【インタビュー連載企画】「当事者からみたメンタルヘルス政策」 第1回:宇田川 健 氏「縦断的研究の充実によりリカバリーの生理学的解明を」
日付:2020年10月31日
タグ: メンタルヘルス
日本医療政策機構では2004年の創設以来「市民主体の医療政策の実現」を掲げ、エビデンスに基づく市民主体の医療政策を実現すべく、中立的なシンクタンクとして、市民や当事者を含む幅広い国内外のマルチステークホルダーによる議論を喚起し、提言や発信をグローバルに進めていくことを目指し活動をしてまいりました。
2019年に開始したメンタルヘルス政策プロジェクトにおいても、当事者の皆様からのお知恵を頂きながら活動に取り組み、2020年7月には政策提言「メンタルヘルス2020 明日への提言~メンタルヘルス政策を考える5つの視点~」を公表しました。今後は、他のプロジェクトとも連携しながら、他疾患領域の当事者組織からの学びや海外の精神疾患の当事者組織との意見交換・相互交流などにより、当事者が今後のメンタルヘルス政策を主体的に考え、発信する場の創造を目指してまいります。
そうしたビジョンの一環として、今回当事者のインタビューを連載する企画をスタートさせます。前述の政策提言に対し当事者の視点からストレートなご意見を頂き、それらを日英で発信することで、日本の当事者が置かれている現状や彼らのQOLをさらに向上させるメンタルヘルス政策の実現に寄与したいと考えています。
インタビュー連載企画「当事者からみたメンタルヘルス政策」 第1回:宇田川 健 氏 (認定NPO法人地域精神保健福祉機構 代表理事)
コンテンツ
自己紹介及び現在のご活動
「縦断的研究の充実によりリカバリーの生理学的解明を」
• 自己紹介及び現在のご活動
私は1998年から日米精神障害者交流プログラムに参加し、年に1~2回ほど米国を訪れ、代表も務めていました。NPO法人地域精神保健福祉機構コンボには2006年の立ち上げ当初から関わっており、今年から代表理事を務めています。
コンボを設立し、月刊誌『こころの元気+』の発行、包括型地域生活支援プログラム(ACT: Assertive Community Treatment)・個別就労支援プログラム(IPS: Individual Placement and Support)の普及、エビデンスに基づいた精神保健医療福祉サービスの普及活動を進めようと動いていく中で、初めて「リカバリー※1」という概念を知りました。そこで、『こころの元気+』創刊号で「リカバリー」について取り上げたという経緯があります。
コンボでは、メンタルヘルスマガジン『こころの元気+』を毎月発行し、賛助会員に配布しています。毎号の表紙には、当事者がモデルとなってスタジオで撮影した画像とともに、その方の経歴を紹介しています。当事者の皆さんからの投稿記事がよく読まれており、前向きな内容ばかりではなく、つらさを嘆くような内容も人気があったりします。「災害に備える」をテーマにした2019年4月号は、コンボのホームページ上で全文を無料公開しています。
メンタルヘルス講座シリーズ「こんぼ亭」は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19:Coronavirus Disease 2019)の感染拡大防止のため、第66回から“おうちでこんぼ亭”としてオンライン開催しています。第67回こんぼ亭 (2020/10/24)では、「~ RETURNS!~メンタルヘルスの新しい潮流!トラウマ・インフォームド・アプローチ(TIA)」をテーマに開催予定です。
ピアサポートにも力を入れており、全国各地で「言いっぱなし聞きっぱなし」スタイルのピアサポートグループを開催したり、ピアサポートグループの調査結果をホームページ上で公表したり、ピアサポートグループを活性化する活動を続けています。
家族支援の取り組みでは、家族による家族学習会を実施しています。これは全米精神疾患患者家族会(NAMI:National Alliance on Mental Illness)のFamily-to-Familyというプログラムの香港版を私が翻訳し、導入したという経緯があります。2015年には、学校メンタルヘルスリテラシー教育プログラムのツールキットを開発し、ホームページ上で公開しています。
また、今回のCOVID-19の感染拡大を受けて、不安やストレスを感じている気持ち、自分や他の誰かへのメッセージ、未来への希望などを皆で共有する場(書き込みサイト)をホームページ上に設けました。第12回目となる「リカバリー全国フォーラム2020」(2020/9/19-20)は、今年初めてオンラインで開催する予定です。
• COVID-19の拡大による活動、当事者への影響
これまでコンボでは、当事者、家族、一般市民、専門職といった人々が集まり、互いの理解を深めながら水平で密接な関係性を構築してきました。ところがCOVID-19の影響により、そうしたイベントは実施できなくなりました。ピアサポート支援の活動も、基本的にオンラインでの活動を推進しています。
最近のホームページへのアクセス数の傾向として、COVID-19の感染拡大に伴い、うつ病あるいはうつ状態に関するページの閲覧数が通常に比べ10%程度増加していたのですが、2020年8月に入って落ち着いてきたようです。皆さんの気持ちが、少しずつ落ち着いてきたのかもしれません。また、コンボは多職種の人々が参加している団体ですが、リモートワークが浸透したことで、かえって多忙になった人がいる一方で、フリーランスの当事者の中で、全く仕事がなくなって調子を崩してしまった人もいます。やはり難しい状況ですね。
