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【開催報告】プラネタリーヘルス・オンラインセミナー「健康な地球へ向けて:国家保健医療システムにおける気候変動の緩和・適応と公衆衛生の統合戦略」(2024年1月19日)

【開催報告】プラネタリーヘルス・オンラインセミナー「健康な地球へ向けて:国家保健医療システムにおける気候変動の緩和・適応と公衆衛生の統合戦略」(2024年1月19日)

日本医療政策機構は、2024年1月19日にプラネタリーヘルス・オンラインセミナー「健康な地球へ向けて:国家保健医療システムにおける気候変動の緩和・適応と公衆衛生の統合戦略」を開催しました。

本会合では、英国とフランスにおける国家の気候行動戦略に尽力される2名のゲストスピーカーをお招きし、先駆的な取組みである公衆衛生における気候変動への緩和および適応に関する国家戦略についてそれぞれご紹介いただき、議論をしました。

<講演のポイント>

  • 英国及びフランスにおいて、ヘルスケアセクターは、温室効果ガスの年間排出量の4~8%を占めており、グリーン・トランスフォーメーションの余地が大いに存在する
  • 近年みられるような、大規模な異常気象(熱波等)と超過死亡との相関を踏まえれば、気候変動がヘルスケアサービスの供給力や有効性に影響することは明らかである
  • 英国の国民保健サービス(NHS)は、2040年までに業務に直接関連する排出量のネット・ゼロを、2045年までにサプライチェーン全体のネット・ゼロを達成することにコミットしている
  • 2022年には、フランスが8つの優先分野からなる「緑の国家」計画(France Nation Verte)を打ち出し、年間5%の排出削減、2050年までのヘルスケアセクターにおけるカーボンニュートラル化を表明した
  • 持続可能なヘルスケアの達成には国際協調が肝要であり、例えば、英仏両国は世界保健機構(WHO)の「気候変動と健康に関する変革的行動のためのアライアンス(ATACH)」に加盟している


■アーカイブ動画
【日本語(一部プログラム英語)】プラネタリーヘルス・オンラインセミナー「健康な地球へ向けて:国家保健医療システムにおける気候変動の緩和・適応と公衆衛生の統合戦略」(01:19:00)

 

■基調講演1 英国における「ネット・ゼロ」国民保健サービスの実現

Sarah Ouanhnon(英国 NHSイングランド グリーナーNHS ネット・ゼロ・デリバリーおよびパートナーシップ部門 ヘッド)



背景と国家戦略
英国の国民保健サービス(NHS: National Health Service)は、初期治療や急性期医療を行う約7,000名の一般医などを含む約230の病院及び組織と、約80,000のサプライヤーと協働する、公的資金による大規模なシステムである。

英国のヘルスケアセクターにおける年間排出量は国全体の4~5%に達し、気候変動のヘルスケアサービス供給力への影響、そして気候変動自体の直接的な健康影響を踏まえれば、ヘルスケアは環境影響やセクター全体の持続可能性を考慮する責務がある。例えば、2022年の熱波においては、65歳以上の約3,000名の超過死亡との関連がみられた。NHSは、2040年までに業務に直接関連する排出量のネット・ゼロ(NHS Carbon Footprint)を、2045年までにサプライチェーンを含む全体のネット・ゼロ(NHS Carbon Footprint Plus)を達成することにコミットしている。

国家としての戦略は、10の主要な行動分野(建物・設備、移動・交通、医薬品、サプライチェーン、食品・栄養、研究・技術革新、臨床治療の変革、デジタル化、従事者の参画、気候変動への適応)からなる。これらの分野は、保健医療システム全体にネット・ゼロの概念を完全に取り入れるために定められ、医療設備のエネルギー効率の向上、再生可能エネルギーの導入の促進などを奨励するものである。移動・交通分野については、物品の輸送、患者の(救急)搬送、医療従事者の通勤における排出削減のロードマップが策定されており、救急車を2040年までに排出ゼロのものに取り替えるといった取組が含まれている。

医薬品
NHSの排出の5%を占めるガス麻酔及び定量噴霧式吸入器は、排出に関し改善すべき治療法のグループとして取り上げられた。ガス麻酔について、以前はデスフルランが広く用いられていたが、排出量が極めて大きいことから、セボフルラン等低排出なガスに切り替えられていった。結果、2018年から2023年にかけて、ガス麻酔における大幅な排出削減につながった。同様に、喘息や慢性閉塞性肺疾患などにおいて用いられる吸入器は、NHS全体の排出量の3%に達するが、多くの患者は噴霧式よりも効果の高い粉末吸入器を使用する場合もある。このように、環境を意識した議論は、患者の治療を向上させる機会をももたらす。

医薬品・化学薬品に関しても、医療従事者の手元に届く以前、すなわち製造プロセスやサプライチェーンのさまざまな段階において、20%の排出につながっている。この点、NHSは、サプライチェーンの各段階における排出量の把握、副産物の廃棄や過剰な処方の削減に努めている。また、王立薬剤師協会との間で、よりグリーンな薬局(Greener Pharmacy)の達成に向けた共通理解を形成すべく協働している。

