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【開催報告】第128回HGPIセミナー「乳がん診療からみる、医療格差の捉え方」(2024年10月29日)

【開催報告】第128回HGPIセミナー「乳がん診療からみる、医療格差の捉え方」(2024年10月29日)

今回のHGPIセミナーでは、10月のピンクリボン月間に合わせて、乳がんをテーマに福島県立医科大学 医学部 腫瘍内科学講座 主任教授である佐治重衡氏をお招きし、乳がん領域からみた医療格差について、医療現場の実情やピンクリボン月間を視点に日本の現状などについてお話をいただきました。

<POINTS>

  • 乳がんの治療は、ホルモン受容体や膜タンパク質(HER2)の発現に基づいて分類され、最新の治療法では生命予後を延ばすことが可能となる一方、治療期間が長期化し、薬剤費が高額となり、患者の経済的負担が増加している。
  • 長期的な治療は、地域毎に異なるライフスタイルや経済状況等による治療継続に格差が生じており、患者ごとに最適な治療選択を行うことが重要である。
  • 日本のピンクリボン月間は主に検診と早期発見に焦点が当てられてきたが、海外では新たな治療方法の開発や患者支援にも力を入れており、寄付金集めを通じて市民全体の関心を引きつけている。
  • 乳がんを含めたがん診療領域では集約化・均てん化双方の動きが勧められているが、医師不足等の課題を踏まえて(とりわけ専門医の不足)、地域実情に応じた現実的な集約化を検討していくべきである。

 

◼︎乳癌診療ガイドラインの整備により患者アウトカムの最大化の努力が行われているが、同時に価格の高い新薬が多くの患者さんに長期で使用されることにより、患者の経済・心理的負担による格差が引き起こされている

現在の乳がん診療は、がん細胞内のホルモン受容体発現の有無と、膜タンパク質(HER2)発現の有無によって大きく4つに分類し、治療方針を決めている。日本乳癌学会によって定められたガイドラインでは、この4分類に対して推奨する薬剤の組み合わせや優先順位を示されている。乳がん領域では新薬の研究開発が目覚ましく、最新のガイドラインに準拠した治療を選択する場合、生命予後を劇的に延長することが可能となる一方、薬剤費が従来の治療選択と比べて桁違いに高くなるという状況になっているまた、進行・再発乳がん治療は1回の薬剤投与で終わることはなく、基本的には長期にわたってホルモン療法薬や分子標的治療薬と言われる薬を投与することになる。新薬の登場により生命予後の延長が可能となったが、同時にそれは投薬期間の延長も意味するため、患者にとっては総額での医療費負担がより大きなものとなっている。

このように、高額な新薬の登場と多くの患者さんでの適応が医療財政全体に与える影響は非常に大きなものとなっている。同時に、長期に渡って治療が必要になることを患者目線で考えてみると、仮に高額療養費制度が適用されたとしても月数万から十数万円単位の治療費を払い続けることは相当な経済的負担に繋がっていることも事実である。経済的負担に限らず、ライフサイクル上の変化や、職業による時間/金銭的制約、地域特徴による理由など、個々で治療継続に対する懸念は様々であり、個人の背景要因により治療継続に格差をもたらしていることを臨床現場では肌身で感じている。このような格差があることを認識した上で、患者にとって最良な治療は何かということを常日頃から考え、かつフリーアクセスという現状の日本の保健医療システムの持続可能性を検討していく必要がある。

◼︎ピンクリボン月間は世界的な取り組みであるが、日本の場合は検診に重点を置いた乳がんキャンペーンテーマや内容になっており、すでに乳がんに罹患している人やその家族への視点、さらには社会を巻き込んだコレクティブ・インパクトの視点が乏しい

2000年頃より日本でも、10月は乳がん対策のためのピンクリボン月間として知られるようになってきた。現在では、企業や患者団体、行政など様々な組織等がイベントを開催したり、地域別でみても首都圏のみでなく各地域でキャンペーンが謳われるようになってきた。一方で、現状の日本におけるピンクリボン月間は検診・早期発見に主眼を置いたものになっており、それ以外の側面に対する啓発活動が乏しい。実際、2021年にグランプリを受賞した乳がん対策のポスターは、早期発見に向けたメッセージ性しか含まず、乳がんに罹患した方への配慮がないとされ、大きな議論を巻き起こした。すなわち乳がん対策において、既に患っている人への支援が考慮されておらず、取り残される人が出るキャンペーンになってしまうという懸念であった。

