健康成果を優先するという明確な意思を持ち、それを取り組みに反映させることが求められている
- 日本政府は、WHA78において、気候変動と健康を地球規模の重要課題と位置づけ、GPoAの採択と迅速な実施を強く支持している。また、国際社会の一致した取組が一層求められる地球規模の重要な課題の一つであることを強調し、その緊急性を踏まえて当該行動計画が採択され、実施に移されるべきである旨を発言している
はじめに
気候変動が、健康分野の長年の進歩を脅かす存在であることは、もはや国際的な共通認識となっています。世界保健機関(WHO: World Health Organization)もまた、2008年の決議を通じて、この関連性を早くから認識してきました。そして2025年の第78回世界保健総会(WHA78: 78th World Health Assembly)において、気候変動と健康に関する世界行動計画(GPoA: Global Plan of Action)の採択という、歴史的な決定がなされました。
この計画は、気候変動の影響に対して適応策を中心として応じてきたWHOの従来の方針から、健康への多大な副次効果を伴う緩和策をも取り入れた、より包括的な戦略への大きく転換点であり、極めて重要な意味を有します。この転換は、気候変動対策と健康保護が切り離せない関係にあり、相互に効果を高め合うという科学的な共通認識の広まりをよく示しています。
グローバル行動計画の策定
本計画は、決議WHA77.14として正式に採択され、大気汚染や環境衛生上の脅威に対応してきたこれまでの諸決議を基盤として策定されました。GPoAは、成果に基づき、各国のニーズや能力に即した計画の必要性が認識される中、国連気候変動枠組条約(UNFCCC: United Nations Framework Convention on Climate Change)及びパリ協定との整合性を保ちつつ起草されました。その目的は、WHOの全ての技術的業務において、気候変動への配慮を組み込み、同時に分野横断的な協力体勢を強化することにあります。
本計画の策定にあたっては、加盟国、50を超える利害関係者、そして国連機関との広範な協議が重ねられ、多様な視点がその枠組みに組み込まれました。この過程には、WHOの全地域、あらゆる発展段階にある国々との連携はもとより、資金供与機関や民間セクターとの関与も含まれており、まさに多角的な視点が結集しています。
特に日本政府は、WHA78において、気候変動と健康を地球規模の重要課題と位置づけ、GPoAの採択とその迅速な実施を強く支持する立場を明確に表明しました。日本政府代表団は、国際社会の一致した取り組みが求められるこの課題の緊急性を強調し、WHOの主導する行動計画が具体的な成果に結びつくよう、積極的な貢献を約束しています。このような日本のリーダーシップは、GPoAのグローバルな推進力の一翼を担うものとして、国際社会から高く評価されています。
世界行動計画(GPoA)の主要行動分野
GPoAは、以下の三つの主要な行動分野を中心に構成されています:
- リーダーシップ、連携、提言活動:WHOは、あらゆるレベルの気候変動政策に健康への配慮を組み込むことを目指しています。例えば、加盟国が「全ての政策において健康を考慮すること(Health in All Policies)」の導入支援や、国際的な気候変動に関する議論の場において、健康への配慮がされることが含まれます。
- 根拠とモニタリング:この分野では、意思決定を支える科学的根拠の強化が目的とされています。具体的には、気候変動に脆弱な地域において、明確な研究課題の策定と推進、そして進捗状況を追跡するためのツールや統合的なデータシステムの導入を通じて、モニタリングシステムの確立が盛り込まれています。
- 国レベルでの行動と能力構築:この分野は、地球規模の公約を具体的な成果へと結びつけることを目指し、保健医療システムが気候変動に強く、低炭素で、かつ環境的に持続可能なものにすることに重点を置きます。脆弱性評価の実施、健康への配慮を組み込んだ国家気候変動行動計画の策定、気候変動を保健医療政策に統合するための枠組みづくりが例として挙げられます。さらには、保健医療システムの脱炭素化を推進する政策や、気候変動による健康リスクに対応する早期警報システムの導入も盛り込まれています。
| 行動 | |||
| 行動分野 | 加盟国 | WHO事務局 | 利害関係者 |
| リーダーシップ、連携、提言活動 |
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| 根拠とモニタリング |
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| 国レベルでの行動と能力構築 |
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主要な課題
GPoAの草案は、議論の初期段階にて、いくつかの反発に直面しました。複数の途上国は、そのアプローチがあまりに一律的であり、各国の状況の違いが十分に考慮されていないと指摘しています。特に、過去の排出量がごく僅かであるにもかかわらず、気候変動の影響を不均等に受けているアフリカ諸国は、適応が絶対的な優先事項として強調しました。気候変動に耐性のある保健医療システムやインフラを支援するための、より実行的かつアクセスしやすい資金メカニズムへ重点を置いています。中国やその他の途上国は、共通だが差異のある責任とそれぞれの能力(CBDR-RC: Common but Differentiated Responsibilities and Respected Capabilities)の原則をより重視するよう働きかけた。これらの国は、排出量が少ない途上国のヘルスケアセクターに対して、その能力や相対的な排出量を考慮せずに脱炭素目標において他国の模範となることを求めるのは、この原則に反しており、中核的な保健機能から資源転用につながる可能性があると論じています。
