【開催報告】第61回特別朝食会「全日病会長が語る日本の医療の展望と課題」(2026年3月26日)
日付:2026年5月1日
タグ: 特別朝食会
この度、神野正博氏(公益社団法人全日本病院協会 会長)をお招きし、第61回特別朝食会を開催いたしました。
本会合では、自身も病院経営者であり、全国の病院を牽引してこられた神野氏に、人口急減社会における医療提供体制の再構築、DXによる生産性向上、そして「病院」から「健院」への転換についてご講演いただきました。
<講演のポイント>
- 日本の医療提供体制は人口構造変化に伴い医療需要および医療提供体制の変化に加え、経営課題や地政学リスクなど複数の課題に直面しており、“いかに少ない人数と負担で質の高い医療を提供するか”が経営の前提条件となっている。
- 超高齢社会に突入していく中で、病院は治療、生活支援、地域包括ケアを中心に再編し、進化していくことが求められる。DXやAI活用は、情報共有や施設ごとの連携を強化し、医療の質を支える鍵となる。
- 病院におけるDXでは、業務の再設計(Redesign)、削減(Reduction)、そして職域を越えたリスキリング(Reskilling)に取り組むことで、限られた人材でも労働時間の削減と高い質の医療の維持を両立できる体制構築が可能となる。
- 超高齢社会における医療機関の役割は、従来の病を治す場所としての“病”院にとどまらない。DXやAIを活用し、地域ビジネスによる生活支援といった“商助”とも連携した地域包括エコシステムを構築することで、医療・健康・生活に継続的に関与する健康づくりの拠点である“健”院へと進化していくことが求められている。
■日本の医療提供体制が直面する複合課題
超高齢化社会に突入するなかで、日本の医療提供体制は過去の成功にとらわれない変化が求められている。2040年に向けて85歳以上人口の増加が大きな懸念となっており、その要介護認定率は6割に上る。要介護認定を受けた高齢者は一人で外に出たり動いたりすることが困難になる。そのため、一人で生活している場合、自宅等で怪我や容体の急変があった際にも自力では病院へ向かうことができず、救急搬送が必要になることや、定期通院が困難となり、在宅医療に頼ることが多い。一方で、生産年齢人口は減少に向かい、医療・介護従事者の不足が深刻化していく。さらに、医療機関は物価・賃金上昇や昨今の円安など経営環境の変化や、原油価格などに影響を与える地政学的課題とも無関係ではない。こうした医療需要の複雑化が進む中で、いかに少ない人数と負担で高い質の医療を提供するかは病院経営において前提条件となっている。医療DXは健康寿命延伸だけではなく、生産性向上による働き方改革や健康経営にとっても必要不可欠となっている。
■変わりゆく医療ニーズに合わせた医療提供体制の再編
今後急増する外出・通院困難層に対応するため、医療提供体制は抜本的な再編を求められている。地方を中心に移動手段の不足が救急搬送への負担を助長する中、目指すべきは、各医療機関が独自の機能を研ぎ澄ませながらも、地域全体として隙間なく患者を支える構造である。救急搬送を受け入れる急性期拠点病院をはじめとして、高度な治療を必要とする患者を上り搬送する急性期病院のほか、安定後の下り搬送先としての地域密着型病院・地域包括ケア病棟、慢性期病棟、介護施設等といった救急医療体制の整理が求められる。また、安定後に自宅に戻る患者を対象とした往診・訪問看護や、慢性疾患のケアを目的とした日常医療を支える送迎・訪問診療および訪問看護・オンライン診療といった取り組みも重要度が増している。そして、機能分化された医療提供体制において、円滑にケアを提供するためには、地域におけるネットワーク連携やパーソナルヘルスレコード(PHR: Personal Health Record)による情報共有の基盤整備が不可欠である。また、こうした地域ごとの包括的な医療サービス提供には一定の人口が必要となり、地方の過疎地では集住が必要となってくる。
■医療の質を支えるDX
これまで、医療機関におけるDXは各病院の現場で取り組まれてきただけではなく、国の戦略としても策定され、実装に向けた検討が進められている。しかしながら、国の進めるDXは行政・財政効率化が主眼となっており、病院経営において、国のスキームに参加するだけではDX推進は十分とはいえない。医療機関におけるDXは医療の質、患者の安全、チーム連携、業務効率・生産性向上や働き方改革が目的となる。こうした変革の実現のためには、業務を見直すRedesign、業務の棚卸しによって業務削減をするReduction、そして、業務の拡大とキャリアチェンジを進めるReskillingが求められる。特に、病院にとって、外部からICT人材を確保することは厳しく、医療機関の内部でICT業務を担うことができる人材を育成するReskillingが求められている。恵寿総合病院では、看護師や放射線技師、理学療法士がICTスキルを学び、現在ではデータセンター専任として勤務するキャリアチェンジを実現している。
