【HGPI政策コラム】(No.73) ―プラネタリーヘルスプロジェクトより―「第18回:プラネタリーヘルスダイエット:地球と人が健やかでいるための食生活指針」
- 食料システムの双方向的な危機:食料システムは、世界の温室効果ガス排出量の約3分の1を占める一方、気候変動による不作や栄養価低下の被害を直接的に受ける。この「要因」かつ「被害者」という脆弱性を抱えている。
- 持続可能な食料システムへの指針としてのプラネタリーヘルスダイエット:プラネタリーヘルスダイエットは、科学的根拠に基づき「環境負荷の低減」と「ヒトの健康増進」を同時に達成するための包括的な政策的フレームワークとして位置づけられる。
- 個人の選択を支える「食環境」の再設計に向けたグローバルな潮流:世界では個人の意志に頼るのではなく、学校給食や病院食、介護施設での食事など公的保険制度下で提供される食サービスを含む公共調達など、社会全体の「食環境(Food Environment)」を整える動きが加速している。
- 日本における持続可能な食料システムへの転換と制度設計:既存制度に健康と環境の統合視点を組み込み、公共調達や食品表示制度などの制度設計を通じ、持続可能な食への転換を社会全体で後押しする仕組みづくりが求められる。
気候変動と食料システム
世界の温室効果ガス排出量の約3分の1は、食料システムに起因するとされています。しかし、食料システムは排出の要因であると同時に、気候変動の影響を直接受けるという二重の脆弱性を抱えています。その影響は、日本の食料生産においても既に顕在化しつつあります。高温障害に起因する白未熟粒の発生によるコメの収量・品質低下や、台風をはじめとする異常気象の頻発化による農林水産業への被害拡大はその代表的な事例です。また、食料自給率が約38%(カロリーベース)にとどまる日本にとって、気候変動による世界規模での食料生産の不安定化は、国内の食料安全保障に直接的なリスクをもたらすだけではなく、栄養の偏りや格差拡大を通じて、公衆衛生上の課題とも深く絡み合っています。
プラネタリーヘルスダイエットの概要と要点
2019年にイート・ランセット(EAT-Lancet)委員会は、人の健康と地球の持続可能性を両立させるための科学的根拠に基づく食生活指針として、「プラネタリーヘルスダイエット」を提唱しました。この指針は、食料・農業・環境・健康の各分野をバラバラに議論するのではなく、一つの統合されたシステムとして捉え、日々の食生活を通して、複合課題にアプローチするための科学的な数値を示した事例ともいえます。この提言は革新的であった一方、欧米中心的な視点や文化及び宗教背景への考慮の不足、また現実的な食料調達状況との乖離から批判もありました。このプラネタリーヘルスダイエット1.0への批判を踏まえ、2025年には、社会実装のため、公平性に基づくアクセシビリティ、経済性、文化的多様性、多面的な健康の定義を盛り込む内容に発展したプラネタリーヘルスダイエット2.0が発表されました。
プラネタリーヘルスダイエットは前提として、地域や文化によって変化するものであり、地産地消や旬の食品の消費を奨励しています。動物性食品、砂糖、精製穀物や加工食品の消費を控え、野菜や植物性たんぱく質、非精製穀物の積極的な摂取を促しています(図1、表1)。2025年イート・ランセット委員会が公表した報告書によると、プラネタリーヘルスダイエットは直接的あるいは間接的に、健康や環境課題、食料安全保障など多分野における効果が見込まれています。また、2019年に公表されたイート・ランセット委員会の論文や、そこで提示された食生活指針を基にした研究によると人間の健康にとって、プラネタリーヘルスダイエットは冠動脈性心疾患、脳卒中、2型糖尿病、特定のがんなどの疾病予防に繋がり、年間1100万人の早期死亡を防ぐことや、低中所得国における栄養不良の改善が見込まれています。直近の研究レビューや、メタ分析でもプラネタリーヘルスダイエットは糖尿病・心血管疾患・がん・全死因死亡率の低下と関係していることが確認されています。

図1:プラネタリーヘルスダイエットの食品項目別摂取量目安(g/日)
出典: “The EAT–Lancet Commission on healthy, sustainable, and just food systems,” by Rockström et al., 2025, p. 1632