第78回世界保健総会では、サウジアラビア、ロシア、エジプトをはじめとする東地中海地域の石油生産国が、計画への反対を主導しました。これらの国々は、協議が不十分であることや、各国の状況・多様性との整合性が十分に考慮されていないことを理由に、計画の採択をさらに1年延期するよう働きかけました。しかし、これらの手続き上の異議の背景には、潜在的な利益相反への懸念がありました。特に、化石燃料の拡大に大きな経済的利害を持つ国々が、よりクリーンエネルギーや排出削減を促進する計画に対して、果たして説得力のある反論ができるのかと疑問を呈されました。このような移行が健康にもたらす相乗的な利益が明らかにされていることを踏まえると、なおさらです。
グローバル・クライメイト・ヘルス・アライアンス(GCHA: Global Climate and Health Alliance)のような市民社会組織からは、気候危機の根本原因である化石燃料への明確な言及が欠落している点が指摘されました。GCHAは、化石燃料への対応を怠ることは、それらが健康結果と密接に関係していることを無視するものであり、極めて重要な機会を逸していると警鐘を鳴らしております。
結果的には、持続的な反対や遅延戦術が見られたにもかかわらず、GPoAは明確な支持を得るに至りました。最終投票では、109の加盟国が賛成票を投じ、主要な反対国は直接的な反対ではなく棄権を選択しました。この結果は、国際社会における広範な合意を象徴するものです。特に、アフリカ、ヨーロッパ、ラテンアメリカからの力強い支持は、気候変動を健康問題として位置付け、これに対処する上でWHOが中心的な役割を担うべきだという世界的な認識を示しています。また、実施の詳細や資源配分に関する正当な懸念が残る中、国際社会は気候と健康の統合を、最優先事項と見なしていることを示唆しています。
実践的考察
GPoAが承認段階から実施段階へと移行するにあたって、その成功は、いくつかの根本的かつ優先的な課題への取り組みにかかっています:
- 健康と気候アジェンダの統合:実践における第一歩は、ヘルスケアセクターが各国の気候変動プロセスに参画するようにし、保健医療政策全体に気候変動への配慮を統合することです。また、環境・気候分野の関係者を保健計画に巻き込むことも重要です。これには、健康の視点をを国が決定する貢献(NDC: Nationally Determined Contributions)や国別適応計画(NAP: National Adaptation Plan)などの国の気候変動計画に合理的に統合するための仕組みを構築することも求められています。
- 資源と資金調達:特に脆弱な国々にとって公平な実施を確保するためには資金調達メカニズムを強化しなければなりません。そのためには、新たな資源を動員するだけでなく、既存の気候関連基金へのアクセスをより円滑にすることも含まれます。気候変動に強い保健医療システムへの投資は、経済的にも人的資源の面においても実質的なリターンをもたらすことが科学的な根拠(エビデンス)によって示唆されています。WHOの分析によれば、パリ協定の目標を達成した場合に得られる健康上の利益は、緩和策にかかる費用を上回るとされています。このように説得力のある投資効果の根拠は、先進国および多国間機関による財政的コミットメントの増加を促すべきです。また、気候変動と健康に関する介入の投資収益率を文書化することも、資源動員や政治的な支援を強化する上で有効です。
- 具体性と範囲:実施指針は、進捗を把握するための明確な指標と、説明責任を担保する仕組みを備えた、具体的かつ実行可能なものでなければなりません。また、これらの指標を、政策の影響を反映するよう洗練させることは、今後の投資増加に向けた説得力のある根拠を提供することにもつながります。
- 多分野にわたる協力:実施にあたっては、各国の保健省と関連省庁(環境、経済、栄養、水、持続可能な開発)との間で、分野横断的な協力を促進し、政府全体・社会全体、そしてワンヘルスのアプローチを推進することが求められます。保健関係者が他の分野のパートナーと効果的に協力する方法に関する実践的な指針も必要です。また、この分野横断的な協力の仕組みは、健康に関する影響は気候政策全体と切り離して対応できるものではなく、連携して取り組む必要があるという現実を認識する必要があります。
- 能力構築:能力構築の取り組みは、すでに逼迫している保健医療システムに不均衡な負担がかかっていること踏まえ、気候変動と健康のリスクが最も高い地域を優先すべきです。これには、気候変動と健康の相互依存性に関する専門的な研修や教育の実施、脆弱性の体系的評価、そして各国の文脈に即した国家戦略の策定が含まれます。
- 既得権益の対処:利害関係者からは、計画において化石燃料が気候危機の主な原因として明確に言及され、公正な形で再生可能エネルギーへの移行を促すべきだという声が上がっています。また、タバコやアルコール規制制度における教訓を参考に、商業的およびその他の既得権益による政策介入を防ぐための指針が必要とされるでしょう。これにより、計画の完全性を守り、その有効性を確保することができます。
- 市民社会の関与:国レベルの気候変動と健康に関する戦略の策定・実施・評価において、市民社会組織(CSOs: Civil Society Organizations)の積極的な関与は不可欠です。CSOsは専門知識を提供し、地域社会の声を代表し、研究や提言、啓発活動を通じて、計画の有効性を高める重要な役割を果たすことができます。
結び
WHOの気候変動と健康に関するGPoAは、これまでのWHOの取り組みと、気候変動と健康の相互関連性についての国際的な議論を基盤としており、この複雑かつ喫緊な問題に取り組む上で不可欠な一歩です。
