【開催報告】第99回HGPI セミナー 「Fast track Cities Initiative から得た教訓」(2021年8月31日)
第99回HGPI セミナーでは国連合同エイズ計画(UNAIDS: Joint United Nations Programme on HIV/AIDS)より、イーモン・マーフィー氏(アジア太平洋地域事務所長)と河原林香氏(テクニカルサポートメカニズムマネージャー)、そして国立研究開発法人 国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センター(NCGM: National Center for Global Health and Medicine)医療情報室長の田沼順子氏をお招きしました。
マーフィー氏と河原林氏は世界全体及びアジア太平洋地域におけるHIV/AIDSとFast-Track Cities Initiativeの現状について概要を説明していただきました。また、田沼氏には日本におけるエイズ対策と2030年までにエイズを終結するために必要なステップについてお話しいただきました。
<講演のポイント>
- 2030年までにエイズ流行を終結させるためには都市部が中心となって取り組む必要がある
また、UNAIDSが主導するFace-Track Cities Initiativeは都市部での感染リスク、脆弱性や感染の原因に言及している - 患者を中心のHIV/AIDS政策を実施し、成功した都市の事例はいくつかあり、得られた教訓は国際的に共有されている
- 日本のHIV新規感染者数は減少しているが、予防、検査、治療やモニタリングの面ではまだ改善の余地がある
- 新型コロナウイルス感染症(COVID-19: Coronavirus Disease 2019)のパンデミックはHIV/AIDSの予防、診断やケア提供に深刻な影響を及ぼしている
同時に、HIV/AIDSのために使われてきた従来の地域資源は、パンデミックの支援のために投入されている
■世界および地域の概要
2000年以降、HIVのための抗レトロウイルス療法(ART: Antiretroviral Therapy)を受ける人数は継続的に増加しており、その一方でAIDS関連の死亡者数は減少している。それにも関わらず、2020年には、HIV感染者数は約3,760万人、そして死亡者数は69万人となっている。アジア太平洋地域は、HIVと共に生きる大人と子どもの数、および新規感染者数が世界で2番目に多い地域である。特にウイルス抑制や治療においては未だ多くの課題がある。
世界エイズ戦略2021-2026年では、2025年に向けた野心的な目標と公約が設定された。具体的には、アジア太平洋地域での、曝露前予防内服(PrEP: Pre-exposure prophylaxis[1])や、自己検査キットへのアクセスの向上、数か月分の治療薬配布やオンライン交流の場の利用拡大など、HIVサービス提供の改善に取り組まなければならない。さらに、社会的に疎外されたコミュニティに対するサービスの公平な提供を妨げる要因を排除することが重要である。
■Fast-track Cities Initiative
エイズ流行を終結させる上で「都市」は重要な役割を担っている。実際、200の都市にはHIVと共に生きる人々(PLWH: People Living With HIV)の25%が住んでおり、感染リスクは都市部で高くなる傾向にある。一方、都市部では、資金、医療システムや規制など、エイズの流行に対処するために必要な資源を独自に備えており、一層の活用が期待されている。
Fast-track Cities Initiativeは、都市がHIVへの対応を迅速に進め、パリ宣言の公約を実現するための支援の提供を目的としている。2014年12月に開始され、現在は350以上の都市や自治体が参加している。
これまで、Fast-track Citiesの取り組みについて関係者が国際会議等で集まり、HIV対応について協力してきた。これらの経験で学んだ重要な教訓をさらに共有するため、様々な会議で発信も行っている。また、各都市は90-90-90ターゲット[2]の達成に向けて前進しており、優先順位の高い都市のHIV対応を加速させるために、より多くの資源が投入されている。
UNAIDSは、共通の優先課題に関する日本のパートナーシップと、2030年までに公衆衛生上の脅威としてのエイズを終結させるという日本の継続的な公約を非常に評価している。日本政府はUNAIDSへの資金提供を約束しており、これまでに厚生労働省から2名の職員をUNAIDSに出向させている。また、UNAIDSは日本の機関とも覚書を交わしている(HGPI、NCGM、聖路加国際大学、プライドハウス東京)。
■日本におけるエイズ終結への道
2016年以降、日本の年間HIV新規感染者数は徐々に減少している。またいくつかの団体によって、HIVと共に生きる人への働きかけ、予防及び検査の継続的な推進がなされている。しかしながら、予防、検査、治療、モニタリングについて克服すべき課題もある。
予防の観点では、性に関する健康教育や啓発活動などがまだ十分ではない。さらに、世界的にはPrEP、TDF、そしてFTC[3]のオンライン購入が増加しているにも関わらず、日本ではHIV予防のために正式に認可された薬はない。そのため、適切な医療を受けることなく、未承認薬の使用が行われている。また、検査や抗レトロウイルス療法などの治療開始の遅れ、効果的なモニタリングシステムの不在や提供されているプログラム間の連携不足などの課題も明らかになった。
