【開催報告】第102回HGPIセミナー「コロナ禍で顕在化した、子ども・家庭の貧困 『食』の視点から考える」(2021年12月3日)
今回のHGPIセミナーでは、学校給食や就学援助の観点から子どもの貧困・家庭の貧困に対する調査研究・政策提言を行っている跡見学園女子大学マネジメント学部 教授の鳫(がん)咲子氏をお招きし、「コロナ禍で顕在化した、子ども・家庭の貧困 『食』の視点から考える」と題して、学校給食の重要性や給食費無償化実現のための課題、今後の展望などについてお話しいただきました。
なお本セミナーは新型コロナウイルス感染対策のため、オンラインにて開催いたしました。
<講演のポイント>
- 家庭の貧困や保護者の健康状態は子どもの食習慣に影響を与えている。そのため、困難を抱える家庭や子どもにとって、学校給食は非常に重要である。昨今の新型コロナウイルス拡大下における子どもの食への影響も注視していく必要がある。
- 給食費未納は子どもの貧困の重要なシグナルである。未納の課題を、保護者としての責任感や規範意識だけで片付けてしまうのではなく、不登校や虐待などと同様に貧困の兆候としてとらえるべきである。
- 子どもの就学を支援する就学援助という制度があるが、公立小中学生の7人に1人がこの制度を受けているのが現状である。また制度の認知度の低さやスティグマの存在などから、就学援助制度を利用できるにも関わらず利用していない家庭もある。
- 家庭や子どもの貧困に対して、給食無償化が果たす役割は大きい。現状の就学援助による個別的な給食費などの支援は、給食無償化により普遍的に全員に実施されることが望まれる。今後さらに、給食無償化導入に向けて社会の関心が高まり、財源が確保されることを期待したい。
■家庭の貧困や保護者の健康状態が子どもの食習慣に影響を与えている
2017年の東京都の調査[1]では、「食べない方が多い」「いつも食べない」を選んだ人は生活困窮層やひとり親家庭に多くみられることが分かった。また、2015年の横浜市の調査[2]では、保護者の健康状態が「あまりよくない」「よくない」と回答した家庭では、「ほとんど食べない」と回答した子どもが18.0%で、保護者の健康状態が「よい」「まあよい」「普通」と回答した家庭よりも多く、保護者の健康状態が子どもの食習慣に大きな影響を与えていることがうかがえる。
昨今の新型コロナウイルス拡大によって、家庭の貧困が子どもに与える影響も浮き彫りになっている。2020年のセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの調査[3]では、ひとり親家庭のうち「給食がなく食費が増えた」との回答が74.2%、「十分な量の食料を買うお金がない」との回答も54.5%を占める。世界的な災害とも言えるコロナ禍において、どのような人が生活に困難を感じているのか、今後も目を配っていく必要がある。
■日本の学校給食の実施率は中学校では増加傾向だが、定時制高等学校では減少傾向にある
こうした背景からも、困難さを抱える世帯やその子どもの健康にとって学校給食は非常に重要である。全国的な傾向をみると、公立中学校では完全給食[4]の実施が増加しており、2018年時点で全国の公立中学生の85.3%に対して実施[5]されている。一方で、夜間定時制高等学校は実施率が低下傾向にある。この理由としては、アルバイトなどを行うことでその日の食事代は捻出できたとしても、給食費の一括前払いが困難であり、喫食者減少の影響で給食の実施が困難になっているケース等があげられる。また、小中学校においての課題として、給食のない夏休み中に体重が減る子どもがいることがあげられる。また、一部の自治体では、夏休み中の学童保育でも給食を提供している例もみられる。
■給食費未納は子どもの貧困の重要なシグナルである
給食費未納については全体の0.9%[6]にとどまっている。学校が認識するその主な原因として、約7割が「保護者としての責任感や規範意識」、約2割が「保護者の経済的な問題」としているが、前者の場合、その中にはネグレクトの問題が含まれるケースがあることに注意が必要だ。また後者に関しては、生活保護や就学援助制度の受給資格を有しながらも、その申請を行っていない家庭も一定数いることも明らかになっている。この背景として、このような支援を受けることへの躊躇(ちゅうちょ)や、子どもが学校で嫌な思いをするのではないかと心配し、支援の申請に二の足を踏んでいることが考えられる。貧困の兆候として、給食費未納は重要な手がかりだと言える。多くの学校で給食費未納を「保護者としての責任感や規範意識の問題」としてで片付けてしまうことは問題である。
2018年の山梨県の調査[7]では、背景に貧困を伴うと考えられる状況として、「不登校」「学力の不足」「虐待」などに加えて「給食費等未払」もあげられている。このような点からも、給食費未納は子どもの貧困のシグナルとしてとらえるべきである。
■子どもの就学を支援する「就学援助」という制度の現状と限界
- 公立小中学生の7人に1人が就学援助の支援制度を受けているのが現状である
2019年の文部科学省の調査[8]では、子どもが公立学校に通うだけで、年間ひとり、小学生で約11万円、中学生で約18万円の学習費(給食費を含む)がかかることが示されている。
現在、子どもの通学を支援をする制度として生活保護とは別に、就学援助の制度がある。これは前年度の収入や所得に応じて、自治体が子どもの就学を援助する制度である。自治体によって条件は異なるものの、生活保護世帯に比べて約1.3倍の所得の世帯までをカバーするケースが多い。また、生活保護は4分の3が国庫補助である一方、就学支援は2005年以降、国庫補助がなくなり市町村の一般財源化した経緯がある。
