【HGPI政策コラム】(No.39)-プラネタリーヘルスチームより-第6回:ヘルスケア業界が健康で持続可能な未来を実現するためには-グローバル・グリーン・アンド・ヘルシー・ホスピタルズの活動-
脱炭素化や環境への負荷削減に向けての動きが高まるなか、各産業で様々な取り組みが行われています。今回のコラムでは、ヘルスケア業界の環境フットプリントの削減をグローバルに取り組むグローバル・グリーン・アンド・ヘルシー・ホスピタルズ(GGHH: Global Green and Healthy Hospitals)の活動と、GGHHに加入している病院や団体から提出されたケーススタディを紹介します。
<POINTS>
- GGHHは世界中の病院や医療関係機関が環境問題に取り組むために形成された国際ネットワークである
- GGHHは、環境汚染や疾病の原因となる医療活動の代用案を提案しており、環境問題だけでなく人の健康へのコベネフィットも期待されている
- GGHHの10の目標はヘルスケア業界の環境フットプリントを削減し、公衆衛生と環境衛生を促進することに向けてのロードマップを提供している
- GGHHメンバーは、アクション・プランや他団体の好事例など、メンバーが各自の取組みを進めるにあたって有益なリソースにアクセスすることができる
背景
ヘルスケア業界の温室効果ガス総排出量は、全世界の総排出量のうちの4.4%を占めており、業界の脱炭素化は世界の脱炭素化を進めるにあたり大きな影響を持っています[i]。2015年における日本のヘルスケア業界の温室効果ガス総排出量に関する調査[ii] によれば、ヘルスケア業界の二酸化炭素(CO2)の排出量は72百万トンであり、これは国内総温室効果ガス排出量の約5.2%に相当します。
ヘルスケア業界での取り組みは徐々に始まっており、プラネタリーヘルス政策コラム「第3回:ヘルスケア業界におけるプラネタリーヘルスに関する取り組み」では、国内外のヘルスケア業界での地球環境への負荷を軽減するための取り組みを紹介しました。
日本医療政策機構(HGPI: Health and Global Policy Institute)では昨年、プラネタリーヘルスプロジェクトを発足させて以来、環境問題に起因する健康への影響や医療業界が環境に与える負の影響、そしてそのサイクルについての提言などに取り組んできました。さらに、グローバルなプラネタリーヘルスの議論に参加するため、2023年7月に日本からの初めてのメンバーとして、GGHHに正式に加入しました。このコラムでは、今回HGPIのプラネタリーヘルスチームが新しく参加したGGHHの取り組みについて紹介します。
GGHHについて
GGHHは、ヘルス・ケア・ウィズアウト・ハーム(HCWH: Health Care Without Harm)という団体を母体とします。HCWHは、アメリカ合衆国環境保護庁が医療廃棄物焼却をダイオキシン(強力な発がん性物質)の主要な発生源と特定したことをきっかけに、カリフォルニア州ボリナスで28の団体が協力して設立されました。HCWHは環境汚染や疾病の原因となる医療活動に代わる、生態学的に持続可能で健康に配慮した医療活動の促進に取り組んでいます。2021年10~11月に英国グラスゴーで開催されたCOP26では、英国政府とUNFCC気候変動行動チャンピオンと共同で、国連気候変動枠組条約(UNFCCC: United Nations Framework Convention on Climate Change)の交渉においてCOP26ヘルスプログラムを推進しました。
GGHHはHCWHの取り組みの一つであり、環境フットプリントを削減し、公衆衛生と環境衛生を促進することに専心する医療関連機関の国際的ネットワークです。このネットワークはイノベーション、創造力、投資を通じて医療部門を変革し、健康で持続可能な未来を実現するための活動を行っています。病院、医療施設、医療システム、医療機関、専門機関、学術機関などの機関がメンバーになることができ、各機関の種類により、コミットメントが設定されています。医療機関は二つ以上の目標をコミットメントすることが求められており、毎年GGHHのメンバーが閲覧できるケーススタディを共有することが推奨されています。また、メンバーにはGGHH Connectへのアクセス権限が付与されます。GGHH Connectでは、メンバー医療関連機関から提出されたケーススタディやデータを追跡、保存、可視化できるプラットフォームであるヒポクラテス・データ・センター(Hippocrates Data Center)にアクセスできます。
10の目標
GGHHは、持続可能性と環境衛生を向上を促進するために、10の目標からなる包括的な枠組みを基盤に活動しています。この10の目標は、世界中の医療機関が患者、地域社会、および地球の健康を改善しながら、持続可能性と環境衛生の向上・創造を支援することを目的としています。また、GGHHのウェブサイトにはヘルスケア業界が引き起こしている環境問題の分野と解決するためのアクション・プランが設定されています。以下はウェブサイトに記載されている10の目標を和訳・抜粋したものです。
- リーダーシップ:環境衛生を優先する
