【HGPI政策コラム】(No.4)-認知症政策チームより-
はじめに
前回のコラム では、国際会議の報告のほか、カナダの最新の国家戦略について紹介しました。また、まとめ部分では政策研究において国際比較をする意味について考えました。
ここからは、2019年6月に国会へ提出された認知症基本法案について考えます。最近の日本の認知症政策については、専ら2019年6月に公表された認知症施策推進大綱が各種報道や記事で取り上げられていますが、今後の日本の認知症政策理念を位置づけるこの認知症基本法案も決して見逃すことはできません。日本医療政策機構では、この認知症基本法案に向けて、国会内での認知症に関する関心を高める目的から、2018年より「認知症国会勉強会」 の開催をコーディネートしてまいりました。
今回・そして次回のコラムでは、一連の認知症施策推進大綱と認知症基本法案について概要を整理したのち、これらをもとに計画し、実行的な取り組みを行う地方自治体にフォーカスをあて、地方自治の観点から、認知症基本法案成立後の社会の行方と私たちが取り組むべきことについて考えます。
認知症施策推進大綱と認知症基本法について
認知症施策推進大綱~第3の戦略~とは
2019年は、新しい元号「令和」のはじまりという大きな節目になりましたが、日本の認知症政策にとってもエポックメイキングな年となったことは間違いありません。2019年6月18日に、政府の認知症施策推進関係閣僚会議が「認知症施策推進大綱」を取りまとめました。この「大綱」は、2012年の「認知症施策推進5ヵ年計画」(通称:オレンジプラン)、そして2015年の「認知症施策推進総合戦略」(通称:新オレンジプラン)に続く、日本の認知症政策における3つ目の戦略です。
認知症施策推進大綱では、「『共生』と『予防』を車の両輪として施策を推進」することを「基本的考え方」と位置付け、その下に「1:普及啓発・本人発信支援」「2:予防」「3:医療・ケア・介護サービス・介護者への支援」「4:認知症バリアフリーの推進・若年性認知症の人への支援・社会参加支援」「5:研究開発・産業促進・国際展開」の各柱に基づく事業が展開され、そして全体を貫く軸として「認知症の人や家族の視点の重視」が掲げられています。
今回の大綱がこれまでのオレンジプラン、新オレンジプランと異なる点は、厚生労働省や関係省庁ではなく、日本政府として策定したことです。策定元となった、認知症施策推進関係閣僚会議は、これまでの厚生労働省を中心とした医療・介護・福祉を軸として認知症施策を議論してきた枠組みから、さらにスケールアップし、政府が一体となり、医療・介護以外の生活に関係しうる幅広い関係者の参画・連携を目指して、2018年12月に設置されました。これについては、2014年12月に日本医療政策機構の代表理事である黒川が、内閣官房健康・医療戦略室健康・医療戦略参与として「認知症関係閣僚会議(仮称)及び有識者会合の設置」を提言しており、当機構としても兼ねてから重要な方向性であると考えてきました。
世間の注目を浴びた認知症施策推進大綱“案“、なぜ批判されたのか
当初2019年5月に公表された「大綱“案”」の段階では、基本的な考え方は「予防と共生」とされていました。本コラムの第2回でも扱ったように、認知症政策においては、まず何よりも認知症の人やその介護者の権利・尊厳が守られることが大切です。そして「認知症になっても暮らしやすい社会の実現」が重要とされる中で、「予防」が前面に押し出されることは、認知症の人とそうでない人を区分してしまう恐れがあり、公表時から疑問の声が上がっていました。私も大綱案の公表直後に、ある報道番組にコメンテーターとして出演したのですが、「予防と共生」という言葉を繰り返し声に出す中で、違和感を覚えました。上述の通り、その後「共生と予防」という語順に修正され、改めて政策における言葉の大切さを感じる場面でもありました。
また「70歳代での認知症の発症を今後10年間で1歳遅らせる」という数値目標(KPI: Key Performance Indicators)が掲げられたことに対しても、その実現可能性の根拠となるエビデンスもなく、メディアでの報道を中心に大きな話題を集めました。その後こちらも、KPIから「参考値」に変更され、最終的な策定に至りました。
当初案では「予防」が前面に出されましたが、最終的には認知症の本人や家族などを中心とした市民社会側からの要望もあり、「共生」を軸とした内容に変更されました。認知症施策推進大綱の具体的な内容については、今後改めて取り上げたいと考えています。
認知症基本法案
そして、時を同じくして、2019年6月20日に認知症基本法案が、自民党・公明党の与党の有志議員による議員立法として衆議院に提出されました。なお、通常国会は2019年6月26日に閉会したため、継続審査となり2019年10月に召集された臨時国会で再び審議される予定となっています。そのため現時点では、認知症基本法「案」と表記しています。
続いて、認知症基本法案の構成です。法案は下記の5つの章から構成されています。
第一章 総則
この章では、法律の目的(→認知症の予防等を推進しながら、認知症の人が尊厳を保持しつつ社会の一員として尊重される社会の実現を図る)や認知症の定義、法律の基本理念、そして毎年9月21日を「認知症の日」とすることなど、法律の全体像などが記されています。
第二章 認知症施策推進基本計画等
この章では、政府による認知症施策推進基本計画の策定義務や、都道府県・市町村(特別区を含む)による認知症施策推進計画の策定努力義務について記載されています。また、いずれの策定においても、当事者・家族等からの意見聴取が求められることや、地方自治体による計画策定においては、地域福祉支援計画・介護保険事業支援計画等との内容に齟齬のないものとすることが求められています。
第三章 基本的施策
この章では、認知症基本法として想定する認知症施策が下記の通りまとめられており、表現などに相違はありますが、概ね上述した認知症施策推進基本計画の各項目と調和のとれたものになっています。
1. 認知症に関する教育の推進等
2. 認知症の人の生活におけるバリアフリー化の推進等
3. 認知症の人の社会参加の機会の確保
4. 認知症の予防等
5. 保健医療サービス・福祉サービスの提供体制の整備等
6. 相談体制の整備等
7. 研究開発の推進等
8. 認知症施策の策定に必要な調査の実施
9. 多様な主体の連携等
10. 国際協力
第四章 認知症施策推進本部
この章では、政府の認知症施策推進体制について規定しています。内閣総理大臣を本部長とした認知症施策推進本部を設置し、副本部長には、内閣官房長官のほか、健康・医療戦略担当大臣および厚生労働大臣が就き、本部員はその他すべての国務大臣が就くとしています。
附則
「附則」においては、認知症基本法成立後、法律の公布日から起算して6か月以内に施行されることや、施行後5年を目途として認知症施策推進本部の設置の在り方を含めた再検討が行われることが記されています。
法案を通じて、これまで厚生労働省を中心として推進されていた認知症施策が、まさに省庁横断的な政策課題として位置づけられたという変化を感じることができます。これまでは医療・介護・福祉の枠組みで語られることが多かった認知症ですが、今後ますます、それらの枠を超えたマルチステークホルダーによる議論、そして連携が求められる時代に突入していきます。
次回は、この認知症基本法案成立後、認知症共生社会のベースとなる地方自治体がどのような動きをするのか、そして私たちが取り組むべきことは何かについて考えます。
【執筆者のご紹介】
栗田 駿一郎(日本医療政策機構 シニアアソシエイト/認知症未来共創ハブ 運営委員)
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