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【HGPI政策コラム】(No.40)-プラネタリーヘルスプロジェクトより-第7回:SMIによるネットゼロの医療システム提供の加速化に向けた提言の紹介-

【HGPI政策コラム】(No.40)-プラネタリーヘルスプロジェクトより-第7回:SMIによるネットゼロの医療システム提供の加速化に向けた提言の紹介-

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  • 2022年11月3日、SMIのヘルスシステムタスクフォースより「ネットゼロの医療システムの提供を加速化―人々の健康、健全な地球と社会を支えていくための実用的な提言と行動の概要―」が発表された
  • ヘルスケアセクターは、世界のGHG総排出量の約5%を占めており、中でも製品とサプライチェーン(50%)、患者ケア(45%:ケア施設と患者の直接排出を含む)、研究開発(5%)の3つが主要分野となっている
  • 報告書では、ネットゼロの医療システムの提供に向けて、全ての医療関係者が取り組むべき行動、SMIヘルスシステムタスクフォースが約束する行動などについて提言している


はじめに

シリーズ第7回目となる本コラムでは、「持続可能な市場のためのイニシアティブ(SMI: Sustainable Market Initiative)」のヘルスシステムタスクフォースが2022年11月に公表した報告書である「ネットゼロの医療システムの提供を加速化―人々の健康、健全な地球と社会を支えていくための実用的な提言と行動の概要―」についてご紹介します。

SMIは、チャールズ皇太子(現国王チャールズ3世)によって創設され、2020年にダボスで開催された世界経済フォーラム(WEF: World Economic Forum)の年次総会で発表されたサステナビリティに関するイニシアティブです。SMIは、サステナビリティと環境責任に重点を置いており、より環境に配慮したビジネス慣行を進めるよう市場を再構築・再編成するために様々な取り組みを行なっています。

SMIでは、「企業がサステナブルな未来へ前進するための2030年のロードマップ」について議論が進められています。本報告書は、当該ロードマップのタスクフォースの1つである、ヘルスシステムタスクフォースが共同で作成・公表したものです。

本報告書では、世界の温室効果ガス(GHG: Greenhouse Gas)総排出量の約5%を占めるヘルスケアセクターにおいて、ネットゼロの医療システムの提供を加速化させ、人々の健康、健全な地球と社会を支えていくための実用的な提言と行動の概要について取りまとめています。今後のサステナブルなヘルスシステムを実現するためのヒントが詰まった内容となっており、日本でのそれを実現させるにあたり大いに参考になると思われます。以下では、本報告書の内容についてご紹介します。

 

医療分野におけるステークホルダーが排出削減のために取り組むべきこと

ヘルスケアシステムのGHG排出量は、製品とサプライチェーン(50%)、患者ケア(45%:ケア施設と患者の直接排出を含む)、研究開発(5%)の3つが主要分野となっています。そのことからも、報告書では以下(図1)の具体的な提案をもって、医療において異なる立場の組織・個人などが排出量削減のために取り組むべき行動について述べています。


例えば、「医薬品、バイオ医薬品、メドテック企業」は、それぞれの施設を脱炭素化し、取引先と連携して上流からの排出量に対処することにより、自分たちの製品や活動から発生する排出量を削減することができます。更に企業が予防や早期発見、診断のための技術に今後も投資を継続することで、患者のアウトカムを改善し、医療需要を軽減するとともに、ケアの効率を高めることが可能です。日本においても、インスリンペン型注入器の回収・再利用に着手するといったエコフレンドリーな取組みや、AI技術や遺伝情報などを用いた早期診断技術の実用が進められており、今後の取り組みに注目が集まります。


「医療従事者および提供施設」
は、適切な調査の実施や処方慣習を含め、早期介入することで疾患の発症と進行を予防することができます。さらに、集団や患者の健康状態が維持または改善されるように努めながら、同時に施設や明確に定義された期間に、明確に定義された患者グループのケアプロセスを相互に決定し組織化するための複雑な介入であるケアパスウェイに関連する排出量を削減するために、再生可能エネルギーの導入やより排出量の少ない医療品機器の選択などといったグリーンプランを策定することが可能です。再生可能エネルギーは、他国へのエネルギー依存の低減や、エネルギー供給の分散化による緊急時や災害時などのレジリエンス向上にも貢献し、事業継続計画(BCP: Business Continuity Plan)の観点から、患者に安定的・継続的にケアを提供するためにも有効です。そして、日本の医歯学系大学では令和6年度より学生の教育コア・カリキュラムで気候変動と健康についての内容を扱う予定であり、医療のサステナビリティに重点を置いた医療従事者向けの教育プログラムや患者教育への貢献も期待されます。


