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【開催報告】第54回特別朝食会「今後の厚生行政について」(2024年6月28日)

【開催報告】第54回特別朝食会「今後の厚生行政について」(2024年6月28日)

この度、武見 敬三氏(参議院議員/厚生労働大臣)をお招きし、第54回特別朝食会を開催いたしました。

2023年9月から厚生労働大臣を務められている武見氏に、今後の厚生行政についてご講演いただきました。


<講演のポイント>

  • 少子高齢化・人口減少時代において、厚生労働行政は歴史的な転換期にある。
  • 社会・経済の活力が、国内・海外に広く行き渡るシステムを構築し、未来型デジタル健康活躍社会を実現することが求められている。
  • そのためには、医療DXやイノベーションの推進、健康危機管理研究機構(JIHS: Japan Institute for Health Security)や「UHCナレッジハブ」を通じた国際連携が重要である。


■日本の保健医療分野のこれから

日本の生産労働人口は2030年から急速に減少し始め、2040年には高齢者人口がピークを迎える。その後、高齢者人口は減少に転じ、日本の人口が急減する。国際社会において先頭グループを維持できるような社会・経済を如何にして再構築するかが、最大のテーマである。

医療制度改革の一丁目一番地が医療・介護DXの推進であることは明白である。その上で、全世代型の社会保障制度を、持続可能かつイノベーションを吸収できる形で再構築することが求められる。医学・医療の進歩はコストが極めて高く、現在の保健診療における医療財源の枠組みの中で全てをカバーすることが難しい。新たな医療財源を確保し、科学の進歩を医療保険にどう取り込むかという考え方が必要である。保健・医療・介護を改めて産業政策の適用対象に位置づけ、厚生労働省としてポテンシャルを引き出す政策を展開しなければならない。

また、一連の政策転換は、いずれも国際的な文脈で考える必要がある。人材・資本・技術を国際的に連携して産業政策を展開しなければ、日本企業だけで解決しようという極めて偏狭なナショナリズムになりかねない。保健・医療・介護の産業政策と国際連携によりイノベーションが確実に進展し、日本の社会・経済を確実に復活させ、未来型のデジタル健康活躍社会を作ろうという構図である。

 

■未来型のデジタル健康活躍社会の実現に向けて

2050年に世界の65歳以上の人口の7割弱はアジアに居住することになる。アジアの国々では、高齢化による疾病構造の変化に対応できない国々が多く出現し、不適切な健康格差の拡大が起きる。日本はアジアにおける最先端の高齢者社会であり、知見が官民学に蓄積されている。これらの知見を加工・活用し、政府は政府開発援助(ODA: Official Development Assistance)のようなツール、民間は市場のメカニズムを通じて相互連携を取り、戦略的にアジア諸国の健康格差を適切に抑止できるよう貢献しなければならない。

また、国際戦略と国内戦略が極めて緊密に連携する必要がある。例えば、日本で不足している介護人材をアジア各国から調達し、日本での労働経験を積んだ人材をその後、母国で幹部社員として登用することで、労働力の循環が可能な産業展開を進めることができる。

そして、国際社会の中で、日本が正しく、大きく貢献しようとしている旨を示さなければならない。日本は直近20年間程度、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC: Universal Health Coverage)において国際社会を主導している。2008年のG8洞爺湖サミットで、保健システムの強化を初めて主要政策課題として取り上げた。以後、人材・情報・財政を主要な3要素として位置づけ、その上で、UHCが保健システムアプローチの目的となるべきとの考えの下、国際社会に積極的に働きかけている。安倍政権時代には、世界保健機関(WHO: World Health Organization)事務局長、世界銀行総裁、国連児童基金(UNICEF: United Nations Children’s Fund)事務局長といったリーダー達が、日本主導の下で国連総会の前に一堂に会し、UHCの重要性を確認するという国際会議を2年続けて開催した。結果として、持続可能な開発目標(SDGs: Sustainable Development Goals)でもUHCが取り上げられている。

現在、「すべての人が、適切な健康増進、予防、治療、機能回復に関するサービスを、支払い可能な費用で受けられる」というUHCの定義を達成するためには、ファイナンスに優先順位を置く関心が高まっている。2019年に開催されたG20大阪サミットにおいて歴史的な財務大臣・保健大臣合同会議が開催され共同声明がまとめられている。2023年のG7広島サミットの首脳宣言などをもとに、世界銀行とWHOが連携し、低中所得国の保健財政の専門家を集め、「UHCファイナンスのための知識(Knowledge for UHC Finance)」を学ぶための2週間の研修を年4回実施できないか検討している。加えて、年1回、招待制のUHCハイレベルフォーラムを日本が主催し、主要なステークホルダーの代表者を東京に集め、UHC推進の方向性を議論・確認する。このようにしてUHCの推進力を日本が作り上げたいと考えている。こうした役割を通じて、インド太平洋における健康戦略などが、正統性(Legitimacy)をしっかり持った形で展開されることにより、日本が果たす国際保健における役割をより明確にしていきたい。

