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【開催報告】第51回特別朝食会「コロナパンデミック対応と日本の医療を考える」(2023年9月11日)

【開催報告】第51回特別朝食会「コロナパンデミック対応と日本の医療を考える」(2023年9月11日)

この度、迫井正深氏(厚生労働省 医務技監)をお招きし、第51回特別朝食会を開催いたしました。

2023年7月より厚生労働省医務技監を担当されている迫井氏に、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行初期対応から今後の医療提供体制構築のあり方についてご講演いただきました。

<講演のポイント>

  • 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な感染拡大(パンデミック)において、東アジア・オセアニアでは初期に感染拡大を抑えることに成功した。その理由など学術的な評価が今後必要だが、この経験は重要な教訓として活かされるべきである。
  • パンデミックにより露呈した、病床の不足、人材確保の問題、医療DX(デジタルトランスフォーメーション)の遅れなどへの対応は、医療体制の抜本的な強化とともに、緊急時における柔軟な対応能力の向上を必要とする。
  • 将来のパンデミックに備え、政府の司令塔機能の強化とともに、日本型国民皆保険制度の下での、全国民への安定した医療サービスの提供を前提とした、医療法の改正、医療DXや地域医療構想の推進などを通じた医療体制の持続可能性・柔軟性の確保、が重要である。


オミクロン株流行前後のフェーズの変化

2020年の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行初期では、横浜港に停泊したクルーズ船対応が大きく注目されたが、その後の市中感染はこれまで経験した感染症とは規模や重症度が全く違っていた。この未曾有の新型ウイルスの脅威が報道などで人々に認識されることで、街中から人が消え、初期の感染拡大を抑えることにもつながった。

オミクロン株流行以前は、欧米諸国で明らかな感染拡大と死者の増加がある一方で、東アジア・オセアニアでは初期の段階で感染拡大が抑えられていた。ワクチンと治療薬の登場後、重症化率の低いオミクロン株が流行した段階で、東アジア・オセアニアでも感染は拡大したが、結果として死者数は抑えられた。この経験を今後のパンデミック対策にどう生かすのかが1つの鍵である。

東アジア・オセアニアでの初期段階における感染抑制は、結果として、その後の感染拡大・消退に遅れを生じたが、最終的に今回の経験を俯瞰してみると、オミクロン株流行以前に生じた死者や健康被害が、パンデミック全体で最も大きな影響を与えている。これは基本的には、以前より想定していた新型インフルエンザ対策の考え方に沿ったものではなかったか。すなわち、東アジア・オセアニアは、ワクチン・治療薬が出るまで感染を抑え、ワクチン・治療薬の登場以降に社会を開き、感染拡大を一定許容する戦略で、相対的に死者が抑えられた、とも考えられる。これらの経過については、今後、アカデミアを中心に科学的に評価してもらう必要がある。また、欧米諸国との比較では、地理的要因や水際対策等も、日本を含む東アジア・オセアニアの低く抑えられた超過死亡に影響したのではないかと考えている。

 

■パンデミックで医療体制が直面した4つ課題

今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、医療提供体制に「1. 在宅・施設」「2. 支援・調整」「3. 人材確保」「4. 医療DX」といった課題を明らかにした。

1. 在宅・施設

緊急時には感染症病床・発熱外来のみならず、一般病床・一般外来も活用する必要があるが、平時からパンデミック等の緊急時に備えた対策(役割分担、訓練、施設整備等)ができていなかった。また、受診対応可能な病院、診療・検査機関の公表が一部にとどまった結果、一部の医療機関に患者が集中しひっ迫状態に陥ることもあった。その後、徐々に公表が浸透していくことで状況は落ち着いていった。

病床のひっ迫や感染者の急増により、自宅やホテルなどを使用して療養対応したが、体制が不十分で、立ち上げにも時間を要したため、自宅等での症状悪化による死亡を防げなかった事例が生じた。また、感染がハイリスクとなる高齢者施設でのクラスター発生時や、病床ひっ迫により施設内で療養せざるを得ない場合に、施設等における療養環境が十分に整っておらず医療支援がスムーズに行えないケースが生じた。高齢者施設や医療施設においては、平時より、火災や地震の防災訓練と同様にパンデミックを見据えた訓練実施が必要である。

