【開催報告】第101回HGPIセミナー 「感染症の歴史から考えるAMR対策の今後~薬剤耐性(AMR)対策推進月間にあたって~」(2021年11月24日)
今回のHGPIセミナーでは、世界保健機関(WHO: World Health Organization)による「World Antimicrobial Awareness Week(WAAW)」、および内閣官房による「薬剤耐性(AMR: Antimicrobial Resistance)対策推進月間」に合わせて、東京大学 医科学研究所附属病院 病院長/日本感染症学会 理事長 四柳宏氏に感染症の歴史をご説明いただきながら、今後の薬剤耐性問題等について、お話しいただきました。
なお本セミナーは新型コロナウイルス感染対策のため、オンラインにて開催いたしました。
<講演のポイント>
- 人のからだには、非常に多くの微生物が存在している。微生物は普段は病気の原因とならないが、粘膜や皮膚に傷がつく等すると病気を起こす可能性がある。
- 細菌感染の治療には抗菌薬が有効であるが、抗菌薬を長期にわたり使用すると耐性菌が増えてしまう。また、菌が耐性化すると治療が難航する。
- 薬剤耐性(AMR)を防ぐためには、医療機関においては抗菌薬の適正使用、家庭においては衛生的な手洗いが基本である。
- 抗菌薬の研究開発には最低10年が必要といわれており、日本は研究開発への資金援助も限定的であるため、製薬企業は新規抗菌薬の開発に困難さを抱えている。研究開発体制への支援が求められる。
- AMR対策推進に向けて、日本でも広く情報発信がされているが、正しい知識を持っている人は未だに限定的であり、今後の一層の活動が期待される。
■人のからだと微生物
人のからだには、鼻や口の中、腸の中、皮膚の表面など、非常に多くの微生物が存在している。なかでも、腸内の細菌の数は圧倒的に多い。こうした微生物(マイクロバイオーム)は、普段は病気の原因とならないが、鼻、口、腸の表面を覆う粘膜や皮膚についた傷から体の奥や血液の中に入り、病気を引き起こす可能性がある。
■抗菌薬開発の歴史と耐性菌の発生
人類が初めて手にした抗菌薬は、1928年にフレミングが発見したペニシリンである。細菌感染の治療法を研究しているときに、放置したブドウ球菌の培養皿に生えた青カビの周りだけ、ブドウ球菌が死滅していたのだ。このペニシリンの発見により、多くの人の命が救われた。
1960年には、ペニシリンよりさらに強力なメチシリンが開発された。ところがその2年後には、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA: Methicillin‐Resistant Staphylococcus Aureus)という非常に病原性の高い耐性菌が出現してしまう。これに対抗するためにバンコマイシンが開発されたが、再びバイコマイシン耐性腸球菌(VRE: Vancomycin-Resistant Enterococci)、バイコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA: Vancomycin-Resistant Staphylococcus Aureus)が出現した。
その後、グラム陰性桿菌である大腸菌に対する抗菌薬も開発された。1985年にはイミペネムが、1996年にはキノロン系経口抗菌薬レボフロキサシンが開発されている。
抗菌薬開発の歴史を見てもわかるように、新規抗菌薬の開発と耐性菌の発生はいたちごっこである。抗菌薬を長期にわたり使用すると、その抗菌薬が効かない耐性菌が増えてしまう。これを薬剤耐性(AMR)という。薬剤耐性を持った(抗菌薬の効かない)細菌が体内に侵入すると、ときに命に関わる感染症を引き起こす。
■日本におけるMRSAの状況
薬剤耐性を持った細菌(耐性菌)の一つにメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)がある。MRSAは細菌の遺伝子上に特殊なたんぱくが持ち込まれることで発生する。特に黄色ブドウ球菌は病原性が強いうえに、粘膜に定着しやすい。そのため、鼻腔に菌が付着し、それを手で触れる等してしまうと、他の人に菌を伝播することがある。
