【開催報告】第84回日本公衆衛生学会総会 公募セッション「自治体×プラネタリーヘルス×公衆衛生」(2025年10月29日)
日付:2025年12月15日
タグ: プラネタリーヘルス
2025年10月29日、第84回日本公衆衛生学会総会において、日本医療政策機構(HGPI)とプラネタリーヘルスアライアンス日本ハブが共催する公募セッション「自治体×プラネタリーヘルス×公衆衛生」が開催されました。
本セッションでは、自治体首長、研究者、実務者、学生など多様な立場の参加者が集い、高齢者ケア、生活環境、地域医療連携といった具体的課題を出発点に、「人間の健康と地球環境の健全性が相互に依存する」というプラネタリーヘルスの視点から、環境と健康のコベネフィットを創出する実践的なアクションプランについて議論が行われました。
【開催概要】
- 日時:2025年10月29日(水)14:50-16:20
- 形式:対面(グループワーク:セッション番号 G-102)
- 会場:静岡県コンベンションアーツセンター グランシップ 第8会場910号室
- 言語:日本語
- セッション番号:G-102(グループワーク)
- 共催:日本医療政策機構、プラネタリーヘルスアライアンス日本ハブ
イントロダクション:地域課題に応じたアクションプランの構築に向けて
共同座長を務めた鹿嶋小緒里氏(広島大学 IDEC国際連携機構 プラネタリーヘルスイノベーションサイエンスセンター長/広島大学大学院 先進理工系科学研究科 環境保健科学研究室 准教授/プラネタリーヘルスアライアンス日本ハブ 運営委員)と鈴木秀(日本医療政策機構 シニアアソシエイト)から、本セッションの趣旨説明が行われました。
本セッションは、各地域が抱える高齢者保健、生活環境、医療提供体制などの課題に対し、プラネタリーヘルスの視点を組み込んだアクションプランを検討することを目的として企画されました。両氏は、プラネタリーヘルスの中核にある「人間の健康と地球環境が相互依存する」という概念を共有し、自治体、保健所、地域住民、研究機関など多様な主体が連携する多分野協働モデルの重要性を強調しました。
基調講演:プラネタリーヘルスとは何か
渡辺知保氏(長崎大学 熱帯医学・グローバルヘルス研究科 教授/プラネタリーヘルスアライアンス日本ハブ 代表)より、「プラネタリーヘルスとは」と題した基調解説が行われました。
渡辺氏は、プラネタリーヘルスの核心を「健全な環境の上により良い社会が存在する」という一言で表現し、人間社会の発展と環境保全を同時に進めなければならないと指摘しました。ミレニアム生態系評価が示すように、20世紀後半以降、人類は長寿化や経済成長を享受する一方で、自然資源の過剰利用により「気候変動」「生物多様性の喪失」「環境汚染」という三重の危機を招き、それが最終的に人間の健康とウェルビーイングに跳ね返っていることを強調しました。
さらに、地球システムには限界(プラネタリー・バウンダリー)が存在し、その多くが危機的状況にあるという科学的知見を紹介。従来のSDGsの運用では自然関連目標が軽視されがちであったとし、「経済・社会・自然を一体として捉えるウェディングケーキ構造」が本来の理解であると解説しました。
プラネタリーヘルスは、これらの相互作用に着目し、「地球システムを損なわない範囲で人間の幸福を追求する」新たなフレームであり、将来世代と地球全体を見据えた行動が求められると結びました。
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事例共有(1):健康都市のアプローチ
中村桂子氏(東京科学大学 名誉教授/認定NPO法人 健康都市活動支援機構 理事/プラネタリーヘルスアライアンス日本ハブ 運営委員)からは、自治体におけるプラネタリーヘルス実装のヒントとして「健康都市」のアプローチが示されました。
健康都市とは、医療のみならず、自然環境、経済、都市基盤、コミュニティなど多様な要素を統合し、住民のウェルビーイング向上を目的とするまちづくりです。中村氏は、その実現に向けた8つの重要要素を紹介し、特に以下の点を強調しました。