諸外国の取り組みをみると、例えば、英国・ロンドンでは関係者を包括的に集め、32の行政区すべてから資金を確保し、HIV予防活動と介入を実施している。これらの活動には、親しみやすくアクセスしやすい雰囲気を備えた公共のHIV検査の場や、地域の人々に力を与えるように設計されたセクシュアルヘルスクリニックなどの整備が含まれる。こうした活動はすべてエビデンスに基づいており、必要としている人のために整備されている。さらに、ロンドンではHIV検査を一般化するために「Do It London」キャンペーンが導入された。これらの取り組みにより、2015年以降、新規のHIV感染者数は37%減少している。ロンドンのエイズ終結に向けた活動から日本が学ぶべき3つの教訓としては(1)チーム育成と連帯、(2)科学とニーズに基づく介入、(3)市民との効果的なコミュニケーションが挙げられる。
■COVID-19のインパクト
COVID-19の世界的な感染拡大(パンデミック)は、HIV/AIDS対策にも深刻な影響を及ぼしている。今回のパンデミックが、一部の地域における過去10年間のプログラムの進展を脅かす可能性があると予測されている。日本においても、パンデミックが発生してから、保健所における検査サービスが中断されたため、HIV検査の実施数が減少している。
しかし、コミュニティベースの保健活動の重要性、医療者や患者・当事者、アカデミアや行政等の関係者間における信頼関係の構築や検査、治療法への公平なアクセスなど、エイズとの闘いから得られる数多くの教訓はCOVID-19のパンデミック対策にも応用することができる。世界中で何十年もの間HIV/AIDS対策の一環としてコミュニティヘルスに投資を行ってきたことで、今回のCOVID-19パンデミックに対して迅速かつ適切な対応が一部可能となっている。
[1] Pre-Exposure Prophylaxis (PrEP) とは、HIVの感染リスクが高い人が性交渉や注射薬の使用によってHIVに感染することを防ぐための薬である。処方されている通りに使用すれば、PrEPはHIV予防にとても効果的だ。(United States Centers for Disease Control and Prevention)
[2] 90-90-90 治療ターゲットは、HIVと共に生きる人々の90%が自分のHIV感染状況を知り、診断されたHIV陽性者の90%が持続的に抗レトロウイルス療法を受け、抗レトロウイルス療法を受けている患者の90%がウイルス抑制の状態になることを目標としている。(UNAIDS)
[3] テノホビルジソプロキシル(TDF: Tenofovir Disoproxil Fumarate)/エムトリシタビン(FTC: Emtricitable)は、2012年にPrEPとしてアメリカ食品医薬品局(FDA: U.S. Food and Drug Administration)が認可した成人向け合剤である。(United States Centers for Disease Control and Prevention)
■プロフィール
イーモン・マーフィー 氏(国連合同エイズ計画(UNAIDS)アジア太平洋地域事務所長)
マーフィー氏は、国連合同エイズ計画(UNAIDS)アジア太平洋地域事務所長として2016年のHIV及びエイズに関する政治宣言の目標を達成するため、アジア太平洋地域の国々を支援している。また、政府、市民社会、国際連合機関、開発パートナーとの連携を強化するなど、各国のHIVプログラムを支援するための国連合同の計画を主導・促進している。マーフィー氏は、UNAIDSのミャンマー事務所カントリー・ディレクターとしてHIV/AIDSに関するサービスの大幅な拡大に取り組み、支援環境の整備と法律上の障害の克服に貢献した。以前には、UNAIDSのベトナム事務所カントリー・ディレクターを務め、2010年に大統領から友好勲章を授与されている。また、UNAIDS本部のガバナンス・国際連盟機関・ドナー関係ディレクターおよびUNAIDSのミャンマー事務所カントリー・コーディネーターを務めた。国連に参加する前は、オーストラリア政府において外務省のAusAID保健部門ディレクター、連邦保健省次官補(感染症と環境衛生)および豪州エイズ対策プログラムのディレクターなどの要職を歴任した。マーフィー氏は、オーストラリア・カトリック大学で教育学学士、シドニー大学で保健学修士号を取得した。
田沼 順子 氏(国立研究開発法人 国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センター 医療情報室長)
感染症医として幅広い経験を持ち、HIV/AIDSの分野で専門的なトレーニングを受けている。1997年に東北大学医学部卒業後、国立国際医療研究センターで感染症の研修およびフェローシップを修了。2011年、ベトナムにおけるHIVをテーマにした研究で東北大学大学院医学系研究科より博士号を取得。2014年から2016年にかけて、ハーバード大学T.H. Chan公衆衛生大学院にて武見フェローシップに参加。現在、厚生労働省のエイズ・性感染症に関する小委員会、エイズ動向委員会の委員、UNAIDSグローバルエイズモニタリングの日本代表報告者として活動している。また、アジア太平洋地域の12カ国以上との国際共同研究を含め、HIV/AIDSに関連する様々な研究プロジェクトに従事している。さらに、厚生労働科学研究費補助金「オリンピック・パラリンピック・万博等の外国人の流入を伴うイベントの開催に伴う性感染症のまん延を防ぐための介入方法の確立と国際協力に資する研究」の主任研究者として、2030年までのエイズ終結に向けたFast-Track Cities Initiativeの世界的な取り組みに関する理解促進ための活動や、多言語で様々な性の健康増進プログラムを実施している。
<【開催報告】第100回HGPIセミナー「日本医療政策機構のこれまでの歩みと今後の展望」(2021年10月15日)
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