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【開催報告】HGPIセミナー特別編 認知症月間・世界アルツハイマー月間記念「当事者の経験を語る~認知症研究における本人・家族等の参画~」(2025年9月9日)

【開催報告】HGPIセミナー特別編 認知症月間・世界アルツハイマー月間記念「当事者の経験を語る~認知症研究における本人・家族等の参画~」(2025年9月9日)

今回のHGPIセミナー特別編は、2025年の認知症月間・世界アルツハイマー月間を記念し、「当事者の経験を語る~認知症研究における本人・家族等の参画~」と題し開催いたしました。オーストラリアで認知症のアドボケーターとしても活動しながら、認知症研究のPPIの第一線で勢力的に活動されている、ボビー・レッドマン氏をお招きし、実際の経験や課題、研究へ参画することの意義について、本人の視点から共有いただきました。また、ディメンシア・オーストラリアでレッドマン氏をはじめとした本人の研究参画の支援に尽力されている研究部門 参画コーディネーターのサラ・ジェイ氏を交えながら、認知症の本人が研究に参画する際に現れる障壁や方策についてお話しいただきました。また、本セミナーのスペシャルコメンテーターとして、日本認知症本人ワーキンググループ 代表理事 山中しのぶ氏にご登壇いただきました。レッドマン氏とジェイ氏の講演を受け、日本の認知症本人の視点から、今後国内の認知症研究における本人参画への期待についてご発信いただきました。


<POINTS>

  • 認知症と共に生きる人々が良く生きていくためには、認知症について学ぶ機会を提供するとともに、自身に関連する研究に参画できる機会を設けることで、自らの経験を活かして社会に変化をもたらすことができるようにすることが重要である。
  • 認知症分野の研究は、研究の参加者やその成果の恩恵を受ける人々の生活に意義と価値をもたらすものでなければならない。
  • 研究は、認知症と共に生きる人々の生活を向上させることに焦点を当て、彼ら自身が研究に関わることで、研究成果が彼らの実生活に実質的な変化をもたらすものとなるようにする必要がある。
  • 認知症研究は、認知症と共に生きる人々の実際のニーズに即したものであることが不可欠であり、日本における認知症研究へのPPIは、今後大きな発展の可能性を有している。

■山中しのぶ氏「認知症の本人としての経験とこれまでの取り組み」

山中氏は2019年にアルツハイマー病、2025年4月にはレビー小体型認知症も診断された。診断当初は、認知症への自身の印象が悪く絶望の期間を過ごしたが、認知症の診断を周囲に公表したことをきっかけに同じ仲間のための活動を開始した。2022年には、認知症と共に生きる人々に居場所づくりと、一人ひとりの日常生活に価値を見出すことを目指し「でいさぁびすはっぴぃ」を開所した。このような活動を通じて、「誰かのために何かをしたい」という本人の思いを形にし、地域とつながる活動を展開している。2024年に世界アルツハイマー病協会のGlobal Dementia Experts Panel国際本人委員、2025年に日本認知症本人ワーキンググループ(JDWG: Japan Dementia Working Group)代表理事に就任した。JDWGは、認知症と共に生きる人が希望と尊厳を持ってよりよく生きる社会の実現を目指し、認知症の有無にかかわらず一人一人が個性と能力を活かして互いに支えあいながら生きる共生社会の構築に本人が主体となって家族・専門職・地域が協働して取り組んでいる。

