【HGPI政策コラム】(No.43)-プラネタリーヘルスプロジェクトより-第8回:持続可能な保健医療制度の実現に向けた国際的枠組み-ATACH成立と各国の取組み
<POINTS>
- 日本政府は5月28日、第77回世界保健総会において、ATACHに正式に参加したことを発表した
- COP26で、英国政府を中心に気候変動に強靭で持続可能な保健医療制度の構築を推進し、国際的な取組みとしてATACHが組織され、現在までに80以上の国がコミットメントを表明した
- ATACHは、コミットメント表明国に対して、気候変動と保健衛生の脆弱性と気候変動への適応能力に関する評価(V&A: Vulnerability & Adaptation Assessments)や保健医療分野の国家適応計画(HNAP: Health National Adaptation Plan)策定などの支援を行っている
- 日本政府もATACHへの参加に伴い、保健医療制度のネットゼロへの公約の設定と、その公約達成に向けた取り組みが期待される
はじめに
近年、国連気候変動枠組条約(UNFCCC : United Nations Framework Convention on Climate Change)締約国会議(COP: Conference of the Parties)において気候変動による健康リスクが注目されています。2023年12月に開催された第28回締約国会議(COP28)では、世界保健機関(WHO: World Health Organization)、COP28の議長国であるアラブ首長国連邦(UAE: United Arab Emirates)、ウェルカム・トラスト財団等との協力のもと、初の「健康の日(Health Day)」が開催され、日本を含む143カ国の署名による「COP28 UAE 気候と健康宣言(COP28 UAE Declaration on Climate and Health)」が採択されました。
また、健康の日に引き続き、ヘルス・パビリオンでは「ATACH Day」が開催されました。ATACHは、WHOが事務局を務める「気候変動と健康に関する変革的行動のためのアライアンス(Alliance for Transformative Action on Climate and Health)」の略称であり、このATACHも元々はCOP26での活動から始まりました。このコラムでは、ATACHが成立するまでの過程と、各国が表明しているコミットメント(公約)についてご紹介します。
COP26ヘルスプログラムとATACH
COP26では、52カ国が気候変動に強靭で持続可能な保健医療制度の構築に対するコミットメントを表明しました。このコミットメントに対する表明は、COP26の議長である英国政府やWHOなどの機関・団体が主導して立ち上げられた、COP26ヘルスプログラム(COP26 Health Programme)から由来したものです。
このCOP26ヘルスプログラムでは、各国に対し「気候変動に対する強靭な保健医療制度」と「持続可能な低炭素保健医療制度」の構築に対する2つコミットメントを呼びかけています。これらのコミットメントは、各国が自国民に対して行われます [1]。ATACHは、このCOP26ヘルスプログラムで提唱されたコミットメントを行動に移すために成立されました。ATACHコミュニティは、コミットメントを表明した国々やその保健省、さらにATACHに参加しているNGO団体などのパートナーで構成されています。また、コミットメントを表明していない国や地域の参加も歓迎しており、気候変動に対して強靭で、低炭素かつ持続可能な保健医療制度を構築するために、各国や地域の多様な経験を結集するための世界的なプラットフォームとして機能しています。
COP26ヘルスコミットメントについて
COP26ヘルスコミットメントには、「気候変動に対する強靭な保健医療制度」と「持続可能な低炭素保健医療制度」の2つの分野があり、その具体的な内容は以下とおりです。
分野1:気候変動に対する強靭な保健医療制度(Climate Resilient Health Systems)
- 気候変動と保健衛生の脆弱性と気候変動への適応能力に関する評価(V&A: Vulnerability & Adaptation Assessments)を、人口レベルおよび(または)医療施設レベルで、目標期日までに実施することを約束する
- 保健衛生のV&Aに基づき、保健医療分野の国家適応計画(HNAP: Health National Adaptation Plan)を策定し、国家適応計画(NAP: National Adaptation Plan)の一部として、目標期日までに公表することを約束する
- V&AとHNAPを活用して、保健のための気候変動資金(例えば、地球環境ファシリティ(GEF: Global Environmental Facility)、緑の気候基金(GCF: Green Climate Fund)、適応基金(AF: Adaptation Fund)、GCF準備プログラム(Readiness Programme)など)へのアクセスを促進することを約束する
分野2:持続可能な低炭素保健医療制度(Sustainable Low Carbon Health Systems)
- 温室効果ガス排出量が多い国・野心的な目標:保健医療制度のネット・ゼロ・エミッション(理想的には2050年まで)を達成する目標期日を設定することを約束する
- すべての国:保健医療制度(サプライチェーンを含む)の温室効果ガス排出量のベースライン評価を実施することを約束する
- すべての国:持続可能な低炭素保健医療制度(サプライチェーンを含む)を開発するため、決められた期日までに行動計画またはロードマップを策定することを約束する
各国のコミットメント状況
2020年10月に、英国の国民保健サービス(NHS: National Health Service)は、世界で初めて医療保険制度におけるカーボンネット・ゼロ達成を目標に掲げました。NHSは2040年までに保健医療サービスに直接関連する炭素排出量のネット・ゼロ排出を、2045年までにサプライチェーン全体のネット・ゼロ排出をそれぞれ達成することを目指しています。
その他の国々のコミットメント状況は様々であり、COP26でヘルスプログラムが始まった際には、コミットメントを表明したのは50カ国でしたが[2]、2024年4月現在では82カ国まで増加しました。そのうち、分野1へのコミットメントを表明している国は81カ国、分野2へのコミットメントを表明している国は75カ国です。中でも特に野心的な目標であるネット・ゼロ・エミッションに関してコミットメントの目標期日を設定している国は38カ国です[3]。
