【インタビュー連載企画】「当事者からみたメンタルヘルス政策」 第5回:萩原 なつ子 氏 「障害を持つ人を社会全体で支えるための市民主体の政策を」
日付:2021年2月15日
タグ: メンタルヘルス
萩原 なつ子 氏(日本NPOセンター代表理事/立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科 教授/HGPIメンタルヘルス政策プロジェクト アドバイザリーボードメンバー)
「障害を持つ人を社会全体で支えるための市民主体の政策を」
- 自己紹介及び現在のご活動
「市民研究コンクール」が原点
日本医療政策機構(HGPI)は、「市民主体の医療政策の実現」を目指していらっしゃいますね。私は、トヨタ財団の市民研究コンクール(1979-1997年、以下コンクール)「身近な環境を見つめよう」のプログラムオフィサーを務めていました(1989-1997)。これは、市民による身近な環境に関する研究に対し助成金を出すというおそらく日本で初めての助成プログラムです。
なぜ「市民」なのかというと、当時、トヨタ財団のプログラムオフィサーを務めていた山岡義典氏(現・日本NPOセンター顧問)が、「市民が自分たちの目で見て歩き、調査・研究を行い、エビデンスに基づいて地域の課題解決のための政策を提案する」というコンセプトを考え、実施されました。当時では、画期的な取り組みだったといえます。地域に住み続けている市民が責任感を持って地域を調査・研究する訳ですから、その問題に関してはある意味「専門家」といえます。それから、研究者の研究は、ともすれば、自身の研究業績のためのものになりかねないという傾向があります。ですが、そこに居住する住民、関わりの強い人々が中心となる研究は当事者性が強く、無責任なことはできません。たとえば阪神淡路大震災では、外部からやってきた研究者や専門家、ジャーナリストも含まれると思いますが、機械的にインタビューするなどして、被災者の心を傷つけてしまう、私の言葉で言えば「通りすがりの研究者」等の問題が指摘されました。その教訓を生かし、東日本大震災では、そのような行為を慎むよう通達が出されたと記憶しています。(HGPI補足:日本学術会議2013年3月28日提言「東日本大震災に係る学術調査―課題と今後について―」 )そもそも地域の課題の発見や解決の主体に、「専門家」「素人」という分類自体、意味のないことであることを私はプログラムを通して学びました。
もうひとつコンクールの活動を通して、私は大事なことを学ぶことができました。ある団体の代表を務める重度障害者の方とお話した際に、彼は「ベビーカーや車いすの方のことを考えると、町中をバリアフリーにすればいいと思うかもしれないけれども、それは違う。視覚障害の方にとっては、段差がない道ほど怖いものはない」というのです。なるほど、と思いましたね。その方は「同じ障害者でも、自分たちのことだけを考えていては駄目なのだ」と強調されていました。
では、何センチメートルの段差がいいのか、どんな点字ブロックが必要なのかは、当事者たちにしか分かりません。ですから、いろいろな当事者の方たちが参加し、対話しながら進めていくことが大事です。政策提言も同じだと思うのです。どのように市民が、当事者が関わっていけるのか、プロセスデザインが重要になります。
私の原点は、やはりこのコンクールですね。市民と地域社会を構成する多様なステークホルダーが対話し、調査・研究を通して繋がりながら問題を解決していく、普遍的なプロセスデザインを学べたと思います。
行政経験を生かし「としまF1会議」の座長を務める
その後、私は大学教員になったのですが、6年ほど経って当時の宮城県知事の浅野史郎氏の招聘で宮城県環境生活部の次長を務めました。2年間の期限付きでしたが、地方行政の経験から得たものも大きかったですね。例えば、市民からの政策提言は、行政の仕組みが分かっていなければ、タイミングを間違えてしまいます。消滅可能性都市と言われた豊島区の再生に向けて立ち上げた「としまF1会議」(以下、F1会議)が約8,800億円の事業化を実現できたのは、秋までに予算を提出し、2月の議会に間に合わせるというタイミングを逃さなかったことが、成功要因の1つといえます。
