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【開催報告】第97回HGPIセミナー「脱ブラック霞が関~行政府の役割と今後の改革に向けて~」(2021年7月28日)

【開催報告】第97回HGPIセミナー「脱ブラック霞が関~行政府の役割と今後の改革に向けて~」(2021年7月28日)

今回のHGPIセミナーでは、厚生労働省で長年社会保障・労働分野の法律改正の立案等に携わり、現在、株式会社千正組 代表取締役社長としてご活躍されている千正康裕氏をお迎えし、霞が関の働き方の現状や課題について解説いただいたほか、現在の政策策定プロセスの課題や今後期待される取り組みについて、お話しいただきました。

 

<講演のポイント>

  • 霞が関の過酷な労働環境により国家公務員の休職や離職、採用難が課題となっている
  • 霞が関での働き方改革は「官僚のため」ではなく、「日本に必要な政策をつくる機能を持続的にするため」に必要である
  • 霞が関のブラックな働き方を変えるためには「無駄な仕事を減らすこと」「国家公務員の定員管理の改革」「国会改革(充実した議論と効率化の両立)」が必要である
  • 政治状況の変化や中間組織の意見集約機能の低下等により、従来の政策決定過程が機能しなくなってきている
  • よい政策をつくるために、政策決定過程の流れを再構築し、様々なステークホルダーが日常的に意見交換、連携しながら、セクターを超えて協働することが必要である

 

■ブラック霞が関-霞が関の働き方の現状-

厚生労働省に長年勤務した自身の経験から、霞が関の働き方に対して強い危機感があり、2020年11月に「ブラック霞が関」を出版した。政府関係者や国会議員に加えて、各種メディア関係者など多くの人に関心を持っていただいていると感じている。

国家公務員の超過勤務の現状について、人事院の公式発表では平均月29時間とされている。しかし民間調査によれば、いわゆる過労死ラインとされる月80時間を超えて残業している人が回答者全体の4割以上だったことが示され、サービス残業が常態化していることが明らかとなった。こうした現状を受け、現在、河野太郎行政改革担当大臣を中心に、長時間労働やサービス残業の実態把握及び対策が進められている。

またメンタルヘルス不調が原因で1か月以上休職した人の割合は民間企業に勤める人の3~4倍にのぼる。さらに近年、離職者も増加傾向にある。とりわけ20代の国家公務員総合職(キャリア官僚)の離職者数はこの6年で約4倍に増加し、特にこの2~3年で急増している。国家公務員を志望する学生も減少しつつあり、採用難も課題となっている。

新型コロナウイルス感染症拡大の影響もあり、長時間労働の状況は悪化している。多くの省庁で200時間を超える過剰な超過勤務を行った職員がいることが明らかになっている。また中でも厚生労働省では、2021年2月に80時間以上の超過勤務を行った職員数が約500人にのぼった。

現状をより詳細に理解するため、厚生労働省では省内職員を対象に、職場満足度に関する調査を実施した[1]。調査結果によれば、特に25歳~39歳の若手層からミドル層において、職場満足度が低いことが示された。この層では仕事を一通り覚えた末に、非効率的な業務に不満が募ったり、家庭等の私生活とのバランスに悩んだりする職員も多い。また、一般的に30歳前後は転職適齢期であり、この層の職場満足度の低下は離職率の増加に直結するため、対策が急務である。


■脱ブラック霞が関に向け、必要な改革とは

こうしたブラックな働き方を変えていくためには、大きく3つの改革が必要だと考えている。

  1. 無駄な仕事を減らす

まずは「無駄な仕事を減らす」ことが必要だ。例えば、ペーパーレス化が挙げられる。霞が関では紙文化が残っているが、印刷等に多くの時間を費やしており、早急にペーパーレス化を進める必要がある。また業務の棚卸も重要である。これまでの慣習を踏襲して、必要性の低い資料の作成や確認に多くの時間と労力を費やすことも少なくない。業務を棚卸して、真に必要な業務に集中すべきだ。また必要な業務だとしても、民間で行われているように、必要に応じて内外のリソースを積極的に活用すべきである。

  1. 国家公務員の定員管理の改革

「定員管理の改革」も必要である。近年、一律に国家公務員の定員削減を行う行政改革が進められているが、現状でも仕事量に対して人員が不足しており、定員削減の一時停止を検討すべきだ。また各省庁によって超過勤務等の状況は大きく異なるため、省庁ごと、部署ごとに労働環境を見える化した上で、ゼロベースで人材配置を見直すことも必要である。