- あらゆる政策に健康の視点を組み込む「ヘルス・イン・オール・ポリシーズ」
- 庁内部門、市民、企業、市民団体との横断的な連携体制
- リーダーシップとガバナンス、および施策の制度化による継続性の確保
これらは、自治体がプラネタリーヘルスの理念を具体的政策として展開する上での重要な指針となることが示されました。
事例共有(2):静岡県袋井市「ローカルから世界へ繋がる食と健康の実践」
静岡県袋井市からは、大場規之氏(袋井市 市長)、石塚浩司氏(袋井市担当者)が登壇しました。
袋井市は人口約8万7千人のまちでありながら、約30年前に「日本一健康文化都市」を宣言し、条例化を経て、早期から「健康」と「まちづくり」を結びつけてきました。
大場氏は、市の取り組みが市民の「心と体の健康」に加え、「都市と自然の健康」という視点も重視し、世界の健康都市ネットワークとの連携を通じて健康と都市政策の関係性を学び、まちづくりに反映してきたと述べました。
石塚氏からは、糖尿病予備群や高血圧対策、子どもの朝食欠食や肥満の増加といった課題に対し、「健幸寿命日本一のまち」を掲げた「袋井市健康づくり計画」に基づく具体的な施策が紹介されました。特に、プラネタリーヘルスと直結する「食」の分野において、以下のような取組が示されました。
- 地場産物の活用と食育:学校給食で地場産物を活用し、食材が届くまでのプロセスを学ぶ機会とする。
- コベネフィット(減塩と食品ロス削減):減塩に配慮しつつ、美味しさを高める工夫で食べ残しを減らし、健康増進と食品ロス削減を両立。
- CO₂削減:地場産物の利用によりフードマイレージを削減し、年間15.37トンのCO₂削減効果が確認されていることを紹介。
さらに、企業への健康経営支援として、野菜摂取量測定(ベジチェック)やAIを用いたデータ分析と運動支援を組み合わせ、従業員の健康と企業の持続可能性を同時に高める取り組みも共有されました。袋井市の事例は、ローカルな給食・食育を起点に、「人と環境がともに健康である状態」を具体化するプラネタリーヘルス実践として注目されました。
事例共有(3):三重県亀山市「緑の健康都市と生物多様性保全」
三重県亀山市からは、櫻井義之氏(亀山市 市長)が登壇しました。
亀山市は歴史ある宿場町であり、ものづくり産業も集積する人口約5万人の都市です。「緑の健康都市・亀山」を掲げ、市民のQOL向上と環境保全を両立するまちづくりを進めています。
櫻井氏は、都市・経済・産業政策に健康、文化、コミュニティの視点を組み込み、人と環境の関係を重視することが不可欠であると強調しました。そのうえで、生物多様性の保全を軸とした以下の取組を紹介しました。
- 地域OECM制度の導入:国際目標「30by30」に貢献するため、市民や企業の保全エリアをOECMとして認定し、行政が旗振り役となる自然保全体制を構築。
- ネイチャーポジティブ宣言と水源林保全:鈴鹿川源流域の森づくりを条例に基づき推進し、水資源保全と山林環境保全を両立。
- 自然再生と健康づくり:市民団体との連携による自然再生活動や里山・登山道整備を通じて、身体的・心理的ウェルビーイングを高める場を提供。
これらは、自然環境の保全と市民の健康、災害へのレジリエンスを同時に高める「プラネタリーヘルス型都市経営」の実践として高く評価されました。
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グループワーク:「自治体×プラネタリーヘルス×公衆衛生」実践への第一歩
事例共有と基調解説を受け、参加者は6つのグループに分かれ、「環境にも良く、健康にも良い」コベネフィットを軸に、自身の業務や地域で実現可能なアクションプランを議論しました。
各グループからは、以下のようなポイントが報告されました。
- Aグループ:既存の活動連携と組織の壁
プラネタリーヘルスに資する既存の取組が複数存在する一方で、縦割り構造により部門間連携が阻害されている現状が共有され、「部署横断チーム」など連携基盤づくりの必要性が示されました。