政策づくりは、多くの人々に開かれた中で進めることが大事です。精神障害を持つ人も、それぞれの視点を持っているはずですから、いかに多様な人たちの声を集められるかが肝だと思うのです。現状を可視化させていく仕掛け、仕組みを誰かがつくらなければなりません。あとは、どのタイミングで、どういうやり方で、どのような形で市民に関わってもらうかが重要です。「参加」したら、次は「参画」(企画)する側になってもらうことで、点から線へ、そして面へと広がっていきます。そして声を聞いて終わりではなく、少しずつであっても形にして、実現していくことが大切です。
F1会議では、ワールド・カフェ方式(※)で吸い上げた多くの意見をまとめ、行政と一緒に同じテーブルで議論しながら優先順位をつけ、提言しています。こうした方法は、現在「としま型」として政策形成に活用されています。豊島区は、誰にとっても暮らしやすい町へと変わってきました。
※ワールド・カフェ方式:一般的な会議とは異なり、リラックスした雰囲気を作り、特定のテーマに集中して会話をするための方法。互いの意見を否定することなく、相手の意見を尊重しながら新たな発見を得ることを目的に行う。4~5名の少人数で行い、定期的にメンバーの組み合わせを変えながら、会話を続ける。
孫がメープルシロップ尿症になったことで「当事者」を意識
私の孫は、2013年6月にメープルシロップ尿症という先天性代謝異常を抱えて生まれました。日本では64万人にひとりという難病で、必須アミノ酸を分解できないので母乳を含め、タンパク質を摂取することができません。生まれた当時はまだ難病指定されていなかったのですが、患者会で署名活動などに取り組んだ結果、2015年7月の法改正により、メープルシロップ尿症が指定難病の対象なったのです。(メープルシロップ尿症とは | MSUD-JAPAN)
私の娘は、患者会に参加して、同じメープルシロップ尿症の患者さんの元気な姿を見た時に、希望を持ったそうです。お互いに協力し合いながら生きている存在を見ることは、すごく大事だと思いましたね。
病気を受け入れるのは大変なことですが、私たちはオープンにして、知り合いの専門家などに積極的にアドバイスを求めていきました。周囲から前向きな励ましをもらえたことが、とてもよかったと思います。
ありのままを受け入れ、人と繋がることが大事
HGPI:どのような疾患でも、診断を受けて悩み苦しみ、心を閉じて外との関係性をつくれなければ、周囲の助けを得ることもできません。そこを乗り越えてオープンにすることで、いろいろな人と繋がり、協力を得られるようになる訳ですね。
萩原:病気を壁だと思うと乗り越えなければなりませんが、「ありのままの自分を受け入れられるかどうか」だと思うのです。おそらく幼少期からの教育も重要になりますね。人と繋がるには、「私を理解しようとしてくれている」「私の言っていることを受け入れてくれる」と感じることが大事だそうです。ですから、そう思える関係性をつくっていくことも必要でしょう。その媒介となる役割を果たす存在、それがNPOなのかもしれません。
- 政策提言『メンタルヘルス2020』を受けて
明るく繋がっていく
娘はメープルシロップ尿症という病名にちなんで、メープルシロップを扱う企業や団体へ積極的に協力を呼び掛けてきました。ほとんどノリでしたね。「お手紙をいただいたので」と連絡をくださった輸入企業の社長さんとの交流は、今でも続いています。このようにメンタルヘルスの取り組みも、できる限り明るく進めていってほしいと思います。あまり深刻だと、かかわる方もつらくなってしまいますよね。
「求援力」と「受援力」