2.支援・調整

災害派遣医療チーム(DMAT: Disaster Medical Assistance Team)が大いに活躍した一方で、災害時派遣のイメージが強いことから、病院支援・入院調整での有効性が当初認識されず、DMAT調整本部が活用されなかった地域があった。DMATの優れた医療支援・調整機能の周知が重要である。また、自治体管轄区域を超えた医療の調整や支援のしくみがなく、公域調整、県域内調整の難しさが浮き彫りとなった。

3.人材確保

医療のひっ迫に伴い、県域内・広域におけるサージキャパシティー確保が課題となった。これは医療のひっ迫が起こる以前から、都道府県の看護協会等と連携して緊急時を想定した派遣調整システムの構築を進めるべきと考える。

4.医療DX

さまざまな場面において、医療DXといわれる医療分野のデジタルトランスフォーメーションの遅れ(感染者情報のFAX送信、ワクチン接種の台帳管理など)が迅速な状況把握と評価、そしてそれらに基づく施策実施の妨げとなった。

 

■医療提供体制の強化

病院数・病床数

日本の病院の現状として次の3点が挙げられる。

  1. 約8割が民間病院である
  2. 人口千人当たり病床数は欧米と比較して多い
  3. 病床百床あたりの医師・看護職員数は欧米と比較して少ない

従って、相対的にマンパワーが薄いため、平均在院日数が長くなる傾向にあることから、通常医療よりも多くの医療人材を必要とする新型コロナウイルス感染症に対応した医療を行うには、医療資源を再配置する必要がある。

新型コロナウイルス感染症感染拡大時における医療提供体制

パンデミック初期は、稼働病床(一般病床・療養病床)を一時休床し、そのマンパワーを感染症病床の立ち上げに活用した。その後の感染拡大では、稼働病床の休床を大幅に拡充するとともに、臨時の医療施設や宿泊施設を活用するためのマンパワー再配置を実施、急激な医療需要拡大に対応した。このように、パンデミック時には一般病床の活用等、一般の医療提供体制にも影響が出ることから、通常の医療と感染症医療の両立に留意しつつ、各医療機関の機能に応じた役割分担を図りながら、行政と医療関係者が連携し、機動的に受入体制を確保することが必要である。

平時における通常の医療は、医師による診断を受け、疾患や症状に応じた入院先や自宅療養など医師と患者・家族との相談で決められるが、パンデミックでは感染症法に基づく行政管理・措置となり、都道府県によるマネジメント状況の把握と国による早期支援が必要不可欠である。幾度と押し寄せる波に合わせて強弱をつけて介入し続けることが、大変難しい課題となり、新型コロナウイルス感染症の医療対応では2つのダイナミックで大規模な体制転換として

  1. 染危機に対する行政介入体制の構築(特に初動)
  2. 感染の波に即応した受け入れ態勢の展開

を如何に円滑に実施できるか、が大きな鍵と考える。

パンデミック対応機能

このような課題の整理を踏まえ、日本の医療提供体制について、パンデミック対応機能を充実させる観点から、次の2つの側面からのアプローチが必要である。

  1. 有事を想定した体制仕様の必要性
    ・量的側面
     圧倒的な感染者数増加に対応できる、一般病床の活用方策の検討
    ・質的側面
     感染防止に適した施設運営として、稼働している一般病棟への動線や感染防御等の設備整備、従事するマンパワーの動員・育成方策の確保
  2. 有事における統御機能の必要性
    ・地域の“体制全体”(システム)としての運用効果・効率を高めるため、個々の施設に対する、全体を俯瞰した指揮命令機能の整備

    次の感染症危機に備えるための具体策

    法改正を中心に、次のパンデミックに備えるための具体策として次の3点を実施した。

    1. 感染症法等の改正案提出
      ・感染症発生・まん延時における保健・医療提供体制の整備等(感染法、地域保健法、健康保険法、医療法等)
      ・機動的なワクチン接種に関する体制の整備等(予防接種法、特措法等)
      ・水際対策の実効性の確保(検疫法等)
    2. 政府の司令塔機能の強化
      ・感染症危機管理のための「内閣感染症危機管理統括庁」を設置
    3. 感染症対応能力を強化するための厚生労働省組織の見直し
      ・健康・生活衛生局に「感染症対策部」を設置
      ・国立感染症研究所と国立研究開発法人国立国際医療研究センターを統合し、新たな専門家組織を創設

