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【HGPI政策コラム】(No.42)-慢性疼痛プロジェクトより-スコットランド政府による慢性の痛み対策

【HGPI政策コラム】(No.42)-慢性疼痛プロジェクトより-スコットランド政府による慢性の痛み対策

<POINTS>

  • スコットランドでは、議員連盟(Cross-party Group)の中で、疾患横断的な患者・市民、痛みのケアに携わる幅広い医療福祉提供者等の意見を集約し、慢性の痛みは疾病負荷が高く優先度の高い政策であることが発信された。
  • スコットランド政府内の会議体(National Advisory Committee for Chronic Pain)に多くの当事者委員が関与し、痛みを抱える当事者のニーズに基づいた政策が検討された。
  • 会議への参画を通した声の収集に加えて、実態調査や第3セクターの活動を通して、幅広い当事者や医療提供者の声が政策に届けられた。
  • 幅広い原因による痛みに対応すべく、難治性の痛みだけでなく、慢性疾患に付随することも多い複雑度の低い痛みを包含した政策が検討された。

はじめに

近年では、神経科学の発展等により、痛みの機序の解明、またその治療に関するエビデンスの集積が進んでいます。一方で、最新の疼痛科学に基づいた治療へのアクセスが限られていることや提供体制の整備の遅れが、世界中で指摘されています。主に先進国において、最新の疼痛科学に基づき、一人ひとりの状態に合った疼痛治療を普及すべく、これまでの疼痛対策を見直し、痛みに関する国家戦略(National Pain Strategy)を策定する動きが進んでいます。

日本では、2014年に慢性の痛み対策に関する議員連盟が設置され、慢性の痛み対策基本法の制定を目指して議論がされてきました。また、2023年度からは、この基本法の制定を目指し複数の患者団体が後援・協賛する署名活動が行われるなど、日本でも国家戦略の策定を目指す取り組みが行われています。一方で痛みに関する政策は、痛みの原因となる疾患が多岐にわたり、またその治療・ケアも、複数の診療科・職種によって提供されるため、多くのステークホルダーによる議論や合意形成が必要とされ、政策の推進に向けては、マルチステークホルダーでの更なる議論が求められます。

国家戦略を取りまとめた国々では、どのように多くのステークホルダーとの対話を進め、政策を取りまとめたのでしょうか。今回は、2022年に慢性の痛みに対する国全体の指針として「疼痛マネジメントサービスの提供に関するフレームワーク(Framework for pain management service delivery)[i]」や、本フレームワークの「実装戦略(implementation plan)[ii]」を取りまとめたスコットランドの事例を紹介します。

 

スコットランドにおける疼痛マネジメントサービスモデルとフレームワークの概要

スコットランドサービスモデル

2022年に取りまとめられたフレームワークの基盤となる、痛みに対するスコットランドサービスモデルが、2014年に取りまとめられました(図1)[iii]。このモデルでは、サービスの提供主体から、疼痛マネジメントサービスを以下の4つの段階に階層化し、痛みの要因や複雑度等に応じて適切なサービスが受けられることを目指しています。

  • レベル1:患者自身のセルフマネジメントを基盤とした、コミュニティでのケア
  • レベル2:複雑度の低い痛みに対する地域の総合診療医(GPs: general practitioners)やセラピストによるケア
  • レベル3:中程度の複雑度の痛みに対する専門的な治療、集学的な治療
  • レベル4:複雑度の高い痛みに対する高度な疼痛マネジメントプログラム

 

図1:スコットランドサービスモデルiii

 

疼痛マネジメントサービスの提供に関するフレームワーク(Framework for pain management service delivery

2022年に発表されたフレームワークでは、上述のスコットランドサービスモデルのような、一人ひとりの状態に合わせたケアの提供体制を強化するために必要な今後必要なアクションを整理しています。当事者のニーズを基に、マルチステークホルダーでの議論を重ねて導き出されたアクションには、A: 患者中心のケア、B: ケアへのアクセス、C: 安全で効果的な支援、D: サービス・ケアの質の改善の4つが掲げられ、これらを達成するための取り組みは現在も進められています。本コラムでは、スコットランドでは、どのようにして慢性の痛みに対する政策の推進に至ったのかを振り返り、日本への示唆を考えます。

 

フレームワークを策定の要因となった取り組み

  1. マルチステークホルダーの議論の場

慢性の痛みが政策課題として取り上げられ、フレームワークができた背景に、政府内にマルチステークホルダーの議論の場が設けられたことがあります。特に、2001年に設置された慢性の痛みに関する超党派の議員連盟(Cross-party Group on Chronic Pain)は、マルチステークホルダーの議論の場として重要な役割を果たしてきました。国会議員の政治的リーダーシップの下、痛みに苦しむ当事者を取り巻く現状の周知・啓発、より迅速かつ適切な治療・ケアの提供を目指して活動し、痛みに関連する幅広い患者・市民団体関係者、医療提供者、アカデミア、産業関係者等、これまでに200以上の個人または団体が参画しており、多くの関係者の議論の場となっています。また、行政での議論が進んでいる現在でも、立法府での議論のプラットフォームとして機能し続け、多くの関係者の声を政策に届けています。