調達
NHSは、サプライヤーがNHSの目標に沿って、排出ゼロの達成に必要なゴールとステップを可視化するための段階的な手引きである「ネット・ゼロ・サプライヤー・ロードマップ(Net Zero Supplier Roadmap)」を策定した。例えば、2023年以降、NHSと一定額以上の契約をしているサプライヤーは、自社の直接的・間接的な排出(スコープ1・2)に加え、サプライチェーンの上流・下流(スコープ3)の一部について、削減計画を公表しなければならない。削減の範囲は2024年に拡張され、2027年には全てのスコープが対象となる予定である。この点、持続可能な調達や、いわゆる5R(リデュース、リユース、リサイクル、リフューズ、リペア)を考慮した循環経済に通じるものがある。例えば、防護服、医療機器や手術器具の調達において、本ロードマップが実践されるであろう。

低炭素なヘルスケア
医療システムは患者の治療の質につながり、かつ、グリーンなヘルスケアは一義的には質の高いヘルスケアを目指すことから、効率的かつ低炭素な患者のケアが重要である。これには予防医療への移行も関わっている。というのも、疾病の予防を優先することにより、最終的には長期的に治療(に伴う排出量)の削減に寄与するためである。

抜本的な変化により、医療従事者をグリーンな保健医療システムにより効果的に統合することができる。全国のNHSトラスト(国立病院に相当)及び統合ケア委員会(Integrated Care Board)は、「グリーン・プラン」と呼ばれる3~5年間の排出削減計画を策定している。また、NHSはデータに基づく取組や、主要指標を能動的に検証することの重要性も理解している。

最後に、持続可能なヘルスケアシステムの達成には国際協調が肝要であることから、英国は「気候変動と健康に関する変革的行動のためのアライアンス(ATACH: Alliance for Transformative Action on Climate and Health)」の一員として、よりグリーンなヘルスケアのための基準作りに注力している。

 

■基調講演2 フランスにおける医療システムのエコロジカルプランニングのロードマップ

Hélène Gilquin(フランス保健省プロジェクト・マネージャー)



背景と国家戦略
ヘルスケアセクターはフランスにおける温室効果ガス排出の8%を占めており、うち約半分は製薬産業や医療機器産業より生じている。年間では、70万トンの廃棄物が生じており、患者1人当たり1日約1,000リットルの水が消費されている。現場の人々は、フランス政府が正式なロードマップ(後述)を公表する以前から、地域の環境保護イニシアティブを立ち上げるべく、長年にわたり積極的に活動してきた。例えば妊産婦ケアにおいては、既に生態系に配慮したケアに取り組んできている。

2022年10月、当時の首相は「緑の国家」計画(France Nation Verte)を公表した。保健省は脱炭素推進の独立したタスクフォースを立ち上げ、2023年5月の第一回会合において、保健医療全般の脱炭素ロードマップ策定を発表した。また、同年12月の第二回会合においては、ヘルスケア製品や組織の新たな評価方法を発表した。

政府目標は、年間5%の排出削減と、2050年までのヘルスケアの完全カーボンニュートラル化である。また、優先分野は、2050年カーボンニュートラル、建物の改修、ヘルスケア製品・産業の脱炭素化、持続可能な調達、生態系に配慮したケア、廃棄物処理、持続可能な移動・交通、デジタルの8つである。

具体的な活動として、製品の(環境負荷の)比較に用いるための、生態系への影響をスコア付けするCO2計算方法の開発が含まれる。類似の方法は医療機器の評価についても開発中である。また、フランス政府は、持続可能性に配慮した製品の購入を支援・奨励するため、オンラインのプラットフォームを設立した。加えて、「生態系に配慮したヘルスケア」が比較的新しい概念であることから、医療の質を落とさないよう留意しつつ、同概念の定義づけを検討している。単回医療機器の再製造や薬剤の処方量の抑制といった取組は、この概念に合致するといえよう。

3つの高いインパクトをもたらす取組
とりわけ、ヘルスケアシステムの改善において、3つの取組が高いインパクトをもたらす可能性を秘めている。第一に、2022年9月、地方自治体に対する助言のため、ヘルスケアにおける移行(Transition)のアドバイザー150名によるコミュニティを結成した。同コミュニティは、製品・機器に関連する排出量(カーボンフットプリント)の測定にも関与予定である。第二に、2023年7月より、公衆衛生当局のマネージャー級が、適切な脱炭素戦略を策定するための無償の研修を受けられることとなった。第三に、2024年から2026年にかけ、フランス政府は単回医療機器の再製造を試行予定である。同取組は感染リスクが高いとして長らく忌避されてきたが、今般の試行により再製造品の認可に道を開く可能性がある。

フランス政府は、(人・社会・地球という)包括的な健康の枠組みに自国を位置づける必要性を認識しており、地球環境に配慮することが、新たな疾病の予防や全般的な健康に直接寄与するものと確信している。

■ 閉会の辞

活発かつ生産的な議論により、ヘルスケアにおける気候変動の緩和や適応という課題が如何に複雑であるかが明らかにできた。数年にわたるコロナ禍により、医療の持続可能性をめぐる多くのトピックに光が当たる中においては、保健医療システムの改善は多くの関係者による協働・努力を必要としている。