- Bグループ:コベネフィット行動と多分野協働
フードロス削減、プロギング、グリーンカーテンの導入など、身近な実践例が挙げられました。これらを推進するため、庁内外の連携チームの設置や、家族ぐるみの参加促進など、多層的な協働の重要性が指摘されました。
- Cグループ:低コストでの環境・健康両立策
地場産物の活用や既存施設を活かした運動機会の提供、医療現場での使い捨て資材削減など、費用負担を抑えつつ実現可能な取組が提案され、同時に熱中症対策等における環境的格差への配慮の必要性も共有されました。
- Dグループ:阿蘇の草原保全を通じた多分野連携
草原保全を軸に、教育、保健、観光、経済など複数分野が連携することで、地域資源の保全と予防的な健康づくり、災害対応力向上を同時に達成しうる可能性が示されました。
- Eグループ:個人の選択と組織戦略の接続
個人の意識・行動変容の重要性を認めつつ、それを支えるために行政・企業内の相談窓口の明確化や、自組織の特徴・権限を把握する「内部分析」に基づく働きかけが必要と整理されました。
- Fグループ:離島における伝統と環境変化の懸念
沖縄の離島の事例をもとに、生活習慣や食文化、漁業活動が健康と環境の双方に関わることが共有されました。「お魚を食べる」取組が、身体活動の促進や環境負荷低減に寄与する一方、気候変動に伴う海洋環境の変化がその継続性に影響しうる懸念も示されました。
これらの議論を通じて、「既存の活動や地域資源をプラネタリーヘルスの視点で結び直し、多分野で協働すること」が、自治体における実践的な第一歩であるとの認識が共有されました。
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総評と今後の展望
総括として、渡辺氏は、多様な参加者が短時間の中で連携のアイデアやプラネタリーヘルス的視点を具体的に示したことを高く評価し、「一人ひとりが自らの立場でチームを作り、動き出すこと」が官民連携を前進させる鍵であると強調しました。
鹿嶋氏は、本セッションで挙がった論点は90分では語り尽くせないほど多岐にわたるとしつつ、プラネタリーヘルスアライアンスが2027年に東京でアニュアルミーティングの開催を計画していることに触れ、日本からの知見と実践を世界に発信していく次のステップにつなげたいと述べ、セッションを締めくくりました。
当機構は、本セッションで示された知見と提案を踏まえ、今後も自治体、研究機関、市民社会との協働を通じて、プラネタリーヘルスの視点に立つ公衆衛生政策の推進と、多様なステークホルダー対話の場づくりを進めてまいります。
【登壇者プロフィール】
渡辺 知保(長崎大学 熱帯医学・グローバルヘルス研究科 教授)
1989年に東京大学大学院医学系研究科単位取得済退学。2005年に東京大学大学院医学系研究科人類生態学教授に就任。2017年に国立研究開発法人国立環境研究所の理事長に就任。2021-2022年には長崎大学熱帯医学・グローバルヘルス研究科教授兼学長特別補佐(プラネタリーヘルス)、2022-2023年はプラネタリーヘルス学環長(初代)および熱帯学・グローバルヘルス研究科教授を務める。東京大学名誉教授であり、保健学博士である。日本健康学会で2017年より2022年理事長、2021年より2023年環境科学会会長を務める。また、日本学術会議の第2部連携会員、Society for Human Ecology元第3副会長、Ecological Society of Americaヒューマンエコロジー部門元部会長、プラネタリーヘルス・アライアンス(PHA: Planetary Health Alliance)運営委員および同日本ハブ代表である。
中村 桂子(東京科学大学 名誉教授)