日本人は、幼い頃から「誰にも迷惑をかけないように」と教育されているため、「求援力」つまり「助けてと言える力」「助けを求める力」が弱いのです。「いいえ、大丈夫です」ではなく、自分が何に困っていて、どういうことをして欲しいのかを相手に伝えることが重要です。また「受援力」(支援を受ける力)も大事ですね。防災分野でも多様な支援活動を受け入れる地域や個人の「受援力」の重要性が注目されています.「伝える」と言うことに関しては、「伝えるこつ」が大事です。日本NPOセンターは、電通と協働でNPOが活動を広げていくためのコミュニケーション力向上を支援するプログラム「伝えるコツ」のセミナーを16年ほど前から続けています。参考にしていただけると嬉しいです。(伝えるコツ | 日本NPOセンター)
- 精神疾患を持つ人の災害対策も今後の重要な視点
ケアラーに対する支援
東日本大震災では、「隠された障害者」の問題が指摘されました。障害を持つ家族の存在を周囲に隠して暮らしてきたため、避難所にも行けなかったとか、自主防災組織が障害者の存在を確認することができなかったという問題がありました。難病者を要支援者に入れている自治体も少ないと聞いています。
災害が起これば、精神疾患を持つ人は、更なる困難を抱えることになります。病状が悪化する中で、平時に支えてくれていた地元のNPOなども被災して弱体化することが想定されますので、障害者とケアをする家族等ケアラーへの支援も含めて一緒に考えていかなければなりません。平時の時から、当事者支援とともに、「ケアする人を支援する」ケアラー支援も含めた政策提言が必要だと思います。
障害を持つ人たちを可視化できる環境づくり
身体的なハンディを持っている障害者の方々と違って、精神障害者、内部障害者、近年増加傾向にある発達障害者の方々は、当事者あるいは関係者が声を上げなければ他者には分かりづらいものです。
とくに発達障害については、「発達障害」とひとくくりにできない複雑な問題を抱えていますので、当事者や関係者からの発信が重要だと思います。たとえばCOVID-19の影響で大学もオンライン授業が当たり前になっていますが、自閉症スペクトラム障害(ASD: Autism Spectrum Disorder)や注意欠如・多動性障害(ADHD: Attention-Deficit Hyperactivity Disorder)といった発達障害の特性によってオンライン授業に「向き不向き」があるということが、私の勤務する立教大学のアンケート調査によって分かってきました。
大学における発達障害の学生に対する就労支援についても、私のゼミ生が修士論文執筆のために調査を実施しましたが、特性によってきめの細かい、寄り添い型の支援が求められていることがわかっています。近年、障害のあるなしにかかわらず、仕事に対する価値観や働き方が大きく変わろうとしています。例えば、職務ではなく組織への帰属を求め「メンバーシップ型雇用」から、それぞれの専門性や特性を活かした「ジョブ型雇用」への移行は日本でも進みつつあります。ある意味では障害者にとっては就労の機会が広がる可能性があるといえます。ですので、障害を抱える方々のそれぞれの特性や得意分野を生かせる「ジョブ型」の就労支援も広がっていくことでしょう。
当事者だから分かる「戦略的おせっかい」
障害を持つ人たちを可視化できる環境をつくっていくためには、お互いの存在を認め、何らかの役割を担えるような場、仕組み、仕掛けが必要です。ダイバーシティが進む社会において、その要請はますます高まっていくことでしょう。「お互いさま」の社会を創るにはちょっとしたお節介が必要だと思います。余計なお節介になってもこまりますので、節度ある介入をめざす、「戦略的お節介」が大事だと思っています。どの程度のお節介がいいのかなかなか難しいですが、私自身が孫の病気を通して当事者の立場になったことで、学びつつあります。
