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【開催報告】第122回HGPIセミナー 医療情報信頼プロジェクト「医療情報の多様化に伴うヘルスコミュニケーションのあり方」(2023年12月19日)

【開催報告】第122回HGPIセミナー 医療情報信頼プロジェクト「医療情報の多様化に伴うヘルスコミュニケーションのあり方」(2023年12月19日)

今回のHGPIセミナーでは、埼玉県立大学 保健医療福祉学部 准教授/医療情報をわかりやすく発信するプロジェクト 研究代表者である山田恵子氏をお迎えし、医療情報の多様化に伴うヘルスコミュニケーションのあり方についてお話しいただきました。


<POINTS>

  • 同じ言葉を使用する際でも、医療現場や医学研究で使用される文脈と一般社会での文脈は異なることから、言葉の意味が違ってくる。両者を理解できる医学関係者はその差を埋めるための役割を担っている。
  • 前述のとおり、医学関係者と一般社会とでは、同じ言葉を使っていても、その意味合いが異なることがある。また、日本は「言わなくても通じる」高コンテクスト社会である。よって、日本における医療情報はこの2つの複雑さが絡み合っているといえる。医学関係者と一般の方の間の円滑かつ効果的なコミュニケーションに向けては、相互に歩み寄り、共通理解を持ったうえで、安全な情報共創をしていくことが重要である。その共通理解の一助になるべく、コミュニケーションのためのガイドライン「医学系研究をわかりやすく伝える手引き」を作成した。

【概要】

医学関係者が持つ”文脈“と一般社会が持つ”文脈“の違い

医学関係者が発信するヘルスコミュニケーションの中には、一般の方の間で使われていても受け取り方が異なる言葉がある。例えば、「標準治療」という言葉を用いる際、医学関係者は「科学的な根拠に基づいた、現在利用可能な最も効果的」な治療を指すが、国語辞典で「標準」を調べると、「目安や手本」「ふつう」といった意味で使用される。このように、「標準」という言葉に対して一般的な認識と、医学・医療の文脈で使われる「標準治療」が指す意味は異なる。我々は、このような違いに注目し、昨年、医学系の研究を分かりやすく伝える手引きを作成した。

医学は科学領域の一つで、科学によくあることだが、医学関係者は、一般社会と異なる、独自に発展させた文脈を使用している。そのため、ヘルスコミュニケーションにおいては、その違いを考慮した上で、共通認識を築く必要がある。特に、市民参画が必要な場面では、医学関係者と一般社会との文脈の差を十分に確認した上で、最終的な意思決定を行うことが必要である。そこから始めてヘルスコミュニケーションが円滑になると考えている。

「言わなくてもわかる」が通用する日本の高コンテクスト社会と医学の文脈が掛け合わされる複雑なコミュニケーション

コンテクストとは、一般的に背景・状況・場面等のことを意味する表現と定義されるが、そのコンテクストには、言葉では言い表しきれない「理解」や「感覚」が含まれる。例えば、「夫婦がお互いをよく理解している」という状態は、コミュニケーションの背景や文脈を共有し合っている高いコンテクストの状態にあり、お互いの意図を言葉にしなくても理解している状態を指す。しかし、一見通じ合っているように感じられても、実際にはまったく理解できていないといった全く逆の状況もありえる。高いコンテクスト社会の中では、言葉に頼らずとも共有されているであろうと思われていることが実際には異なり、予測不可能な出来事が生じる恐れがある。

日本は、言葉に頼らなくても考えが相手に比較的理解されやすい、高いコンテクスト社会である。さらに、科学者や医学関係者が発信する情報も、研究デザインやエビデンスが示されるなど決まった型があり、詳細を言葉にしなくても共通の理解が生まれる。よって、科学や医学・医療の世界では非常に高いコンテクストのコミュニケーションが行われている。そのため、日本社会では医療情報を発信する上で、言葉にしなくても理解されると思っている社会の前提と、科学者や医学関係者が発信する、専門家独特の文脈が組み合わさることで、非常に複雑でわかりづらいコミュニケーションが生まれていると考えられる。