「保健当局および保険者」
は、ネットゼロの医療システムに関わる奨励策の足並みを揃えることにより、患者アウトカムの改善と治療から発生する排出量削減に重点を置いたケアガイドラインの実施を後押ししていくことができ、「規制当局」は既存製品の排出量削減の改善措置に対する承認を加速するための明確なガイダンスと支援を提供するとともに、疾患または治療別の排出量を見える化し、新たな治療評価における主要な評価指標と捉えていくことが可能です。我が国で様々な団体が推進しているライフサイクルアセスメント(LCA: Life Cycle Assessment)について、ヘルスケアセクターでも積極的に取り入れ協同していくことが望まれます。また、英国のGreener NHSを皮切りに、国連環境計画(UNEP: UN Environment  Programme)がNet-Zero Insurance Allianceを発足させるなど、様々な国や企業においてネットゼロを目標にした保険制度改革への取組みが開始されており、それらも参考にすべきでしょう。


「政府および政策立案者」
は、排出量に関して、人々の健康と地球の健康の両方を守るバランスのとれた法令の制定を進めることで、脱炭素化を奨励することができます。これには、より健全な環境を促進するための公衆衛生への投資、エネルギー移行に対する奨励策の提供、デジタルソリューション使用への働きかけなどが含まれます。例えば、我が国において推進されている医療デジタルトランスフォーメーション(DX: Digital Transformation)は、医療の効率化・質向上のみならずグリーン社会の実現にも貢献します。一方で、各施設にとって、医療DXのみならず、再生可能エネルギーの導入などの設備投資には追加コストが必要となります。グリーントランスフォーメーション(GX: Green Transformation)の推進にあたっては、各省庁、地方自治体が拠出している補助金が利用でき、一般企業での利用機会は増えつつありますが、ヘルスケアセクターにおいても国全体で推進していける取組みが必要です。


「一般の人々や患者
」は、自らの健康増進に努めることや、より排出量の少ない治療の選択を行うことなどの予防的な医療措置に積極的に関与することにより、健康に関わるアウトカムを改善し、排出量を減少させるとともに、将来の低炭素社会に暮らす市民として日常生活を管理していくことが可能です。熱中症対策をはじめとした各自治体などが開催する健康教育講座などから情報を得ることも有益です。

 

SMIヘルスシステムタスクフォースによる行動

本報告書を作成したSMIヘルスシステムタスクフォースは、官民セクターのリーダーによる協働的連合体として、個人、社会、地球の健康を改善するために、ネットゼロ医療システムの提供を加速するために、共同でスケーラブルな行動をとっています。そのパートナーシップメンバーには、アストラゼネカ、GSK、メルクKGaA、ノボ・ノルディスク、レキット、ロシュ、サムスン・バイオロジクス、サノフィ、ナショナル・ヘルス・サービス・イングランド、持続可能な医療連合、国際連合児童基金(UNICEF: United Nations Children’s Fund)、パヴィア大学、世界保健機関(WHO: World Health Organization)のCEOやリーダーが参加しています。

また、SMIヘルスシステムタスクフォースは、WHOによる「気候変動と健康に関する行動変革のためのアライアンス(ATACH: Alliance for Transformative Action on Climate and Health)」のパートナーも務めています。このプラットフォームには60以上の国々が保健大臣レベルで参加しており、COP26で設定された、「気候変動に強靭で持続可能な保健システムを構築する」という野心的な目標を実現するために、気候変動に強靭な医療システムを構築する取組みとして、気候変動と健康に関する脆弱性と適応性の評価(V&A: Vulnerability and Adaptation Assessment)の実施、それに基づいた保健国家適応計画(HNAP: Health National Adaptation Plan)の作成、それらによる資金調達の促進などを行うこと、また、持続可能な低炭素医療システムを開発する取組みとして、医療分野におけるGHG排出量のベースライン評価を行い、行動計画やロードマップを作成することなどのイニシアティブにコミットし、各国を支援しています。