また、ATACHは、モニタリングの一環として、COP26ヘルスコミットメントの各国の実施状況を追跡するためのベースラインを設定しています。ATACHのウェブサイトでは、各国およびパートナーから収集した2020年以降の関連活動に関する情報が公開されています。設定されているベースラインは以下の5つです。
- V&Aの完了、更新(2020年以降)
- HNAP策定、もしくは更新(2020年以降)
- 気候変動資金の受領の有無(2020年以降)
- 保健医療制度のGHG排出量評価完了(2020年以降)
- 低炭素で持続可能な保健医療制度行動計画(LCSHS: Low-carbon and Sustainable Health Systems Action Plan)の策定(2020年以降)
COP26ヘルスプログラムが提唱されてから3年が経過しましたが、V&AおよびHNAPの策定または更新は、コミットメントを表明した国のうち、半数で完了または開始されています(図1)。また、ATACHに加入しているパートナーを中心に、コミットメント達成に向けて様々なパートナーが各国でV&AおよびHNAPの策定などの支援を行っています。また、早い段階でコミットメントを表明した日本とイタリア以外のG7各国は、コミットメント達成に向けた準備を着々と進めています。
図1 ヘルスコミットメントを表明した国々のコミットメントの実施状況
World Health Organization. ATACH baselines by country/area 2023-2024. [dataset]. World Health Organization: Geneva. 2024. Available from: https://www.atachcommunity.com/our-impact/commitment-tracker/atach-baselines
図2 早い段階でコミットメントを表明したG7の国々のコミットメントの実施状況
World Health Organization. ATACH baselines by country/area 2023-2024. [dataset]. World Health Organization: Geneva. 2024. Available from: https://www.atachcommunity.com/our-impact/commitment-tracker/atach-baselines
*年度は完了した年度、括弧の中はコミットメントを完了・策定をする上でのサポーティングパートナー
**PIK:ポツダム気候影響研究所(Potsdam Institute for Climate Impact Research)
日本政府のATACHへの取り組み
2024年5月28日、第77回世界保健総会で、日本政府はATACHへの正式な参加を公表しました。分野1の「気候変動に対する強靭な保健医療制度」と分野2の「持続可能な低炭素保健医療制度」への構築へのコミットメントが表明されましたが、温室効果ガス排出量が多い国に推奨されている、「保健医療制度のネット・ゼロ・エミッションを達成する目標期日を設定」はまだ行われていません。今回のATACHへの参加以外にも、日本がCOP28で署名した「COP28 UAE 気候と健康宣言」では、ATACHを含む取り組みを通じて、分野横断的で学際的な研究、協力、ベストプラクティスの共有、気候と健康に関する進捗状況のモニタリングを強化することが含まれています。日本政府が健康と気候変動の関連性に注目し、持続可能な保健医療制度の構築に向けた宣言への署名やATACHへの正式な参加を行なったことで、保健医療制度のネット・ゼロの目標期日の設定と、公約達成に向けた取り組み、また、国際的な役割が期待されます。
なお、2024年3月、当機構は、日本初の正式なパートナーとしてATACHに加入しました。パートナーとしての役割を果たし、ATACHの目標達成に向けた取り組みを強化してまいります。
本コラムでは、ATACHの成立過程と各国のコミットメント表明・実施状況ついて紹介しました。次回のコラムでは、ATACHの役割・構造、また、ATACHパートナーのコミットメントとワーキンググループについて紹介しようと思います。
【参考資料】
[1] World Health Organization. COP26 Health Programme: Country commitments to build climate resilient and sustainable health systems. World Health Organization: Geneva. 2021. Available from: https://cdn.who.int/media/docs/default-source/climate-change/cop26-health-programme.pdf.
[2] World Health Organization. Countries commit to develop climate-smart health care at COP26 UN climate conference. World Health Organization: Geneva. 2021. Available from: https://www.who.int/news/item/09-11-2021-countries-commit-to-develop-climate-smart-health-care-at-cop26-un-climate-conference.
[3] World Health Organization. Commitments. World Health Organization: Geneva. n.d. Available from: https://www.who.int/initiatives/alliance-for-transformative-action-on-climate-and-health/commitments.
【執筆者のご紹介】
ケイヒル エリ(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
南谷 健太(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト/森・濱田松本法律事務所シニアアソシエイト)
島袋 彰(日本医療政策機構 アドジャンクトフェロー)
鈴木 秀(日本医療政策機構 シニアアソシエイト)
菅原 丈二(日本医療政策機構 副事務局長)
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