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【HGPI政策コラム】(No.69)―認知症プロジェクトよりー「まちのデザインが、私たちの健康を守る 〜「共生」と「予防」を両立する“暮らすだけで健康になるまち”の可能性〜」

【HGPI政策コラム】(No.69)―認知症プロジェクトよりー「まちのデザインが、私たちの健康を守る 〜「共生」と「予防」を両立する“暮らすだけで健康になるまち”の可能性〜」

<POINTS>

  • 一次予防には、個人の努力だけでなく環境などの「健康の社会的決定要因」へのアプローチが不可欠である。その手法の一つとして、まちづくりを通じ環境要因を改善することは、効果的な健康づくりの戦略となり得る。
  • 住んでいる環境は、運動や社会的な交流などの生活習慣に直結する。歩きやすい道や公園の整備など、物理的環境への介入が住民の健康水準を底上げする可能性がある。
  • 今後は、意識せずとも健康になれる「暮らしているだけで自然と健康になるまちづくり」の視点が重要である。それによって、誰もが無理なく健康を維持できる都市構造を目指す。

導入:「地域の環境と健康」

私たちの健康は、医療や遺伝といった生物学的な要因だけでは決まりません。例えば、所得や教育といった「社会経済的地位(Socio-Economic Status:SES)」が健康に大きな影響を与える要因だということは、今や国際的にも確立された知見となっています(Marmot et al., 2008)。こうした要因は「健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health:SDH)」と呼ばれ、国内外でその重要性が再確認されています。

近年では、SESに加えて「どのようなまちに暮らしているか」――すなわち住んでいる地域の環境そのものが、人々の健康行動や認知症の発症リスクなどに結びつく要因であるという視点も広がっています。実際に、世界中の研究結果を統合したシステマティック・レビューやメタ・アナリシスといった、科学的に信頼性が非常に高い研究手法によって、その関連が次第に明らかになってきました(Barnett et al., 2017, Kuiper et al., 2015)。こうした知見は、主に認知症をはじめとした「予防」の観点から注目されています。

ただし、ここでいう「予防」とは、いわゆる一次予防――すなわち、健康な段階から生活習慣の改善や社会的なつながりの促進などによって発症を防ぐ取り組み――に限らず、保健医療政策においては、二次予防(早期発見・診断)や三次予防(重症化の防止)も含めた幅広い概念を指します。本稿では特に認知症の「一次予防」に着目して、地域の環境を通じて自然に一次予防が実現される環境づくりに焦点を当てます。

まちの環境が認知症リスクを左右する?

日常的な行動(運動不足、社会的孤立など)は認知症リスクを高める要因として指摘されています(Livingston et al.,2024)。では、こうしたリスクを「まちの設計」や「地域環境の整備」で軽減できるのでしょうか。その問いに答えるエビデンスを確認していきたいと思います。

例えば、日本の研究では「近所に食料品店が少ないと認知症リスクが高まる」という報告があり、買い物が高齢者の外出機会や歩行時間を支えていることが示唆されました(Tani et al., 2019)。また書道や折り紙、世代間交流などといったサロン活動への一定頻度以上の参加が、認知機能低下の抑制に関連すると報告する追跡研究もあり、地域コミュニティでサロンを整えることによって、認知症の発症を予防する可能性を示唆している研究もあります(Hikichi et al., 2017)。

もちろん、これらは完全な因果関係を証明するものではありません。しかし、生鮮食料品点や公園などの物理的環境と、地域のつながりや社会参加の機会といった社会的環境が、行動などを通じて健康に影響する可能性は、多くの研究でポジティブな関連が示唆されています。これは、個人の努力や医療介入だけでは届かない「日常の設計」に政策が関与することで、外出・交流・運動といった行動が自然に積み重なる――その結果として、脳の健康が維持され、ウェルビーイング(心身の良好な状態)につながるという新しい視点です。

暮らしているだけで健康になるまちへ

本稿では、認知症の発症リスクを減らす一次予防のエビデンスを中心に取り上げました。しかし、さらにここで強調したいのは、「予防に役立つまちは、認知症とともに暮らす人にとっても住みやすいまちである」という点です。

