【開催報告】第124回HGPIセミナー「予防接種・ワクチンを中心とした感染症対策を考え直すーコロナ禍の経験とライフコースアプローチの視点からー」(2024年4月26日)
今回のHGPIセミナーでは、看護師/感染対策コンサルタントである堀成美氏をお迎えし、予防接種・ワクチンを中心とした感染症対策を考え直すーコロナ禍の経験とライフコースアプローチの視点からーについてお話しいただきました。
<POINTS>
- 新型コロナウイルス感染症の流行を経て、予防接種・ワクチン接種に関する有事下の対応やデジタル化等の課題が明らかになったが、実は、居住する自治体や年齢等によって平時から格差が生じていることも大きな課題となっている。ライフコースアプローチの視点で、生涯に渡る予防接種。ワクチン接種支援が全国で公平に拡充されることが望まれる。
- 日本では予防接種・ワクチンの専門家の育成は発展途上で、平時・有事に対応可能なスタッフの配置が重要である。2001年度から、予防接種センターが各都道府県に1か所ずつ設置されるよう推進されている。予防接種センター等を活用して、実務担当者や啓発者の学び合いや連携を促す機能を充実させることが期待される。
■ライフコースアプローチの視点に基づいた、公費助成の在り方の検討と居住地域や世代、国籍等に起因する格差の是正
予防接種・ワクチン接種に対する公費助成は、居住自治体によって期間や世代等が異なり、平時から格差が生じている。例えば、MR(麻しん風しん混合)ワクチン任意接種助成制度は東京都内だけでも区によって取り扱いが異なっている。成人のMRワクチン接種には費用の助成をしていない地域がある一方で、港区では幅広い年齢に対して助成を実施している。具体的には、乳幼児期・学童期にMRワクチンの定期予防接種を受ける機会を逸した区民に対して、任意接種費用が全額助成される。くわえて、19歳以上で0歳児と同居する保護者等に対しても、麻しんの抗体検査を行い、検査の結果、抗体価の低い人に対して、MRワクチン等の接種費用を一部助成する仕組みがある。
また、新型コロナウイルス感染症の流行下では、日本国内でも国籍によってワクチン接種率に格差が生じた。住民登録あるいは在留資格のある外国人住民は、新型コロナウイルスワクチンの接種率が日本人の接種率より10%程度低かった。感染症対策やクラスター対策の観点から考えると、外国人住民も迅速にワクチン接種の対象とする必要があるが、通知や受診案内で言語の壁が高かったと考えられている。外国をルーツに持つ住民が一定程度居住する自治体が増えるなかで、予防接種・ワクチン制度の多言語化や文化の多様性への配慮は国が速やかに対応するべき取り組みの1つである。
なお、ライフコースアプローチの視点に基づいた予防接種・ワクチン接種の実現には、予防接種記録のデジタル化が不可欠である。被接種者自身が生涯に渡って接種の記録を確認できる環境に加え、医療機関の受診歴も確認できると良い。2024年4月現在、予防接種施行令により予防接種台帳の記録保存期間が 5 年間と規定されているため、5 年を超えた情報はマイナポータルで確認することができない。さらに、予防接種台帳には任意接種の情報がない。くわえて、新型コロナワクチンの円滑な接種を目的として構築されたワクチン接種記録システム(VRS: Vaccination Record System)に保存・管理されている接種記録も、新たに構築予定のシステムへの移管が検討されている(2024年1月時点)。最適なデジタル化に向けて。VRS を予防接種台帳として取り扱っていない自治体は、VRS に保存・管理されている2023年度以前の接種記録を正確に維持する必要性が生じており、接種漏れ防止に貢献できる予防接種記録・事務のデジタル化にはまだ課題が多い。
■予防接種・ワクチン接種推進に向けてプロアクティブに活動できる専門職の育成とそれを支える新規資格あるいは上乗せ資格制度の構築
今後の感染症対策や予防接種・ワクチン接種を円滑に進めるためには、新興・再興感染症への対応を念頭に置くだけでなく、予防接種・ワクチンの専門的な訓練を受けた専門職を育成し、彼らが平時から地域に常駐し対応できる体制構築が重要である。既にオーストラリアでは、オーストラリア保健教育サービス(HESA: Health Education Services Australia)という認定機関があり、HESA認定プログラムの下で、予防接種・ワクチン専門看護師が育成されている。また、同じくHESA認定の医療従事者向けの予防接種教育プログラムもあり、医療従事者は定められたモジュールを受講し、安全なワクチン接種に必要な知識や手技を学習できる。カナダでも、同様にカナダ小児科学会がカナダ公衆衛生庁と保健省と協力して開発した、予防接種コンピテンシー教育プログラム(EPIC: The Education Program for Immunization Competencies)があり、体系的な学びが医療従事者に提供できている。
一方、日本では予防接種・ワクチン専門職の育成はまだ発展途上である。看護職の場合、専門看護師あるいは認定看護師制度に予防接種・ワクチン分野の専門資格はない。また、公衆衛生の専門家である保健師であっても、その性質上ジェネラリスト的な知識を持つ場合が多く、必ずしも予防接種・ワクチンの専門ではない。今後国内で専門職の育成を進めるにあたり、学会や職能団体主導の信頼できる研修プログラムの整備、職場による受講費の補填、研修受講後の業務範囲拡大やそのインセンティブ設計が重要だろう。
■実務担当者・啓発者のプラットホームとしての予防接種センターの活用・機能強化
厚生労働省は、「予防接種センター機能推進事業」を実施しており、「予防接種センター機能推進事業実施要綱」に基づき、2001年度から、予防接種センターを各都道府県に 1 か所ずつ設置するよう推進している。本事業の目的は、予防接種を専門とする医師を配置した医療機関の接種体制を充実させることにより、地域住民が接種を受けやすい環境を整備することである。そのため、予防接種センターの活動予算の半分は、感染症予防事業費国庫負担(補助)金として国の予防接種対策費(うち予防接種センター機能推進事業費)から割り当てられている。予算措置がなされているにも関わらず、20府県25カ所の設置(2023年3月時点)に留まっており、業務内容の標準化にも課題がある。予防接種センターの事業内容の1つに医療従事者向け研修も含まれることから、予防接種・ワクチンの実務担当者や啓発者の学び合いや連携を促すプラットホームとして機能し、成長していくことが期待される。
【開催概要】
- 登壇者:堀 成美 氏(看護師/感染対策コンサルタント)
- 日時:2024年4月26日(金)13:00-14:30
- 形式:対面(オンライン配信なし)
- 会場:グローバルビジネスハブ東京 フィールド
- 言語:日本語
- 参加費:無料
- 定員:50名(先着順)
■プロフィール
堀 成美(看護師/感染対策コンサルタント/感染対策ラボ 代表/東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 統合臨床感染症学分野 非常勤講師/国立感染症研究所 感染症疫学センター 協力研究員)
神奈川大学法学部、東京女子医科大学看護短期大学卒業、東京学芸大学大学院 博士課程満期退学(教育学修士)、国立保健医療科学院(健康危機管理学、公衆衛生学修士(MPH: Master of Public Health))修了。民間病院、公立病院の感染症科勤務を経て、2007-2009年国立感染症研究所 実地疫学専門家コース(FETP9期)修了、2009-2012年 聖路加国際大学・助教(看護教育学/感染症看護)、2013年より国立国際医療研究センター国際感染症センターに勤務(感染症対策専門職)。2015年4月より同 国際診療部 医療コーディネーター併任。2018年7月より国立国際医療研究センター 退職。2018年8月よりフリーランスのコンサルタント(感染症対策・地域や組織のグローバル対策)
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