          また、平時からの計画的な保険・医療提供体制の整備と、感染症発生・まん延時における確実な医療の提供に向け、感染症法に基づき都道府県が定める予防計画に沿って、医療機関等と、病床や発熱外来等に関する協定を締結(※)するしくみを法定化。

          ※公立・公的医療機関等、特定機能病院及び地域医療支援病院には、その機能を踏まえ、感染症発生・まん延時に担うべき医療の提供を義務付け、その他の病院との協定締結を含めた都道府県医療審議会における調整の枠組みを創設。

          • 保険医療機関等は、国・地方公共団体が講ずる措置に協力する
          • 都道府県等は医療関係団体に協力要請できる
          • 初動対応を行う協定締結医療機関に対して流行前と同水準の医療の確保を可能とする措置(流行初期医療確保措置)を実施する
          • 協定の履行状況等の公表、協定に沿った対応をしない医療機関等への勧告・指示・公表(特定機能病院及び地域医療支援病院については指示に従わない場合は承認取消)を行う

          ■医療DX

          課題としても注目が集まった医療DXにおいては、主に、以下の領域における対応が議論されている。

          オンライン診療

          2018年3月に「オンライン診療の適切な実施に関する指針」を策定し、コロナ下の特例的措置として初診からのオンライン診療を可能としたが、医療界での理解や活用が十分には進まず浸透していなかった。その後、パンデミックにおけるオンライン診療活用推進に向け、2022年1月に指針を改訂し、同年4月に診療報酬改定を実施した。これにより日常診療に利用できるように制度整備は進んだが、利用数は期待しているほど伸びていない現状にある。今後、オンライン診療の更なる活用に向けた基本方針の策定を検討している。

          医療DX令和ビジョン2030

          電子カルテの普及率は、2020年で病院57.2%、診療所49.9%であり、一次利用・二次利用とも不十分な状況にある。また、パーソナルヘルスレコード(PHR: Personal Health Record)などによる患者自らの意志で自身の健康や治療状況の把握が自由に行える状況にはなく、今般のパンデミックにおいて、医療情報の収集と活用に課題があることも浮き彫りになった。こうした課題を大胆に解決することを目的とし、厚生労働省データヘルス改革推進本部の下に、「医療DX令和ビジョン 2030」厚生労働省推進チームを設置した。「医療DX令和ビジョン 2030」の具体的な柱は次の2点である。

          1. 電子カルテ情報の標準化と全医療機関への普及
          2. 診療報酬改定DX

          ■日本の医療提供体制

          次なるパンデミックに備えた医療提供体制の再構築において、その前提ともいうべき日本の医療制度の基盤的特徴を十分に踏まえた上で、改革の取組みを考えることが重要である。

          日本型国民皆保険

          日本の医療保険制度の特徴として、全国民に一定の負担割合・限度額のもとで現物給付がなされていることがポイントである。更にそこには診療報酬という全国一律の基準があり、診療の価格、内容、クオリティすべてを担保している。一方で、全国一律が故に、公定価格と実コストの乖離が生じ、医療過疎地などが存在する理由にもなっている。また、公的皆保険で必要なすべての医療サービスを提供することは、公的な財政力で医療の全てを賄うことになり、その中には医師や看護師の給与・処遇が含まれることから、需要と供給の調整機能が上手く機能しないことで偏在やアンメットニーズが生じる。更に、高額の医薬品が次々と開発・上市されているが、費用対効果の側面で課題があるとも指摘されている。

          自由度の高い医療提供体制

          日本の医療の大きな特徴である受診者のフリーアクセスだけでなく、医療提供側の体制についても選択の幅が広く、診療科、提供地域、就業形態などが自由に選択できる現状がある。そのため、大病院への患者集中やコンビニ受診が起きる一方で、提供体制の偏在や過剰供給、アンメットニーズなども生じている。また、病院の約8割が民間病院で、公権力による診療(事業運営)の強制は困難であり、不採算分野等では公立病院等による補完が必要となる。そして、緊急事態におけるガバナンスの脆弱性が、今回のパンデミックにより表出した。