その両立を目指す上で重要になるのが、個人の意志や努力だけに頼るのではなく、人々が「意識せずとも自然に健康になるような行動」をとることができるような環境を整える「ゼロ次予防」という考え方です。例えば、段差などが少なく歩きやすい歩道や、誰もが気軽に立ち寄れる魅力的な公園・図書館といった環境などは、高齢者の外出を促進し、認知症リスクを下げる役割を果たします。それと同時に、これらの環境は、認知症の人が外出する際のバリアを取り除き、社会参加を支える「共生」の基盤にもなります。一方で、公衆衛生倫理の視点から「個人の自由と介入」についても触れておく必要もあります。「自然に健康にさせる」というアプローチに対しては、行政が個人の行動をコントロールしようとしているのではないか、という懸念も生じ得ます。しかし、ここで目指しているのはコントロールではなく、あくまで「選択肢の提案」に留まります。例えば、木陰のあるベンチがあれば「少し休もうかな」と思い、歩きやすい遊歩道があれば「散歩しようかな」と思うかもしれません。これらは環境が行動を誘っているだけであり、もちろん、興味がなければ素通りする自由も、全く別の行動をとる自由も保障されています。その考えに基づくと、地域の環境整備はまさに、健康でありたいと願う人がその希望を叶えやすくするための「舞台設定」に過ぎません。その舞台に上がるか、観客席で見ているかは、その人の気分や体調次第で自由に決められるべきものです。「強制」ではなく、思わず選びたくなるような魅力的な選択肢をそっと置いておく。それこそが、倫理的にも適切な「自然と健康になるまちづくり」の姿です。さらに、地域の環境を整えることは、認知症の発症リスクを下げつつ、もし認知症になっても安心して暮らせる――そんな「誰もが生きやすいまち」の実現につながるのです。この視点を裏付けるように、社会学者のクリネンバーグ(Eric Klinenberg)は、自治体が運営する公園や図書館といった「社会的インフラ」が、人々に「思わず出かけたくなる」ような外との接点を提供し、孤立を防ぐ効果があると論じています(Klinenberg, 2018/2021)。 魅力的な場所があるから、人は自然と外出し、誰かと会話をする。この「環境が行動を導く」というアプローチこそ、健康の社会的決定要因(SDH)に基づいたまちづくりの要諦です。 将来への不安や恐怖心から健康を目指すのではなく、まちの魅力に誘われて外出を楽しむことが、結果として脳や心の健康を守る。これこそが、「暮らしているだけで自然と健康になるまち」の理想的な姿ではないでしょうか。

今後の展望:すべての人に優しいまちづくりを

今後、条例などを通じて「我が街の認知症政策」を明文化する際には、SDHの視点を政策に組み込むことが大切です。 歩きたくなる道、集いたくなる場所を整えることは、現役世代の健康増進にも、高齢者の認知症予防にも、そして認知症当事者の社会参加にもつながります。「予防」と「共生」を別々のものとして捉えるのではなく、どちらも叶えるユニバーサルな健康まちづくりとして推進し、その効果を検証していくことが重要な課題となるでしょう。

まとめ

認知症を「まち」から予防するという視点は、医療政策だけでなく都市政策、福祉政策などを横断的に巻き込むものです。これからの時代は、「まちが健康を支える」といった発想も大切になります。SDHの観点から健康やウェルビーイングにアプローチする政策の推進に向けて、当機構としても今後さらなる知見を深め、認知症を含めた幅広い健康増進に資する知見を発信していきます。

 

【参考文献】

  • Klinenberg, E. (2021). 集まる場所が必要だ:孤立を防ぎ、暮らしを守る「開かれた場」の社会学(藤原朝子 訳). pp44-83 英治出版. (原著2018)
  • Barnett, D. W., Barnett, A., Nathan, A., Van Cauwenberg, J., Cerin, E., & Council on Environment and Physical Activity (CEPA) – Older Adults working group. (2017). Built environmental correlates of older adults’ total physical activity and walking: A systematic review and meta-analysis. International Journal of Behavioral Nutrition and Physical Activity, 14(1), 103. https://doi.org/10.1186/s12966-017-0558-z
  • Hikichi, H., Kondo, K., Takeda, T., & Kawachi, I. (2017). Social interaction and cognitive decline: Results of a 7-year community intervention. Alzheimer’s & Dementia: Translational Research & Clinical Interventions, 3(1), 23–32. https://doi.org/10.1016/j.trci.2016.11.003
  • Kuiper, J. S., Zuidersma, M., Oude Voshaar, R. C., Zuidema, S. U., van den Heuvel, E. R., Stolk, R. P., & Smidt, N. (2015). Social relationships and risk of dementia: A systematic review and meta-analysis of longitudinal cohort studies. Ageing Research Reviews, 22, 39–57.https://doi.org/10.1016/j.arr.2015.04.006
  • Marmot, M., Friel, S., Bell, R., Houweling, T. A., Taylor, S., & Commission on Social Determinants of Health (2008). Closing the gap in a generation: health equity through action on the social determinants of health.Lancet (London, England)372(9650), 1661–1669. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(08)61690-6
  • Tani, Y., Suzuki, N., Fujiwara, T., Hanazato, M., & Kondo, K. (2019). Neighborhood food environment and dementia incidence: The Japan Gerontological Evaluation Study cohort survey. American Journal of Preventive Medicine, 56(3), 383–392.https://doi.org/10.1016/j.amepre.2018.10.028
  • Livingston, G., Huntley, J., Sommerlad, A., Ames, D., Ballard, C., Banerjee, S., … Mukadam, N. (2024). Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet standing Commission. The Lancet, 404(10452), 572–628. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(24)01296-0

 

【執筆者のご紹介】

小林 武尊(日本医療政策機構 インターン)

 

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