自分自身が、いつでも同じ立場になり得ることを自覚したリスクマネジメントも大切ですね。ウルリッヒ・ベックが「個人化」と言っているように、現代は企業や家族などの形が変わり、あらゆるリスクを個人が背負わなければならない状況におかれつつあります。「助けて」と言えない状況に陥っているのです。ですから、いざという時に「助けて」と言えたり、助けたりできる「ゆるやかな繋がり」をつくっておくことが重要です。ゆるやかなつながりを創る方法として、よく例として取り上げられるのがパリのアパルトマンから生まれたと言われている「隣人まつり」です。料理や飲み物を持ち寄っておしゃべりするというとってもシンプルな「お祭り」です。近所の人たちと気軽に出会える場を日常的に創ることによって、住民を、交流を通してつなぐ仕組みです。それが結果として、地域のセーフティネットの整備につながっているのでしょう。
制度の対象から外れた人への支援
制度ができると、必ずマージナル(marginal: 境界)が発生します。ですから制度をつくる時には、対象から外れてしまう人が必ず出てくることを忘れてはなりません。それを前提として、今より良いものをつくっていくしかない訳です。たとえば、難病指定に入る疾患もあれば、外れてしまう疾患もある。その外れてしまった人たちへの支援を考える必要があります。
メープルシロップ尿症の患者は一生涯を通じて、必須アミノ酸を除去した、特殊なミルクを飲む必要があります。企業の社会貢献として製造してくださっていますが、患者数が少なく製造コストがかさむため、1缶何万円もします。小児慢性特定疾患として18歳未満までの経済的補助がありましたが、難病に指定されたことで、ようやく18歳以降も経済的補助の対象となりました。難病指定されていない希少疾患の人たちをどのように応援していくかが、今後の課題だと思っています。
法律をつくることの重要性
「男女雇用機会均等法」が成立するためには10年以上の年月が必要でした。私は法律制定以前に就職活動をした世代です。四年制大学を卒業予定の女子学生にはほとんど就職試験を受ける機会すらありませんでした。ですから、法律ができた時は嬉しかったです。確かに罰則規定等がなかったので「ザル法」とも言われていました。しかし、作れるときに作っておかなければ前へ進まないのです。法律があれば、状況に応じて、改正していくことができます。実態にあった法律にするために改正を重ね、理想的な法律にしていくための政策提言が重要になってくる訳ですね。やはり法律をつくることの意味は大きいと思います。
インタビュー日付:12月4日 萩原氏研究室にて開催
メンタルヘルス政策プロジェクト インタビュー連載企画「当事者からみたメンタルヘルス政策」
日本医療政策機構では2004年の創設以来「市民主体の医療政策の実現」を掲げ、エビデンスに基づく市民主体の医療政策を実現すべく、中立的なシンクタンクとして、市民や当事者を含む幅広い国内外のマルチステークホルダーによる議論を喚起し、提言や発信をグローバルに進めていくことを目指し活動をしてまいりました。
2019年に開始したメンタルヘルス政策プロジェクトにおいても、当事者の皆様からのお知恵を頂きながら活動に取り組み、2020年7月には政策提言「メンタルヘルス2020 明日への提言~メンタルヘルス政策を考える5つの視点~」を公表しました。今後は、他のプロジェクトとも連携しながら、他疾患領域の当事者組織からの学びや海外の精神疾患の当事者組織との意見交換・相互交流などにより、当事者が今後のメンタルヘルス政策を主体的に考え、発信する場の創造を目指してまいります。
そうしたビジョンの一環として、今回当事者のインタビューを連載する企画をスタートさせます。前述の政策提言に対し当事者の視点からストレートなご意見を頂き、それらを日英で発信することで、日本の当事者が置かれている現状や彼らのQOLをさらに向上させるメンタルヘルス政策の実現に寄与したいと考えています。
■ 第1回:宇田川 健 氏 (認定NPO法人地域精神保健福祉機構 代表理事)
「縦断的研究の充実によりリカバリーの生理学的解明を」
■ 第2回:小幡 恭弘 氏(公益社団法人 全国精神保健福祉会連合会(みんなねっと)事務局長)
「医療体制と地域社会の融和に向けて メンタルヘルスを国の政策の中心に」
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