■ボビー・レッドマン氏「研究への参画経験の共有:認知症本人の視点から」

レッドマン氏は、66歳の時に記憶力や感情の変化に気づき、前頭側頭型認知症と診断された。当時医療分野で働いていた経験から、診断直後より自身の経験を同じ境遇の人々へ還元することを決意し、これまで15件以上の研究プロジェクトにアドバイザーやアシスタント・インベスティゲーターとして参画してきた。オーストラリアでは、認知症の本人が、資金提供が決定する前の仮説の検討段階から関与し、研究者と共に「研究が正しい方向性に進み、研究が認知症と共に生きる人々にとって価値があり、実際に彼らの生活に変化をもたらす結果につながるか」等、研究が本人にとって有意義かを確認する役割を担っている。レッドマン氏は、研究に本人が参画することで、研究者が認知症本人の感じ方や必要とする支援をより深く理解でき、研究の方向性が実生活に根差したものになると強調した。また、本人参画の具体的な方法として、研究計画段階での意見提供、研究資料の文言チェック、フォーカスグループでの議論などを挙げた。認知症本人の視点は、倫理的・文化的に配慮された研究設計に不可欠であると述べ、「認知症と共に生きる人々が日々前進するためには、自分には生きる目的があると感じることが不可欠である」と本人にとっての必要性についても言及した。さらに、本人が研究に参画することで「自分も社会に変化を起こせる」という実感が得られ、希望や目的意識をもって生きるための力につながると語った。


■サラ・ジェイ氏「Dementia Australia のアプローチ:研究への本人や家族等の参画支援におけるコーディネーターの役割」

オーストラリアにおける研究参画の制度基盤
オーストラリアでは、認知症の本人やケア経験者が研究に体系的に参画する仕組みが整備されている。その中核的役割を果たしているのが、Dementia Australiaである。Dementia Australiaは、認知症に関する教育、支援、研究資金の助成を通じて、認知症本人のニーズに沿った政策推進を行っており、その取り組みの一環として、本人や家族等の参画を支援する「参画コーディネーター」を配置している。参画コーディネーターは、認知症の本人や家族等と研究者を橋渡しし、研究への適切かつ意義ある参画を促進することを目的に設けられた。

研究への参画を推進する組織構造と意思決定プロセス
Dementia Australiaでは認知症本人を「アドボケイト」と呼び、アドボケイトを含む諮問委員会が設置されている。諮問委員会では、研究の優先課題や目標の設定、戦略的助言の提供を通じて理事会に提言する等、研究において認知症と共に生きる人々の声が軽視されず、活動全体が本人や家族等の生活に実質的な変化をもたらす研究成果につながるよう保証する役割を担っている。この委員会による提言を受け、研究における本人参画の恒常的な枠組みが構築された。これにより、アドボケイトが研究の初期段階から参画し、仮説設定、研究デザイン、調査票や資料の文言確認、成果物の表現監修など、多段階にわたる関与が整備された。

参画コーディネーターによる支援体制
参画コーディネーターは、研究者およびアドボケイト双方の窓口として機能しており、研究への参画機会や倫理的配慮に関する情報提供、トレーニングの実施、マッチング支援等を行っている。研究者向けには、本人との協働に関する実践的ガイドラインや研修プログラムおよび教育資材を提供することで、研究を適切に実施するための助言活動や支援体制を整備している。認知症の本人や家族等へは、安心して研究に関われるよう心理的・環境的サポートを行い、参画への障壁の低減に取り組んでいる。現在、Dementia Australia を通じて年間50件以上の研究参画希望が寄せられ、アドボケイトが15件を超える研究プロジェクトに正式なアドバイザーまたはチームメンバーとして参画している。

ALICE戦略に基づく持続的な参画推進
Dementia Australia はこれらの実践をPPI戦略の5本柱「ALICE(Authentic, Lived experience, Inclusive, Collaborative, Empowering)」に基づいて展開している。この戦略は、認知症本人や家族等の知見を活用し、生活に根差した形で社会に還元されることを目的としている。この5本柱を満たすことで、包摂的で、協働的で、認知症の本人や家族等が自らの経験を語る力を得られる研究の実現することを目指している。