表1:1日あたりの摂取量が2400kcalの場合、プラネタリーヘルスダイエットの科学的目標とその可能な範囲
出典: “The EAT–Lancet Commission on healthy, sustainable, and just food systems,” by Rockström et al., 2025, p. 1632
イート・ランセット委員会は、こうした個人の食習慣の変容を支え、社会に浸透させていくためには、個人の努力だけではなく、社会全体での「食の大転換(Great Food Transformation)」が必要不可欠であると示唆しています。食の大転換では、消費の変容、生産の質的転換、持続可能な農地の集約化、海洋および土地のガバナンス、食料廃棄の半減など、現在の食料システム全体を変化させることで、持続可能な食料システムの構築を目指すものです。
現在の食料システムと生産・消費トレンドが継続した場合、2050年には農業による温室効果ガス排出が約30%、農業用土地利用面積は約6%増加すると見込まれています。プラネタリーヘルスダイエットの実装や食の大転換によって、食料生産や食料消費が変化した場合、この増加トレンドを、温室効果ガス排出量については約50%、土地利用面積転換については約20%防ぐことができると指摘されています。
グローバルでの動き
プラネタリーヘルスダイエットは2019年の発表以来、国際的に注目され、様々なスケールで実装化が進められています。ミラノ都市食料政策パクト(Milan Urban Food Policy Pact)を基盤に構築されたC40 Good Food Citiesでは、東京を含む世界の大都市がプラネタリーヘルスダイエットの実現に向けた食環境整備を誓約しており、署名都市における公共調達の最適化を通じて温室効果ガス排出量の多い食品の消費が31%減少、植物性食品の消費が40%増加するなどの成果が報告されています。
こうした公共調達や学校給食を軸とした取り組みは各国にも広がっています。ブラジルでは学校給食予算の30%以上を地域生産者から調達することを義務付けるとともに、超加工食品の調達禁止や包装への全面栄養表示の義務化を実施しています。フランスでは週1回の菜食給食提供が法的に義務化され、コペンハーゲン市では公共食堂の食材の90%をオーガニックに転換する方針のもと、肉を減らし豆類・旬野菜を増やすメニュー改革が進められています。韓国においても、2009年制定の食生活教育基本法を基盤に、オーガニック給食や菜食給食が複数の自治体で制度化されています。
日本国内で実施されているプラネタリーヘルスダイエットの事例
プラネタリーヘルスダイエットの取り組みは日本でも発展しつつあります。第4次食育推進基本計画では、地産地消の推進が掲げられており、地産地消は食料の輸送距離(フードマイレージ)を抑えるショートサプライチェーンの促進を通じて、カーボンフットプリント削減にも寄与します。また、静岡県袋井市の「日本一みらいにつながる給食」では、地場産品の活用や調理過程に排出される調理くずを堆肥化することでの活用など、国際的なトレンド同様に、日本でも持続可能な食の実践が学校給食の場で発展の兆しがみられます。
こうした国内の実践と並行して、日本は国際的な場においても持続可能な食料システムの実現に向けた議論にも関わっています。2021年の東京栄養サミット開催時には、当時の林芳正外務大臣がランセットに寄稿し、地球環境の保全と栄養保障の両立のためには持続可能な食料システムが重要であると言及しました。日本は誰も取り残さないという人間の安全保障の理念に則り、東京栄養サミットを通し、世界の栄養改善と国際保健のためにマルチステークホルダーによるコミットメントを促しています。また、このサミットの成果として発表された東京栄養宣言のなかでは、健康的な食事の推進と持続可能な食料システムの繋がりについて言及され、栄養保障と環境双方のため、食料システムを持続可能にし、また気候変動に適応していく必要性を提示しており、プラネタリーヘルスダイエットを推進する文脈が生まれています。
プラネタリーヘルスダイエットを日本で推進するための施策可能性
日本では、健康(健康増進法・食育基本法)、環境・農業(みどりの食料システム法)、食品表示(食品表示法)など、食に関わる充実した法制度が既に整備されています。プラネタリーヘルスダイエットの社会実装には、これらの既存制度にプラネタリーヘルスの視点を統合することで、こうした縦割り構造を横断する形で既存制度を再編・統合することが不可欠です。具体的なアプローチの例として以下3つの切り口が考えられます。