先日、ヘルスケアにおけるAI活用に関する経済協力開発機構(OECD: Organisation for Economic Co-operation and Development)の会合に参加した。保健医療システムは国によって異なるが、異なる保健ニーズは多様なヘルスケアのモデルを創出する機会をもたらす。他国のモデルに学ぶことは、日本のヘルスケアの改善策を検討する上で重要であり、本日の講演はさまざまな側面を知る極めて大きな機会であった。

 

【開催概要】

  • 日時:2024年1月19日(金)18:30-19:55
  • 形式:オンライン(Zoom ウェビナー)
  • 参加費:無料
  • 言語:日本語・英語(同時通訳あり)
  • 主催:日本医療政策機構
  • 共催:在日フランス大使館、駐日英国大使館、国立大学法人 政策研究大学院大学 グローバルヘルス・イノベーション政策プログラム

 

【プログラム】(敬称略)

18:30-18:35 趣旨説明

菅原 丈二(日本医療政策機構 副事務局長)

18:35-18:40 開会の辞

濵地 雅一(厚生労働副大臣)

18:40-19:05 基調講演1 イギリスの事例 「ネット・ゼロ」国民保健サービスの実現

Sarah Ouanhnon(イギリス NHSイングランド グリーナーNHS ネット・ゼロ・デリバリーおよびパートナーシップ部門 ヘッド)

19:05-19:30 基調講演2 フランスの事例 医療システムのエコロジカルプランニングのロードマップ

Hélène Gilquin(フランス保健省プロジェクト・マネージャー)

19:30-19:50 コメント・質疑応答

19:50-19:55 閉会の辞

黒川 (日本医療政策機構 代表理事)

 


■プロフィール:

濵地 雅一(厚生労働副大臣)

福岡県出身、1970年5月8日生まれ。早稲田大学法学部を1994年3月に卒業後、同年4月にUBS証券に入社。1997年4月に大手マンション開発販売会社に転職し、2002年11月に司法書士試験、2006年11月に司法試験に合格。2008年9月に弁護士として登録され、政治の道に進む。2012年12月に衆議院議員(第46回)に初当選。2014年12月に再選(第47回)、2015年10月に外務大臣政務官(第3次安倍改造内閣)を務める。2016年10月に衆議院安全保障委員会理事に就任。公明党安全保障部会部会長、公明党福岡県本部代表も務める。2017年3月に衆議院外務委員会理事、同年10月に衆議院議員(第48回)に再選。2018年10月に公明党法務部会部会長、同年11月に衆議院法務委員会理事に就任。2019年10月に公明党憲法調査会事務局長、公明党外交安全保障調査会事務局長に就任。2020年10月に衆議院予算委員会理事、衆議院北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会理事、公明党国際委員会国際局長を務める。2021年10月に衆議院議員(第49回)に再選し、公明党国会対策委員会委員長代理、公明党中央幹事を務める。同年11月に衆議院議院運営委員会理事に就任。2023年9月には厚生労働副大臣(岸田内閣)に就任。

Sarah Ouanhnon(イギリス NHSイングランド グリーナーNHS ネット・ゼロ・デリバリーおよびパートナーシップ部門 ヘッド)

Ouanhnonは、これまで、一次医療、急性期医療、地域ケアの各段階における、ケアの提供を最適化するためのさまざまな大規模変革プログラムに従事し、率いてきた。一定規模の人口集団の健康管理における専門知識を生かし、さまざまな状況下におけるより統合されたヘルスケアのサービス設計を支援してきた。過去10年間、イギリスおよびフランスの医療システムにおいて、ヘルスケア提供体制、製薬業界、コンサルティングなどのさまざまな組織に従事した経験を有する。気候変動が人口集団に対して及ぼす健康影響およびその脅威に対処し、増大する健康格差に取り組むため、2021年1月にグリーナーNHSプログラムに参画。サプライチェーンと医薬品におけるNHSのネット・ゼロ・コミットメントの実施をリードしている。また、近年は、高品質で低炭素の呼吸器ケアに関するNHSの方針の実施、NHSネット・ゼロ・サプライヤーロードマップの開発と実施(今後10年間のNHSサプライヤーに対する要件を概説)、世界保健機関(WHO)および他の医療システムとの協力による、世界的な医療サプライチェーンの脱炭素化などにも従事している。

Hélène Gilquin(フランス保健省プロジェクト・マネージャー)

Gilquinは、政治学専門学校であるパリ政治学院(シアンス=ポ(Sciences-Po))を卒業し、政府関係の修士号を取得した。彼女は5年前にフランス保健省に入省した。2022年11月以降、彼女は医療システムの省庁間エコロジカルトランジション計画を担当している。彼女が所属する病院部門は、2023年に保健大臣が発表した様々なコミットメントの推進と展開を担当しており、その中には医療部門の温室効果ガス排出量を毎年5%削減するという目標も含まれている。フランスの医療部門は、国全体の温室効果ガス排出量の8%以上を占めている。

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