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【開催報告】第59回特別朝食会「つなぐ技術、ひらく未来 グローバルヘルスにおける日本の可能性」(2025年8月21日)

【開催報告】第59回特別朝食会「つなぐ技術、ひらく未来 グローバルヘルスにおける日本の可能性」(2025年8月21日)

この度、フィリップ・デュヌトン氏(ユニットエイド(Unitaid) 事務局長)とトーマス・バーク氏(ヴァーユ・グローバル・ヘルス・イノベーションズ(Vayu Global Health Innovations) 創設者)をお招きし、第59回特別朝食会を開催いたしました。

今回の特別朝食会は、約10数年前から続く、ユニットエイドとのパートナーシップのもと、ユニットエイドおよびヴァーユ・グローバル・ヘルス・イノベーションズのリーダーを基調講演者としてお迎えしました。本会合は、公平な医療アクセス実現に向けた取り組みや日本との連携事例を通して、日本がグローバルヘルス分野で果たしうる役割と展望について、活発な意見交換を行う貴重な場となりました。


<講演のポイント>

  • ユニットエイドの市場形成アプローチは、医薬品等へのアクセスを劇的に改善しており、1ドルの投資が46倍の価値を生むなど、高い投資対効果を実証している。
  • 日本のユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)推進の経験と技術力はグローバルヘルスにおいて高く評価されており、特に医療用酸素供給や母子保健分野での貢献は、官民連携の成功モデルとして注目されている。
  • 現場起点のイノベーションは、産後出血や新生児呼吸窮迫といった症状に対し、安価でインパクトの大きい解決策を生み出しており、その成功には地域との協働と持続可能なビジネスプランが不可欠である。
  • 政府開発援助(ODA)の減少が懸念される中、日本のスタートアップが持つ革新的技術をグローバルな課題解決に繋げるためには、国際機関との連携がスケールアップの鍵となる。
  • 日本は政府、民間企業、市民社会が一体となり、自国の強みを活かしてグローバルヘルスへの投資を「未来への戦略的投資」と位置づけ、主導的役割を果たすことが期待される。


■ユニットエイドの活動とグローバルヘルスにおける日本の貢献

まず、ユニットエイド事務局長のフィリップ・デュヌトン氏が登壇し、ユニットエイドの活動とグローバルヘルスにおける日本の貢献について講演した。

ユニットエイドの設立とビジョン、課題のフォーカス
ユニットエイドの設立は、2000年7月に日本が議長国を務めたG8九州・沖縄サミットにおいて、感染症対策が主要議題の一つとして取り上げられたことが大きな契機となった。当時、医薬品が北半球に偏在し、それを必要とする人々が南半球にいるという状況を変えるという「イノベーションのアイデア」から、フランスのシラク大統領、アメリカのブッシュ大統領、そして日本、イギリスなどが協力して生まれた。以来、フランスをはじめとするヨーロッパ諸国、ブラジル、チリ、日本などのアジア諸国、アフリカ諸国、そして市民社会が一体となり、「人々に焦点を当てたアプローチ」を推進している。

主要な取り組みと日本の役割への期待
ユニットエイドは、HIV、結核、マラリアなどの感染症に対する医薬品や医療機器、さらに蚊帳やスプレーを含む検査・予防用品へのアクセス向上を目的とした取り組みを行っている。近年では、人口の約半数を占める女性の健康分野にも重点を置き始めており、従来の縦割り型のアプローチに加えて、より包括的な対応を模索している。また、開発された製品の導入に際しては、市場創出や価格交渉を含む戦略的な方法を採用し、イノベーションの普及促進を図っている。同機関によれば、こうした取り組みにより、2030年までに各国および支援プログラムに対して約100億米ドルの節約効果が見込まれている。

日本はグローバルヘルス分野で重要な役割を担っており、ユニットエイドの取り組みと連携しながら、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の実現に向けた努力を進めている。ユニットエイドは、低・中所得国の人々が新たな医療製品を手頃な価格で利用できるようにすることで、命を救う活動を推進している。また、革新的な治療法やツールを特定し、その普及を阻む市場障壁の解消を支援することで、最も必要とする人々に迅速に届ける役割を果たしている。こうしたイノベーションの推進において、日本はフランスと並ぶ主要パートナーとして、中心的な役割を果たしている。

日本が行っている具体的な貢献の一例として、医療用酸素をより多くの人が使えるようにするための支援が挙げられる。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行前には優先順位が高くなかったこの分野において、日本政府の追加資金を受けたユニットエイドは、世界保健機関(WHO: World Health Organization)と連携し、アフリカ各国における酸素供給体制の整備支援を実施した。多くの国では酸素に関する需要評価や供給計画が存在せず、個別の医療機関が独自に調達を行っていたが、ユニットエイドとWHOは各国政府と協力し、供給体制の強化を支援した。