2014年以降は、行政府の中にも痛み対策に関する議論の場が設けられました。2014年には、公衆衛生大臣によりNational Chronic Pain Improvement Group (NCPIG)が設置され、その後2017年には、スコットランド保健省内での会議体として、National Advisory Committee for Chronic Pain(NACCP)が設置されました。これらの会議体には、政府や医療機関の運営に関わる委員、学術関係者に加えて、多診療科・職種の医療提供者、幅広い疾患の当事者関係者が委員として参加し、合意可能な政策を検討してきました。

こうした体制は、2022年のフレームワーク策定後の実装の段階でも引き継がれています。関連する大臣へ直接情報を提供するPain management Task Forceには、医療福祉の提供に関わる幅広い関係者、さらには痛みを抱える当事者が参画しています。さらに、多様な当事者の声を届けるために、疼痛治療を経験した当事者パネル(pain management lived experience panel)[iv]の設置や、Health Improvement Scotlandを通した当事者の声の報告体制も整備されています。

 

図 2:フレームワークの実装に向けたガバナンスii

 

※NHS: National Health Service、HSCP: Health and Social Care Partnership、CfSD:the national Centre for Sustainable Delivery、HIS: Healthcare Improvement Scotland

 

  1. 疾患横断的な当事者の声を政策に届けるその他のメカニズム

市民団体を通した多様な声の収集

英国では、第3セクター(third sector)と呼ばれる市民団体によるチャリティ活動が盛んに行われています。例えば、NACCPで委員を担っていたPain concernは、痛みに関する情報を、当事者に分かりやすい形で発信したり、痛みに苦しむ人々に相談支援を提供したりしています。第3セクターは、一人ひとりの当事者への支援に加え、相談支援等の中で集積した当事者の声を政策に届ける重要な役割を果たしています。こうした第3セクターによる活動は、オーストラリアのChronic Pain Australiaをはじめ、他国でも行われており、痛みの政策の推進に貢献しています。

慢性の痛みに関する疫学調査

このようなプロセスを経て、当事者の幅広い声が政策に届けられてきた一方で、これらのプロセスで届けられる声は氷山の一角にすぎず、より幅広い患者・市民の実態を把握する必要性が認識されていました。スコットランドでは、フレームワークの策定時に様々な疫学調査の結果が考慮され、幅広い集団に関するデータに基づいた政策が検討されました。2019年に公表された代表的なレビュー[v]では、慢性の痛みの高い有病率と発生率を報告し、また、人口統計学的要因からライフスタイルや行動、臨床的要因、その他様々な要因に至るまでの、慢性の痛みの要因、そして、慢性の痛みがもたらしうる影響を整理しました。慢性の痛みの要因や影響が明らかになったことで、個人・集団の両レベルで、慢性の痛みの要因と影響に対する包括的な管理の必要性が示唆されました。それらの要因や影響は、メンタルヘルスを含む他疾患であることもあり、疾患横断的な対応が求められます。

 

日本への示唆

日本でも、議員連盟への複数の患者団体の参画や、複数の患者団体が後援する署名活動をはじめとした、疾患横断的な患者の声を届ける取り組みが始まっています。さらに、より多くの疾患の患者・市民の声を政策に届け、政策を推進するために、スコットランドをはじめ諸外国の活動を参考にしながら、痛みに特化した相談支援体制や当事者一人ひとりの声を集約する機能の強化、疾患横断的な疫学調査等による当事者のニーズの可視化を推進することが期待されます。

 

[i] Scottish Government. Chronic pain service delivery – draft framework: consultation. 2022. https://www.gov.scot/publications/draft-framework-chronic-pain-service-delivery/pages/1/(2024年2月24日閲覧)
[ii] Scottish Government. Framework for pain management service delivery implementation plan. 2022. https://www.gov.scot/binaries/content/documents/govscot/publications/strategy-plan/2022/07/framework-pain-management-service-delivery-implementation-plan/documents/framework-pain-management-service-delivery-implementation-plan/framework-pain-management-service-delivery-implementation-plan/govscot%3Adocument/framework-pain-management-service-delivery-implementation-plan.pdf(2024年2月24日閲覧)
[iii] Gilbert S, Holdsworth L, Smith B. The Scottish model for chronic pain management services. British Journal of Healthcare Management December 2014;20(12):568-577.  https://doi.org/10.12968/bjhc.2014.20.12.568(2024年2月24日閲覧)
[iv] Scottish Government. Scottish Government Pain Management Panel. 2022.  https://www.gov.scot/binaries/content/documents/govscot/publications/independent-report/2022/11/scottish-government-pain-management-panel/documents/scottish-government-pain-management-panel/scottish-government-pain-management-panel/govscot%3Adocument/scottish-government-pain-management-panel.pdf(2024年2月24日閲覧)
[v] Mills SEE, Nicolson KP, Smith BH. Chronic pain: a review of its epidemiology and associated factors in population-based studies. Br J Anaesth. 2019 Aug;123(2):e273-e283. http://doi.org/10.1016/j.bja.2019.03.023(2024年4月1日閲覧)

 

謝辞:

本コラムの取りまとめにあたり、ヒアリングにご協力いただいたBlair H. Smith氏(ダンディー大学 教授、前National Lead Clinician for Chronic Pain)、取りまとめにあたりご助言をいただいた Nicola Rhind氏(グランピアン疼痛マネジメントサービス 認定クリニカル理学療法士、National Lead Clinician for Chronic Pain)、スコットランド政府 Chronic Pain Policy Teamの皆様に心より御礼申し上げます。

【執筆者のご紹介】

坂内 駿紘(日本医療政策機構 マネージャー)
磯田 水凜(日本医療政策機構 インターン)

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