リーダーシップは環境に配慮した健康的な病院を育成するためには不可欠であり、この目標はリーダーシップが組織の焦点を環境保護、安全、持続可能性に置くことを意味する。またこれらの主要な焦点を、教育、目標設定、説明責任、外部とのコミュニケーションに組み込むことにより、個々の病院、医療システム、公的保健機関において組織文化を大きく変革することができる。
- 化学物質:有害な化学物質は安全な代替物質で代用する
有害な化学物質への暴露は人の生涯を通じて続き、これらの化学物質の多くは重大な健康問題と関連している。健康を守るはずであるヘルスケア業界が健康や環境に影響を及ぼす化学物質の主要な消費者となっており、これらの健康問題へ加担している。化学物質の曝露に取り組むことで、人々の健康を守るだけでなく、化学物質の安全管理について積極的に模範を示すことができる。
- 廃棄物:医療廃棄物の削減、処理、安全な処分をする
病院は毎年多くの廃棄物を出しており、これらの廃棄物の焼却は有害ガスや化合物を発生させている。医療廃棄物は健康への大きな影響を与えているにもかかわらず、その脅威と公衆衛生上の重要性が過小評価されている。適切に管理された医療廃棄物は人の健康や環境に害を及ぼすことは避けることができ、これらに関連する情報も自由に入手できるようになっている。
- エネルギー:エネルギー効率とクリーンで再生可能なエネルギー源を導入する
ヘルスケア業界は化石燃料エネルギーを大量に消費していると考えられており、エネルギー効率向上と再生可能エネルギーへの移行は温室効果ガスの排出だけでなく、それに伴う健康問題による入院や治療の減少など健康と経済的なコベネフィットももたらす。
- 水:病院内の水の消費量を削減し、飲料水を供給する
発展途上国における医療提供の多くは水と衛生のインフラが欠如しており、基本的な水供給や廃棄物処理が難しい状況により病院や医療システムに直接的な影響を及ぼしている。また、水が十分に利用できる状況にある場合でも、病院は運営の様々な側面で大量の水を使用している。医療機関は水の使用量を監視し、省エネ設備や技術を採用し、雨水収集やプロセス水再利用を採用し、干ばつに強い植物を育て、漏水を速やかに修理することで水資源を節約し、環境への負荷を軽減することができる。
- 交通:患者とスタッフのための交通手段を改善する
交通機関は主要な大気汚染源とされており、大規模な病院施設の周辺では大気汚染の影響が顕著である。交通機関による大気汚染は、呼吸器疾患を引き起こし、肺の防御メカニズムに変化をもたらす可能性がある。医療分野は、よりグリーンな交通手段への移行、自転車利用、公共交通機関の利用、相乗りを奨励することにより、車両の排出量を減少させ、医療機関に関連する大気汚染排出を削減することができる。
- 食品:持続可能な食品を購入、提供する
欧米型の食事習慣のグローバル化は、多くの国々で座りっぱなしの生活習慣の増加と共に肥満、糖尿病、心血管疾患の蔓延を引き起こしている。医療施設は食品の主要な消費者であるため、栄養価が高く、地域に根ざした持続可能な食品や食事を推進・支援することで病院の直接的なフットプリントを削減し、食料へのアクセスと栄養を支援することができる。
- 医薬品:医薬品の安全な管理と廃棄をする
医薬品の廃棄物は世界中の土壌や地下水に微量に含まれており、病院をはじめとするさまざまな発生源から排出されている。世界的な医薬品の需要増加に伴い、環境中の医薬品の濃度は今後も上昇する可能性が高いとされている。医薬品が豊富な国や病院では医薬品の処方量を減らし、施設や政策レベルで廃棄物の問題に取り組むことで医療システムは医薬品廃棄物の削減において重要な役割を果たすことができる。
- 建設:環境に配慮した健康的な病院の設計と建設を支援する
多くの地域で開発が加速するにつれて、建築により多くの資源が必要とされており、地域の建材供給や建築方法が持続可能な限界を超えて負担を負うようになる。ヘルスケア業界は業界の市場影響力を通じて建築業界に影響を与え、より安全で強靭で環境に優しく、健康に配慮された建築製品やシステムの開発に貢献できる。
- 仕入:より安全で持続可能な製品および資材を購入する
ヘルスケア業界は、持続可能で倫理的な調達方針を策定し、実施することはグリーンで健康的な目標を達成する上で非常に重要であり、ヘルスケア業界はその莫大な購買力を活用することで、製造業者に対してより安全で環境に優しい製品を国際労働基準に従って生産するよう圧力をかけることができる。
10の目標には、各目標に沿ったアクション・アイテムというものが設定されています。例えば「エネルギー」の場合、「エネルギー消費量を単年度で最低10%削減し、さらに年率2%の継続的なエネルギー削減を実現する省エネルギー・効率化プログラムを実施し、5年ごとに10%削減する」や、「機械的に空調されたスペースでは、冬や冷涼な気候ではサーモスタットを数度下げ、夏や温暖な気候ではサーモスタットを上げる」など具体的な目標の設定や、アクションが提示されています。環境フットプリントの削減に向けた取り組みは負担の大きいものとして捉えられることが多いですが、GGHHで提示されているアクション・プランは小規模なものから大規模なものまであり、各メンバーの実情に応じた取組みの参考になるプランが提示されています。
ケーススタディ