東京医科歯科大学医学部卒業。東京医科歯科大学医歯学総合研究科国際保健医療事業開発学分野教授を2016年から2025年に務める。2025年4月より東京科学大学名誉教授。環境科学会理事(2013~2017年)、世界保健機関(WHO: World Health Organization)によるWHO健康都市・都市政策研究協力センター所長(2016~2024年)、2017年から日本公衆衛生学会理事、2020年から国際学術会議・都市保健ウェルビーイング科学委員会委員、そして2024年から日本学術会議環境リスク分科会委員長。研究テーマは、都市環境と健康、ヘルスプロモーション、プラネタリーヘルス。
大場 規之(袋井市長)
1963年静岡県袋井市宇刈(大日)生まれ。1987年、慶應義塾大学理工学部を卒業後、株式会社堀場製作所に入社。1988年から1992年までフランス・ホリバヨーロッパ支店に勤務。1993年より株式会社和田塾取締役、1994年より株式会社ショーワ取締役を務める。2001年、静岡県議会議員に初当選。2003年には株式会社シーン・メイキング取締役に就任した。2009年には株式会社和田塾(現・株式会社ライトハウスエデュケーション)代表取締役、ISC留学net代表を兼任。2015年に同社取締役会長、2021年に取締役名誉会長に就任。2021年4月、袋井市長に就任(現在1期目)。
櫻井 義之(亀山市長)
1963年三重県生まれ。1981年に三重県立神戸高等学校を卒業、1986年に関西大学社会学部を卒業。1991年より亀山市議会議員(1期)を務め、その後1995年から2008年まで三重県議会議員を4期連続で務めた。県議会在任中には、リニア建設促進議員連盟会長、三重県監査委員、第101代副議長などを歴任。2009年に亀山市長に初当選し、以降5期連続で市長を務めている(2025年現在5期目)。市長在任中には、三重県市長会副会長(2015–2016)、会長(2019–2020)、監事(2023–2024)を歴任するなど、県内自治体間の連携強化にも尽力してきた。現在は、健康都市連合日本支部支部長、全国伝統的建造物群保存地区協議会理事、一般社団法人三重県社会基盤整備協会理事、鈴鹿亀山地区広域連合副連合長などを務めている。座右の銘は「着眼大局着手小局」。
■日本医療政策機構 https://hgpi.org/
日本医療政策機構(HGPI: Health and Global Policy Institute)は、2004年に設立された非営利、独立、超党派の民間の医療政策シンクタンクです。市民主体の医療政策を実現すべく、中立的なシンクタンクとして、幅広いステークホルダーを結集し、社会に政策の選択肢を提供してまいります。特定の政党、団体の立場にとらわれず、独立性を堅持し、フェアで健やかな社会を実現するために、将来を見据えた幅広い観点から、新しいアイデアや価値観を提供します。日本国内はもとより、世界に向けても有効な医療政策の選択肢を提示し、地球規模の健康・医療課題を解決すべく、これからも皆様とともに活動してまいります。
■プラネタリーヘルスアライアンス日本ハブ https://phajapan.jp/
プラネタリーヘルスは、2015 年にロックフェラー財団とランセット(The Lancet)のプラネタリーヘルス委員会がその翌年Lancet 誌に発表した報告書『人新世における人間の健康の安全防護策』 で提唱し、その概念が急速に普及しました。この委員会メンバーが中心となり、2016 年にプラネタリーヘルスアライアンスが発足し(アメリカのJohns Hopkins大学が本部)、60 カ国以上の400以上の大学、非政府組織、研究機関、政府機関から成るコンソーシアムとして、この多様な学際領域の急速な成長の中心的役割を担っています。そして、2023年5 月にはプラネタリーヘルスアライアンス日本ハブ(長崎大学が事務局)が組織化され、欧米とはまた異なる自然と人間社会の境界をもつ日本やアジア地域での、プラネタリーヘルスへの枠組み提供について、議論を重ねています。様々な専門分野そして、学生からシニア世代まで幅広い年代層の方の参加を歓迎します。
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