就学援助を受けている子どもの数は2019年で136万人にのぼり、公立小中学生全体の14.7%[9]、7人に1人がこの支援を受けているのが現状である。
データを取り始めた1995年以降、概ね増加傾向にあり、子どもの貧困を反映しているといえる。特にリーマンショックなどの際には大きく上昇した。今後、新型コロナウイルス拡大の影響がどの程度あるのか懸念される。
- 就学援助制度を利用していない背景には、制度の認知度の低さやスティグマの課題がある
自治体によって就学援助率も大きく異なり、10%以下である自治体がある一方で、高知県では25.8%[10]で4人に1人の子どもが援助を受けている。静岡県の調査[11]では、貧困層に相当する世帯でも58.3%は援助を利用していないことも明らかになっている。その理由として、「制度を知らなかった」「必要であるが、基準を満たさなかった」「手続きがわからなかった」「必要であるが、周囲の目が気になり申請しなかった」などが多くあげられている。つまり、就学援助すら未だ受けづらい状況にあるといえる。また、自治体が定める貧困層の基準と就学援助制度の対象となる基準は必ずしも一致しておらず、貧困層に該当していても就学援助を受けられないケースがあることも明らかになっている。
■給食費無償化が果たす役割の中でも、「保護者の経済的負担の軽減、子育て支援」の重要性は高い
そこで注目しているのが、給食費の無償化である。日本でも無償化を導入する自治体は増加傾向にある。実施率[12]はまだ全国の5%にも満たないが、完全な無償化ではないものの一部の支援を実施する市町村も含めると、約3割ほどに増えてきている。新型コロナウイルス拡大に伴い、給食無償化が始まった自治体もある。
給食費の無償化の目的[13]は大きく以下の3つである。
・保護者の経済的負担の軽減、子育て支援
・食育の推進、人材育成
・少子化対策、定住・転入の促進、地域創生
特に、子どもの貧困を考えた際、「保護者の経済的負担の軽減、子育て支援」が最も重要である。就学援助を受けることすら周囲の目が気になる中、貧困層の保護者と子どもにとって、心理的な負担の解消の意味合いは非常に大きい。また、保護者への現金支給よりも給食として現物支給にする方が子どもには確実に届けられる。
韓国では、給食の無償化が進んでおり、学校ごとに栄養士がいて、オーガニック食品を使った給食の提供など、食育も進んでいる。
■給食費無償化の導入に向けた大きな課題は社会の関心や財源確保にある
ただ、給食費無償化を行うには様々な課題がある。韓国では、給食費無償化が選挙の争点になり制度が大きく動いた歴史がある。食を重視する文化的背景もあるが、普遍的に全員に実施することに重点をおき給食費の無償が進んだ。就学援助のように個別的な福祉を実施する場合、スティグマの問題は避けられない。そのため、給食のように子どもに必要不可欠なサービスへの支援は、普遍的に全員に実施することが重要である。
日本の給食費無償化に必要な財源の試算は、年間約5,000億円[14]といわれている。かつて子どもの医療費助成の制度が全都道府県に広がったように、給食費に関しても社会全体の関心が高まり、無償化の導入が進むことを期待したい。
[1] 東京都(2017)「子供の生活実態調査報告書」
[2] 横浜市(2015)「実態把握のための調査実施結果報告書(平成27年度)」
[3] セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン(2020)「ひとり親家庭応援ボックス申込結果」
[4] 給食内容がパン又は米飯(これらに準ずる小麦粉食品、米加工食品その他の食品を含む。)、ミルク及びおかずである給食。一方、補食給食は完全給食以外の給食で、給食内容がミルク及びおかず等である給食、ミルク給食は給食内容がミルクのみである給食をさす(文部科学省HPより)
[5] 文部科学省「学校給食実施状況調査」各年度版より
[6] 文部科学省(2018)「平成28年度学校給食費の徴収状況に関する調査の結果について」
[7] 山梨県(2018)「やまなしこどもの生活アンケート報告書」
[8] 文部科学省(2019)「平成30年度子供の学習費調査」
[9] 文部科学省(2021)「要保護及び準要保護児童生徒数の推移」
[10] 文部科学省(2021)「令和元年度要保護及び準要保護児童生徒数について」
[11] 静岡県(2019)「子どもの生活アンケート調査報告書」、静岡県(2016)「子どもの貧困対策計画」
[12] 文部科学省(2018)「学校給食費の無償化等の実施状況」
[13] 文部科学省(2018)「平成29年度の「学校給食費の無償化等の実施状況」及び「完全給食の実施状況」 の調査結果について」
[14] 内閣府「平成28年第3回経済財政諮問会議説明資料2」2016年3月11日
■プロフィール:
鳫(がん) 咲子 氏(跡見学園女子大学マネジメント学部 教授)
千葉県市川市生まれ。上智大学法学部国際関係法学科卒業。筑波大学大学院経営・政策科学研究科修了。博士(法学)。参議院事務局でDV法改正など国会議員の立法活動のための調査等に27年間携わる。2012年から跡見学園女子大学マネジメント学部教員(行政学)。現在は、子ども・女性の貧困等に関する調査研究を行う。主な著書に、『子どもの貧困と教育機会の不平等 就学援助・学校給食・母子家庭をめぐって』(明石書店)、『給食費未納 子どもの貧困と食生活格差』(光文社)がある。
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