GGHHのメンバーは、他のメンバー団体から共有された好事例のケーススタディを閲覧することができます。ケーススタディはGGHHのメンバーから提供されたものであり、他の機関において実際に取り組んだ際に直面した問題点や効果を提示し、共有するものです。アクション・アイテムだけでなく、実際に試行されたケースを参考にすることで、他機関で取り組みを計画するときによりよい方法を採用するのに役立ちます。以下はGGHHのウェブサイトで公開されている好事例のケーススタディを要約、和訳したものです。
- Nepean Blue Mountains Local Health District |オーストラリア|気候変動に強い医療を可能にする構造の確立
オーストラリアにあるネピアンブルーマウンテンズ地方保健地区では、地域社会と将来の世代と優れた保健サービスの提供を実現するために、緩和策と適応策の両方を取り入れた持続可能な計画が策定された。緩和策としては効率的な施設管理およびサービス提供を通じて、財政、地域社会と自然環境への影響を軽減する取り組み、また、適応策として医療分野における気候変動への影響に対応するための準備が含まれている。その他にも、持続可能性委員会の設立、フォーカルポイント文書の作成、4つのエリアに取り組む作業部会の設立、持続可能性のイントラネットポータルの開発が行われた。
- District Six Clinic|南アフリカ|雨水利用
南アフリカにあるケープタウンのディストリクト・シックス・クリニックでは、極度な干ばつの中でも臨床業務を維持するために水に対する耐性を築くことを目標とし、公的水資源に頼らない施設の構築が行われた。公的水資源に頼らないために、施設の中に二つの貯水槽と水の品質を保つために2段階のろ過システムが設置された。その結果、測定期間中に収穫された水は施設の総水使用量の21%に相当した。
- Buddhist Tzu-Chi Dialysis Centres |マレーシア| COVID-19パンデミック時の植物性食生活の推奨
マレーシアにある仏教慈済透析センターでは、患者とその家族に植物ベースの食生活を奨励し、健康と持続可能性を促進するモデルを構築するために栄養価が高く、環境にやさしく、倫理的に配慮された弁当を提供する取り組みを始めた。この取り組みは、COVID-19のパンデミックによりマレーシアで移動規制令が実施された後、患者、患者の家族、看護師、スタッフにベジタリアン弁当の提供を開始した。弁当の提供が始まった後、ベジタリアンになることや肉の消費を抑えることを決めたスタッフ、患者、また患者の家族が増えた。
まとめ
GGHHネットワークには、2023年9月時点で80以上の国・地域の1,750以上の団体が加入しています。日本からの参加は、同月時点でHGPIに限られており、HGPIが参加したオリエンテーションでは、GGHHのメンバーから日本からの参加の促進に向けた期待が寄せられました。
GGHHへの加入手続きは非常にシンプルです。GGHHのウェブサイトでダウンロードできるサンプルレターを基に参加意思を表明するレターを作成し、GGHHに送信するだけでメンバー参加申請を行うことができます(GGHHのウェブサイトからひな形をダウンロード可能)。GGHHは病院や医療関係団体が環境フットプリント削減のロードマップを構築するための情報リソースとして活用可能であり、他国の病院や団体からのサポートやアドバイスも受けることができます。日本でもSDGsの取り組みが広がるなか、政策レベルだけでなく、病院や団体レベルで脱炭素化、環境フットプリント削減に向けた取り組みが広がるよう、GGHHに参加してみるのはいかがでしょうか。
【参考資料】
[i] Karliner, J., Slotterback, S., Boyd, R., Ashby, B., & Steele, K. (2019) Health Care’s Climate Footprint. Health Care Without Harm & ARUP. https://noharm-global.org/sites/default/files/documents-files/5961/HealthCaresClimateFootprint_092319.pdf
[ii] Nansai, K., Fry, J., Malik, A., Takayanagi, W., & Kondo, N. (2020). Carbon footprint of Japanese Health Care Services from 2011 to 2015. Resources, Conservation and Recycling, 152, 104525. https://doi.org/10.1016/j.resconrec.2019.104525
【執筆者のご紹介】
ケイヒル エリ(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
南谷 健太(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト/森・濱田松本法律事務所シニアアソシエイト)
鈴木 秀(日本医療政策機構 シニアアソシエイト)
菅原 丈二(日本医療政策機構 副事務局長)
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