現在、黄色ブドウ球菌に占めるMRSAの割合は減少傾向にあるが、その割合は未だ約50%にものぼる 。2019年には、MRSAを含む薬剤耐性菌の菌血症により日本国内で年間約 8,000人が命を落としていることが明らかになり、2021年にはMRSA単独の疾病負荷は欧州の3.6倍にのぼることが示された。MRSAをはじめとする、耐性菌をさらに減少させることが求められている。
■日本における薬剤耐性大腸菌の状況
大腸菌は大腸内で最も多い好気性共生細菌であり、感染症を起こすことは少ないが、肛門から尿路等、無菌的な部分に侵入すると病気を起こすことがある。女性は身体的に特にそのリスクが大きく、膀胱炎にもなりやすい。また、大腸菌は耐性を獲得すると、治療が難しくなる傾向がある。さらに、牛等の動物のみが保菌する大腸菌(例:O157)は、重篤な病気を引き起こす可能性があり、人間が感染した場合は命を落とすこともある。
大腸菌の耐性化は遺伝子によるものである。耐性遺伝子を持つ菌が細胞分裂を繰り返す際に、他の細菌(微生物、バクテリア)にプラスミドが伝播して、新たな耐性菌を作り出す。耐性遺伝子の代表が、基質特異性拡張型ベータラクタマーゼ(ESBL: Extended-Spectrum β-lactamase)産生遺伝子である。ESBLを持つ細菌は、ペニシリンやセフェム系抗菌薬の持つベータラクタム環を破壊して、抗菌薬が効果を発揮できないようにしてしまう。
また、カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE: Carbapenem-Resistant Enterobacteriaceae)は、感染症治療において最後の切り札として温存されてきた抗菌薬であるカルバペネムに耐性を示す薬剤耐性菌であり、先進国において問題となっている。
日本では、よい幅広い種類の細菌に効果のある抗菌薬(広域抗菌薬)の使用頻度が高いことから、広域抗菌薬であるキノロン系抗菌薬の耐性大腸菌も問題である。ペニシリン系やキノロン系の経口薬は耐性率が増加傾向にあり、このままでは容易に治療できたはずの膀胱炎に注射薬が必要となる危険性がある。しかし、近年ようやく経口薬の使用量が減少しはじめている。
■薬剤耐性菌が引き起こす疾患と求められるAMR対策
私たちの体内に存在する細菌全てに効く抗菌薬はない。そのため、抗菌薬を長期にわたり使用すると、薬剤耐性のある(抗菌薬の効かない)細菌が体内に残り、増えてしまう。この、腸内等の細菌叢(細菌の集団)の組成バランスが変化した状態をディスバイオーシス(Dysbiosis)と呼び、様々な病気を誘引する。ディスバイオーシスにより、例えば、潰瘍性大腸炎をはじめとする炎症性腸疾患や大腸癌等のがんにかかりやすくなる。他にも、肥満・糖尿病・脂肪肝等の代謝性疾患、リウマチ等の自己免疫疾患、自閉症・パーキンソン病等の神経疾患等、腸とは一見関係のなさそうな病気も引き起こす。さらに、腸は大量のリンパ球を持っているため、免疫に異常を起こすことさえある。「腸脳相関」と言われるとおり、腸と神経は密接に結びついているのである。
また、牛等の動物のみが保菌する大腸菌にも注意が必要である。食用肉に付着した耐性菌が十分に加工処理されないまま人間の体内に持ち込まれると、耐性菌を伝達してしまう。抵抗力の弱い妊婦で食肉から腸内に耐性菌が入り、産まれた子どもに感染したという事例があり、現在では医療機関に妊婦が入院すると、耐性菌の有無を検査することが一般的になっている。
海外諸国と比較すると、日本は個人の意志で比較的迅速に医療機関を受診できる。これは国民の健康を守るという点において素晴らしい仕組みである。一方で、この環境下で患者・医療従事者間で容易に抗生物質を依頼する・処方することがあり、これは不適切な状況といえる。医療機関は、適切な検査の実施や抗菌薬の適正使用等を通じて、薬剤耐性菌の発生をコントロールする必要がある。家庭においては、便座の周りを消毒する、用便後にはしっかり手洗いすることが基本となる。
■グローバルなAMR対策の必要性
