【HGPI政策コラム】(No.44)-プラネタリーヘルスプロジェクトより-第9回:コネクティング・クライメート・マインズ-気候変動とメンタルヘルスを結びつける
<POINTS>
- コネクティング・クライメート・マインズは、2023年4月に気候変動とメンタルヘルスという、この時代の世界における2つの重大な課題を結び付けて、取り組むというビジョンの下に、グローバルチームが発足した
- ダイアログは7つの地域で開催され、90カ国以上、900人の人々が、関連する研究分野、政策、医療、気候行動、そして気候に対して脆弱性のあるコミュニティなどのステークホルダーが集まり、新たなニーズ、機会、研究の優先順位が確認された
- グローバルイベントは2024年3月にバルバドスで開催され、プロジェクトに関わるコミュニティやすべてのステークホルダーの参加の下、グローバルな研究と行動計画が最終決定し、承認された
- プロジェクトの成果であるグローバル・オンライン・ハブには、気候変動とメンタルヘルスに関する動画や地域別、テーマ別の研究および行動アジェンダ、ケーススタディ、研究者や人道主義活動家向けのツールキット、そし生活体験に関わるガイダンスなど、さまざまなリソースが提供されている
はじめに
コネクティング・クライメート・マインズは、ウェルカム・トラストからの資金提供を受けたグローバルな取り組みで、世界中から研究、政策、デザイン、実体験などの専門知識を集めています。このプロジェクトは気候変動とメンタルヘルスの関係についての研究と行動のアジェンダを開発するために、グローバルおよび地域コミュニティの招集者を集めることを目指しています。
日本医療政策機構(HGPI)は、コネクティング・クライメート・マインズプロジェクトの東アジアおよび東南アジア地域の地域共同招集者(RCC: Regional Co-Convenor)として参画しました。このプロジェクトでは、過去1年間にわたり、90カ国以上の7つの地域コミュニティの様々な分野から集まった900人の参加者が、気候変動とメンタルヘルスの関連について、現在の課題に取り組むために交流し、学び、理解を深めました。
気候変動とメンタルヘルスとの関連は多岐にわたります。例えば、山火事から避難した人々が心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症する可能性があります。熱波の時期には、精神的・身体的苦痛を感じる人々が増えます。干ばつの年には、農家の自殺率が上昇し、大気汚染にさらされている子供たちはメンタルヘルスの不調が生じるリスクが高まります。先住民のコミュニティは、自分たちの土地、習慣、生計手段の喪失に対して悲痛な思いをしています。
今後、さらなる調査が必要ですが、気候変動がメンタルヘルスに与える影響に対処する緊急性は明らかです。
プロジェクトの目標
コネクティング・クライメート・マインズププロジェクトには2つの重要な目標があります。
1) 実際に経験した人々のニーズと洞察に基に、気候変動とメンタルヘルスのための、整合性のある包括的な研究および行動のアジェンダを作成すること
2) 気候変動とメンタルヘルスの分野間のつながりを促進し、地域およびグローバルな実践コミュニティを構築すること
また、このプロジェクトでは、気候変動がメンタルヘルスに与える影響を受けて生活している人々を招き、参加者は直面した課題やレジリエンス(回復力)についての個人的な話を通して、独自の生活経験に基づく洞察を共有してもらいました。
気候変動とメンタルヘルスの分野で働く人々が、さまざまな専門分野を超えて理解とビジョンを共有し、繁栄するグローバルなエコシステムを築くことで、関係者は、この2つの地球規模の重大な危機が交差する重要な場で、新たな課題と機会に対処するための強固な基盤を築くことができます。
プロジェクトの成果
実践コミュニティ
分野やセクターを超えた協力を促進するため、7つの地域に実践コミュニティが設立されました。これらの実践コミュニティは地域招集者によって率いられ、共同招集者、実体験アドバイザリーグループ、ユースアンバサダーも加わり、各地域の研究、実践、実体験における気候変動とメンタルヘルスのコミュニティが結集しました。ダイアログは、地域レベルでもグローバルレベルでも開催されました。
- 7つの地域それぞれで2回開催された地域ダイアログでは、さまざまな研究分野、政策、ヘルスケア、気候変動対策、体験者のステークホルダーが集まり、その地域の新たなニーズ、機会、研究の優先順位を特定し、実践コミュニティを築きました
- 若い世代、先住民コミュニティ、零細農家など、特に気候変動に脆弱なコミュニティのためのグローバル・ダイアログも3回開催されました
学術的および非学術的成果
プロジェクト全体を通して、研究と行動のアジェンダを実現するための洞察を提供し、実行可能でアクセス可能なリソースを提供するために、研究と行動の項目が開発されました。これらには、報告書、ケーススタディ、実体験、ツールキットなどが含まれ、分野間の協力を支援し、気候変動とメンタルヘルスの分野の成長と連携を促進することを目的としています。東アジアおよび東南アジア地域にて、HGPIは気候変動によるメンタルヘルスの影響に介入する一つの解決策となりうる事例として、「森林浴」を紹介しました。日本発祥である森林浴は、気分を整え、全般的なメンタルヘルスを改善する効果があり、特に不安の改善に大きな効果があります。これにより、森林浴が気候変動による不安やその他の感情的影響に対する効果的な介入策となりうることが示唆されました。