 

■国内戦略
医療・介護DXの更なる推進

現在の電子カルテ情報システムは各医療機関のテーラーメイドであるため、横連携できず、コロナ禍における状況判断では大きなハンディキャップとなってしまった。これを改善するため、医療情報(いわゆる「3文書6情報」)の一次利活用に関わる全国的なプラットフォームを設ける。プラットフォームに接続するアプリケーションを政府が2024年度中に開発し、2025年度から各医療機関に配布、2026年度からアプリケーションを通じて診療報酬(レセプト)の申請もできるという工程表を策定した。

マイナ保険証も必要である。医療機関でマイナンバーカードを顔認証の機械にカードを入れ、「同意する」をクリックすれば、直ちにそこでマイナンバーカードはマイナ保険証になる。保険証にしておくことで、救急搬送時には救急救命士が救急車の中に積んである機械を通じてカードを読み取り、病院到着前に既往症や処方情報を把握でき、病院側はより迅速な対応が可能となる。

イノベーションを健康づくり・治療に活かす環境整備

最早この電子カルテを超えるウェアラブルデバイスが、今後急速に普及すると考えられる。既に多くの項目を検診でき、生成AIを通じて異常数値を検知すると、直ちに本人とかかりつけ医・医療機関に知らされ、初期診断をより迅速に行うことができる。高齢者の場合、認知症の深夜徘徊でもウェアラブルデバイスで見守ることができ、確実に少ない人数で介護サービスの提供もできる。まずは富裕層にウェアラブルデバイスを自己負担で購入いただき、登録済みの医師や医療機関に対しては、保険診療での一定の加算により、24時間健康管理でサポートするしくみを作ることも可能である。

また、医学・医療の進歩をより積極的に取り入れるためには、新たなしくみの導入が必要である。選定療養や様々な個人負担にある療養制度を活用しながら、進歩の果実を先進的に活用し、保健医療と結びつけたシステムを作る。そして、ウェアラブルデバイスなどが大量に生産されることになれば確実にコストを抑えられるようになり、保険診療の適応対象にも組み込むことができるかもしれない。同じ時期だけで平等か否かの判断をするのではなく、時間軸を設けて、確実に進歩の果実が1人でも多くの方々にきちんと公平に行き渡るという考え方で新しい制度の設計をしていくことが必要である。

イノベーションの国際展開

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な感染拡大(パンデミック)では、国内の医薬品メーカーがmRNAタイプのワクチンの開発で遅れをとってしまった。ワクチンのみならず、経口薬やその他の医薬品に関しても、日本の創薬基盤や完成された医薬品の世界におけるマーケットシェアは衰退し始めている。アメリカでは、アカデミアの研究開発から、大量の資金が必要なヒト初回投与(FIH: First in Human)試験、治験、政府の許認可、大量生産設備の確保までが全て繋がっている。米国の企業がmRNAワクチンを開発した際も、ドイツの企業と連携し、国境を越えて新しい医薬品が開発された。それがもはや当然の時代である。

日本は、まずは潜在力の高いアカデミアを対象として、特定の創薬と結び付いた研究開発能力をアカデミアの中でターゲットを決めて発展させるべきであり、このような創薬基盤強化を主導する「創薬基盤強化機構(仮称)」のような組織が必要である。当該組織が政府・民間合わせて1兆円規模で資金を調達し、通常であれば資金調達が困難な創薬初期段階から投資し、創薬のための科学者、いわゆるアクセラレーター(Accelerator)がアカデミアと共に研究開発をしていくことで、より創薬開発能力が強化されるしくみを作りたい。アクセラレーターは海外から招聘し、技術開発を支援していただく。投資に協力する方々には優先交渉権を保証し、創薬と関係性の深い物質(シーズ)の開発があれば高値で購入いただき、知的所有権にかかわる法律上の整備もきちんとした上で、持続可能な形で財源を確保しつつ投資していくべき。アカデミアは神聖なもので、利害関係者と緊密になって学者が儲けることはけしからんという文化があった。そのような文化は捨て、優れた学者は製薬企業とも連携をしながら開発していただく。知的所有権についても確保する体制を整え、資金を稼いでいただけるしくみを、今デザインしている。

医療提供体制の改革(医師偏在対策など)