時代を経て変化した医療情報を得るチャネルの特徴

最新の医学・医療情報は、一昔前までは医学系研究者が論文や本を購入して得るものであったが、現在はインターネット上で誰もが閲覧できる、非常に開かれた情報となってきている。また、SNSなどを通じてお互いに情報を共有する機会が増え、医療情報を得るチャネルが多様化し、ますます拡大している状況にある。

医療機関外で活用される個人の医療データ

かつて、個人の医療データはカルテに収められ、医療機関内に留まるものだけが大多数であった。しかし、現在では医療機関の外でもリアルワールドデータやパーソナルヘルスレコード(PHR: Personal Health Record)の活用に代表されるように、個人の医療データの範囲が広くなり、健康・医療データとして今後ますます多く利用されていくことが予測されている。このような状況の変化を受けて、カルテ情報は誰の物かという議論が度々起こる。昨今ではカルテ情報は究極の個人情報であり、個人のものだという考え方が時代の趨勢である。しかし、カルテの所有権は医療機関にあり、管理・保存義務も医療機関にあるのが現状で、情報のあり方としてはかなり特殊である。徐々に自分の医療情報は自分で管理すべきという流れがある一方で、患者がカルテ情報を持ち運ぶのはハードルが高く現実的でないことから、このような個人の医療データを管理する仕組みの整備も早急に必要となっている。

国も近年、PHRの普及を推進している。PHRとは、個人の健康や身体の情報を記録した医療・健康データを指し、比較的新しく出てきた話のように聞こえるが、デジタルではないものの、日本には古くから誇るべきPHRともいえる「母子手帳」がある。これを例にとるとPHRがイメージしやすい。母子手帳は、親が子の体重や状況などを記録し、子供の成長や予防接種の情報を持ち歩くための記録帳で、子供が成長して大人になっても、母子手帳があればこれまでに受けてきたワクチン情報や、出生時、胎児~乳児の頃の健康状況がわかる。これは自分の情報を自分で管理する良い例であり、近い将来、このような自己管理の文化が一般的になる可能性がある。国もPHRの普及を促進し、健康情報を効果的に管理・活用するための取り組みを進めている。

また、ヘルステック領域の成長は世界的に著しい。ヘルスケアアプリの市場規模は世界で104億米ドル、モバイルヘルス市場は740億ドルと言われ、成長率も約20%と非常に高く、日本でもウェアラブルデバイスやデジタル活用における市場が急速に拡大している。ヘルスケアアプリに関する研究も進んでおり、その効果に関するメタアナリシスなども増加しており、これらの研究結果から、ヘルスケアアプリの有用性の知見が少しずつ積み重なってきている。これからもますます増加することが予想される。

医療情報の特殊性と扱い方の注意点

医学・医療は本質的に健康課題を解決するものであり、情報量が多いほど望ましいと考えがちであるが、受け手が自身の感情や置かれた状況に応じて、無意識下に取捨選択しがちである。したがって、医療情報を伝える際には、相手にとってどのような心理的影響を及ぼすかを考慮する必要があり、受け取り方や心理的な影響は個人によって異なるため、コミュニケーションに配慮する必要がある。

また、医療は情報や手技が人命に直結することから、トライアンドエラーの許容範囲が非常に狭く、他の業界よりも厳しい側面がある。そのため、医療情報を伝える際には、正確性が特に重視されるという現実がある。<

日本人の科学(医学)に対する意識

情報の正確性に着目すると、日本では一般的に科学が確実な答えを持つというイメージが強く根付いていることを考慮する必要がある。医学も科学の一分野であることから、既に完成したものと受け止められがちで、エラーが許されないという認識にも繋がっている。しかし実際には、日々の研究を基に、新しい知見や技術が発見され、時間とともにアップデートしている。COVID-19のパンデミックを例に挙げると、専門家が都度、情報を整理してメディアで伝えていたが、ウィルスの実態が解明されるにつれ最新の知見を述べると「これまでと違うじゃないか」と批判の対象になった。このように日本では、医学・医療は、完成品といった感覚が強くあるため、発信の際にはそういった社会の潜在意識を乗り越えることも必要となる。

