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【開催報告】第135回HGPIセミナー「命を守る『熱』の警鐘 ― 気候変動時代の熱中症対策を考える」(2025年7月1日)

【開催報告】第135回HGPIセミナー「命を守る『熱』の警鐘 ― 気候変動時代の熱中症対策を考える」(2025年7月1日)

第135回HGPIセミナー「命を守る『熱』の警鐘 ― 気候変動時代の熱中症対策を考える」では、横堀將司氏(日本医科大学大学院医学研究科救急医学分野教授/日本医科大学付属病院高度救命センター長)をお招きし、気候変動による熱中症リスクの増大とその対策について、最新の一般市民と専門家双方に役立つデータの利用とツールの開発状況を交えながらお話をいただきました。


<POINTS>

  • 気候変動により熱関連死亡率が世界的に急増し、日本では2024年に熱中症による死者数が過去最多の2,033人を記録している
  • 熱中症は体温調節機能の破綻による深部体温の上昇が原因で、迅速な冷却が治療の鍵となる
  • 高齢者や単身世帯の屋内での発症が多く、エアコン未使用が死亡リスクを高める
  • 2024年の熱中症診療ガイドラインでは重症度分類を改良し、新たな診断支援アプリなどで早期対応を促進している

 

■気候変動がもたらす熱中症リスクと高齢化社会への対応

気候変動は熱中症のリスクを著しく高めており、特に高齢化が進行する日本においては、極めて深刻な課題となっている。実際、2024年に熱中症による死者数が2,033人に達し、過去最多を記録した。これは、地震や洪水といった他の自然災害による死者の6〜7倍に相当し、もはや「超災害級」の被害と言える。2040年には、日本の総人口のうち65歳以上の高齢者が35.3%を占めると予測されており、特にリスクの高い高齢者や一人暮らしの世帯の増加が、熱中症の危険性をさらに高めると見込まれている。

熱中症の発症者の約4割は高齢者が占めており、その多くが屋内で発症している。東京都の調査でも、熱中症死亡者の94%がエアコンを使用していなかったことが判明しており、その内訳は「エアコン未設置」が18%、「設置済みだが未使用」が76%であった。エアコンの適切な活用は命を守るうえで不可欠であり、使用することで死亡リスクを半減させる効果があることが示されている。一方でヒートアイランド現象の進行や電力消費の増加といった課題も伴い、長期的には、都市の緑化や高温に耐え得る都市インフラの整備が求められている。

■熱中症の発症メカニズムと効果的な治療

熱中症とは、体温調節機能が破綻し、深部体温が異常に上昇することで引き起こされる疾患である。体温の調整は脳の視床下部によって制御されており、熱の産生(運動や感染症などによる発熱)と、熱の放散(環境との熱交換)のバランスを維持することで、通常の体温は36℃±0.5℃に保たれている。熱中症は、運動や労働によって熱産生が増加する場合、あるいは高温多湿の環境下で熱放散が妨げられることで発生する。気温が体温を上回る状況や、湿度が高い環境では、発汗や皮膚からの放熱といった通常の放散機構が機能しにくくなり、体内に熱が蓄積する。その結果、皮膚への血流が増える一方で、内臓への血流が減少し、脱水、循環虚脱、全身性の炎症反応が進行する。重症化すると、中枢神経障害、肝・腎機能障害、血液凝固異常(DIC)などを引き起こし、生命の危険を伴う状態に至る。

熱中症の治療では、発熱時とは異なり、熱中症では視床下部の体温設定値(セットポイント)は変化しないため、解熱薬は効果がない。ゆえに、治療の基本は迅速かつ確実な冷却処置と、高温環境からの速やかな避難である。

■熱中症重症度分類の再定義

日本救急医学会が公表した「熱中症診療ガイドライン2024」では、重症度分類の見直しが行われたことで、国際的な基準との比較が可能となった。従来の分類では、熱失神、熱痙攣、熱疲労、熱射病といった症状と重症度の関係が明確に整理されておらず、現場での判断が難しいケースもあった。そこで、2015年版のガイドラインでは、症状に応じて軽症・中等症・重症の3段階に分類された。2024年版では、従来の「重症(III度)」をさらに細分化し、新たに「IV度」を追加された。 IV度とは、深部体温が40℃以上かつ意識障害を伴う状態を指し、院内での死亡率がIII度の約4.5倍に達するとされており、緊急対応が不可欠である。

■熱中症対策と診断支援ツールの最前線

2023年に閣議決定された「熱中症対策実行計画」では、2030年までに熱中症による死亡者数を半減させるという明確な目標が掲げられた。計画には、市民への啓発活動、高齢者や子どもといった脆弱層への支援、産業界との連携、関連研究の推進などが盛り込まれている。また、暑熱のリスクに対処するため、2021年には「熱中症警戒アラート」が導入され、2024年からは暑さ指数(WBGT)が35以上に達した際に「熱中症特別警戒アラート」が発令されるようになった。これにより、自治体によるクーリングシェルターの開設や、学校・職場などでの社会活動の一時的な制限が実施されたりと、より迅速かつ的確な対策が可能となっている。

熱中症の重症度を判定するための診断支援アプリも開発が進んでいる。年齢、発生場所、既往歴などを入力することで、I度〜IV度のどの段階に該当するかをリアルタイムで判定できるものである。このアプリは環境省のLINE公式アカウントを通じて広く配信されており、アプリを通じて集まったデータをもとに、発生状況の把握や警戒レベルの調整など、行政側の対応にも活用されている。今後の展望としては、気象庁が発表する暑さ指数を用いた救急搬送数の予測技術の活用が期待されている。また、行政や地域社会、さらには家族による高齢者への個別支援体制の整備も、重症化の予防という観点から極めて重要である。

 

【開催概要】

  • 登壇者:
    横堀 將司氏(日本医科大学大学院医学研究科救急医学分野 大学院教授/日本医科大学付属病院高度救命センター センター長)
  • 日時:2025年7月1日(火)14:30-15:45
  • 形式:オンライン(Zoomウェビナー)
  • 言語:日本語
  • 参加費:無料

 


■登壇者プロフィール

横堀 將司(日本医科大学大学院医学研究科救急医学分野 大学院 教授/日本医科大学付属病院 高度救命センター センター長)

1974年群馬県生まれ。1999年群馬大学医学部医学科卒業。2005年日本医科大学大学院修了。1999年より日本医科大学付属病院高度救命救急センター入職。国立病院機構災害医療センター脳神経外科医員、武蔵野赤十字病院脳神経外科医員、米国マイアミ大学医学部脳神経外科客員研究員などを経て、2013年より日本医科大学講師、2018年准教授、2020年大学院教授。専門は脳神経外科救急。神経再生、幹細胞移植、脳低温療法、熱中症の基礎実験および臨床に従事。

 


 

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