【開催報告】第134回HGPIセミナー「科学的根拠に基づいた食事のガイドラインを知るー日本人の食事摂取基準を活かすにはー」(2025年5月28日)
今回のHGPIセミナーでは、2025年に改定された「日本人の食事摂取基準(2025年版)」策定検討会の座長を務められた佐々木敏氏にご登壇いただき、日本人の食事摂取基準(以下、食事摂取基準)の基本的な考え方から、歩みと現状、今後の展望等について、栄養の専門家ではない方にも分かりやすくお話しいただきました。
<POINTS>
- 食事摂取基準とは厚生労働省が5年ごとに策定する食事のガイドラインで、2025年版が最新である。ほぼすべての人を対象に、エネルギーや34種類の栄養素について性別、年齢区分ごとに具体的な「量的ガイドライン」を示している
- 食事摂取基準は、5種類の生活習慣病(高血圧、脂質異常症、糖尿病、慢性腎臓病、骨粗鬆症)と栄養素の関連を科学的根拠に基づき示している。例えば、高血圧の項目ではナトリウム(食塩)と肥満を特に重要なエネルギー・栄養素として科学的根拠に基づいて記載している
- 海外と対照的に、主要な国内大学に栄養学の独立した学部は少ない。健康寿命の延伸や医療費抑制のためにも、栄養学の基礎から応用研究までを包括的に担う学術・研究体制の構築と科学的根拠に基づいた政策推進が望まれる
■日本人の食事摂取基準とは
食事摂取基準は、厚生労働省が5年ごとに策定し、国民の栄養と食事に関する総合的なガイドラインである。健康を支える重要な基盤として、日本に住むすべての人々の健康維持・増進、生活習慣病の予防・重症化予防を目的としている。2025年に最新版が公開され、今後5年間、病院や学校だけでなく、日本国内のあらゆる場所で基本的な食事の指針として活用される。
栄養に関する基準は明治時代から存在し、第二次世界大戦後には後に「栄養所要量」と呼ばれる基準が作られ、これが現在の食事摂取基準の元となった。栄養所要量は「栄養の必要な量」を示すものであり、日本人が飢餓や栄養不足で悩んでいた時代のガイドラインであったと言える。その後、栄養過剰の問題に対応するため、2005年に「食事摂取基準」と改称され、過剰と不足の両面に対応できるようになった。この変化に伴い、食事摂取基準が対象とする人の範囲も拡大し、栄養不足に悩んでいる人から、健康な人、さらには健康診断で血圧などを指摘される人までを含める形となり、今では健康か否かを問わずほぼすべての日本人が対象となっている。
食事摂取基準の最大の特徴は、エネルギーや34種類の栄養素について、性別、年齢区分ごとに具体的な「量的ガイドライン」を示している点である。ただし、これはあくまで目安であり、栄養士などの食事摂取基準を専門的に活用する人は総論の文章を読み込み、状況に応じた解釈をする必要がある。また、食事摂取基準は広く日本人を対象としており、多くの人に影響を与えることから、信頼性の高い科学的根拠に基づいて策定され、国民に確実な情報を提供することが重要視されている。
■生活習慣病と食事摂取基準の関連
食事摂取基準は、高血圧、脂質異常症、糖尿病、慢性腎臓病、骨粗鬆症の5種類の生活習慣病について、栄養素とこれらの疾患との関連を確実な科学的根拠に基づいて説明している。
例えば、食事摂取基準ではエネルギー・栄養素摂取と高血圧との関連が図で示されている。高血圧との関連はナトリウム(食塩)の摂取と肥満が特に強く、この関連性は科学的にも信頼度が高いと考えられている。すなわち、高血圧の予防を行う際には、アルコールを控えたりカリウムを摂取したりするよりも、まずナトリウム(食塩)と肥満の2つに注目し、食事や生活習慣を改善すると良いことが読み取れる。
また、2025年版から新たに追加された骨粗鬆症の項目では、低体重が低骨密度や骨粗鬆症、さらに脆弱性骨折に関連していることを示している。一方で、確実な科学的根拠に基づくと、カルシウムは骨粗鬆症、脆弱性骨折との関連が十分に明らかでないため、ガイドラインではカルシウムは低骨密度にのみ関連があると記載している。このように、食事摂取基準は客観的、科学的、包括的にデータを集めて、作成したガイドラインとなっている。
■持続可能な栄養政策とその研究基盤の構築への展望
それにも関わらず、東京大学、京都大学などの国内の主要大学には、医学部や法学部のように栄養学を専門とする独立した学部や学科がほとんど存在しない。一方で、ハーバード大学、ケンブリッジ大学、北京大学、ソウル国立大学など、海外の主要大学には栄養学に関する独立した学部や大学院が存在しており、日本と大きな違いがある。
健康寿命の延伸や医療費の抑制といった喫緊の課題を解決するためにも、栄養学の基礎研究から応用研究までを包括的に対応できる学術・研究体制の構築が急務である。今後は、科学的根拠に基づく食事摂取基準をはじめとする栄養政策の推進や、持続可能な形で新たな知見を創出できる環境が求められる。
【開催概要】
- 登壇者:
佐々木 敏氏(東京大学 名誉教授)
- 日時:2025年5月28日(水)18:30-19:45
- 形式:オンライン(Zoomウェビナー)
- 言語:日本語
- 参加費:無料
- 定員:500名
■登壇者プロフィール
佐々木 敏(東京大学 名誉教授)
東京大学名誉教授。女子栄養大学客員教授。京都大学工学部、大阪大学医学部卒業後、大阪大学大学院、ルーベン大学大学院博士課程修了。医師、医学博士。国立がんセンター研究所支所臨床疫学研究部室長、国立健康・栄養研究所栄養疫学プログラムリーダー等を歴任。「EBN(科学的根拠に基づく栄養学)」をいち早く提唱し、簡易型自記式食事歴法質問票など日本人向けの食事アセスメントシステムを開発し普及させる。日本人が健康を維持・増進するために摂取すべき栄養素とその基準量を示した「日本人の食事摂取基準」(厚生労働省)策定において中心的役割を担う。一方で、東京栄養疫学勉強会など、学生・若手研究者への教育に積極的に携わり、日本の栄養学の発展に寄与する。趣味は国内外の市場巡りと食べ歩き。世界数十か国を旅し、各地の食文化についての造詣も深い。著書に『わかりやすいEBNと栄養疫学』『食事摂取基準入門 そのこころを読む』(ともに同文書院)、(『佐々木敏の栄養データはこう読む!』『佐々木敏のデータ栄養学のすすめ』(ともに女子栄養大学出版部)ほか。
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