医学系研究をわかりやすく伝える手引きの概要

我々のプロジェクトでは、医学関係者と一般社会とのコンテクストの差を少しでも縮めてお互いを知ることができれば、ヘルスコミュニケーションにおいてより良い意思決定できるのではないかと考え、医学系研究を分かりやすく伝える手引きを作成した。

この手引きは主に医療情報の発信者を対象にしており、プレスリリースにおける使用等を想定して、フォーマルな書き言葉を中心に構成している。作成にあたっては専門家のみならず一般の人々も含め、様々な意見を織り込んでいる。

手引きは、ベーシックな問題とアドバンストな問題に分類して作成した。ベーシックな問題では主に言葉に関する問題を扱い、アドバンストな問題では医学系研究の統計や研究デザインといった、より複雑な要素を考慮した形になっている。ベーシックな言葉の問題に対しては、大規模な言語テキストデータであるコーパスを作成して解析し、その結果を基にアンケートを行った。さらに、アドバンストな問題に対しては、国内外の文献レビューを実施した。これらの結果を用いて研究班のメンバーが様々な立場から議論した。最終的に、全ての議論をまとめ、「チェックリスト」と「用語の解説」という形でまとめている。

チェックリストは基本編と実践編に分かれている。基本編は分かりやすい資料作成のためのもので、医学系研究に限らず、あらゆる資料や科学研究の作成に役立つよう、文章の書き方、読みやすさ、全体の見やすさについてまとめている。他方、実践編は医学系研究に特有のポイントに焦点を当てている。
用語については、先の話通り、コーパス(データベース化された言語資料)を基に選定した用語の解説を作成している。具体的には、医学系研究の専門家向けと一般の人向けの記事から成るコーパスをそれぞれ作成し、そこから形態素解析を用いて名詞を抽出し、複数のメンバーが重要かつ解説すべきであるとして選んだ用語を33語群、68語として取りまとめた。さらに、その用語について一般の人2400人と専門家600人、合計3000人のインターネットアンケートを行い、理解の実態を調査している。用語の解説は上記を全て整理したものである。

手引き作成の過程において、同じ文言であっても、医学関係者と一般の方で異なる意味に捉えられるものがあるということが明らかになった。これらは前述した通り、異なるコンテクストに置かれていることによる感覚の違いであり、医療情報を発信する人は、一般社会と医学関係者双方のコンテクストを理解した上で研究の取り組む必要があると考えている。今回の手引きがその一助となれば幸いである。

 

【開催概要】

  • 登壇者:山田 恵子 氏(埼玉県立大学 保健医療福祉学部 准教授/医療情報をわかりやすく発信するプロジェクト(研究代表者))
  • 日時:2023年12月19日(火)18:30-19:45
  • 形式:オンライン(Zoomウェビナー)
  • 言語:日本語のみ
  • 参加費:無料
  • 定員:500名程度


■登壇者プロフィール:

山田 恵子 氏(埼玉県立大学 保健医療福祉学部 准教授/医療情報をわかりやすく発信するプロジェクト(研究代表者))
東京大学医学部卒。都内整形外科・救急科勤務を経て、東京医科歯科大学大学院医療管理政策学修了。ダナファーバーヘルスコミュニケーション教室留学後、東大病院整形外科、東大医療情報経済学客員研究員。ハーバード大学公衆衛生学大学院留学、東大病院企画情報運営部を経て現職。整形外科専門医、博士(医学)、修士(公衆衛生学、医療政策学)。情報サイトAll About 女性の健康ガイド(2001年~現在)。

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