さらに、日本企業との官民連携を通じ、ケニアおよびタンザニア政府との間で酸素の生産量保証契約が締結され、液体酸素の生産量が約3倍に増加した。この取り組みにより、医療機関への酸素供給体制の持続可能性が向上したとされており、同様の支援は診断薬や医薬品分野でも展開されている。これらの活動は、将来的なパンデミック対策においても一定の役割を果たす可能性があると考えられている。

また、日本の製薬企業が開発した医薬品の一つは、現在、世界で数千万人に日常的に使用されており、ユニットエイドの支援により、1日1錠・年間40ドル未満という価格で提供されている。このような事例は、日本の医療技術や知見が国際的な保健課題の解決に寄与している一例として位置づけられており、今後の国際協力の展開に対しても、注目が集まっている。

グローバルヘルスにおける課題と解決策
現在、各国政府が自国の利益を重視する傾向が見られる中、政府開発援助(ODA: Official Development Goals)をはじめとする国際支援の将来的な拡大については不透明な状況が続いており、一部では支援規模の縮小が懸念されている。また、自立が可能とされる国々がある一方で、他の国々では支援への依存度が高く、格差の拡大につながる可能性が指摘されている。このような状況のもとで、イノベーションに対する継続的な投資の必要性が議論されており、新たな医薬品、診断技術、ツールの開発と普及が引き続き重要視されている。
イノベーションは、医療従事者や人々の生活の簡素化につながり、HIVやCOVID-19の自己検査キットのように、より効率的な解決策を提供すると考えられている。また、複数の垂直型国際基金の重要性は認識されているものの、多くの国で複数の基金に個別対応することは難しいため、サービスの統合が必要とされている。特に、女性の健康分野(HIVやマラリアの予防、子宮頸がんの排除など)を起点とした統合的なアプローチの有効性が示されている。さらに、介入の設計においては、対象者からのフィードバックや現場の実態を取り入れることが重要視されており、アクセスの向上には人々の声を反映させることが不可欠であるとされている。

■現場起点のイノベーション事例と成功の原則

続いて登壇したトーマス・バーク氏は、グローバルヘルスを成功に導くための原則を概説したのち、それを実践に移すためのイノベーションの事例を紹介した。

ビジョンと成功のための原則
ヴァーユ・グローバル・ヘルス・イノベーションズは、「すべての人々が尊厳、権利、そして質の高い医療へのアクセスにおいて自由かつ平等である世界の実現」を基本理念として掲げて、活動している。この目標を達成するためには、グローバルヘルスにおける介入に際し、「8つの基本的自由」が保障されていることが重要な前提となる。これらの基本的自由には、安全な水へのアクセス、十分な食料の確保、衛生的な環境、暴力のない暮らし、安全な出産、感染症への対策、識字能力の習得、および生計手段へのアクセスが含まれる。これらはそれぞれ独立した課題であると同時に、相互に関連し合いながら人々の健康と福祉に影響を与えている。

例えば、健康支援が行われたとしても、識字能力が不十分な場合、住民が医療情報や行政サービスを適切に理解・活用することが難しく、結果として貧困の連鎖からの脱却が困難になる可能性がある。また、識字能力がある場合でも、雇用機会などの生計手段へのアクセスが存在しない場合、住民が地域を離れる傾向が見られ、その結果、地域社会全体が持続的な発展から取り残される可能性がある。

とりわけ、安全な出産の確保は、母子の健康を守るうえで基礎的な条件であり、母子保健における格差を是正するための重要な要素とされている。例えば、北欧諸国では出産関連の死亡率が約24,000人に1人と低水準であるのに対し、他の一部地域では16人に1人という高い死亡率が報告されており、地域間の格差が依然として顕著である。こうした地域において、安全な出産の実現に向けた投資は、母子の生命を保護するにとどまらず、女性の社会参画の促進や地域経済の活性化といった波及効果も期待されている。

これらの取り組みを推進するにあたっては、地域の実情に応じた多様な関係者との連携が求められる。たとえば、ユニットエイドとのパートナーシップは、医療アクセスを改善するための革新的なアプローチを支援する上で、一定の成果を上げている。加えて、地域社会との協働や、地域住民自身の関与を促進する仕組みが不可欠である。中でも、当事者意識を持つ地域リーダーの育成と、そのリーダーを地域社会に統合するプロセスは、持続的かつ自律的な変化をもたらすための鍵となる。

さらに、こうした取り組みを立ち上げ、拡張し、持続させるには、安定的な資金の確保が不可欠である。資金は、プロジェクトの開発からスケーリング、長期的運用に至るまで、各段階の実行を支える推進力となる。そのためには、実現可能なビジネスプランの策定が必要であり、特にプロジェクト開始前の段階で、「出口戦略」や「持続可能性戦略」など、将来を見据えた計画をあらかじめ明確にしておくことが、取り組みの成果を長期にわたって維持するうえで重要な要素となる。