■ディスカッション/質疑応答

講演後、ディスカッションと質疑応答が行われた。まず、オーストラリア国内の今後の展望について深堀した後に、スペシャルコメンテーターの山中氏を交えて日本における実装を見据えた意見交換が展開された。レッドマン氏とジェイ氏からは、認知症の本人と参画コーディネーター双方の視点から、Dementia Australiaの研究における本人参画の実装段階で直面した課題とその克服に向けた具体的な取り組みが共有された。さらに、オーストラリア国内における今後の展望として、大学の研究機関や研究システムにPPIがより一層組み込まれ、認知症の実体験を持つ本人が研究や研究委員会で専門家として評価されるようになり、それが研究の標準的なあり方として定着することへの期待が示された。これまでの議論を受け山中氏は、日本においても認知症研究が認知症本人のニーズに即したものであることが不可欠であると強調した。

本セミナーは認知症研究における本人や家族等の参画の重要性とその研究への付加価値について理解を深めることに焦点を当てて開催した。日本医療政策機構では、このようなセミナーを通じて、日本における認知症研究におけるPPIの発展に貢献し、認知症と共に生きる人々の生活の向上に向けた後押しを続けたい。

 

【開催概要】

  • 日時:2025年9月9日(火)17:00-18:30
  • 形式:オンライン(Zoomウェビナー)
  • 言語:英語/日本語(同時通訳あり)
  • 参加費:無料
  • 定員:500名

 


■登壇者プロフィール

ボビー・レッドマン(前頭側頭型認知症の本人/心理学者(退職)/元ディメンシア・オーストラリア諮問委員会 委員長)
ボビー・レッドマン氏は前頭側頭型認知症とともに生きる退職した心理学者。2016年に診断を受けて以来、彼女は認知症の人々とその介護者の生活向上を決意し、情熱的な認知症啓発活動家として活動している。ボビーは最近、オーストラリア全土の認知症とともに生きる人々のために、そして彼らとともに働くディメンシア・オーストラリア諮問委員会の委員長を退任。現在は、公衆衛生と障害に焦点を当てた数多くの委員会に参加している。認知症研究の強力な支援者として、彼女は時に参加者として、時に助言者および/または研究者として50以上の研究プロジェクトに関わり、多くのオーストラリア国内外の会議で発表を行っている。ボビーは強い地域とのつながりを持ち、活発なロータリアンとして、ロータリー地区認知症啓発・支援委員会の委員長を務めている。2020年には、地域および認知症啓発活動での功績により、シニア・オーストラリアン・オブ・ザ・イヤーのニューサウスウェールズ州ファイナリストに選出されるという大きな栄誉を受けた。

サラ・ジェイ(ディメンシア・オーストラリア研究部門 参画コーディネーター)
サラ・ジェイ氏は、ディメンシア・オーストラリアの研究部門 当事者参画コーディネーターを務めている。認知症と共に生きる人々または経験を有する人々が研究プロジェクトに参画できるよう支援し、研究者やプロジェクトと連携して、そうした人々の意味のある研究参画を可能にするための能力構築を行うことを中心に取り組んでいる。以前は研究者として活動し、博士課程およびその後の研究では、交代勤務が睡眠、健康、安全、ウェルビーイングに及ぼす影響の解明を専門とした。

山中 しのぶ(日本認知症本人ワーキンググループ 代表理事)
1977年生まれ、高知県在住。2019年に41歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断され、2021年に15年間勤務した携帯販売営業職を退職。2022年4月に一般社団法人セカンド・ストーリーを設立。同年10月に香南市で「でいさぁびすはっぴぃ」を開設し、2024年には高知市でも事業を展開。2022年7月に「高知家希望大使」に任命され、2024年4月に世界アルツハイマー病協会のGlobal Dementia Experts Panel国際本人委員に就任。2025年4月にはレビー小体型認知症の診断も受ける。同年6月、日本認知症本人ワーキンググループ代表理事に就任。著書『ひとりじゃないき 認知症と診断された私がデイサービスをつくる理由』(中央法規、2025年)。


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