令和8年度診療報酬改定では、(1)見守りの効率化、(2)記録業務の負担軽減、(3)リアルタイム情報共有の三点におけるICT活用により、看護職員の配置基準を最大一割減らすことが可能となる特例が新設される。これにより、例えば看護師の移動・記録時間の大幅削減や心理的負担の軽減が見込まれ、人材不足の時代に見合った適切な人員配置を目指すことができる。
■事例共有:恵寿総合病院におけるDXの取り組みと成果
石川県七尾市に位置する社会医療法人財団董仙会恵寿総合病院では1994年から薬剤や診療材料をバーコードで管理する院内物流管理システム(SPD: Supply Processing and Distribution)を導入し、在庫業務負担削減を実施した。さらに、統合された総合電子カルテ導入により、医療・介護・診療所・福祉施設を1患者1カルテで管理するようになった。このシステムにより、患者の医療・介護・福祉の情報が統合的に管理され、情報共有が円滑に行われるようになった。希望する患者にはこの電子カルテデータ(PHR)を提供し、患者自身が保管・利用することも可能である。さらに病院では130体のロボット(RPA:Robotic Process Automation)が導入されたことで、年間12,000時間の業務削減が実現されてきた。ロボットの活用は特に看護業務において、業務削減につながってきた。また、生成AIの導入は従来、時間外に行われることの多かった書類作成時間を3分の1以下に削減し、医師と看護師の時間外労働時間は大幅に減少した。特に看護師の時間外勤務時間はDXにより月1.1時間へと削減された。また、業務用iPhoneが導入されたことにより、場所を問わない医療体制が整えられた。そのほか、待ち時間短縮につながるAI問診やAI画像診断支援、AIによる訪問看護のスケジュール管理、AIによるルートが最適化された乗り合い送迎バスの導入などが行われている。人を中心に据え、手段としてテクノロジー活用を進めるDXは医療従事者の働き方改革と医療サービスの質向上に貢献している。
また、こうしたDXの成果は、令和6年能登半島地震でも発揮された。総合電子カルテは避難先や介護施設との患者情報の共有を容易にしたほか、PHRとして各患者に共有されていることで、患者が避難先の病院で医療を受ける際の情報共有にも活用された。また、iPhoneが活用されることで病棟以外の場所での治療も可能となった。災害時の医療を継続するためにもDX推進は重要である。
■地域包括エコシステム構築に向け、「”病”院をぶっ壊せ」
超高齢社会では、DXやAI活用を通じた、生活の場と病院医療を循環させる地域包括エコシステムの構築が求められる。地域包括エコシステムでは、医療・介護・福祉・生活支援に加え、地域ビジネスとしての“商助”が連携し、情報を共有し、循環させることが重要である。こうした新たな枠組みの中で、病を治す場所としての“病”院から医療・健康・生活支援に継続的に関与する健康づくりの場所として“健”院へ、病院は機能を転換していくべきである。医療の地域包括エコシステムへの変革は、高齢化社会における人生の質に貢献していくだろう。
講演後の質疑応答では、1患者1カルテの実現、新たなパンデミックに向けた地域医療におけるサージキャパシティの確保、保険者と病院の連携によるインセンティブ設計、AIの医療活用の展望など、活発な議論が行われました。
(写真:井澤 一憲)
■プロフィール
神野 正博(公益社団法人全日本病院協会 会長)
社会医療法人財団董仙会恵寿総合病院 理事長、けいじゅヘルスケアシステム 理事長。1980年日本医科大学卒。1986年金沢大学大学院医学専攻科修了(医学博士)。金沢大学第2外科助手を経て、1992年恵寿総合病院外科科長、1993年同院院長(2008年退任)。1995年特定医療法人財団董仙会(2008年11月より社会医療法人財団に改称、2026年創立92周年)理事長に就任。2011年社会福祉法人徳充会理事長を併任。専門は消化器外科。現在、公益社団法人全日本病院協会会長、NPO法人VHJ機構理事長、日本社会医療法人協議会副会長、石川県病院協会副会長、七尾商工会議所副会頭のほか、厚生労働省社会保障審議会医療部会委員、医師養成過程を通じた医師の偏在対策等に関する検討会委員を務める。
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