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【HGPI政策コラム】(No.45)-認知症プロジェクトより-「日本は世界に何を届けるのか~国際社会の議論から~」

【HGPI政策コラム】(No.45)-認知症プロジェクトより-「日本は世界に何を届けるのか~国際社会の議論から~」

<POINTS>

  • 2023年10月、オランダで認知症のハイレベル会合が開催され、治療薬開発、共生社会の必要性、国際協力、デジタル技術活用などが議論された。
  • 日本はG7議長国として2023年に保健大臣会合を開催し、認知症に関する国際的な議論をリードした。また国内では2023年6月に認知症基本法が成立し、当事者中心のアプローチを推進する取り組みが進められている。
  • アジアでは認知症の人の急増が予想され、日本は「アジア健康構想」を通じて、認知症対策や共生社会構築に向けた取り組みを発信し、各国での実現に寄与することが期待されている。
  • アフリカなどのグローバルサウスでも高齢化が進むと予測され、日本の経験を活かし、「アフリカ健康構想」を通じて各国の地域特性に合った高齢者支援システムの構築支援が求められている。


はじめに

2023年10月2日(月)にオランダ政府主催、World Dementia CouncilWDC)共催で認知症のハイレベル会合が、オランダ デンハーグで開催されました。WDCは、2013年12月11日にイギリス ロンドンで開催されたG8の認知症サミットで設立した国際的なチャリティー団体です。創設時から2023年までは当機構理事・終身名誉チェアマンの黒川清が、また2023年からは代表理事・事務局長の乗竹亮治がCouncil Memberとして参画しています。

WDCでは、ロンドンサミットで合意された認知症関連事項を2025年までに達成するべく、世界各国の進捗状況を把握し、必要な国際行動を把握したうえで、グローバルネットワークを構築、拡大、育成することで、認知症を克服するための世界的な取り組みの活性化に取り組んでいます。

2013年英国G8認知症サミット宣言の概要>

  • 2025年までに認知症の治療または病態修飾療法を同定し、その目的を達成するために、認知症に関する研究資金を共同で大幅に増やすという目標を掲げる。
  • 認知症関連の調査研究に従事する人々の数を増やす。
  • 国際的な専門知識を結集することでイノベーションを促進し、また、認知症イノベーションを世界規模で支える民間・慈善基金を立ち上げる可能性の模索含む、新たな資金源を獲得するための国際的な取り組みを調整するグローバルな「認知症イノベーション特使(Dementia Innovation Envoy)」を任命するとの英国の決断を歓迎する。
  • 我々が資金提供する研究に関する情報を共有し、ビッグデータ構想の共有を含む連携と協力が可能な戦略的優先領域を同定する。
    認知症研究に対するオープンアクセスを奨励し、研究データと研究結果を更なる研究のためにできるだけ速やかに利用できるようにする。

今回の会合には、日本を含めた各国の政府関係者、認知症の人を含む当事者や当事者団体、アカデミア、有識者などが世界各国から参加しました。認知症の治療薬開発の現状や展望、認知症共生社会の必要性、国際的な協力枠組みの必要性、デジタルテクノロジー活用の可能性などが議論されました。議論を経てWDCから発表された声明*は以下の通りです。

リサーチ
例えば、世界的なイニシアティブであるEU神経変性疾患研究共同計画(JPND)に参加することにより、認知症のあらゆる側面に関する研究において、二国間および多国間の国際協力を促進し、支援します。この研究は、認知症の疾患修飾薬による治療、予防、リスク軽減、持続可能で質の高い認知症への介入、認知症の人へのサポート、ケアの開発、そして最終的には認知症の治癒につながるものでなければならない。
認知症を予防し、認知症の人とその介護者の生活を改善するために、世界的に研究への投資を大幅に増加させることの重要性を強調し、すべての国に対して、この増加のペースを加速させることを求めます。

グローバルコラボレーション
WDC、WHO、ADI(Alzheimer’s Disease International)と緊密に協力し、認知症に関する世界的な政府専門家グループを立ち上げ、このグループの活動を促進し、貢献します。このグループの目的は、認知症が世界的な優先事項であり続けるための強固な基盤を提供し、認知症に関するG8とWHOの目標達成に向けて各国政府を支援することです。この政府指導者グループは、認知症政策の好事例の共有や、政策、実践、研究のアイデアの交換を通じて支援を実現します。
WDC、WHO、ADI、認知症に関する政府専門家の世界的なグループとの緊密な協力のもと、認知症の課題に取り組むLMIC(Low- and Middle-Income Countries)を支援する方法を開発します。
第77回世界保健総会において、認知症に対する公衆衛生の対応に関するWHOグローバル・アクション・プランを2030年までさらに5年間延長することを提案し、持続可能な開発目標2030に沿って、より多くの加盟国がグローバル・アクション・プランの目標を達成する機会を提供します。

インクルージョン
認知症に対する認識と一般的な知識を高め、認知症を包括する社会をつくるための活動を、国内および国際的なレベルで推進し、支援します。
認知症の人が社会にとって付加価値のある存在であることを認識し、社会や意義ある活動に参加できる、また参加すべき大切な社会の一員であることを認識します。
認知症の人が社会で自分の役割を果たし、それを維持できるようなコミュニティやサービスを構築します。