これらタスクフォースメンバーは、ネットゼロ医療システムの提供を先導し加速するための行動目標や取組みとして、以下3つの視点を明示しています。


まず、サプライチェーンからの排出量に対処するための行動として、以下の各点を挙げています。

  • 5℃な排出削減目標を設定し、2045年までのネットゼロ・エミッションの実現に献身的に努力すること。
  • 2030年までに自社事業に対して80%~100%を再生可能電力に切り替え、2023年の中国とインドにおける再生可能エネルギー業者との電力購入契約(PPA: Power Purchase Agreement)を共同で評価すること。
  • 2025年までにグリーン熱を利用した対応策を共同で探索し、効果的で拡張性のある技術の採用を加速すること。
  • 社用車を2030年までにゼロエミッション車両に移行し、2025年までにグリーンロジスティクスを探索すること。
  • サプライチェーン全体での排出量削減を後押しするため、共通のサプライヤーの選定基準を調整すること。

例えば、アストラゼネカをはじめ多くの参加企業では、自社工場などで利用されるエネルギー消費量の100%を再生可能エネルギーへ転換すること、営業車両を電気自動車に切り替えることなど脱炭素化に向け精力的に取り組んでいます。また、ロンザとノバルティスは、中国における再生可能エネルギーの調達に向けたタスクフォースの取り組みに参加することで、経済大国におけるサプライチェーンレベルからの脱炭素化に貢献しています。


また、患者ケアパスウェイにおける排出量削減を後押しするための行動として、以下の各点を挙げています。

  • 世界中の医療政策決定者、規制当局、保険者および医療提供者、病院と連携し、協力して、ケアパスウェイの脱炭素化に対するニーズや機会への認識を高めること。
  • 利害関係者がケアパスウェイの全体における排出量を測定・追跡し、脱炭素化戦略を評価できるよう、特定の疾患を対象に排出量計算のための基準とツールを構築すること。
  • LCAを実施するための共通の枠組を調整すること-治療による排出量についての透明性を向上させるため、自社製品全体における製品レベルのLCAデータ公表に取り組んでいる民間セクターのメンバーとも連携すること。

例えば、ジョンソン・エンド・ジョンソン「Delivering more sustainable products and solutions」ファイザー「Greener Processes」武田薬品工業「Protecting our planet: Sustainable products」ノボ ノルディスク ファーマ「Zero environmental impact」などは、ケアパスウェイ・カーボン カルキュレーター(Care Pathway Carbon Calculatorの開発、グリーンケミストリーの採用、医療機器・医薬品デバイスのリサイクル、などによりLCAイニシアティブに貢献しています。製品レベルやバイオ医薬品のバリューチェーンにおける多様な段階での排出量を把握することは困難とされていましたが、これらの取組みにより、質の高い医療と脱炭素化が統合されたサステナブルな医療システムを構築することができ、それらを選択するための後押しとなるでしょう。


さらに、臨床研究からの排出量に対処するための行動として、以下の各点を挙げています。

  • 2023年までの共通の枠組の策定に取り組み、その後、第2相および第3相の治験におけるGHG排出量の測定を開始すること。
  • 企業は2025年からスタートする治験について、第2相および第3相の治験から発生する排出量の報告を目指すこと。
  • 新たな治験を企業の脱炭素化経路に合わせ、遅くとも2030年の治験排出量削減目標を設定すること。
  • デジタルソリューションの利用を含め、排出量を測定し、削減するための枠組に取り組む臨床研究組織および治験関連供給業者への動機付けを行うこと。
  • 2025年に始まる治験の90%以上を目標に、デジタルソリューションによって排出量を削減できる方法はないかどうかの見直しを組み入れること。

臨床試験において多量のGHG排出が指摘されていますが、その対応については未だ十分とは言えません。現在、臨床試験方法については、「分散型臨床試験(DCT: Decentralized Clinical Trial)」が世界的に普及しつつあり、GHG排出量削減のための選択肢ともなるでしょう。

 

まとめ

以上、本報告書の概要についてご紹介しました。気候変動問題は、今や世界全体において、私たちの生活や命に関わる喫緊の課題となっています。このSMIの報告書に記載されている実用的な提言と行動の指針について、ヘルスケアセクターとして、あるいは個人としてその重要性を認識することで、ネットゼロの医療システムの提供を加速化させ、人々の健康、健全な地球と社会を支えていくことにつながります。日本のヘルスケアセクターが世界をリードしていける後押しとなれば幸いです。

 

【参考資料】

 

【執筆者のご紹介】

松本こずえ(日本医療政策機構 インターン)
ケイヒル エリ(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
南谷 健太(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト/森・濱田松本法律事務所シニアアソシエイト)
リン クララ(日本医療政策機構 インターン)
鈴木 (日本医療政策機構 シニアアソシエイト)
菅原 丈二(日本医療政策機構 副事務局長)

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