【開催報告】第117回HGPIセミナー「生物多様性の喪失が健康に与える影響と今後の展望」(2023年6月28日)
今回のHGPIセミナーでは、国立研究開発法人国立環境研究所 生物多様性領域 領域長の山野博哉氏をお招きし、当機構の活動の紹介を踏まえて、生物多様性と人間の健康に関して、包括的にお話しいただきました。
<POINTS>
- 生物多様性の劣化は深刻な状況であるため、ネイチャーポジティブが必要とされる
- 国際的、国内的にも生物多様性と健康に関しては注目されているが、生物多様性の保全と持続利用に人の健康との関連をもっと明示的に組み込む必要がある
- 環境問題は独立ではなく複数の問題が関係するため、環境問題間のシナジーやコンフリクトを考慮して対策を設計する必要がある
地球の限界を超えた生物多様性の劣化
生物圏は社会や経済を支える重要な基盤の役割を果たしている。しかし、プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)では、生物多様性は損失が大きく、危機にあると言われている。それと共に、近年、生物の様々な分類群において絶滅のリスクが高まっているということが示されており、第6の大量絶滅期ではないかと言われている。
生物多様性の劣化の原因は、人間がもたらしたものが非常に大きいことは明らかである。生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学–政策プラットフォーム(IPBES: Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services)の地球規模評価報告書では、土地利用の変化、直接採取、気候変動、汚染の問題など、我々がもたらしている要因によって、生物多様性が非常に損なわれているということが明らかになった。また、日本においては、耕作放棄などの土地管理の放棄がいわゆる里山にいるような生き物が減少する原因となっている。
様々な要因が生物系に影響を与え、生物圏が劣化すると、生態系からの恩恵である生態系サービスも低下し、我々の生活の質も低下してしまう。この負のループを止めるためには、上記のような直接要因と、その背後にある人間の社会経済的な要因(間接要因)の両方に対応した、我々の社会変革をもたらさなければならない。
生物多様性と人間の健康の関連
負の側面-人獣共通感染症
感染症の問題は生物多様性と非常に関連している。実際、日本は海外の自然資源の過剰利用と自然環境の管理放棄のため、人獣共通感染症に悪影響を与えている。海外での自然資源の過剰利用は、野生動物と人の接触を増やし、感染が起こると、国際的な人や物の移動が日本にも病原体を運んでしまう。一方で、国内では自然環境の管理放棄が起こっており、それによって家畜と野生動物間の感染が生じている。
正の側面-人々の健康など
生物多様性が人々に与える正の側面はいくつか知られており、身体的健康や、精神的健康、社会的な繋がりなどを得ることができ、健康やウェルビーイングに関わっていることが示されつつある。更には生物多様性を資本やインフラとして捉える考え方も生まれてきた。また、生物多様性の劣化が人間の疾患の増加に関わるかもしれないという生物多様性仮説も登場し、議論がなされている。
国内、国際における生物多様性に対する目標設定
昆明・モントリオール生物多様性枠組み
国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)にて、昆明・モントリオール生物多様性枠組み(GBF: Kunming-Montreal Global Biodiversity Framework)などが採択された。枠組みと、そこに掲げられた目標を達成するための指標や進捗管理の方法、実施手段がセットとして提案され合意された。しかし、実際の指標や進捗管理に関しては合意できていなく、2024年10月末にトルコで予定されているCOP16で議論することになっている。
また、本枠組みは全体的な野心度が上がり、「30 by 30(2030 年までに 30%の国土の保全・管理)」をはじめとする数値目標がいくつか立てられた。生物多様性の劣化を止めてそれを向上させることを目指す「ネイチャーポジティブ」に関しても、言葉こそ採択されなかったものの、概念自体は枠組みの中に盛り込まれた。
健康に関係する目標についても2つ、1. ワンヘルス・アプローチを前面に出した人獣共通感染症に関連する話で野生種の取引と、2. 健康やウェルビーイングとの関連で都市緑地への役割について盛り込まれた。それぞれが目標として掲げられたことは良いことであるが、ワンヘルスは生物多様性全体に影響があるという理解が伝わる書きぶりにはなっていない。また、健康とウェルビーイングに関しても、都市のみにとどまっており、少し矮小化されている印象がある。
日本では昆明・モントリオール生物多様性枠組みに対して、生物多様性国家戦略が2023年3月31日に決定され、指標も記載された。日本は比較的早めにこの枠組みに対応した形で国家戦略が作られ、健康やワンヘルスの話が触れられ、ネイチャーポジティブも前面に打ち出す形で位置づけをしている。
G7長崎保健大臣会合
今年の5月13日~14日に長崎で開催されたG7長崎保健大臣会合における成果文書では、生物多様性の損失に起因する健康危機リスクの軽減や、人獣共通感染症の波及流出といった形でワンヘルスと健康の関係を非常に強調されている。このことは、昆明・モントリオール生物多様性枠組みに関連する目標を実施するということで十分意識された形になっていると評価できる。今後は生物多様性の問題とより深いところで保健医療の課題が関わるような形に議論を発展させていく必要がある。
将来に向けて必要な視点
自然と人間が共生するような社会を目指す自然共生社会や、人と動物の健康と環境の健全性を一つと捉え、全体の健全性を確保するワンヘルスの概念が急速な広がりを見せている。単に、生物多様性の保全と持続的利用の概念とするのではなく、人の健康の観点を軸とした議論を展開することが重要である。また、人の健康を取り入れることで、我々人間が生物多様性との関わりを積極的に意識することにつながり、そのことが「保全」あるいは「持続的な利用」のさらなる議論と合意形成に繋がると考えている。
生物多様性は独立した問題ではなく、気候変動をはじめとする多くの環境問題と強く関わりがある。環境問題間の関係性や相互作用も考えながら同時解決を目指した対策の設定が必要であり、そのためには、保健医療分野の関係者にも本分野の理解を促進し、積極的に関わってもらうことが期待される。
【開催概要】
- 登壇者:山野 博哉(国立研究開発法人国立環境研究所 生物多様性領域 領域長)
- 日時:2023年6月28日(水)18:30-19:45
- 形式:オンライン(Zoomウェビナー)
- 言語:日本語
- 参加費:無料
- 定員: 500名
■登壇者プロフィール:
山野 博哉(国立研究開発法人 国立環境研究所 生物多様性領域領域長)
東京大学大学院理学系研究科地理学専攻修了。1999年国立環境研究所に入所し、現在に至る。環境変化に対する生態系の応答及び保全に関する研究を行っている。主な調査地と対象は日本沿岸及び島嶼国のサンゴ礁。現在、国立環境研究所自然共生研究プログラム総括として、生物多様性の保全に資する対策および生態系サービスの持続的な利用に関する研究や技術開発に取り組んでいる。
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