サポートとケア
質の高い認知症ケアの主要原則(本声明の付属文書)に従い、本人中心の質の高い認知症サポートとケアを提供します。

*2023 THE HAGUE STATEMENT ON DEMENTIAより引用し、HGPIで独自に翻訳
joint statement defeating dementia.pdf (worlddementiacouncil.org) (アクセス日:2024年2月22日)

 

国際社会における日本の役割

2013年に開催されたG8認知症サミットから10年を迎えた2023年、日本はG7議長国となり、2023年5月には長崎県においてG7保健大臣会合が開催されました。保健大臣宣言では、認知症について、予防、リスク軽減、早期発見、診断、治療を含めたトータルパッケージでの研究開発やエビデンス構築の促進、統合的アプローチを採用した戦略や行動計画の策定や実施を加盟国への奨励、医療・介護、官民を含むマルチステークホルダーによる協議と当事者参画によるコミュニティづくりの推進、といった内容が盛り込まれました。また、G7保健大臣会合と合わせて、長崎保健大臣会合開催記念認知症シンポジウムが開催されるなど、日本は保健分野において国際的な議論をリードする姿勢を見せてきました。G7各国にとって高齢化は共有課題でありますが、各種宣言文書には必ずしも毎回認知症に関するアジェンダが盛り込まれてきたわけではありません。今回の議論は、2016年に開催されたG7神戸保健大臣会合以来、8年ぶりとなりました。

さらに日本では、2023年6月14日に「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が成立しました。これにより、社会づくりの場面や研究開発ならびに政策形成などの場面にて、当事者を中心に置いたいわゆる「パーソン・センタード」の取り組みが進められる予定です。認知症に関するG8とWHOの目標達成に向けて、世界最多の認知症の人を抱える日本として、このように国内の認知症政策を一層進展させることは重要な役割の一つです。加えて、認知症が世界的な健康課題の優先すべき項目として、継続的に議論されるためのグローバルな基盤づくりに貢献することが期待されます。そして、これまでの対策の見識を活かし、文化的背景が近く認知症の増加率が日本と同様に高いアジアや、今後高齢者の急増が見込まれるグローバルサウス等の低中所得国(LMIC: Low-and Middle-income Countries)への支援方法の開発への日本独自の取り組みが求められています。

アジアにおける認知症の人の増加は著しく、2050年には700万人を超えると予想されており、世界の認知症の人の全体数の半分以上を占めると言われています。このような状況を受け、2018年以降のアジアの高齢者社会に必要な介護産業の振興、人材育成等アジア諸国の互恵的な協力による医療・介護を中心とした疾病の予防、健康な食事等のヘルスケアサービス、健康な生活のための街づくり等、アジアにおける裾野の広いヘルスケアシステム(「富士山型のヘルスケア」)の実現に向け、「アジア健康構想に向けた基本方針」が2016年に策定されました。アジアにおいて認知症対策の需要が高まる中、世界的な課題である認知症当事者との共生と、あらゆる側面での認知症予防への取り組みについて整理し、日本からアジアへ発信する価値があると考えます。加えて今後の認知症政策においては、認知症基本法にあるように、あらゆる場面で認知症の本人や家族等の視点に立った「共生社会」の構築に向けた方向性を示すことが必要です。したがって、介護人材の育成のみならず、広く共生社会の構築に必要な人材育成についても、今後の取り組みを国際的に共有し、各国における「パーソン・センタード・ケア」の実現に寄与するべきです。

アフリカは総人口に占める高齢者の割合はまだ低いものの、継続的な人口増加に伴い都市部では既に合計特殊出生率の低下が始まっており、今後高齢者が急増すると予想されています。一方で、年金・医療・介護といった社会保険制度の整備は進んでおらず、家庭内のケアの依存度の高さやコミュニティレベルでのケアの脆弱性も指摘されています。日本は、グローバルサウスの健康問題に寄与すべく、アジア健康構想と同様「アフリカ健康構想に向けた基本方針」を2019年に策定しました。本基本方針では裾野の広い「富士山型のヘルスケア」の実現を理念として掲げ、アフリカ固有の課題を念頭に置いた持続可能なヘルスケアの構築を目指しています。日本は国民皆保険制度や高齢者医療制度、介護保険制度により、全国民が医療や介護サービスを低い負担額で享受できることが特徴とされます。それだけでなく、行政を中心とした地域包括ケアシステムを活用し認知症の早期発見・早期治療、生活支援など多岐に渡る認知症施策が展開されています。また、行政の取り組みだけでなく民間企業やNGO、当事者による組織等、様々なステークホルダーが課題解決に向けて協働しています。グローバルサウスで目下対策が必要なユニバーサル・ヘルス・カバレッジ普及と併せて、民間支援団体やNGOによる活動も含めた裾野の広い高齢者支援のシステムの構築に向けて、各国の地域特性に合った支援を検討することが求められます。

首相官邸(2019)「アフリカ健康構想に向けた基本方針」より引用

 

今後も国際社会の様々な側面において、高齢化先進国である日本のリーダーシップを発揮し、公的な組織からの認知症政策の好事例の積極的な国際発信や国際連携への貢献に加え、認知症の人と家族の会により運営されている、日本認知症国際交流プラットフォーム等民間セクターからの国際的な情報発信に期待しています。

 

【執筆者のご紹介】

森口 奈菜(日本医療政策機構 アソシエイト)

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