グローバルイベント
コネクティング・クライメート・マインズプロジェクトの集大成として、2024年3月19日から21日にかけて、バルバドスでグローバルイベントが開催されました。このイベントには、7つの地域コミュニティを代表する800人以上の参加者が対面およびオンラインで参加しました。イベント期間中、参加者は各地域の人々から、気候変動に関連するストレス要因が生活に与えた悪影響について、実体験を直接聞くことができました。
HGPIの副事務局長の菅原丈二とプログラムスペシャリストの五十嵐ナーヤ ハーパーは、東アジアおよび南東アジア地域の地域共同招集者としての日本のケースを紹介するため参加しました。副事務局長の菅原は、プラネタリーヘルスに関するHGPIの現在の活動と、プラネタリーヘルスアドバイザリーボードの今年度の取り組みについて発表し、メンタルヘルスを含むプラネタリーヘルスを推進するためには、多方面のステークホルダーを巻き込むことが重要であり、研究、政策、政治のギャップを埋める必要があると強調しました。
参加者はまた、グループで地域およびグローバルな研究と行動アジェンダを共有、洗練、最終化し、コネクティング・クライメート・マインズの取り組みを今後も持続可能なものにするために必要な支援を確認しました。
このプロジェクトの4つの主要研究カテゴリにわたって、合計30の優先研究テーマが提示されました。
(1) 影響、リスク、保護要因
(2) 経路とメカニズム
(3) 気候行動のメンタルヘルスへの共同利益
(4) 気候変動の文脈でのメンタルヘルス介入
イベントで立ち上げられた「グローバル・オンライン・ハブ」は、学習、関係構築、協力のためのオンラインスペースです。また、気候変動とメンタルヘルスに関する研究のためのプラットフォームであり、ツールキット、ケーススタディ、実体験に関するの洞察やストーリーにアクセスすることができます。
重要なリソース
地域アジェンダは、7つの地域コミュニティにおける研究と行動に関する優先事項が示されており、気候危機によるメンタルヘルスの負担を経験している人々のニーズを理解し、対処すること、また、この分野での研究を可能にし、エビデンスを政策や実践における行動につなげることを目的としています。
コネクティング・クライメート・マインズプロジェクトの取組を通して得られた成果は、地域およびグローバルレベルでメンタルヘルスの優先事項を一致させ、今後気候変動とメンタルヘルス分野への必要な投資を促進するために不可欠です。
グローバルアジェンダは、80カ国以上の600人以上の研究、政策、実践例、生活体験の専門家との対話と協議から生まれた、研究と行動のための優先事項を示しています。
7月23日(火)12:00-13:00 BST(日本時間20:00-21:00)に、コネクティング・クライメート・マインズが主催する気候変動とメンタルヘルスのための「グローバル・リサーチ・アンド・アクション・アジェンダ」発表会がオンラインで開催されます。
ぜひご参加ください。参加登録はこちら。
【参考資料】
[1] Guinto, R. R., Alejandre, J. C., Bongcac, M. K., Guilaran, J., Salcedo, S. S., & Sunglao, J. A. (2021). An agenda for climate change and mental health in the Philippines. The Lancet Planetary Health. https://doi.org/10.1016/s2542-5196(21)00284-9
[2] Lawrance, E.L., Massazza, A., Pantelidou, I. et al. Connecting Climate Minds: a shared vision for the climate change and mental health field. Nat. Mental Health 2, 121–125 (2024). https://doi.org/10.1038/s44220-023-00196-9
[3] Climate mental health — making connections. Nat. Mental Health 2, 119–120 (2024). https://doi.org/10.1038/s44220-024-00212-6
【執筆者のご紹介】
五十嵐ナーヤ ハーパー(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
ケイヒル エリ(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
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