資金調達、モニタリングと評価、グリーンエネルギーへの移行、能力構築と支援、そしてステークホルダーの関与に関する規定を強化することで、本計画は気候変動と健康に関する政策において、実質的な変化を促す強力な触媒としての役割を果たすことが期待されています。
【参考文献】
- World Health Organization. (2024). Climate change and health (WHA77.14). https://apps.who.int/gb/ebwha/pdf_files/WHA77/A77_R14-en.pdf
- World Health Organization. (2025, January 9). Climate change and health: Draft global action plan on climate change and health: Report by the Director-General (EB156/25). https://apps.who.int/gb/ebwha/pdf_files/EB156/B156_25-en.pdf
- 厚生労働省. (2025年5月). 『第78回WHO総会結果(概要)』. より取得: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hokabunya/kokusai/tp210607-01_00017.html
- World Health Organization. (2024, July 11). Climate change and health: Member State briefing. https://apps.who.int/gb/mspi/pdf_files/2024/07/Item1_11-07.pdf
- African Climate Wire. (2025, April). Countries grapple with climate equity and finance at the WHO. https://africanclimatewire.org/2025/04/countries-grapple-with-climate-equity-and-finance-at-the-who/
- Health Policy Watch. (2024, July 11). WHO climate change and health action plan approved after Saudi-led effort to shelve it fails. https://healthpolicy-watch.news/who-climate-change-and-health-action-plan-approved-after-saudi-led-effort-to-shelve-it-fails/
- Global Climate and Health Alliance. (2025, May 27). World Health Assembly: Health community hails adoption of climate and health action plan, but slams fossil fuel omissions. https://climateandhealthalliance.org/press-releases/world-health-assembly-health-community-hails-adoption-of-climate-and-health-action-plan-but-slams-fossil-fuel-omissions/
- Health Policy Watch. (2024, July 10). Strong support among WHO member states for health-focused action on climate change. https://healthpolicy-watch.news/strong-support-among-who-member-states-for-health-focused-action-on-climate-change/
- World Health Organization. (2018, December 5). Health benefits far outweigh the costs of meeting climate change goals. https://www.who.int/news/item/05-12-2018-health-benefits-far-outweigh-the-costs-of-meeting-climate-change-goals
- World Heart Federation. (2024, February 2). Shaping a stronger global plan of action on climate change and health: Key recommendations for impact. https://world-heart-federation.org/news/shaping-a-stronger-global-plan-of-action-on-climate-change-and-health-key-recommendations-for-impact/
【執筆者のご紹介】
コ ゲール(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
中冨 龍一(日本医療政策機構 インターン)
菅原 丈二(日本医療政策機構 副事務局長)
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