  1. 国会改革(充実した議論と効率化の両立)

こうした行政側の改革とともに、国会の改革も重要となる。国会では、昔の「24時間働く官僚を前提とした時代」の慣習が残っている。特に象徴的なのが国会での質問対応だ。国会での審議にあたり、事前に質問者の国会議員から省庁に対して質問内容が通告[2]される。質問通告のタイミングが遅れるほど、各省庁の担当者への負担が大きくなる。現在、各党がこの質問通告をできるだけ早く出すことを発表し、改善されてきてはいると聞いている。しかし、これまでもこうした動きが起こっているが、定着しない傾向があるので、実際に質問通告した日時を公表する等の対応が必要だ。


■霞が関の働き方改革は誰のためか?

霞が関での働き方改革は「官僚のため」ではなく、「日本に必要な政策をつくる機能を持続的にしていくため」に必要である。

霞が関の現状の課題は、職員が誰かの指示で行う仕事に忙殺されていることだ。元々、官僚になる人は政策をつくることで社会に貢献したいというモチベーションが高い。職員が自主的に情報収集し、政策をつくる時間を増やすことが政策の質の向上につながり、社会に良い影響を及ぼすとともに、個々の職員のやりがいにもつながる。よい政策を持続的につくるためには霞が関の働き方改革を進める必要がある。


■政策とは?

私は政策を「政府独自のリソースを活用して人々の行動変容を促し、社会課題を解決する営み」と定義している。社会課題を解決するために法律改正や予算等、様々なリソースのベストミックスを検討することが政府の仕事である。

政策はビジネスと異なり、顧客(国民)は商品(政策)を選べず、また政府も顧客を選べない。またビジネスであれば、特定の製品やサービスを顧客が選び、その対価を支払うが、政策の場合には、国民全員が商品への対価(税金や社会保険料)を支払う仕組みとなっている。したがって、商品(政策)開発の段階で社会的な合意を得るプロセスが必須となる。「役所は意思決定が遅い」と言われるが、その本質的な原因は社会的合意を得るための複雑な調整過程にある。


■政策決定過程の変化

政策は、これまで伝統的に官僚主導かつボトムアップでつくられてきた。官僚は自身のもつリソースやネットワークを基礎として政策案を作成し、それをベースとしながら、業界団体や有識者等で構成される審議会で意見を集約し、政策を作り上げていく。これを「審議会政治」と呼ぶ人もいるが、近年ではこうした伝統的な政策決定過程が十分に機能しなくなってきている。

  • 中間組織の意見集約機能の低下

90年代後半以降、官民の情報交換の機会が減少し、官僚が情報やネットワークを得づらくなった。また中間組織が弱体化し、審議会に出席する委員の意見集約機能が低下している。例えば、高度経済成長期においては、労働者の3人に1人が労働組合に加入していたが、非正規労働者の増加等に伴い、現在では労働者の6人に1人しか加入していない。したがって、労働組合の代表であっても、必ずしも多くの労働者の意見を集約しているわけではない。こうした中間組織の意見集約機能の低下により、審議会だけでは社会的な合意を得ることが難しくなっている。

  • 政治状況の変化:選挙制度の変更

さらに政治状況も大きく変わっている。その一つは選挙制度の変更である。1996年に衆議院では小選挙区比例代表並立制が採用された。小選挙区制では選挙時の政権への支持率が選挙結果に直結するため、支持率を常に高く保つことがより重要となった。そのため政権は、国民の関心の高い政策課題について、国民がその関心を向けている間に次々と政策を打ち出すようになった。従来の官僚主導かつボトムアップで進める政策のつくり方は、調整過程に時間を要し、また現状の仕組みを大きく変えることが困難である場合が多い。そのため、政府は内閣機能の強化、経済財政諮問会議や規制改革会議の設置、内閣人事局による幹部人事等を通じて、官邸主導を強化するようになってきた。

  • 政治状況の変化:無党派層の増加とSNSの普及

さらに、無党派層の増加も政治を取り巻く変化の一つである。これは上述の中間組織の弱体化に伴い、各団体・組織が持っていた人々の投票行動への影響力が減少したことも影響している。