薬剤耐性菌の発生をコントロールするためには、モニタリングシステムやグローバルな視点も重要である。耐性菌は人の移動や動物(家畜)の輸入等、様々な理由で広がる可能性がある。例えば、動物にはテトラサイクリン、マクロライド、ペニシリン、フルオロキノロン等、多くの抗菌薬が使用されており、例えば鶏ではペニシリン、セフェム、フルオロキノロンに耐性をもつ大腸菌が多い。同時に、血流感染症で亡くなる人の原因となる菌は、黄色ブドウ球菌、大腸菌の順で多く、大腸菌による血流感染症で亡くなる人は増加しつつあり、注視すべき状況である。
薬剤耐性菌の状況を注視し、現状を把握するために、日本は検査状況等の情報を地域や医療機関で共有する感染対策連携共通プラットフォームクラウドシステムであるJ₋SIPHE (Japan Surveillance for Infection Prevention and Healthcare Epidemiology)を構築した。また、世界保健機関(WHO)もAMRを極めて重要な問題として、2015年には薬剤耐性(AMR)に関するグローバル・アクション・プランを策定し、サーベイランスシステム(GLASS: Global Antimicrobial Resistance and Use Surveillance System)を構築した。GLASSにより、中・低所得国は高所得国よりもMRSAによる感染割合が高いこと、第三世代セフェム耐性の大腸菌による血流感染については、さらに割合に差があることが明らかになっている。一方で、高所得国においては、高額なカルバペネムに耐性を示すCREによる感染症が問題となっている。
以上を考慮すると、グローバルな視点からも、経口薬として使われる抗菌薬の使用を控えると共に、家畜への不適切な抗菌薬投与による食肉の汚染を防ぐための取り組みが一層求められる。
■AMR対策を進めるために
薬剤耐性(AMR)を防ぐため、WHOは毎年11月18日か本講演日の24日までをWorld Antimicrobial Awareness Week(WAAW)に定めている。また、AMR臨床リファレンスセンターは、啓発活動を通じてAMR対策の重要性を伝えている。11月の「薬剤耐性(AMR)対 策推進月間」 でも精力的に活動している。例えば、今年はTVアニメ「はたらく細胞」とのコラボレーションや、小学生新聞等を通じて、 子どもも大人も関心を持てるように工夫しながら情報発信に取り組んできた。
現在、AMRが原因で世界では年間約70万人が亡くなっている。まさに今、対策を講じなければならず、世界や国をあげてAMR対策が進められている。しかしながら、700人を対象に実施した国内の意識調査では、約60%が「抗菌薬・抗生物質はウイルスに効く」と誤解している一方で、正しい知識を持っている人はわずか18%であった。さらに、薬剤耐性菌を知っている人であっても、約6割は何の対策もしていないと回答した。
AMR対策は急務である。新規抗菌薬の開発は重要だが容易ではない。抗菌薬の研究開発には最低10年が必要といわれており、日本は研究開発への資金援助も限定的であるため、製薬企業は新規抗菌薬の開発に困難さを抱えている。また、海外の製薬会社が開発する新規抗菌薬を国内で使用できるよう、日本国内における開発体制も早急に整備する必要がある。
なぜWHOや日本政府が大規模なAMR対策キャンペーンを実施しているのか、そして国民一人ひとりが自分は何をすべきかを考えていただきたいと願っている。
■プロフィール:
四柳 宏 氏(東京大学 医科学研究所附属病院 病院長/一般社団法人 日本感染症学会 理事長)
1986(昭和61)年3月東京大学医学部医学科卒業後、東京大学医学部附属病院や聖マリアンナ医科大学等での勤務を経て、2016(平成28)年7月に東京大学医科学研究所先端医療センター感染症分野教授に就任。2021(令和3年)年4月より東京大学医科学研究所附属病院病院長を務める。主な専門は、感染症内科学(主としてウイルス性疾患)、感染制御学、肝臓病学、消化器病学。
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