「政策提言『メンタルヘルス2020』を受けて」
• 視点1-5を踏まえ、具体策に対するご意見
視点1:当事者活動を促進し社会全体のリテラシーが向上する施策を充実させる
「社会全体のメンタルヘルスリテラシー向上のために「当事者活動」を促進する」、また「初等中等教育におけるメンタルヘルスの教育及び支援体制を充実させる」という具体策が入ったことは、すごく大事な視点だと思います。
「ピアサポートの活動を促進する」とありますが、ピアスタッフの多くは、国による事業が終了した後、最低賃金で雑用係として使われているような現状があります。これまでコンボでは、全国にいる当事者の意見を拾い上げるために、ピアサポート支援に力を入れてきました。発言できる当事者は各地域に必ずいます。私は、講演で地方を訪問するたびに「次回は、地元の当事者を壇上に乗せてください」と言ってきました。私をはじめ、いつも決まった当事者ばかり出てくるという状況は、変えたいと考えています。
視点2:精神疾患を持つ本人のニーズに基づいた地域生活を基本とする医療提供体制を構築する
社会的入院に関する提言の内容を読むと、政策立案者の視点が強く、当事者としての視点を踏まえるとさらに踏み込んだ内容になるのではないかと感じました。社会的入院が起こる背景として、「地域」が退院する当事者を受け入れないのではなく「病院」が退院させないことが問題なのだと私は思っています。退院等の請求ができる精神医療審査会についての説明や電話番号は、公衆電話の横に貼ってある程度です。それに対し、ほとんどの若い当事者は公衆電話の使い方を知りません。テレフォンカードも持たず、入院時に持参した携帯電話は没収されてしまうため、この制度は形骸化してしまっているのが現状なのです。
オンライン診療は、強制のアウトリーチ、強制の医療につながらないよう注意することが大切です。例えば、自殺に関しては積極的な介入が必要です。しかし自殺に関することでなければ、本人が困っていない場合は、そのまま精神科医療福祉を卒業するケースも考えられます。また、米国ランド研究所の調査を示しながらオンライン診療の活用について書かれている内容はいいのですが、さらにオンライン診療においては、合理的配慮としてのプライバシー確保に言及する必要があると感じました。
身体拘束に関しては、適切な血栓予防措置が取られていない現状があることは、提言の中で触れられていません。住居の確保については、障害者雇用と同じようなインセンティブがあればいいと思いました。
「早期診断及び治療へのアクセスの向上に向けた医療機関と保健・福祉・教育機関との連携を推進する」とありますが、早期にアクセスできたとしても、病院を選ぶこともできず、強制的に受診させられてしまうのが現状といえます。ですから、病院を選択できる「情報」を当事者や家族が得られることが大事です。
視点3:「住まい」と「就労・居場所」を両輪として地域生活基盤を整備する
就労継続支援 B 型事業は「居場所」としての機能も果たしているというヒアリングの意見を紹介した後、報酬の仕組みが課題であることを指摘している点は、当事者側の視点が反映されていると感じます。最近、社会復帰施設の職員に若い人が増えており、社会経験の乏しい人が就労支援をしている現状があります。
「精神疾患を持つ本人が中・長期的な「キャリア形成」の観点に基づいてライフコースを描くことができるようにする」「心身の変化に合わせて生活を柔軟に設計できるようにする」という具体策は、すごく良い視点だと思いました。また、継続的な主観評価である就労定着支援システム(SPIS:Supporting People to Improve Stability)が紹介されていますが、それに加え、ウェアラブルデバイスを活用した睡眠、運動等の客観的データを組み合わせることで、当事者がより多くのフィードバックを得られるようになると思います。
地域の住宅事情を踏まえた連携という観点では、不動産業者が支援者としての役割を担える可能性があると思います。不動産業者がメンタルヘルスに関する知識を高めることで、入居のハードルが少しでも低くなるでしょうし、さらに地域生活を継続するための支援者としての役割を担えるかもしれません。
視点4:エビデンスに基づく政策決定・政策評価に向けて必要なデータ・情報収集体制を構築する
リバーストランスレーショナルリサーチ※2の充実にあたっては、当事者側からの発信が大切だと思います。当事者の抱える主観的な課題が科学的に解明されることによって、初めて生活の質(QOL:Quality of Life)は向上します。当事者の体の中で何か起こっているのか、脳の中で何が起こっているのかが科学的に明らかになることで、医師や専門職の人々が当事者のパーソナルリカバリーやエンパワメントに貢献できるのだと思います。
「学校の健康診断でメンタルヘルスに関する調査を行い、その調査結果を学校のメンタルヘルスのケアに活かす」という観点は面白いと思いましたが、スクリーニングを目的とするのではなく、学校全体のメンタルヘルスの傾向を見るために実施すべきです。環境調整のためのメンタルヘルスに関する調査が重要といえます。
当事者が姿を見せる活動がリテラシー向上につながる