- 公共調達を活用した市場の創出と産業保護
個人の自発的な習慣変容に頼るだけでなく、国や自治体による「公共調達」をテコにすることで、持続可能な食の需要を創出し、生産者を支える仕組みへと転換します。具体的には、「みどりの食料システム法」を学校給食法や水産基本計画等と連携させ、学校給食での環境負荷の低い食材や未利用魚の調達義務化、水産エコラベル認証商品の優先的購入などを進めます。こうした公共調達は学校給食にとどまらず、診療報酬・介護報酬として公的基準で費用管理される病院食や介護施設での食事も同様に国の制度設計の直接的な影響下にあります。これらを「持続可能な食の公共調達」として横断的に連動させることで、環境負荷の低い食材や地場産品の需要を社会全体で創出できます。その実現において、各現場で献立作成と栄養管理を担う管理栄養士などが、持続可能な調達基準の策定や制度設計に参画できる環境を整えることが重要です。
- 「人と地球の健康」を一体で学ぶ食育・リテラシー教育
これまでの「個人の健康」や「伝統文化」の食育の文脈に「地球の健康」という視点を融合させることで、プラネタリーヘルスダイエットの理念を社会に根付かせる上で重要な基盤となります。学校給食法や食育基本計画における地産地消の推進を、「地産地消は環境保全にも繋がり、地球環境の保全が、巡り巡って人間の健やかさにも直結する」という理解を促すリテラシー教育へと発展させることで、持続可能な食生活を次世代が選択するように促す機会を創出します。さらに、この教育対象は学校現場に限りません。医療・介護現場などにおける栄養指導や地域社会での啓発活動を通じ、あらゆる世代が「食と環境のつながり」を学び、日々の選択に活かせるような包括的な食育体制の構築が求められます。
- 消費者の選択を支える食品表示制度の変革
個人の意識変容に依存するのではなく、日常の選択の中でプラネタリーヘルスダイエットを実践しやすくする「食環境」のデザインが求められます。食品表示法や健康増進法のルールを拡充し、従来の栄養成分表示だけでなく、環境負荷(カーボンフットプリントなど)を表示する仕組みを導入することで、消費者が環境負荷の低い食品を自発的に選択しやすく、同時に長期的な過剰摂取が健康リスクと環境負荷をともに高める食品を選びづらくする視覚的誘導が可能となります。こうした表示制度の標準化は、一般消費者の選択を支えるだけでなく、前述の学校や病院等の公共調達における「持続可能な食材選択」の明確な判断基準としても機能し、社会全体の食環境の底上げに寄与します。
これらの制度的アプローチを効果的に進めるためには、各産業や個々人が「食生活と地球環境の結びつき」を的確に理解するための、きめ細やかな社会対話(リスクコミュニケーション)を両輪で進めていくことが重要です。制度整備と社会的理解の醸成を両輪で進めることで、スムーズな移行が可能となります。
結び
プラネタリーヘルスダイエットを通した食料システムの転換は、環境と人々の健康を同時に実現するための有効な手段です。そして、その社会実装には、生産者、流通、消費者を支える制度設計が不可欠であり、学校給食のみならず病院食や介護施設での食事といった公的保険制度下の食サービスも含めて、食料システムを考える上でプラネタリーヘルス及びプラネタリーヘルスダイエットの視点を組み込むことで、社会全体でプラネタリーヘルスダイエットを「選びやすい」食環境を整えることができます。日本が培ってきた制度的基盤と国際的な知見を活かし、持続可能な食料システムへの転換を着実に進めることが求められます。その実現には、管理栄養士などをはじめとする専門職の知見と実践も欠かせません。
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【執筆者のご紹介】
菅原 丈二(日本医療政策機構 副事務局長)
ケイヒル エリ(日本医療政策機構 アソシエイト)
コ ゲール(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
美平 真声(日本医療政策機構 インターン)
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