【開催報告】第57回特別朝食会「地域医療の機能分化と連携:安心できる医療提供体制を目指して」(2025年3月10日)
日付:2025年5月30日
タグ: 特別朝食会

この度、森光 敬子厚生労働省医政局長(死因究明等推進本部事務局長併任)をお招きし、第57回特別朝食会を開催いたしました。
2024年7月より、女性として初めて厚生労働省医政局長に就任された森光氏に、国民が安心できる医療提供体制に向けた、地域医療の機能分化と連携についてご講演いただきました。
<講演のポイント>
- 現行の地域医療構想のもと、地域の医療機関や病床の機能分化と連携が進められており、2023年時点で病床数は119.3万床に達し、2025年度を見据えた病床数の目標をほぼ達成している。特に、医療ニーズの低い患者の在宅移行が順調に進んでいるが、病床配分には依然として課題が残る。
- 医療と介護の複合ニーズがピークになると予測される2040年に向け、厚生労働省は「新たな地域医療構想」について検討を進めてきた。検討すべき要点は高齢化に伴う救急搬送数増加と、在宅医療の需要・地域差の拡大の2つである。この課題に対応するため、高齢者特有の医療ニーズや救急搬送の実態、地域の特性を踏まえた医療体制の整備や、既存の病床機能区分の見直しなどが検討されている。
- 地域間における医師の偏在が課題として指摘されている。現在も医師の地域間での格差が拡大しており、特に人口規模の小さい地域での医師不足が懸念されている。これを是正するため、政府は医師偏在是正に向けた総合的な対策パッケージを策定し、経済的インセンティブや地域の医療機関の連携強化など、多角的なアプローチによる医師偏在対策の取り組みを進めている。
■地域医療構想とは何か
地域医療構想は、中長期的な人口構造の変化や地域ごとの医療ニーズの質や量の変化を踏まえ、医療機関の機能分化と連携を推進することで、良質かつ適切な医療を効率的に提供できる体制の構築を目的とする取り組みである。本構想は、2014年に成立した「医療介護総合確保推進法」に基づき制度化され、翌年から医療計画の一部として位置づけられた。
現行の地域医療構想は、団塊の世代が75歳以上となる2025年を見据えた高齢化の進行や、地域間の医療格差への対応を図るものである。具体的には、2025年に必要とされる病床数を、高度急性期・急性期・回復期・慢性期の4つの医療機能に分類して推計し、地域の医療関係者による協議を通じて、医療機関や病床の機能分化・連携を進めることにより、地域の実情に応じた質の高い医療提供体制の構築を目指す取り組みである。
現行の地域医療構想は、社会保障制度改革国民会議報告書(2013年8月6日)に基づき進められてきた。「社会保障制度改革国民会議」は、日本の社会保障制度の将来像を検討するために設置された政府の有識者会議で、2012年8月に成立した「社会保障制度改革推進法」に基づき、同年11月に発足し、2013年8月まで活動した。その活動の中はで、少子高齢化や財政赤字の拡大といった課題に対応し、年金、医療、介護、少子化対策などの持続可能な制度改革を議論し、最終報告書では、「社会保障と税の一体改革」の基盤を築いた。この報告書では、団塊の世代が75歳を迎える2025年を見据え、医療需要と病床の推計を行い、地域毎に機能分化した病床機能に適した設備・人員体制を確保していくことが重要であると提言されている。また、必要とされる医療体制は地域によって異なるため、それぞれの地域で医療・介護の在り方を考えていく「ご当地医療」の必要性が示された。
政府は、地域の実情に応じた医療構想の推進を支援するため、自治体に対し、財政的・制度的な支援策を講じてきた。例えば、2014年度から、消費税の増収分を活用して「地域医療介護総合確保基金」という仕組みが各都道府県に設けられ、国による財政支援が行われている。各都道府県は、自らの地域の実情に応じた「都道府県計画」を策定し、その計画に基づいて医療や介護に関する事業を実施できる。
■現行の地域医療構想の評価
現行の地域医療構想は、病床の機能分化・連携を進めない場合、高齢化の進行により2025年時点で約152万床の病床が必要となると推計していた。この推計に対し、同構想は、一般病床のC3基準未満の患者(医療資源投入が比較的少なくて済む患者)を在宅医療などの医療需要に振り分けること、療養病床の医療区分1の患者(医療の必要度が最も低いと判断される患者)のうち70%を在宅医療等の医療需要に振り分けること、さらに療養病床の入院受療率の地域差を解消する取り組みを進めることで、必要病床数を約119万床に抑えることを目標としている。
2023年の病床機能報告によると、2023年時点の病床数は119.3万床であり、地域医療構想の全体の目標はほぼ達成されていることが明らかになった。その内訳をみると、一般病床のC3基準未満の患者に係る病床数は11.8万床から4.3万床に減少(64%減)、療養病床の医療区分1の患者に係る病床数は12.5万床から3.0万床に減少(76%減)、医療区分1以外の慢性期病床の減少は目標の11.9万床に近い11.3万床の減床の減少が見られた。このように、医療ニーズの低い患者の在宅移行が順調に進んでいる一方で、2023年時点の高度急性期・急性期・回復期・慢性期の病床配分には依然として課題が残っている。特に、急性期病床の分布が大きく、当初の推計と異なる状況が見られる。