HGPI有馬:視点 1「当事者活動を促進し社会全体のリテラシーが向上する施策を充実させる」について、当事者活動を促進するためには、当事者や当事者団体はどのような活動を進めていく必要があるでしょうか。
宇田川:メンタルヘルスリテラシー向上のためには、当事者が姿を見せる活動をしていくことが大事です。例えば、不動産業者のリテラシーを高めるためには、当事者が直接しっかり話せたほうがいい。そこでコンボでは、「言いっぱなし聞きっぱなし」の会を開催しています。当事者が、自分の考えを話して相手に聞いてもらう経験を積み重ねることで、メンタルヘルスリテラシー向上のために役立つスキルが身につけばいいと思っています。単なる茶話会に留まらず、アクティブリスニングやグループワークのファシリテーション等の研修ができれば、当事者活動を促進するために有効なのですが、研修を行う予算が限られているため進めていくことが難しいのが現状です。
学校教員や養護教諭への教育が必要
HGPI有馬:学校教育への当事者の関わり方について、ご意見をうかがいたいと思います。
宇田川:私がこれまで学校を訪問した経験では、「教室で暴れてしまうような子が、将来病気になるのでは?」と誤解している先生がいました。そのような保健体育や養護の先生が座学のみで子どもたちに教えてしまうのは、すごく怖いことです。同様に、スクールソーシャルワーカーといった専門職に対する教育も必要です。
アンチスティグマのために、自分のストーリーを語る
宇田川:以前、アンチスティグマのために長年活動しているシルビア・カラス(当事者)に「どうやってスティグマを解消する活動をしていけばいいのか」と尋ねたところ「あなたのストーリーを身近な人に話せばいい」ということでした。つまり自分のストーリーを明文化して、人前で語ることが大切だということです。それによって、聞いた人のメンタルヘルスリテラシーが向上するのだと思います。
発症初期からピアサポーターを身近に
HGPI有馬:当事者の自己決定を促すためのピアサポート活動を促進していくにはどのような仕組みが必要でしょうか。
宇田川:まず、ピアサポーターをシステムの中に組み込み、診断後の早いうちに当事者と対面できればいいと思います。ロールモデルとしてのピアの存在が当事者にとって大切ですので、そのための研修等を実施してほしいですね。
また、自己決定は、精神疾患があるから苦手なのではありません。保護的環境の中で自己決定をしないで済む期間が長すぎて、そのまま避ける傾向が続いてしまうのです。それを防ぐためにも、精神疾患を発症した入口の段階から、ピアサポーターが身近にいるという状況が必要です。
ショートステイにハーフウェイハウス※3の機能を
HGPI麻生:医療的ケアの必要性が低い軽症の入院患者さんの退院を積極的に推進するためには、どのような方策が考えられるでしょうか。
宇田川:私は、ハーフウェイハウスが必要だと考えています。630調査(精神保健福祉資料)を見ると、入院が長期にわたると、死亡以外で退院する人はほとんどまれなことが分かります。入院して5年間経過をみているうちに、一生退院できない状態に追いやられる可能性があると考えると、病院内に、入院する際のハーフウェイハウスと退院する際のハーフウェイハウスがあればいいと思います。そのハーフウェイハウスの滞在期間も、なるべく短期になるような方策が必要です。
HGPI麻生:現在、日本でハーフウェイハウスがどの程度整備されているかというデータは、厚労省でもまだ把握されていないようです。この点は、取り組むべき課題の1つだと考えています。
宇田川:ハーフウェイハウスに近い日本の制度としては、ショートステイ(精神障害者短期入所事業)の活用が考えられます。現行のショートステイは、あくまで家族が休むための制度なのですが、それを地域包括ケアシステムの中に組み込んで、入院が必要かどうかを見分けるための制度として活用できればいいと思います。
• 宇田川さんが考える今後のメンタルヘルス政策
当事者の主観的なリカバリーについて、医療現場の人々に理解してもらうためには、脳科学的に、また生理的に何が起きているのかをきちんと把握してもらう必要があります。そして医師は、診察室だけで完結するとは思わずに、診察室から出た私たちの状態も知ってほしいと思います。そのためには、政策や研究によって当事者がどういう生活をしているのかを縦断的に追ってもらい、当事者が言葉で語らなくても伝わる状態にしてほしいですね。
※1)リカバリーとは、「人々が生活や仕事、学ぶこと、そして地域社会に参加できるようになる過程であり、またある個人にとってはリカバリーとは障害があっても充実し生産的な生活を送ることができる能力であり、他の個人にとっては症状の減少や緩和である」と定義される(国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 地域・司法精神医療研究部 https://www.ncnp.go.jp/nimh/chiiki/about/recovery.html)。
※2)臨床上で発見した患者の抱える課題を起点に基礎研究を行い、実臨床に活用できる成果を導く研究
※3)退院後、日常生活に復帰するための支援・訓練を受ける施設
インタビュー日付:8月17日 オンライン会議(Zoom)にて開催
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