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【HGPI政策コラム】(No.58)―グローバルヘルス戦略プロジェクトより― 「公正な医療制度の実現に向けて:UHC達成とヘルスファイナンシングを支えるデータの力」

【HGPI政策コラム】(No.58)―グローバルヘルス戦略プロジェクトより― 「公正な医療制度の実現に向けて:UHC達成とヘルスファイナンシングを支えるデータの力」

<POINTS>

  • UHCは、保健医療へのアクセス保障だけでなく、社会の安定とレジリエンスの柱である
  • 各国のUHC達成状況を可視化するには、ヘルスファイナンスを正確に把握する信頼性の高いデータが必要不可欠
  • WHO、世界銀行、OECD、IHMEなどの国際機関は、それぞれ異なる視点と強みを持ったデータベースを提供している
  • 目的に応じてデータベースの特性を理解・使い分けることが、政策立案と国際比較の鍵となる


はじめに

近年、グローバルヘルスの分野では、感染症対策を契機として各国の保健医療体制の強化、特にユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC: Universal Health Coverage)の推進が国際的な議題として定着しつつあります。とりわけG7およびG20は、経済・安全保障・気候といった従来のテーマに加えて、保健課題を主要議題として扱う機会を増やしています。

国際的な動きと並行して、国内でもUHCを中核に据えた政策整備が進んでいます。2024年に厚生労働省が策定した「国際保健ビジョン」では、UHCが日本の国際貢献と国内医療制度の持続性確保の双方に資するものとされ、2025年にはUHCナレッジハブの設置が予定されています。ここでは、世界保健機関(WHO: World Health Organization)や世界銀行と連携し、特に低中所得国の保健財政強化に向けた人材育成や知識共有が行われる予定です。

G7議長国として日本がリーダーシップを発揮した広島サミットでは、UHCの持続可能性を担保するための財政戦略、官民連携によるイノベーションと資金動員などが提示され、その後の国際的政策文書にも反映されました。加えて、厚生労働省による「近未来健康活躍社会戦略」や第3期「健康・医療戦略」においても、人間の安全保障を具現化するため、より強靱、より公平、より持続可能なUHCを、各国での保健システム強化を通じて実現することが記載されています。

一方で、近年のグローバルな潮流として、主要援助国の財政制約や内向き志向の強まりにより、国際保健資金の縮小も懸念されています。これまで支えられてきた低所得国・中所得国の感染症対応やプライマリ・ヘルスケア支援が後退し、持続可能な開発目標(SDGs: Sustainable Development Goals)を通じて進展してきたUHCにも影を落としかねません。COVID-19によって露わになった脆弱な保健財政構造は、今まさに各国が再構築を迫られている部分でもあります。

そのような中、世界銀行やWHO、経済協力開発機構(OECD: Organisation for Economic Co-operation and Development)といった国連・国際機関は、引き続きUHC指標のモニタリング、国別財政戦略の設計、技術的支援を進めています。中でもヘルスファイナンスは、UHC実現の鍵を握る領域であり、国民の財政的リスクを軽減し、誰もが必要な医療にアクセスできるようにするための制度設計に不可欠な要素です。

本コラムでは、UHC実現に向けたヘルスファイナンシングの重要性を確認するとともに、その状況を把握・評価するための国際的なデータベースを紹介し、それぞれの特徴・強み・限界について概観します。これらのデータベースは、政策立案者や研究者が保健医療制度の持続性や効果を評価する際に活用できる強力なツールであり、グローバルな視野でUHCを議論する際の重要な出発点となるものです。

 

ヘルスファイナンシングの3本柱

ヘルスファイナンシングは以下の3つの基本機能から成ります。

  1. 財源の動員(Revenue Collection):税金や社会保険料など、医療財源をどのように集めるか
  2. 資金のプール(Pooling):個人間でのリスク分散のために、集めた財源を共有化する仕組み
  3. 資源の購入(Purchasing):医療サービスに資金をどのように配分するか(誰に、何を、どのように)

これらの仕組みが脆弱であれば、所得の低い人が医療を受けられなかったり、自己負担で家計が破綻したりすることにもつながります。よって、UHCを目指す上で、ヘルスファイナンシングの設計・運用状況を可視化するためのデータは不可欠なのです。

 

ヘルスファイナンシングデータベースの比較

以下に、主要な国際的な組織が提供しているヘルスファイナンシングデータベースを紹介し、それぞれの特徴と強み・限界を整理します。

世界保健機関(WHO)

世界銀行(World Bank)

経済協力開発機構(OECD)

米国ワシントン大学保健指標評価研究所(IHME)

グローバルファンド(Global Fund)

  • データ・エキスプローラ―(Data Explorer)
    • HIV・結核・マラリアに特化した助成金データ。各国のプログラム進捗、資金提供の可視化。
    • 利点:成果ベースの資金提供、助成金データの公開性、高頻度の更新
    • 限界:国内資金に関する情報は限定、プロジェクト単位で全体像がつかみにくい