海外からの患者(インバウンド患者)への対応も重要課題である。2023年には2000人以上の方々が医療ビザを取って日本で治療をされた。ほとんどの方が入院治療であり、医療サービスがある意味で浸食されている。今後の病床管理のしかたとして、国外の患者や自由診療の患者に関しては、別枠で規制し、国内の医療体制と共存するしくみが必要。インバウンド専門の病院を作り、海外(アウトバウンド)で展開している企業も経営に参画し連携することで、産業政策として医療サービスを展開し、諸外国との健康格差の是正に貢献すると同時に、臨床技術の移転も行えるしくみを作っていきたい。それぞれの国の医療制度、地域ごとの医療従事者と緊密に連携することが成功の秘訣であり、このような連携の中心は医師である。日本の医学部には260人程度の留学生がいるが、各国の医師志望者を上手に選考し、奨学金を与え、日本で医師の資格を取っていただく方々を増やしたい。最終的には、日本の国家試験も英語受験が可能とすることも想定される。「日本版CDC(Centers for Disease Control and Prevention)」こと「健康危機管理研究機構(JIHS: Japan Institute for Health Security)の基幹言語は英語である。危機管理には国外との連携が不可欠であり、英語でなければ連携が出来ない。

医師偏在対策について、2024年の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」では、管理者要件の大幅拡大が明確に書き込まれた。病院院長の要件として、プライマリーヘルスケアに関わる研修を受けた上で、過疎地で最低1年は医師として従事いただく。大学や市民病院が中心となって都道府県ごとに医師をプールすることで、医師不足地域での医師確保がより確実にできるような制度設計を目指す。

 

■国外戦略
世界の感染症対策を牽引する、感染症危機管理体制の構築

2025年の4月1日にJIHSが創設される。骨格になる動向調査(サーベイランス)システムの構築には、各都道府県の地方衛生研究所・保健所との連携が不可欠であるものの、危機管理におけるトップダウンの一貫した指揮命令系統まではできていない。平時から都道府県と協議し、有事において直ちに一貫した指揮命令系統のもとで情報共有できるシステムが必要である。JIHSの理事会メンバーには各知事会・市町村の代表にも入っていただき、必要な人材が国内にいない場合は、海外からの招聘も検討している。秋ごろには(JIHSの)理事長の人事も決まり、具体的に組織編成が行われる。

世界の安定と平和の礎を構築するために途上国の健康医療政策を支援する「UHCナレッジハブ」の日本設置

2023年広島サミットの成果文書に「この目的のため、我々は、UHC行動アジェンダに関するG7グローバル・プランを承認し、関連する国際機関を支援し、財政、知見の管理、人材を含むUHCに関する世界的なハブ機能の重要性に留意する。(To this end, we endorse the “G7 Global Plan for UHC Action Agenda” and note the importance of a global hub function, in support of relevant international organizations, including for financing, knowledge management, and human resources on UHC.)」という用語が入った。この、G7各国との合意事項を進めるために、世界銀行とWHOが連携し、重層的に国際的なガバナンスの構造を作り、低中所得国における保健医療システムの財政基盤の拡大を目指す。そのための人材育成と一定のシンクタンク機能を作り、定期的に指導者が議論できる場所を提供することで、UHCを達成するための推進力となる。

途上国の健康医療政策支援において、日本には大きな比較優位性がある。政府はこれらの知見を戦略的に活用し、新しい産業政策としての保健・医療・介護を行う方針である。保健・医療・介護を通じて、日本の社会・経済の活力を再度作り上げ、国際社会における健康格差是正に大きく貢献し、国として発展させていきたい。

 


講演後の会場との質疑応答では、創薬イノベーション、感染症の動向調査(サーベイランス)、医師偏在の是正、財源の確保や人材育成について、活発な意見交換が行われました。

(写真:井澤 一憲)


■プロフィール

武見 敬三(参議院議員/厚生労働大臣)

1951年11月5日東京都港区生まれ。1974年慶應義塾大学法学部政治学科卒業、1976年同大学法学研究科修士課程修了。1980年東海大学政治経済学部政治学科助手、1987年助教授、1995年教授就任。同年参議院議員に初当選。

1984年~1987年、テレビ朝日CNNデイウォッチ、モーニングショーのキャスターを務める。公務では外務政務次官、参議院外交防衛委員長、厚生労働副大臣、政務では自民党総務会長代理、参議員自民党政策審議会長を歴任。国連事務総長の下で国連制度改革委員会委員、同じく母子保健改善の為の委員会委員、世界保健機構(WHO)研究開発資金専門家委員会委員を務める。2007年~2009年までハーバード大学公衆衛生大学院研究員。2019年~2022年までWHO(世界保健機関)UHC担当親善大使。2020年にはUNDP(国連開発計画)人間の安全保障に関する特別報告書ハイレベル諮問パネルの共同議長に就任。日英21世紀委員会の日本側座長も務める。2023年には、厚生労働大臣に就任し、現在に至る。

 

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