          ■これまでの医師の配置・育成に係る主な取組

          医師の育成は従前から、大学医局が中心となり、専門性・臓器別診療体制を重視しながら、医師派遣機能を発揮し、過疎地の診療も含めた地域医療を確保してきた。しかし、2006年の臨床研修必修化・マッチング制度の導入により、地域の医師確保を担ってきた大学医局機能が弱体化、医療体制の確保に困難が生じる地域が顕在化している。
          医師の地域偏在は医学部定数の地域枠や臨床研修定員の見直し・専門医制度シーリングなどによって改善傾向にはあるが、地域枠制度の在り方なども含めた制度運用の検討も必要である。また、大都市志向や働き方など、社会における人々の価値観の変化も偏在に影響しており、特に外科・小児科・産婦人科といった人手が足りない診療科ほど長時間労働になり、人材不足に陥るという悪循環が生じている。

          さまざまな学会が協力し、プロフェッショナル・オートノミーを基盤として取り組む組織として、専門医機構が創設された。これはより良き専門医と地域医療の担い手、これら双方の育成を担っていただく想定だが、学会と行政や地域社会の意識にギャップがあることは否めず、今後は専門医機構で育てていただいた医師が偏在することなく、地域医療に従事していけるように、各学会にもご協力いただく必要があると考えている。

          2018年、2021年の医療法等改正により、偏在対策に係る都道府県・国の関与が強化された。臨床研修の体制や専門医機構の活動に対して、地域医療を守る観点から行政が介入せざるを得ない場合について対応したものである。また、来年の4月施行に向けた医師の働き方改革にも着手している。
          今後の論点として、大学、診療科・学会、職能団体、行政(国・自治体)、といった利害が異なる組織の意思疎通をはかりながら、医療界の総意・合意をどのように形成していくのかが課題だと考えている。

          ■将来を見据えた体制構築の鍵

          将来需要にマッチした提供体制への転換(地域医療構想・かかりつけ医機能)が不可避であり、データに基づく合理性が絶対的な鍵となる。これらの実現には、個別の利害を超えた、社会システムとしての医療が持つ高い公共性という視点を、医療界でどのように醸成していくのかが重要な課題である。そして、医療システムの高い自由度を生かしつつも「社会の要請」とバランスする仕組みの構築が求められており、それは、医療界の自主的な取組なのか、公権力の介入で実現するのか、それらのバランスをどう取るのか、といった課題がある。

          ■今後の医療提供体制構築に向けた検討において考慮するべき視点

          1. 既存の体制の再検討
            ・サービスの標準化・普及と安定供給と公定価格のバランス調整に機敏に対応する必要がある
            ・海外からアクセス・クオリティ・コストの3つのバランスは成り立たないと言われているが、努力の余地はある
            ・診療報酬改定を中心とした調整には限界が生じている
          2. 地域の実情に応じた提供体制の構築
            ・高い自由度の診療体制を生かし、環境に応じたサービス偏在に対する公的補完をし、有事での統治機能を構築する
            ・公民の特性を踏まえた役割分担の模索が重要である
          3. 体制転換の歴史とその意義を踏まえた調整方策の選択
            ・医療制度改革にはスピードと熟議のバランスが必要である
            ・公的介入か自由かの択一ではなく、一定の制約に基づく自由な体制構築の検討が必要である
            ・公的介入を機能させながら反動を抑える方策の検討が必要である

          講演後の会場との質疑応答では、活発な意見交換が行われました。

           

          (写真:井澤 一憲)


          ■プロフィール

          迫井 正深(厚生労働省 医務技監)
          1989年東京大学医学部卒業。東大病院、虎ノ門病院等で外科臨床医。1992年厚生省入省、その後、米国ハーバード大学公衆衛生大学院留学、2005年〜厚生労働省大臣官房健康危機管理室長、広島県福祉保健部長、保険局企画官、老人保健課長、地域医療計画課長、保険局医療課長、大臣官房審議官医政局担当、医政局長を歴任。2021年10月内閣官房新型コロナウイルス等感染症対策推進室長・内閣審議官、2023年7月厚生労働省医務技監。

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