グローバル・ファイナンシング・ファシリティ(GFF: Global Financing Facility)

  • GFFデータ・ポータル(GFF Data Portal)
    • 母子保健、若年者、リプロダクティブヘルスに関する保健予算と支出。リソース・マッピング機能あり。
    • 利点:改革支援に活用可能な6つの財政指標、可視化と国別分析、SDGsとの整合性
    • 限界:支援国に限定、一般公開されていない情報が多い、国際比較が困難

UHC2030(WHO、世界銀行、OECD共同)

  • UHCデータ・ポータル(UHC Data Portal)
    • 定量(財政、サービス)+定性(制度、市民社会関与)を統合的に評価。
    • 利点:ダッシュボード形式、CSEM(市民社会参加)の視点、政策ガバナンス評価に有効
    • 限界:二次データへの依存、制度的評価にばらつき、財政の詳細把握には限界

 

活用に向けて:誰が何を選ぶべきか

これらのデータベースは、使い手の立場や目的によって適切な選択が求められます。

  • 国レベルの政策立案者は、WHOのGHEDや世界銀行のHNP統計で長期傾向と国際比較を参照しつつ、OECDデータを用いて具体的な支出構造を分析
  • 研究者は、DAHやGFFなどでテーマ別の投資状況を把握し、UHC2030で制度的分析を補完
  • NGOや市民社会は、UHC2030のCSEM報告から「現場の声」も含めたアカウンタビリティ評価を活用

 

おわりに

UHCの達成は、単なる医療サービスの普及を超え、財政的持続可能性をいかに確保するかという問いと深く結びついています。特に、援助からの独立や自国財源の動員といった課題は、多くの国で今後の保健制度設計の根幹に関わるものとなっています。UHCの達成には、「すべての人々が、必要な保健医療サービスを、経済的困難を伴うことなく受けられること」という理念を、制度の設計や予算配分、サービス提供体制、ガバナンスに一貫して反映させる必要があります。

このような課題に取り組むうえで、政策立案や制度運営の基盤となるのが、ヘルスファイナンシングとUHCの実態を的確に捉えるデータです。適切なデータがなければ、どこにサービスの空白があるのか、誰が経済的な負担を最も強く感じているのか、保健医療支出がどこに向かい、どのような成果を上げているのかを明らかにすることができません。これらのデータベースの活用は、単なるモニタリングにとどまらず、エビデンスに基づく政策対話の出発点となります。たとえば、保健省と財務省の協働を促す上では、公共財政管理(PFM: Public Financial Management)やリソースの効率性、プログラムの成果を定量的に示すことが不可欠であり、ヘルスファイナンシングデータは、政策の正当性と優先順位づけに説得力を与える手段となります。また、こうしたデータを国際的に比較可能な形で整備・可視化することは、国際的なベンチマーキングや相互学習にもつながります。

近年では、技術支援や官民の協働を通じた革新的資金調達、国内資源動員の推進といった取り組みが重視されており、これらの取り組みにもまた信頼性の高いデータが不可欠です。保健財政の強化が持続可能なUHCを支える柱であるならば、ヘルスファイナンシングデータの整備と利活用は、その屋台骨といえるでしょう。さらに、データの「透明性(Transparency)」と「公共財としての共有性(Public Good)」という観点から、国際機関や各国政府の連携によるオープンプラットフォームの構築が進められており、これもまたUHC推進における重要な潮流です。

現在、多くの国が経済的な逼迫、高齢化、気候変動や疾病構造の変化といった複合的な課題に直面する中、限られたリソースをどのように最大限活用し、将来世代の健康と福祉を守っていくのかという視点がより一層重要になっています。そのなかで、ヘルスファイナンシングデータベースは、政策を構想し、調整し、評価するための羅針盤としての役割を果たします。今後のUHCの議論においては、「誰が、どのように、どのような根拠で意思決定を行うのか」というガバナンスの観点とともに、「どのようなデータが、誰のために、どのように使われるのか」というデータ・ジャスティスの観点が不可欠になります。

UHCという目標を現実の制度に落とし込んでいくためには、多様な関係者が同じ土俵で対話を進められる「共通言語」としてのデータの整備と活用が不可欠です。そのためにも、今後は単に既存のデータを活用するだけでなく、収集・整備・共有・活用といった一連のプロセスに対する制度的支援や能力強化、パートナーシップの構築がより一層求められます。UHCを「持続可能な現実」に変えていくために、ヘルスファイナンシングデータの意義を改めて見直し、戦略的に位置づける必要があると言えるでしょう。

 

【参考文献】

 

【執筆者のご紹介】

ミッタル スワティ(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
コ ゲール(日本医療政策機構プログラムスペシャリスト)
菅原 丈二(日本医療政策機構 副事務局長)

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