またSNS普及の影響も大きく、これまで見えなかった一般の人の意見がSNSを通じて可視化され、彼らの意見が政策に影響を及ぼすようになった。実際に、妊婦加算の凍結や、特別定額給付金(新型コロナウイルス感染症緊急経済対策関連)の対象者及び給付金額の変更等の事例のように、一度決定した政策の変更を迫られるケースが増えている。


■よい政策をつくるために

こうした政策決定過程の変化を踏まえ、今後よい政策をつくるためには、今の社会状況・政治状況に合った政策のつくり方の流れを再構築すべきである。

社会の課題は常に現場、人々の生活のなかにある。よい政策をつくるためには、まず世の中の人が困っていること、社会のニーズを見つけることが必要だ。そして、具体的に政策の中身、解決策を考えていく。その上で、複雑な政策決定過程の中で、いつ、誰と、どのように調整を行うのか、戦略を立てる。また一般の人も含めて政策への理解を深めてもらうには、広報戦略も重要だ。

この一連のプロセスを単独で実施できる人(機関)はいない。したがって、よい政策をつくるためには、様々なステークホルダーがセクターを超えて協働することが必要になる。

協働にあたって、政治家や官僚、あるいは専門の民間団体や、メディア、有識者、NPOや自治体等が日常的に意見交換、連携できる場が必要になる。そうした場を通じて、民間から政治家や官僚へよいインプットを適切に行う働きかけが重要だ。そのためには、民間も政策決定過程を理解することが重要となる。「政策とは何か」「政策をいつ、だれが、どのように決めるのか」、そして、それらを前提に自分たちが「いつ、だれに、どのように働きかけるのか」を考えていくことが必要だ。

具体的な政策提案のポイントについては、現在執筆中の「政策人材のための教科書~現場の声を政策につなげるために~」やSNSでも発信している。関心のある方にはぜひご覧いただきたい。また今後、日本医療政策機構とも協力しながら、官民でのフラットな議論の場を提供していく予定である。引き続き様々な活動を通じて、霞が関のブラックな状況を変え、官民が連携し、よい政策をつくることのできる環境作りに貢献していきたい。

[1] 第5回厚生労働省改革実行チーム(2021年3月11日) 資料:厚生労働省改革に関する省内アンケート結果
[2] 質問者の国会議員が省庁に質問内容を事前に伝えることを「質問通告」という。各省庁の大臣はそれぞれの領域の専門家とはいえ、所管する範囲は多岐にわたり、あらゆる事項について詳細を把握しているわけではない。そのため、より具体的な政策議論を行うために、事前に質問通告を受け、議論に向けた準備が必要となる。質問通告を受けた各省庁の担当者は過去の経緯や関連するデータ等を整理し、国会審議前に、大臣と答弁の内容や表現について事前調整を行う。こうした事前のやり取りを経て、国会審議での答弁が行われている。質問通告のタイミングは国会審議の原則2日前の正午までに行うこととされているが、その期限が守られることはほとんどなく、前日の夕方から夜にかけて通告されることが多い。(参考:千正康裕(2020)『ブラック霞が関』、pp.50 – 54)


■プロフィール:

千正 康裕 氏(株式会社千正組 代表取締役社長)
1975年生まれ。1999年慶應義塾大学法学部政治学科卒、2001年厚生労働省入省。年金局等を経て、大臣官房総務課課長補佐、厚生労働大臣政務官秘書官を歴任。その後、2013年医政局研究開発振興課課長補佐で再生医療安全性確保法の立案を担当。厚労省初の在インド日本国大使館一等書記官として、日印規制当局間の交流を立ち上げインドにおける日本の医療機器の審査簡素化を実現。2016年厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課課長補佐として厚労省復帰。2017年政策統括官付社会保障担当参事官室室長補佐として2040年の社会保障の見通し、骨太の方針、外国人労働者の受入れなどを担当。2018年医政局総務課医療政策企画官として医師の働き方改革などに取り組む。2019年に44歳で厚生労働省退官。2020年に株式会社千正組を設立し、医療介護福祉分野を中心にコンサルティング、インド進出支援、政策提言を行うほか、執筆やメディア出演をしている。その他、内閣府男女共同参画局安心・安全WG 構成員、環境省働き方改革加速化有識者会議委員も務める。朝日新聞デジタル有識者コメンテーター、PoliPoli有識者会員も務める。医療関係の団体の登壇多数。著書に「ブラック霞が関」(新潮新書)。m3で医師の働き方改革について連載中。Noteで定期購読マガジン「政策人材の教科書」執筆中。


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