■2040年に向けた「新たな地域医療構想」
背景
現行の地域医療構想は2025年までの取り組みであることから、2040年を見据えた「新たな地域医療構想」についての検討会が、厚生労働省により2024年3月から開催され、同年12月にとりまとめが行われた。
2040年には85歳以上の人口が1,000万人を超え、医療と介護の複合的なニーズがピークを迎えると予測されている。このような予測を踏まえ、「新たな地域医療構想」では、病院機能にとどまらず、かかりつけ医機能や在宅医療、医療・介護の連携など、地域における医療提供体制全体を視野に入れた構想が求められている。
検討すべき要点
このような背景を踏まえ、2040年に向けた「新しい地域医療構想」を検討するにあたり重視すべき要点は、2つある。第一に、高齢者の救急搬送数およびその割合の増加である。2020年から2040年にかけて、75歳以上の救急搬送数は36%、85歳以上に限ると75%増加すると見込まれている。現在も救急搬送の受け入れ先の確保が困難な状況であり、今後さらに厳しくなることが見込まれる。救急搬送された患者の重症度に注目すると、15歳〜65歳と、65歳以上とでは傾向が大きく異なり、高齢者では比較的軽症・中等症での搬送が増加している点が特徴的である。さらに、さらに、高齢者の急性期入院の主な原因や必要とされる医療サービスは他の年代とは大きく異なる。このような高齢者特有の医療ニーズや救急搬送の実態を踏まえたうえで、今後の医療提供体制を検討する必要がある。
検討すべきポイントの2つ目が、在宅医療への需要の増加と、その地域差である。2020年から2040年にかけて、75歳以上の訪問診療需要は43%、85歳以上では62%の増加が見込まれており、在宅医療体制の早急な整備が求められている。近年、診療所においては在宅医療体制の整備が進んでいる一方で、病院における在宅訪問診療体制の整備は十分とは言えない状況にある。
また、地域別に見ると、2040年までに在宅医療需要が50%以上増加すると予測される二次医療圏は66にのぼる一方で、人口規模の小さい地域を中心に、需要の減少が予測される医療圏も23存在する。このように在宅医療の需要には地域差が大きく、地域の特性を踏まえた体制整備が不可欠である。
病床機能と病院機能報告
病床機能は当初、高度急性期、急性期、回復期、慢性期の4つに分類されていた。2014年度には、地域包括ケアシステムの一翼を担う病棟として、急性期治療後に病状が安定した患者が住み慣れた地域で療養できるよう支援する「地域包括ケア病棟」が診療報酬上の病棟類型に加わった。さらに2024年度からは、高齢者の救急搬送数の増加、特に軽症・中等症患者の増加を背景に、高齢者の早期リハビリテーションや在宅復帰を包括的に支援する「地域包括医療病棟」も新たに類型に加えられている。
一方で、現在の病床機能の分類は、基本的に若い世代の疾患経過を前提として構築されており、85歳以上の高齢者の入退院の流れや多様な医療ニーズに十分対応しきれていないという課題が指摘されている。
このような課題に対し、2040年に向けて増加する高齢者救急等の受け皿として、病床機能区分の「回復期機能」を急性期の機能の1部と回復期の機能をあわせもつ「包括期機能」として位置づけることが提案されている。さらに、「新たな地域医療構想」では、病床機能報告に加え、各医療機関に、「医療機関機能」の報告を求める方向が、政府の検討会で議論されている。具体的に、医療機関機能には、高齢者の救急受け入れや、在宅医療の連携機能、急性期の拠点機能、専門医機能などが含まれることが想定されている。医療機関機能報告を導入することにより、地域ごとの医療機関の役割分担を明確化し、医療機関の連携・再編・集約化を推進することを目指している。
■医師の偏在対策
背景
2024年度時点の医師需給推計によれば、2029年には全国の医師数がほぼ需要と均衡すると予測されている。しかし、地域間における医師の偏在が課題として指摘されている。診療所の数は、人口規模の小さい二次医療圏では減少し、大きい医療圏では増加しており、医療圏ごとの格差が拡大している。さらに、診療所の医師の高齢化が進んでいるうえ、人口規模の小さい地域で新規診療所の開業が難しいと予測されることから、そのような地域での将来的な医師不足の深刻化が懸念される。
現在の医師偏在対策とその効果
現在の医師の偏在対策は主に、医師養成過程における取組と、各都道府県のへの取り組み、医師の働き方改革を柱として進められてきた。具体的に、医師養成過程における取組では、大学医学部に、地域枠(特定の地域や診療科で診療を行うことを条件とした選抜枠)を設けたり、各都道府県の臨床研修の定員を、医師少数地域に配慮した定員設定にしたりすることで、地域偏在の是正を試みている。この取り組みの結果、2024年時点で、地域枠で養成された医師は約9400人に達している。また、都道府県ごとに、医師偏在の状況を把握し、必要な医師数を設定する「医師確保計画」を立て、それに基づき具体的な施策を講じている。しかし、医師の偏在は依然として解消されていない。