イノベーション事例と日本の貢献
こうした持続的かつ自律的な変化をもたらしたイノベーションとして2つの具体的な事例が挙げられる。一つ目は、産後出血対策としての子宮バルーンに関する取り組みである。産後出血は妊産婦死亡の主要な原因の一つであり、従来の医療機器は1個あたり400〜600ドルと高価であった。カテーテルにコンドームを結びつけた簡易的な代替手段から始まったこのイノベーションは、改良を重ねることで、最終的にインドでは5ドル、アフリカでは7.50ドルという低価格の専用デバイスの開発へと繋がった。また、デバイスの提供だけでは不十分であることが指摘されており、包括的なケアパッケージと医療従事者へのトレーニングが不可欠であるとされている。この活動は、日本からの貢献をはじめ、長年にわたる国際的な支援と協力に支えられて発展を遂げてきている。

二つ目の事例は、新生児・乳児の呼吸ケアを目的とした「Bubble CPAP」である。気泡発生式(バブル式)持続気道陽圧換気システム (CPAP: Continuous Positive Airway Pressure)方式は、高所得国で新生児の呼吸補助の標準的治療法とされているが、電力インフラが限られる低資源国での普及には、低コストかつ電気を使わない機器の開発が求められていた。この課題に対し、ユニットエイドの支援に加え、日本政府および日本国民の支援により「Value Bubble CPAPシステム」と酸素ブレンダーが開発された。これらは電力を必要とせず、従来機器の約50分の1の価格(約400ドル)で提供可能となったことで、低資源地域でも高品質な新生児ケアが実現可能となった。インド、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカの新生児専門医の協力のもと開発され、特にインドでの試験導入は約9年前に開始された。日本の支援は資金提供にとどまらず、技術革新を促進し新生児の生存率向上に寄与している。本取り組みは、日本とユニットエイドのパートナーシップによる、医療資源の乏しい地域での持続可能な新生児医療提供の成功例であり、国際保健分野における日本の重要な貢献と位置付けられる。

 

(写真:井澤 一憲)


■プロフィール

フィリップ・デュヌトン(ユニットエイド 事務局長)

フランス国籍を有するフィリップ・デュヌトン氏は、HIV/AIDS、感染症、熱帯病、公衆衛生の分野において25年以上の経験を持つ。ユニットエイドには、2006年の設立当初から携わっている。事務局長代理としては、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)へのユニットエイドの対応を主導し、「ACTアクセラレーター(Access to COVID Tools Accelerator)」の治療分野における共同責任者として重要な役割を果たした。それ以前には、パリの「ラ・ピティエ・サルペトリエール病院(La Pitié Salpétrière)」感染症科にて臨床医として勤務し、ベルナール・クシュネル保健大臣の下でフランス保健省の顧問を2度務めた。また、パリ公立病院連合(AP-HP)においてHIV/AIDSおよび薬物使用に関する対策ミッションの責任者を務めたほか、フランスの医薬品・医療製品規制機関の長も歴任した。さらに、欧州医薬品庁(European Medicines Agency)の理事会議長も務めた。デュヌトン氏は、公衆衛生の修士号を有する医師である。

トーマス・バーク(ヴァーユ・グローバル・ヘルス・イノベーションズ 創設者)

トーマス・F・バーク医学博士(FACEP、FRSM)は、マサチューセッツ総合病院(MGH)グローバルヘルスイノベーション研究所所長、ハーバード大学医学部およびハーバード大学公衆衛生大学院上級教員を務める。バーク博士は数々の受賞歴のある科学的進歩を開拓し、その後それらを政策と実践へと転換してきた。バーク博士の研究は主に妊産婦・新生児・乳児の生存率向上に焦点を当てており、140本以上の科学論文と2冊の著書を執筆している。2019年6月3日、英国とインド政府による上院での合同式典において、バーク博士は「医学分野における惑星の貴族(Lord of the Planet in Medical Sciences)」の称号を授与された。バーク博士の活動はBBC、NPR、FOXテレビジョン、ABC、CBS、ロンドン・フィナンシャル・タイムズ、ニューヨーカー、シアトル・タイムズ、ボストン・グローブなど多数のメディアで特集されている。バーク博士はヴァーユ・グローバル・ヘルス・イノベーションズ(Vayu Global Health Innovations)の代表を務め、ユニットエイド(Unitaid)、グランド・チャレンジズ・カナダ(Grand Challenges Canada)、ゲイツ財団、日本政府などと緊密に連携し、38カ国以上で活動している。

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