国外では、「乳がんによる死者数をゼロに」といったキャンペーンテーマが用いられることが多く、早期発見だけでなく、治療を良くしていくこと、患者支援を含めた幅広いテーマを包摂するものとなっている。乳がん=マイナスというイメージをなくしていくかというところにも注力されており、一般市民に向けても、より明るいイメージを定着させる努力が行われているほか、ピンクリボンのキャンペーンを通じて研究促進のための寄付金を集めることなども行われている。このようにして、市民全員が関心をもって参加できるようになっているのが国外のピンクリボン月間であり、日本においても市民巻き込みと乳がんを撲滅するために必要なことは何かという視点でキャンペーンを継続していくことが重要である。

◼︎日本の医師の総数は一朝一夕では変えられないなか、乳がん診療においては専門医へのアクセスによる格差是正に向けて、地域実情に応じた現実的な集約化を検討していくべきである

がんに対して行う治療は、主に手術治療・放射線治療・薬物療法の大きく3種類があり、最初の2つはどの専門家が担うのかが明確だが、薬物療法に関してはどの診療科が主導していくか明確に決まっていなかった。腫瘍内科という薬物療法について専門的な知見を持って治療を進める診療科があるものの、その全国的な普及と浸透にはまだ課題が残っている。

腫瘍内科は、日本医師会が提示する診療科名としても存在し、2020年度から始まった新専門医制度でも内科専門医のサブスペシャリティ領域の一つに位置づけられ、約1,700名が登録している。しかし、これはがん診療領域全体での話であり、これを乳がん領域に特化してみると、腫瘍内科医のうち乳腺を専門としている人は約5%程度である。専門医選択の過程でも乳がんを専門に選びにくい制度設計となっている。

このような現状のなか、患者数の多い乳がんに対して、手術治療・放射線治療・薬物治療を役割分担し、患者背景により対応が困難な薬物療法を日本全国で同じように実施していくことは、(均てん化が目指されているものの)非現実的である。日本の国民皆保険制度からみると、どこでも同程度の質の医療が受けられることを目指すことになるが、乳がん領域においては、治療環境の均てん化ではなく、役割毎の集約化を目指していくことも今後現実的な議論として必要となってくる。

今回のHGPIセミナーでは、日本が抱える医療格差の課題を乳がん診療の特徴から概観した。これらを是正していくためには、社会課題に対して、組織・団体横断的に取り組み(コレクティブ・インパクト)、困った時はお互い様といったソーシャルキャピタルの概念が重要となってくる。課題は大きく捉えながら地域実情にあった取り組みを実施していくことが、医療格差の是正には重要である。

 

【開催概要】

  • 登壇者:佐治 重衡 氏(福島県立医科大学 医学部 腫瘍内科学講座 主任教授)
  • 日時:2024年10月29日(火) 18:30-19:45
  • 形式:オンライン(ZOOMウェビナー)
  • 言語:日本語
  • 参加費:無料

 


■登壇者プロフィール

佐治 重衡(公立大学法人 福島県立医科大学 医学部 腫瘍内科学講座 主任教授/附属病院 腫瘍内科 部長・臨床腫瘍センター センター長/放射線医学県民健康管理センター がん登録室 室長)

1992年岐阜大学医学部卒業後、東京都立駒込病院 外科、岐阜大学大学院医学研究科 生化学・外科、埼玉県立がんセンター研究所、カロリンスカ医科大学(スウェーデン)、東京都立駒込病院 乳腺外科・臨床試験科、M.D.アンダーソンがんセンター(米国・短期留学)、埼玉医科大学国際医療センター 腫瘍内科、京都大学大学院医学研究科 標的治療腫瘍学講座を経て2014年より現職。
主な研究分野は、ホルモン依存性乳がんの基礎生物学、内分泌療法と免疫療法に関する臨床研究。この分野でいくつかの研究プロジェクトを実施し、多数の論文を発表している。複数の国際共同第III相試験の運営委員であり、JCOGやJBCRGなどの大規模臨床研究グループの運営に携わり、JBCS(日本乳癌学会)、JSMO(日本腫瘍学会)、BIG(Breast International Group)の常任理事を務める。

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