医師偏在是正に向けた総合的な対策パッケージ
厚生労働省は2024年12月25日、医師の地域偏在を是正するため、「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」を策定した。総合的な対策パッケージは、3つの基本的な考え方に基づいている。1つ目は、医師偏在の是正は一つの取組だけでは達成できないという認識に基づき、「医師確保計画に基づく取組を進めつつ、経済的インセンティブ、地域医療機関の支え合いの仕組み、医師養成過程を通じた取組などを組み合わせた総合的な対策を実施する」というものである。2つ目は、「医師の価値観やキャリアパスを踏まえ、医師の勤務・生活環境や柔軟な働き方に配慮しつつ、中堅・シニア世代を含む全ての世代の医師にアプローチする」こと。最後に、3つ目は、「医師偏在指標だけでなく、可住地面積あたりの医師数やアクセス等、地域の実情を考慮し、支援が必要な地域を明確にした上で、従来のへき地対策を超えた取り組みを実施すること」である。
これらの基本的な考え方に基づき、政府は、医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージにおける具体的な取り組みを5つ示している。(表1)。本講演では、2つの取り組み分野について取り上げられた。1つ目は、医師確保計画の実効性の確保である。具体的には、医師が偏在している地域を重点支援区域として設定し、その地域に対する偏在是正策を優先的かつ集中的に進める取り組みである。さらに、政府は都道府県に対し、支援地域での医師偏在是正プランの策定を求めている。2つ目は、地域の医療機関の支え合いの仕組みである。具体的には、医師少数区域等での勤務経験を求める、管理者要件の対象医療機関を拡大する予定である。現在、厚生労働省では、医師少数区域等に一定期間(6ヵ月以上)勤務し、その期間で、当該地域における医療の提供のために必要な業務を行った医師を評価する制度を設け、その経験を対象の医療機関の管理者の要件としている。医師偏在パッケージでは、今後、この管理者要件を採用する対象医療機関を拡大するとともに、6ヵ月の勤務経験を1年に延長することとしている。さらに、外来医師多数区域における、新規開業希望者への、地域に必要な医療機能の要請も併せて進める方針である。具体的には、都道府県は、外来医師多数区域において、新規開業希望者に対し開業6ヶ月前に提供予定の医療機能等を記載した届出を提出してもらい、地域の外来医療に関する協議への参加を求めることができる。そのうえで、都道府県は、地域で不足している医療の提供を要請できることとされている。
このように、医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージを通じて、地域ごとの人口構造の急激な変化に対応し、将来にわたって必要な医療提供体制を確保するための取り組みが進められている。
(表1)医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージの具体的取り組み
取組の分野 | 具体的な取組内容 |
1. 医師確保計画の実効性の確保 | ①重点医師偏在対策支援区域 |
② 医師偏在是正プラン | |
2. 地域の医療機関の支え合いの仕組み | ① 医師少数区域等での勤務経験を求める管理者要件の対象医療機関の拡大等 |
② 外来医師過多区域における新規開業希望者への地域で必要な医療機能の要請等 | |
③ 保険医療機関の管理者要件 | |
3. 地域偏在対策にける経済的インセンティブ等 | ① 経済的インセンティブ |
② 全国的なマッチング機能の支援 | |
③ リカレント教育の支援 | |
④ 都道府県と大学病院等との連携パートナーシップ協定 | |
4. 医師養成過程を通じた取組 | ① 医学部定員・地域枠 |
② 臨床研修 | |
5. 診療科偏在の是正に向けた取組 |
講演後の会場との質疑応答では、2次医療圏の見直しの可能性、医師偏在対策の具体的な取り組みに対する提案(地域枠の増加や、若手医師の地方での研修制度など)、性別にかかわらず活躍できる医師の働き方改革について、活発な議論が行われました。
(写真:井澤 一憲)
■プロフィール
森光 敬子(厚生労働省 医政局長)
1992年佐賀医科大学卒業後、厚生省入省。環境庁企画調整局保健業務課、文部省体育局学校健康教育課、埼玉県保健医療部健康づくり支援課、厚生労働省保険局医療課課長補佐、医政局研究開発振興課長を経て、2018年、女性として初めて保険局医療課長に就任。2020年環境省大臣官房審議官兼国立水俣病総合研究センター長、2022年厚生労働省大臣官房審議官 (医療介護連携、データヘルス改革担当)(医政局、老健局併任)、2023年厚生労働省大臣官房危機管理・医務技術総括審議官 (保険局併任)を経て、2024年、女性として初めて厚生労働省医政局長に就任。
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